旅その10

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女満別町の位置  JR札幌駅の西口改札を出て右側には、北海道各地の物産品や各市町村の案内パンフレットを置いているコーナーがある。
 日によって、そこにあるパンフレットは違ったりするのだが、すぐ側のカウンタに座っているお姉さん(時には"おじさん")にお願いすると、欲しい市町村のパンフレット、リーフレットなどを手に入れることが出来る。

 休日のある日。ここへ出かけて行って片っ端からパンフレットの類を集めてきた。中には「○○博物館割引券」なんていうのも混じっている。

 ホテルに戻って順番にパンフレットを見出した。「北海道」と一括りには出来ない各市町村の個性が見えてきてなかなか面白い。書店で売っているガイドブックではフォローされていない、細かな情報を得ることも出来て、意外と重宝するのだ。
 そんなパンフレットの山(ちょっとオーバーかな?)の中で、ふと目に留まったのが「女満別町」のパンフレット。

 それほど豪華なものではないが、そこに掲載されている写真が印象的だった。写真の説明に「メルヘンの丘−巨匠・黒沢明監督の映画"夢"の第4話"鴉"のロケ地となった」とある。
 メルヘンの丘なんて名前は、いい年した私にしてみれば、言葉に出すのは何だか照れ臭いネーミングだという気もするのだが、確かに印象的な風景だった。美瑛や富良野の丘にも多少似た感じかも知れない。
 「女満別」と言う地名は初めて聞いた名前ではない。 東京直行便が離発着する空港があるし、オホーツク方面の中心都市である北見、網走などにも近いということは知っていた。

 札幌への長期出張の帰りには「どこかへ足を延ばそう」と決めていた。
 その札幌での出張生活もあと数日となって、思い出したのがこの風景だった。
 「そうだ、メルヘンの丘を見てみようか。網走も、もう10年以上前に行ったきりだし、女満別でメルヘンの丘を見てから網走に行こう」と考え、「その先の予定は向こうに着いてからだな」と考えた。



機内から網走湖を望む 女満別空港  さてさて、そんな経緯(いきさつ)で、今、私は女満別空港にいる。

 新千歳空港から女満別空港行きの飛行機で約50分。いつもそうなのかは知らないが、飛行機は一旦、女満別空港を通り越してオホーツク海近くまで来てから、180度旋回して着陸した。
 雲一つない快晴。おかげで、途中の雪を被った大雪の山並みや女満別空港近くに点在する能取湖や網走湖、そしてサロマ湖などの湖をはっきりと見ることが出来た。何やら得した気分。

 到着ゲートをくぐると、左手に観光案内所があった。人だかりがしているので近寄ってみると「オホーツク牛乳」を無料で飲ませてくれる旨の案内が出ている。
 同じ飛行機で到着したオバチャンたちに背中を押され、先を越されながら、一杯の牛乳を貰って飲んでみた。普段飲んでいる牛乳よりも濃い味がする。



 そのままターミナルの外に出る。
 日差しが眩しい。とてもオホーツクの6月と言う感じではない。かなり気温も上がっているようだ。

 観光バスや到着便に会わせた路線バスがズラリと並んでいたが、「空港周辺をちょっと散歩してみよう」と思い、のんびりと歩き出した。場合によっては駅まで歩いてもいい。西女満別というJRの駅までは、歩けない距離ではないようだ。網走には今日中に着けば良いのだ・・・。
 ・・・とまあ、そんなことを思いながら歩き出したわけだが、視界が開けたところまで来て、「まだ結構あるなあ」と思った途端に挫けてしまった(笑)。涼しいのであればまだしも、かなり強烈な日射しなのだ。その日射しをまともに受けて歩かねばならない。ほんの少し歩いただけなのにもう汗ばんでいる。

 というわけで、また空港まで戻る。
 もうバスもすべて発車した後のようだ。しょうがないのでタクシーを利用する事にした。



 「お客さん、どちらから?」
 「あっ、東京です(本当は"神奈川"だけど。説明が面倒なので、いつもこう答えてしまう)」
 「今日は何ですか?女満別から網走に?」
 「いえ、特に決まっていないんですよ。泊まるのは網走にするつもりですけど。女満別も見てみたいと思って」
 「ハハハ。何にもないですよ。湖ぐらいだね、ここは」
 「はぁ、そうですか・・・(でも"メルヘンの丘"があるじゃん)」

 しばらくして、今度はこちらから声をかける。

 「この辺りの風景って、美瑛とか富良野に似ているんじゃないですか?」
 「そんなことないですよ、丘も小さいし。まあ観光するんなら、網走の方だね」
 「はぁ、そうですか・・・(だからぁ、"メルヘンの丘"があるじゃん)」

 う〜ん、今一つ話が盛り上がらない。
 この運転手さん、地元の人じゃないのだろうか?それとも、この町が好きじゃない何か特別な理由があるのだろうか?もしかすると「メルヘンの丘」に対して抱いている私のイメージは過大すぎるのか・・・段々心配になってくる。



JR女満別駅  やがてタクシーは女満別駅に到着。
 お金を払おうとした瞬間、スーッと車を前に進めてメーターを上げたのを、私は見過ごしていないよ、運転手君!(笑)
 もっとも降り際に、「気を付けて観光して下さいね。あっ、これあげます」と言われて「東北海道観光地図 領布価格 100円」をくれたので、気分はすぐに回復。私は「モノ」に弱いのだ(笑)。

 さて女満別駅。この駅は駅舎が図書館になっているユニークな駅だ。
 もっとも立派な駅舎なのだが、駅員はいない。人はいるのだが、切符は売ってくれない。いわゆるここも北海道に多い無人駅の一つというわけだ。

 駅で列車の時刻を念のため調べて、また外に出る。
 駅前は駅舎同様、洋風庭園のようにデザインされていて、とっても整った印象だ。もっとも辺りの風景を考えると、多少の違和感を感じないわけでもないが。



 この駅のすぐそばの喫茶兼レストランのようなお店で、昼食を摂ることにした。
 メニューを見てカツカレーを頼む。食べながら、女満別町のパンフレットを広げてこの後の予定を検討。
 出がけに、お店の人に「メルヘンの丘」の場所を尋ねてみた。
 ところが、わざわざ詳細地図を取り出して調べてくれたのだが、場所がハッキリとはわからない。
 メルヘンの丘は地元の人にもあまり有名ではないのだろうか・・・さっき感じた不安がさらに膨らむ感じだが、「町で作ったパンフレットにだって出てるんだからぁ」と気を取り直して、そのパンフレットを見せる。
 「こんな感じの風景のところなんですが・・・」。
 すると、「ああここね」とすぐに場所が判明。「ここだと"高校"の辺りがこんな風景だわ」と言いながら、すぐに道を説明してくれた。
 話を聞いてみると、ここからだと4、5Kmの距離らしい。これはこの炎天下、結構きつい距離ではある。バックパッキング(歩き旅)の時には平気な距離でも、スタイルが違う旅をすると途端に弱気になる。
 バス乗り場も聞いて、とりあえず歩きながら考えることにした。

 通りに出た。そこで観光案内の看板が立っているのを発見。見ると、「庁舎展望室 0.3Km」とある。すぐ近くだ。

 「とりあえず、展望台から全体を眺めて、方針を決めよう・・・」
 そう思って、町庁舎の方向に向かって歩き出した。



女満別庁舎  町庁舎はすぐに見つかった。
 とりあえず、中に入る。だが、案内が見つからない。しょうがないので、入り口近くのエレベータで一番上まであがることにした。
 3階で降りる(展望室まで一気にあがるエレベータではないのだ)。
 だが、そこでも解らない。そこで、そばを通りかかった女性の職員さんに尋ねると、「は、はい。展望室ですかぁ・・・。今ちょっと・・・。ええとぉ・・・わかりました、ご案内致しますのでこちらへどうぞ」と、少々困ったような口調で、それでも親切に一つ下の階の「総務部」まで連れていって頂いた。そして総務の担当の方に話を伝えて頂く。
 う〜ん、何だか話が大事になってきたぞ・・・。

 何でも展望室への入り口の扉は、鍵が掛かっているそうで、今のところ自由に見ることが出来る状態ではないそうだ(女性職員が困っていたのは、これが理由だと思う)。で、総務の男の方(お名前を伺うのを忘れてしまった。う〜ん、ごめんなさい)に、わざわざ展望室まで案内して頂くことになったわけだ。
 展望室まで行く途中、「どちらからいらっしゃいました?」とか、「どこでこちらの展望室を知られたのですか?」などと尋ねられたりしながら、展望室へ上る階段へ向かう。
 「基本的には一般に開放しているのですが、ちょっと整理がついていないので」とおっしゃっていたのだが、確かに階段にはいろんな資材が置いてある。
 突然押し掛けて、しかも展望室まで連れて行って頂くなんて、何だか申し訳ないという思いなのだが、ここまで強引に来てしまったのだからしょうがない。



庁舎展望室より網走湖方面を望む 庁舎展望室より藻琴山方面を望む  「外の方が気持ちいいですね」と言いながら、展望室から外のバルコニーへ。風が気持ち良い。
 辺りを展望しながら、ここ女満別町の案内をして頂いた。
 展望室自体はそれほど高い位置にあるわけではないのだが、辺りに高層の建物がないこともあり、視界は広く広がっている。無理を言って見せて頂いて良かったという思いだ。
 間近に網走湖。反対側には緩やかな丘が広がり、遠くには藻琴山(ここは女満別ではないけど)が見える。あの山を越えると屈斜路湖だろう。

 バルコニーから数枚の写真を撮影したりしながら、しばらくしてその場を後にした。
 さてその後。1階まで来てお礼を言ってお別れをしようと思ったところ、「せっかくですから、議事場もご案内しましょうか?」と言って頂いた。

 この女満別庁舎の議事場はかなり工夫された議事場で、議会が開催されていないときには場内のレイアウトを電動で変更(可動式リフト)して、ピアノコンサートなどが出来るホールに切り替えられるようになっている。つまり税金を元にする共有資産の有効活用(何だか慣れない堅苦しい言い方ですが)ということを念頭に置いた設計となっているのだ。他の自治体からも見学に訪れるような場所だというお話だった。
 自分の住む町の議事場も含めて、他の自治体のこうした施設がどのようになっているのかは知らないのだが、「税金を無駄にしない」と言う点では、素直に共感してしまった。



メルヘンの丘付近 メルヘンの丘(1)  さて再び出口のところにやってきた。ここであらためてご挨拶。

 「ところでこの庁舎では、BGMを常時流しているんですよ。これはちょっと珍しいんじゃないでしょうか」

 言われて、思い出した。この建物に入ってすぐに、音楽が流れていたので「きっと、昼食時に流しているんだなぁ」と思ったのだ。それが常時、流れていたとは気が付かなかった。これは確かに珍しいかも知れない。

 「女満別町のキャッチフレーズは、"花と音楽の町"というんです」

 あとで駅まで行ったときに、確かに同じキャッチフレーズが書いてあるのを目にした。
 庁舎を出て、記念に庁舎の写真を1枚撮影してその場を離れた。

 (それにしても、お忙しい中、突然現れた観光客に貴重な時間を割いて頂きありがとうございました。役所の方々には大変感謝しております。この場を借りて、あらためてお礼を申し上げます)



メルヘンの丘(2) メルヘンの丘(3)  さてメルヘンの丘だ。
 先ほどの出来事で気分の良くなった私は「4km?そんなもの大したこと無いなぁ〜」という気分になっている。
 展望室であらためて教えて貰った目印の建物(高校)に向かって、かなり強い日射しの中、国道を歩いて行く。元気があったせいか、結局30分ほど歩いただけで目的の場所へ到着。もっともいくら元気があっても、かなり早いペースだ。本当は4Kmも無かったのかも知れない。

 特別に案内が出ているわけではないのだが、一目でわかる風景だ。小高い場所なので、ここからは網走湖も見える。
 ここは、一般的で有名な「観光名所」ではないだけに、より自然な気分で美しい田園風景を味わうことが出来るのだと思う。

 確かに丘の起伏や大きさから言うと、美瑛の丘には負けているかも知れない。でもここには観光バスも来ないし、そもそも観光客なんて私以外には何処にも見あたらない。
 黒沢明監督の映画のロケ地になった丘と書いたが、この映画ではゴッホの最後の作品「カラスのいる麦畑」を再現している(らしい・・・実は見たことがないんです、この映画)。そして、フランスのオーヴェールをイメージした丘がこの女満別−メルヘンの丘と言うわけだ。
 つまりは、私は今、まだ見ぬフランスのオーヴェールの風景を疑似体験していると言うことになる。

メルヘンの丘付近(2) メルヘンの丘付近(3)  麦畑に等間隔で並ぶ木立。この木立は防風林の役目を果たすような密度で立っているわけではない。だが、この木立があるおかげで、この丘が「メルヘンの丘」になっているという気がする。
 そしてメルヘンと言う言葉。この言葉から私が連想することの一つが「優しさ」ということ。人の優しさに触れ、こうしてメルヘンの丘に私は立っている。私の中には、すでに「ここがメルヘンの丘なのだ」と当然のように思える下地が出来ているのだ。
 この風景は写真よりも絵画が似合う・・・そんなことを思いながら時間を過ごしていた。



 さてこれから網走へ移動する。
 バスで行こうか、JRを利用しようか迷ったのだが、この田園の中をのんびり歩きたいと思い、国道を離れて駅へ向かうことにした。
 暑さで汗ばんだ身体も、この風景の中だと心地良い(駅に着いたら、途端に我慢できなくなって着替えたけど)。
 女満別駅からワンマン運行の列車で網走に向かうのだ。
 列車が到着するまでホームに立っていたが、私以外の誰も乗客はいない。下車した人は数名。列車の中は思いの外、混んでいた。



車窓からメルヘンの丘 女満別空港からの夕陽  さていきなり話は3日後。網走から女満別空港へ向かうバスの中に私はいる。
 女満別空港から、今度は東京へ向かおうというのだ。

 夕暮れ時。
 3日前に歩いて見た丘を今度はバスの車窓から見る。夕暮れ時の日射しを浴びて、また違った表情の丘がそこにある。

 空港、出発ロビー。
 空港に女満別のみやげ屋がある。その看板にはしっかりと「花と音楽の町」というキャッチフレーズが書いてあった。
 今度は花が咲き乱れる季節にまた来ようと思う。次は町営牧場や朝日ガ丘展望台などにも足を延ばしてみたい。

 「キャッチフレーズに"丘と人"を加えたらいいんじゃないかなぁ・・・女満別は花と音楽の町。そして丘と人の町。長すぎるかなぁ・・・」

 そんなことを考えていると、誰かが後ろで「まあ綺麗!」と叫んだ。
 振り返ると真っ赤な夕焼け。女満別の大地を赤く照らし出していた。


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1999.6.16 Ver.5.0 Presented by Yamasan (Masayuki Yamada)