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ミュージカルとメル友ゴダイ

五代文悟先生を偲んで

2011.03.11. 掲載
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目次
はじめに
交換したメール
まとめ


はじめに

2010年3月7日、五代文悟(新森友幸)先生は満63歳で亡くなられた。奥様は、私がコーラスのレッスンを受けている新森美加先生である。五代先生は、2010年9月公演の「ミュージカルらくだのダンス」の原作「らくだのダンス」の著者であり、このミュージカルの作詞・作曲をされた。また、2009年には、小説「万太郎」を文芸社より出版された。

このミュージカルに、私はたまたま出演させていただいたが、そのことがきっかけで、先生とは「メル友ゴダイ」「メル友BOW」の間柄となった。最初の40通ほどのメール交換は、譜面、稽古日、そのほか事務的なことばかりで、これだけで終われば、「メル友」になることはなかった。

メル友となるきっかけとなったメールから、亡くなられるまでに交わしたメール21通を、時系列順にまとめ、それらにコメントを付け、11歳年下のメル友を偲ぶよすがとしたい。


交換したメール

●10/09/02

ゴダイ
お疲れさまです。ご無理のないようお願いいたします。マイクで歌った印象はどうでしたですか? 私はより聞いている人たちに、届いているように感じました。自信をもって歌って下さい。明日のスケジュールですが、入りは16時です。ステージは18時から21時までです。

BOW
マイクで歌った印象ですが、自分の声が聴こえるように思いました。だから、いつもよりこの歌に対する思いが、出し易かったような気がします。お言葉をいただき、自信をもって歌わせていただきます。

コメント
ミュージカル公演前々日。初めて生バンド演奏をバックに、ハンドマイクを使って歌った。このメールは、私の歌に対する五代先生から頂いた最初の感想である。

●10/09/03

ゴダイ
10時に会場入りをお願い致します。10時頃に先生の音出しが出来るだろうと言うことです。明日の本番頑張って下さい。楽しみにしています。

BOW
今日、ワイヤレスマイクが使えなかったので、大丈夫なのかと心配していました。明日10時に会場へ参ります。明日の本番、気張らず、あるがままに歌おうと思っています。ご配慮ありがとうございました。

コメント
公演前日。ワイヤレスマイクの装着だけはできたが、リハーサルが私の出番まで進むことができず、ワイヤレスマイクを試すことができなかった。

●10/09/04

ゴダイ
お疲れさまです。若輩者の私が申し上げるのはとても失礼なことですが、先生は何重ものプレッシャーにも関わらず、精神力の強さに頭が下がります。私の今後の人生にとって、とても貴重な財産になると確信致しました。ありがとうございます。

明日の朝ですが、10時入りでお願い致します。今晩は、私もうまいビールを頂きます。明日の晩はもっと美味しいビールになると確信致しました。では、明日お会いすることを楽しみにしています。

BOW
先生に、精神力の強さと言っていただいて、自分では意識していないことなので、少し気恥ずかしい気持ちです。明日の10時入り承知しました。お知らせありがとうございます。

私は連日350ml、3缶は続けています。気分は4〜5缶ですが、妻が心配して許してくれません。いつか、先生と心いくまで、ビールを飲みながらお話をしたく思っております。私も神戸っ子です。神戸っ子であることを誇りに思っている者の一人です。

コメント
初日。夜第1回公演があった。前日のリハーサルが私の出番まで回らなかったことを気遣って、この日は10時頃に私の音出しができるだろうとのメールを頂いた。しかし、それも延びて、通しのリハーサルは午後の本番直前になってしまった。メールにある「何重もプレッシャー」の一つが、本番直前までワイヤレスマイクを使ったリハーサルができなかったことを言われているのだろう。

確かに、その時はイライラしたかもしれないが、直ぐ「しゃーないことはしゃーない、あるがまま、なるがまま」という気持ちに切り替わっていた。そして、出番に遅れないことと、待ち時間で体力を消耗しないことだけを心がけた。

●10/09/06

ゴダイ
3回の本番、本当にお疲れ様でした。先生に出演して頂いたお陰で、全てに締があったと思います。今後とも長い付き合いをお願い致します。メールで失礼ですが、ご挨拶とさせていただきます。

BOW
99.999%の確率で体験できないと考えられる、ミュージカル出演の機会を、思いがけず与えていただき感謝いたしております。ミュージカルが完成されていく過程を、実際に詳しく知ることができて、非常に有意義でした。先生とも、最近では他の誰よりも、頻繁にメール交換ができ、いろいろご教示いただき喜んでおります。こちらこそ、これからも長くお付き合いいただけますようお願い申し上げます。

今回のミュージカル出演を、体験記にまとめて、Webに掲載するつもりでいます。その際はお知らせいたしますので、お読みいただければ幸甚です。

コメント
前日、昼夜2回公演があった。その後打ち上げがあったが、私は3回の公演を全部見てくれた孫と一緒に帰りたくて、これには参加しなかった。

ゴダイ
ご苦労さまでした。お疲れではないですか。

昨夜、打ち上げをしましたが、50歳以上の私とハートリーと勇さんは早めに退散しました(それでも午前1時でした)。ゲストさん達も含め若者たちは、5時まで楽しんだようです。なかには、始発の環状線に乗り、寝込んでしまって4周もしたそうです。私も若い頃はそんなことをしたなあと、とてもなつかしく若さの素晴らしさを感じた次第です。

ゲストの役者さんたちにとっては、規模だとかメジャー性を肌で感じた、何よりもやりがいある企画であったようです。彼らから感謝の言葉を頂いたのは、私たちにとって何よりもの喜びでした。普段わかっていたつもりでいたことが、現実の場面に遭遇して納得することばかりでした。私たちにとって、本当にありがたいことです。何よりも個性のある人たちが出してくれました本心こそが、この公演を支えてくれた一因だと思います。

先生のご感想をお聞かせ下さい。

BOW
私の出演するミュージカルを一番観て欲しかったのが、孫娘で、2番目は65年前に小学4年を共に過ごしたクラスメートでした。神戸に住んでいる者に案内したら、7名が来てくれました。希望が叶って幸せです。

今回ミュージカルに出演させていただき、多くのことを見聞きし、体験することができました。ずぶの素人が、あのような大舞台で、思う存分歌わせていただけたということは、信じられないようなことです。

「美しき国・美しき人」には共感することばが、たくさんあり、素直にその気持を歌うことができました。特に「幾年を越えて 重ねた知恵幾つ 訪ね来る若き力に 微笑みで応えたい」のところは、60歳を過ぎた頃からの私の心境と同じです。良い役で、良い歌を歌わせていただきました。初めての舞台なのに、自分でも不思議なほど、3回とも平静でした。歌で、いつもの80%が出せれば良いという気持で臨みましたが、99%くらい出せたのではないかと、思っています。

練習の過程で、たくさんの方から暖かい配慮をいただきました。その中でも、立花さゆりさんと藤田剛充君のお二人は、心に染みこむように歌を歌える方たちですが、その歌と同じように、老人の私に優しい気配りをしてくれました。橋本祐輔君の、人懐っこい優しい顔と、タイガーを演じたときのあの恐い顔、それと、あのすごいブレイクダンスが一緒になって、瞼に浮かびます。レッスンに参加した最初の日の帰りのエレベーターの中で、私の歌い方をほめてくれたのが、若林優稀子さんでした。すっかり嬉しくなって、帰宅するなり妻に話したことも懐かしく思い出します。素晴らしい若者たちです。

一つのミュージカルが完成していく過程を、実体験できたことが、今回の最大の収穫です。私は何かを作る、構築するということが、こどもの頃から好きでした。少し落ち着いたら、今回の体験を「私のミュージカル物語」というタイトルでまとめてWebに掲載し、それを印刷して、お越しいただいた方々に謹呈しようと思っております。私をお選びくださり、自由に歌わせて下さった五代先生、美加先生に心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

コメント
この時の五代先生のメールの件名は「メル友ゴダイ」、その返信のメールの件名が「メル友BOWの感想」である。ここにメル友関係が成立した。

「ハートリー」とは、新森美加先生のことで、「勇さん」というのは、ミュージカルで「ラベンツの男」を演じた川本勇さんである。

「私のミュージカル物語」は2010年9月23日に、ここ「中之島のBOW」に掲載した。

●10/09/07

ゴダイ
先生のご心情がこもったメールに、心が温かくなりました。ありがとうございます。

本番時の写真が届いています。メールでお送りしようかと思ったのですが、3500枚分の写真につき、重量が重くてとても送れそうにありません。ハートリーに聞きますと、11日の土曜日に守口で練習があるとのことですので、そのときにお渡しするということで宜しいでしょうか。

BOW
本番時の写真をいただけるのですか! ブラボーです。ありがとうございます。11日のコーラスの練習日で結構です。よろしくお願い申し上げます。

メル友BOWの感想に大切なことを一つ抜かしていました。それは「美しき国・美しき人」を気持良く歌うことができたもう一つの理由です。伴奏がシンプルで美しく、そして、私のテンポに合わせてくださったことです。だから、安心して思う存分に歌えました。西浦先生にどうかよろしくお伝えください。

ゴダイ
承知いたしました。西浦先生にお伝え致します。近いうちにCD用の録音をしたいと思っています。ただいま準備中です。しばらくお待ち下さい。もうひとつ追加ですが、あと2曲ぐらいは新曲をと思っています。

コメント
受け取った2枚のDVD-Rに、3500枚の写真が収納されていたが、タイムスタンプは9月4日12:12〜16:08だった。ということは、公演初日の本番直前の部分練習とリハーサルの写真である。開演50分前のリハーサルは、本番とまったく同じ状態であり、観客に左右されず撮影できるので、本番以上の良い写真となっている。

西浦先生とは、ミュージカル らくだのダンスの編曲、生バンドの指揮、キーボード演奏をされた西浦誠司先生である。

五代先生は、CD用の録音をこの時から予定されていたようだ。

●10/09/11

ゴダイ
今、10月発売を目標に、ビデオの編集が行われています。販売価格などは未定ですが、これに関しましては、著作権の関係で、JASRACと契約の準備に係っているところです。楽しみにお待ち下さい。

コメント
このビデオの制作は公演前から公表されていたが、機械の故障とか諸々の不調で完成が難航し、五代先生が亡くなられる直前に、先生にお見せすることができたと聞いている。

●10/09/25

ゴダイ
『ミュージカル物語』受け取りました。こんなにも心の通った御本をいただき、感謝に堪えません。大切にしまっておきます。

BOW
今日のコーラスのレッスンで、先生と美加先生、それとピータムに、この「ミュージカル物語」を印刷したものを差し上げたくて、昨日は頑張りました。先生や美加先生にお喜びいただき、本当に嬉しいです。私の感謝の気持です。これからも、どうかご厚誼くださいますようお願い申し上げます。

コメント
メールにある「心の通った御本」というのは、9月23日、サイト「中之島のBOW」に掲載した『ミュージカル物語』を印刷し、簡易製本してA4版47ページでまとめたもので、その中で使った写真は10/09/07に頂いたリハーサル写真である。


ミュージカル物語
ミュージカル物語

●10/10/05

ゴダイ
今日、先生が編集されたらくだのダンスのDVDが届きました。ありがとうございます。今回のミュージカルを公演したことをこんなにも喜んで頂いていると、先生の行動を拝見していて何度も思うこと然りです。その度に先生に歌って頂いてよかったとハートリーとも、いつも言っています。

コメント
「らくだのダンスのDVD」というのは、リハーサル写真と、客席で息子が録音したライブ音声とを組み合わせて、私が出演した場面をDVDにしたものである。公式ビデオの制作が遅れているので、つなぎの意味で、とりあえず制作した。


ミュージカルらくだのダンス
ミュージカルらくだのダンス

●10/10/06

BOW
ただ今、「私にとっての歌」というタイトルで、記事をUPしました。今回のミュージカルに関連したいろいろのことに関する私の気持です。これで、このことから離れ、自分の生活に戻ろうと思っています。

コメント
私は歌が好きで、聴くのも歌うのも好きだが、歌うのを人に聴いてもらうのは好きではない。たまたま、ミュージカルで歌うことになったが、これからはこれまで通り、自分の好きな時に好きなように歌う生活に戻りたい。人に聴いてもらうための練習をする暇があれば、他のしたいことをする方を選ぶ。そのことを一度書いておきたかった。 記事は2010年10月6日に掲載した。

●10/10/08

ゴダイ
「私にとっての歌」を拝読しました。読んでいる途中で、何度もどうしてだろうと思うことがありました。それは先生の記憶力の素晴らしさと、人生を計画通りに歩んでいらっしゃるという偉大さだと思います。

その先生にお願いがあります。私が今まで何作か書きためている小説の感想とか、評価やアドバイスをいただきたいのですが、いかがでしょうか。これらの作品は出版社に送っていますが、評価はどれも平均以上なのですが、私もなにかあとひと味、足りないように思います。それが何かを確かめたくて、先生に感想とか評価をお願いしようと思ったのです。作品を一作添付します。宜しくお願い致します。

BOW
「私にとっての歌」について過分のご感想をいただき、恐縮いたしております。音楽が好き、歌が好きというのは他の人と変わらないかもしれないけれど、私にとって、歌は、ほかの人と違う本能的なもの、狂気、とも受け取られかねない自己陶酔であることを一度書いておきたかったのです。

コメント
「私にとっての歌」を読んでいただいたことから、今度は、私が五代先生の小説原稿を読んで、感想とか評価をしなければならなくなった。批評感想は一番の苦手であり、これまでしたことはなかったが、今回はお引き受けした。

●10/10/09

BOW
「追憶の階段」の感想です。ご期待に添えていなければ、申し訳ありません。

1.おことわり
本は子供のころから好きで、今も本屋めぐりは楽しみですが、小説は最近はほとんど読んでいません。最後に読んだのは、宮城谷昌光氏の「太公望」ですが、平成10年刊となっており、12年間は小説を読んでいないことが分かりました。

また、読後感を書いたのも、中学・高校のころの宿題以来無いように思います。批評・評論などは苦手で、その暇があれば、自分のしたいことをするという生き方できました。そのような私が、先生のご依頼に応じたのは、メル友からのお話であることと、小説というものを一度ゆっくり読んでみたいという気持になったという理由からです。とにかく、昔から流し読みが専門で、じっくり読むということは滅多にしません。

2.おおまかな感想
この小説は、武弥という若者につながる人間群の過去の出来事を追想する物語ですね。その中心は、成功した中年男性と若い美しい女性との運命的な出会いと結婚、男同士の友情、若くして親兄弟を失ったこどもの生き方が混じりあった作品だと思いました。

3.少しこまかな感想
ストーリーが面白くて、一気に読みました。男のロマンというか憧れというものがよく表現されています。頬が幾度か緩みました。いかにも中年男性が書いた小説ですね。しかし、女性には、甘いと受け取られる気がします。出会いの場面は、違ったカップルで、これほどうまく偶然が働く可能性は少ないと思いました。

武弥とあけのの会話は、ありそうな話で、テンポが良くて気持ちよく読めました。成長中小企業の経営者、呉服、建築、交通事故、野球などにお詳しいのに驚きまた。よくご存知なのか、よく研究されているのですね。晃太郎、珠代、忠臣、志乃、忠臣、惣一、荘司、広太、宇宙など登場人物の名前に、こだわりをお持ちのように感じました。

4.時代考証で一つ疑問
私は55年に大学に入りました。うたごえ運動はその頃から盛んでしたが、歌声喫茶が流行だしたのは60年頃からだったと思います。少なくとも阪神間ではそうでした。7ページで忠臣が珠代に会うのが30歳前とすると、55年より前となるので、歌声喫茶はなかったか、あってもあまり知られていなかったと思います。

5.前に使った文章が、後で紛れ込んでいる?
1)4ページの「その中の一軒に、−−−店がある。」は、98ページにもあります。
2)31ページ「君、あけのって言うの、−−−誰が見ても美しい。は似た文章が80ページにもあります。

6.漢字変換の誤り?
1)P.3、P.8、「感」は「勘」?
2)P.42「高名」は「光明」?
3)P.87「返る」は「帰る」?

7.平仮名の方が?
1)P.34、P.36、P.76「勿論」は、漢字にこだわりがあるのでなければ「もちろん」の方が良い?
2)出来ない→できない これは漢字にする理由はなさそうですが?

8.抜けていることば?
1)P.39 進行しなよ→進行しないよ
2)P.41 申し込みではない今はね。→申し込みではない。今はね。
3)P.49 見ましたでも→見ました。でも
4)P.54 よかったら来るあの子も→よかったら来る。あの子も
5)P.55 分からないだろう母親が→分からないだろう。母親が
6)P.56 いいのに→いいのに」
7)P.56 ないからね→ないからね」
8)P.61 違いはない父→違いはない。父
9)P.76 会っているだが→会っているのだが
10)P.84 起こるよこの世ってやつは→起こるよ、この世ってやつは
11)P.87 消してくれ木村さん→消してくれる木村さん

9.送り仮名の間違い?
1)P.75 挑おう→挑もう

10.私は20歳の時に一度だけ小説を書きました。
大学2年目に入ったところで、背伸びをして投稿しました。
「ある高校3年生」です。

コメント
この小説は頭で考えたもので、熟れていないと感じた。そして、私が20歳で書いた最初で最後の小説と似た雰囲気があると思った。そこで、忌憚ない感想を書いて送ってしまった。

●10/10/10

ゴダイ
早速お読み頂きまして、ありがとうございます。的確な指摘を頂き、とても感謝しています。先生が言われたこと全てが当たっていて、恥ずかしい限りです。私は音楽が専門で、2005年に、ハートリーに言われまして小説らしきもの『らくだのダンス』を書きました。あれが処女作です。この5年で30作は書いています。

作詞をする時も同じですが、発想がさきに出てしまい、それをあとでまとめて行く方式ですから、どうしても、誤字脱字をカバーできるところまでいかないのが実情です。そして、読み返すことをあまり得意としていないのが原因だと思います。

それと、ご指摘がありました名前ですが、これは考えて創っていないのです。とても不思議ですが、その場面場面で勝手に出てきます。職業に関してですが、半分以上は想像の世界です。つまり、経験2割で創作8割というところです。

あと、先生と私の大きな違いを言いますと、先生は記憶力が抜群に素晴らしいということです。ひとつお教え頂きたいのですが、日記か何か日常生活を書き残しておられるのですか? 私はこの歳になっても前に進もう進もうとしか考えていなくて、昨日のことは忘れていくタイプです。そういう意味では、創作者として向いているかなあとは思っています。

誠にあつかましいお願いですが、あと一作だけお読み頂けますでしょうか。「追憶の階段』とは全くちがうタイプの作品です。勝手なことを言ってすみません。よろしくお願い致します。

コメント
かなり厳しい感想だと思っていたが、先生はそれを率直に認められた。そして、私の記憶力が良い、日記などをつけているのか?と尋ねられ、もう一作読んでほしいと依頼された。

●10/10/11

BOW
「エンジェル・マーサ」の感想を申し上げます。 「追憶の階段」とまったく違って、「エンジェル・マーサ」は、水を得た魚とは、このようなときに使うことばだと思いました。主な登場者名を見たとき、これは大変なことになるかもしれないと思いましたが、一度も、この登場者名一覧を利用する必要がなかったのです。

ストーリーが面白く、展開が素直で無理がないので、一気に読んでしまいました。「らくだのダンス」に似た機器、歌のフレーズ、理想を追い求めることばなどに出会うと、あのミュージカルを懐かしく思い出しました。このような小説は先生に合っていて、他の人には真似のできない分野だろうと思います。

「 読み返すことをあまり得意としていない」のは私も同じで、推敲は苦手です。だから、誤字脱字は私も得意技です(笑)。今回は、感想を書かなければならず、いつもと違って、ゆっくり読んだので目に付いただけです。ただし、句読点については、私は気にしないではおれない性分のようです。今回の小説でも、句読点では気になるところが多々ありました。しかし、これは先生の文体かもしれないと思い、読み飛ばしました。

身体では聴力が、頭では記憶力が非常に衰えた他は、74歳になった今も、自分では若いときと左程変わらないように思っています。しかし、記憶は駄目です。新しいことは片っ端から忘れていきます。これに対しては、致し方ない加齢現象と考え、「幾年を越えて重ねた知恵」(笑)を使って、それをカバーしています。

その内でも、一番効果のあるのは、大事な記録をWebサイトに掲載しておくことです。ここでは、他人が読んでも分かるように書きます。自分だけが分かるメモでは、時間が経つと、書いた本人も分からない記事になってしまうことを何度も経験したからです。

私のサイト「中之島のBOW」は96年に開設しましたが、今日までに514件のタイトルを載せてきました。下記の「更新暦」をご覧いただければ、お分かりいただけます。
「更新暦」

それらの記事を、必要なときに、即座に見つけ出さなければなりませんが、それには3段階程度の階層構造を持ったサイトマップを付けることで解決するようにしています。下記の「サイトマップ」をご覧いただければお分かりいただけます。
「サイトマップ」

同じことは、パソコンのデータ保存でも行っています。20年間のPCデータの整理保存に、その詳細を書いています。
「20年間のPCデータの整理保存」

パソコンに保存データの内、メールデータは特別に大事にしています。今使っているメールソフトでは、2001年1月からの分が2階層分類で保存してあります。例えば、先生にお送したメールは57通あります。これは、たいていなら、検索しなくても時間でソートすれば、目的のメールが得られます。

パソコンに保存データで、以上の方法で見つからないときは、Googleのデスクトップで検索します。

「日記か何か日常生活を書き残しておられるのですか?」
日記は続けることができない性格なので、子供の時から付けたことはありません。しかし、カレンダーに書き込んだ予定表は、パソコンのカレンダーソフトにまとめて転記してきました。これはメモ書きですが、役に立ちます。1997年からのデータが瞬時に表示できます。

98年から、書.txtというテキストファイルに、下書きや、メモなど何でも書き込み、調べたデータをコピーする雑記帖をデスクトップに置いています。今年の分のファイル名は書2010.txtです。

これは日付を付けて、その下に記事をのせるので、いつでも最新記事がトップにきます。例えば、今日の時点では以下のようです。

◆10/10/10
○○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○

◆10/10/07
○○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○

これから記事を見つけるには、そのまま順に見るか、「◆」で検索して月日を早く出すか、Googleのデスクトップで検索します。

そのほか、手紙とか大事な資料は大まかな分類で保存しています。
その保存の仕方は
「私の(超々)整理法」 に書いています。

このような風にして、記憶力低下という加齢現象に対応しているので、「先生は記憶力が抜群に素晴らしい」というのは、まったく違うのです。

そのことをお知らせしようとしている内に、記憶力低下対応法ということに集中してしまい、長い文章になってしまいました。

追伸 「先生は記憶力が抜群に素晴らしい」はまったく違うということに関して、もう一つ追加します。

私の1歳から60歳までの大事な出来事を、その年に流行った歌と関連付けて「歌と思い出」というタイトルで記事にしています。記憶ではなく、これを利用していることがかなりあります。
「歌と思い出」

コメント
今度の小説は素晴らしく、ためらうことなく感想を書くことができた。

私の記憶力については「記憶力が抜群に素晴らしい」の正反対で、悲惨なほど低下しているが、それを補うための対策を行っていると申し上げ、その対応策を具体的に書いた。これを下敷きにして、「記憶力低下対処法」をまとめ、サイト「中之島のBOW」に掲載した。

●10/10/11

ゴダイ
自己中心のお願いをしたにも関わらず、なんとも早い対応を頂きまして感謝感激です。先生の勉強好きな性格を垣間見た気がいたします。私も勉強好きな方だと思っていましたが、私など先生の何万分の一程度だと再確認しています。

「エンジェル・マーサ」の感想を頂き、私が今後書いて行くテーマに間違いがなかったことを確信しています。将来を背負って行くこどもたちに、私たちが残しておくことの出来るもの、それが歌であり物語であると思っています。ミュージカル『らくだのダンス』は日本全国の人たちに、そして世界に向かって発信した第一号です。

そう云う意味でも、今が、私の人生にとって最も充実しているときだと思っています。幸い、多くの仲間や先輩、後輩に恵まれ、得たあのミュージカルの感激を忘れることなく、もっともっと実りのある作品を作りたいと思っています。

今後も先生には何かと無理なお願いをすると思いますが、何卒メル友として長いおつきあいをお願い致します。貴重なアドバイス、大切な資料の知恵ストックの仕方などお教え頂きありがとうございました。

コメント
「今が、私の人生にとって最も充実しているときだと思っています。」
それなのに、何と運命は残酷なのか!

●10/12/13

ゴダイ
先日はご招待頂きまして有り難うございました。とても楽しい時間を頂きました。そして、皆様方は歌を歌っておられるから、あんなにお若く、何事にも積極的なのだと感心致しました。

コメント
ホテル日航の「レ・セレブリテ」で行われた、私たちのコーラスの忘年会にご出席くださり、楽しい夕べを過ごすことができた。平均年齢が私と同じか、それ以上のメンバーなので、その割に皆が若いのに驚かれたのだろう。散会のあと、新森美加先生とご一緒に心斎橋に出かけられた。そして、これが五大先生にお目にかかった最後となった。

●10/12/14

ゴダイ
昨日は大変貴重な映像をいただきました。有り難うございます。ご家族の温かさがズーンと伝わってきました。2歳の彼女があんなにも私の曲を歌っていただいているのを拝見しまして、まことに作曲家冥利に尽きます。今後、アーティストとしての彼女に期待したくなりました。

BOW
さっそく孫のビデオをご覧いただき、ありがたいご感想を頂戴し、感謝いたしております。らくだのダンスに出演させていただくことになった時、孫に見せたいというのが一番の願いでした。思っていた以上に、孫が喜んでくれたのが何よりも嬉しく、爺馬鹿なビデオを作ってしまいました。

週に1回以上孫と会っています。孫と過ごす時間の3分の2が楽しく、3分の1が知的好奇心を刺激され、感動しています。あとには疲労感が残りますが、それも心地良いものです。

コメント
忘年会の帰り際に、孫がミュージカルらくだのダンスの公演を喜んで見ている様子や、そのあとも、このミュージカルの歌をいくつか楽しそうに歌っているハイビジョンビデオを、ブルーレイ(BD)に収めて差し上げた。

孫娘のイベント
孫娘のイベント

●11/01/29

ゴダイ
私達がいま残しておきたいもののひとつに『美しき国〜』の歌の録音があります。きっといい作品に仕上がると思います。先生の空き時間をお知らせ頂き調整をしたく、お返事をお持ち致します。

●11/02/01

ゴダイ
録音日の予定が出ました。先生のご都合に変更がなければ、2/28のPM1:00からフックラックで行います。

コメント
五大先生は、2月中旬呼吸困難で救急担送され、2月22日より入院されたため、録音は延期となった。

●11/02/23

BOW
この度のご病気を、コーラスの中島様からのメールで知り、ご心配申し上げておりました。メル友としてお付き合いいただき、ありがたく思っておりますので、早速お見舞いを差し上げたい気持ちでした。しかし、22日に病院で結果説明があるとお聞きし、今日まで控えておりました。

最初、搬送されたとお聞きしたとき、心筋梗塞か脳卒中でないことを祈りました。それ以外の病気なら、自分の人生の整理をする時間があるからです。搬送された時、血中酸素濃度が70%近くにまで落ちていたとのこと、さぞお苦しかったことと思います。私は30歳〜40歳までは、喘息発作を度々経験しましたので、呼吸困難の苦しさが分かる気がします。

また、私は、50歳のころから、自分の死亡時期を70歳と想定し、それまでに、したいことの60%くらいは、しておきたいと考えて生きてきました。それを何とか果たすことができて、今はオマケの人生にいます。先生もご自分の人生について、思って来られたことがおありのことと存じます。この度のご病気で、そのことをより真剣にお思いになっていらっしゃるかもしれないとも思っております。

もし、私の考えてきたことを知りたいとお思いでしたら、私のホームページに載せている、

私の死生観
私の死生観その2

をご覧ください。

もちろん、他人が考えたことなど知りたくないとお思いでしたら、どうぞご放念ください。私自身が、他人の考えなど知りたくない人間だから、矛盾していますね。先生の何かのお役に立ちたいと思う気持ちから、余計なご負担をおかけしたのでは、何をしているの分かりません。本末転倒です。私がお役に立つことがあれば、どうか、ご遠慮なくお申し付け下さい。

「美しき国〜」の録音の件ですが、延期、中止、いずれでも私は結構です。先生のご指示に従います。どうか、お大事に

コメント
2月22日にコーラスで新森美加先生からご容態を伺い、メールを差し上げた。

●11/02/25

新森美加先生
主人が昨日、野村先生にメールをいただいた。もうすぐ落ち着いたら、返信をさせていただくので、よろしく伝えて欲しいと…

コメント
2月23日に差し上げたメールをお読みいただけたようだ。

●11/02/28

新森美加先生
肺炎による呼吸困難がかなりの体力、生命力をうばっているようです。今日の録音も楽しみにしておりましたが 戻る事が出来ません。延期してもらって…と申しております。

BOW
メール拝読しました。今日の録音の延期、了解しました。中島様から先生のメールを転送していただき、五代先生のご容態が快方に向かわれていないことを知り、案じ申し上げておりました。メル友のお付き合いをして頂くようになり、先生も生きる意味を真剣に考えて来られたことを知りました。「美しき国・美しき人」は、それを表している一つだと思っています。早く回復されることを心からお祈り申し上げます。新森先生が倒れられないこともお祈り致しております。

コメント
3月7日夜、五代先生は亡くなられた。美加先生から電話を頂いた時、五大先生の入院先の病院をWebで調べ、地図を印刷したところだった。タクシーで病院に駆けつけると、ミュージカルらくだのダンスの主役を演じた藤田剛充くんが先生の傍にいた。らくだのピータム、その祖父で、らくだ王国の長老オージタが、ご家族とともに先生の死に顔を注視した。おだやかで安らかなお顔だった。少しお痩せになったが、苦しまれた跡は微塵も残っていなかった。疾風のごとく、この世を去られ、残念だ。


まとめ

享年63歳は早すぎる。そして、70歳で死ぬと想定して生きてきた私が、4年もオマケをもらっている。運命は不公平だ。しかし、自然の摂理には従わざるを得ない。

五代先生は死の覚悟ができていたと思う。若くして急性肝炎に罹患され、慢性肝炎→肝硬変→肝がんと進行する過程を熟知されていたはずだ。3年前から検査を受けることを拒絶されたと聞く。検査や治療によって残された時間が費やされ、したいことをできなくなることが耐えられなかったのだろう。そして、残された命が長くないことを悟り、懸命に、しておきたいことをされたのだと思う。

五代先生には悔い少なき人生だったと思う。10/10/11のメールで「今が、私の人生にとって最も充実しているときだと思っています」と書かれている。あのミュージカル らくだのダンスを成功させ、さらなる目標を掲げる中での逝去だ。与えられた人生の中で精一杯生きた、まこと、見事な生き方である。そして、生きた立派な証を残された。

したいことをすると言っても、自分ひとりでできることは限られている。ミュージカルなどは、多くの人の協力がなければ、到底成功するものではない。先生は多くの仲間や先輩、後輩に恵まれ、あのミュージカルを成功させた。それは先生の人徳によるところが大きいと思う。春風駘蕩、のどかでおおらか、好々爺の風貌から、らくだ王国の長老が思い浮かぶ。

五代先生の人生一番の幸せは、奥様美加先生との結婚ではないかと思う。ミュージカル らくだのダンスの成功に最も貢献したのは奥様であることを、関係者なら誰も認めることだろう。


<2011.3.11.>五代文悟先生告別式の日、そして、大震災の日

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