JR札幌駅の西口改札を出て右側には、北海道各地の物産品や各市町村の案内パンフレットを置いているコーナーがある。
日によって、そこにあるパンフレットは違ったりするのだが、すぐ側のカウンタに座っているお姉さん(時には"おじさん")にお願いすると、欲しい市町村のパンフレット、リーフレットなどを手に入れることが出来る。
休日のある日。ここへ出かけて行って片っ端からパンフレットの類を集めてきた。中には「○○博物館割引券」なんていうのも混じっている。
ホテルに戻って順番にパンフレットを見出した。「北海道」と一括りには出来ない各市町村の個性が見えてきてなかなか面白い。書店で売っているガイドブックではフォローされていない、細かな情報を得ることも出来て、意外と重宝するのだ。
そんなパンフレットの山(ちょっとオーバーかな?)の中で、ふと目に留まったのが「女満別町」のパンフレット。
それほど豪華なものではないが、そこに掲載されている写真が印象的だった。写真の説明に「メルヘンの丘−巨匠・黒沢明監督の映画"夢"の第4話"鴉"のロケ地となった」とある。
メルヘンの丘なんて名前は、いい年した私にしてみれば、言葉に出すのは何だか照れ臭いネーミングだという気もするのだが、確かに印象的な風景だった。美瑛や富良野の丘にも多少似た感じかも知れない。
「女満別」と言う地名は初めて聞いた名前ではない。 東京直行便が離発着する空港があるし、オホーツク方面の中心都市である北見、網走などにも近いということは知っていた。
札幌への長期出張の帰りには「どこかへ足を延ばそう」と決めていた。
その札幌での出張生活もあと数日となって、思い出したのがこの風景だった。
「そうだ、メルヘンの丘を見てみようか。網走も、もう10年以上前に行ったきりだし、女満別でメルヘンの丘を見てから網走に行こう」と考え、「その先の予定は向こうに着いてからだな」と考えた。
新千歳空港から女満別空港行きの飛行機で約50分。いつもそうなのかは知らないが、飛行機は一旦、女満別空港を通り越してオホーツク海近くまで来てから、180度旋回して着陸した。
雲一つない快晴。おかげで、途中の雪を被った大雪の山並みや女満別空港近くに点在する能取湖や網走湖、そしてサロマ湖などの湖をはっきりと見ることが出来た。何やら得した気分。
到着ゲートをくぐると、左手に観光案内所があった。人だかりがしているので近寄ってみると「オホーツク牛乳」を無料で飲ませてくれる旨の案内が出ている。
同じ飛行機で到着したオバチャンたちに背中を押され、先を越されながら、一杯の牛乳を貰って飲んでみた。普段飲んでいる牛乳よりも濃い味がする。
観光バスや到着便に会わせた路線バスがズラリと並んでいたが、「空港周辺をちょっと散歩してみよう」と思い、のんびりと歩き出した。場合によっては駅まで歩いてもいい。西女満別というJRの駅までは、歩けない距離ではないようだ。網走には今日中に着けば良いのだ・・・。
・・・とまあ、そんなことを思いながら歩き出したわけだが、視界が開けたところまで来て、「まだ結構あるなあ」と思った途端に挫けてしまった(笑)。涼しいのであればまだしも、かなり強烈な日射しなのだ。その日射しをまともに受けて歩かねばならない。ほんの少し歩いただけなのにもう汗ばんでいる。
というわけで、また空港まで戻る。
もうバスもすべて発車した後のようだ。しょうがないのでタクシーを利用する事にした。
しばらくして、今度はこちらから声をかける。
「この辺りの風景って、美瑛とか富良野に似ているんじゃないですか?」
「そんなことないですよ、丘も小さいし。まあ観光するんなら、網走の方だね」
「はぁ、そうですか・・・(だからぁ、"メルヘンの丘"があるじゃん)」
う〜ん、今一つ話が盛り上がらない。
この運転手さん、地元の人じゃないのだろうか?それとも、この町が好きじゃない何か特別な理由があるのだろうか?もしかすると「メルヘンの丘」に対して抱いている私のイメージは過大すぎるのか・・・段々心配になってくる。
さて女満別駅。この駅は駅舎が図書館になっているユニークな駅だ。
もっとも立派な駅舎なのだが、駅員はいない。人はいるのだが、切符は売ってくれない。いわゆるここも北海道に多い無人駅の一つというわけだ。
駅で列車の時刻を念のため調べて、また外に出る。
駅前は駅舎同様、洋風庭園のようにデザインされていて、とっても整った印象だ。もっとも辺りの風景を考えると、多少の違和感を感じないわけでもないが。
通りに出た。そこで観光案内の看板が立っているのを発見。見ると、「庁舎展望室 0.3Km」とある。すぐ近くだ。
「とりあえず、展望台から全体を眺めて、方針を決めよう・・・」
そう思って、町庁舎の方向に向かって歩き出した。
何でも展望室への入り口の扉は、鍵が掛かっているそうで、今のところ自由に見ることが出来る状態ではないそうだ(女性職員が困っていたのは、これが理由だと思う)。で、総務の男の方(お名前を伺うのを忘れてしまった。う〜ん、ごめんなさい)に、わざわざ展望室まで案内して頂くことになったわけだ。
展望室まで行く途中、「どちらからいらっしゃいました?」とか、「どこでこちらの展望室を知られたのですか?」などと尋ねられたりしながら、展望室へ上る階段へ向かう。
「基本的には一般に開放しているのですが、ちょっと整理がついていないので」とおっしゃっていたのだが、確かに階段にはいろんな資材が置いてある。
突然押し掛けて、しかも展望室まで連れて行って頂くなんて、何だか申し訳ないという思いなのだが、ここまで強引に来てしまったのだからしょうがない。
バルコニーから数枚の写真を撮影したりしながら、しばらくしてその場を後にした。
さてその後。1階まで来てお礼を言ってお別れをしようと思ったところ、「せっかくですから、議事場もご案内しましょうか?」と言って頂いた。
この女満別庁舎の議事場はかなり工夫された議事場で、議会が開催されていないときには場内のレイアウトを電動で変更(可動式リフト)して、ピアノコンサートなどが出来るホールに切り替えられるようになっている。つまり税金を元にする共有資産の有効活用(何だか慣れない堅苦しい言い方ですが)ということを念頭に置いた設計となっているのだ。他の自治体からも見学に訪れるような場所だというお話だった。
自分の住む町の議事場も含めて、他の自治体のこうした施設がどのようになっているのかは知らないのだが、「税金を無駄にしない」と言う点では、素直に共感してしまった。
「ところでこの庁舎では、BGMを常時流しているんですよ。これはちょっと珍しいんじゃないでしょうか」
言われて、思い出した。この建物に入ってすぐに、音楽が流れていたので「きっと、昼食時に流しているんだなぁ」と思ったのだ。それが常時、流れていたとは気が付かなかった。これは確かに珍しいかも知れない。
「女満別町のキャッチフレーズは、"花と音楽の町"というんです」
あとで駅まで行ったときに、確かに同じキャッチフレーズが書いてあるのを目にした。
庁舎を出て、記念に庁舎の写真を1枚撮影してその場を離れた。
(それにしても、お忙しい中、突然現れた観光客に貴重な時間を割いて頂きありがとうございました。役所の方々には大変感謝しております。この場を借りて、あらためてお礼を申し上げます)
特別に案内が出ているわけではないのだが、一目でわかる風景だ。小高い場所なので、ここからは網走湖も見える。
ここは、一般的で有名な「観光名所」ではないだけに、より自然な気分で美しい田園風景を味わうことが出来るのだと思う。
確かに丘の起伏や大きさから言うと、美瑛の丘には負けているかも知れない。でもここには観光バスも来ないし、そもそも観光客なんて私以外には何処にも見あたらない。
黒沢明監督の映画のロケ地になった丘と書いたが、この映画ではゴッホの最後の作品「カラスのいる麦畑」を再現している(らしい・・・実は見たことがないんです、この映画)。そして、フランスのオーヴェールをイメージした丘がこの女満別−メルヘンの丘と言うわけだ。
つまりは、私は今、まだ見ぬフランスのオーヴェールの風景を疑似体験していると言うことになる。
麦畑に等間隔で並ぶ木立。この木立は防風林の役目を果たすような密度で立っているわけではない。だが、この木立があるおかげで、この丘が「メルヘンの丘」になっているという気がする。
そしてメルヘンと言う言葉。この言葉から私が連想することの一つが「優しさ」ということ。人の優しさに触れ、こうしてメルヘンの丘に私は立っている。私の中には、すでに「ここがメルヘンの丘なのだ」と当然のように思える下地が出来ているのだ。
この風景は写真よりも絵画が似合う・・・そんなことを思いながら時間を過ごしていた。
夕暮れ時。
3日前に歩いて見た丘を今度はバスの車窓から見る。夕暮れ時の日射しを浴びて、また違った表情の丘がそこにある。
空港、出発ロビー。
空港に女満別のみやげ屋がある。その看板にはしっかりと「花と音楽の町」というキャッチフレーズが書いてあった。
今度は花が咲き乱れる季節にまた来ようと思う。次は町営牧場や朝日ガ丘展望台などにも足を延ばしてみたい。
「キャッチフレーズに"丘と人"を加えたらいいんじゃないかなぁ・・・女満別は花と音楽の町。そして丘と人の町。長すぎるかなぁ・・・」
そんなことを考えていると、誰かが後ろで「まあ綺麗!」と叫んだ。
振り返ると真っ赤な夕焼け。女満別の大地を赤く照らし出していた。