[2000-05-07]からの日記
[1999-9-7]までの日記

なんばりょうすけの
おぼえがき日記 (6)


2000
[3-27] 56481

すぎむらさん が 3/16 の日記で、ヤングサンデー連載中の 『殺し屋イチ』 「私にはわからん」などと言っておられるので、少し解説しようと思う。

すぎむらさんは「ここにあるのは暴力だけじゃないのか」と言うのですが、少年マンガで暴力だけが描かれるというのはかなり特殊です。言い換えると、多くの少年マンガと違って、 『殺し屋イチ』 で描かれる暴力には、社会性が一切排除されているところが異常なのです。

大抵の少年マンガでは「男のロマン」的な意味付けによって、暴力を正当化します。友情のために、愛する人を守るために、あるいは野心ゆえに、といった理由で少年マンガの主人公たちは「正当な」暴力を行使します。これらの理由には共通して社会性があります。

『ゴルゴ 13』 の主人公は依頼された仕事だからという理由だけで人を殺しますが、それはあくまで裏の世界のプロフェッショナルの掟に従っているのであり、社会と無関係に好き勝手に人殺しをしているわけではありません。

一方、 『殺し屋イチ』 で描かれる暴力には、社会的な理由付けが一切ありません。その社会性のなさは、作中で暴力がハード SM 的な性的快楽と結び付けられるところに象徴されます。そこでは、暴力はただただおぞましい欲望の産物として描かれているのです。

そもそも男の子文化の「暴力のロマン」みたいなものが理解できない人にとってはそんな差異はどうでもいいことかもしれませんが、男の子文化にどっぷり漬かって育った私にはかなり衝撃的だったのでした。

(以上の論考は以前鎌やんさんとやりとりしたメールでの議論を参考にしました。)


[3-13] ご流産

[12-19]で、ご懐妊をネタにしたからには、ご流産ネタも書かなくては、と思っていたのですが、ネタにしたかった話はだいたい 『噂の真相』 なんかで論じられているので、テキトーに書きます。

当時、加熱報道に対して「女性の人権を侵害している」みたいな論調がありましたが、あれは勘違いもいいとこです。天皇制のような世襲制の制度を公的に認めている以上、皇族の生殖活動は公的な事柄ですし、皇族に一般人と同様の人権があると考えるのもおかしい。

日本が民主主義の国でないなら単に「不敬だからダメ」という理屈も成り立つわけですが、民主主義でありかつ市民の多くが天皇制を血の繋がりによって支えられる伝統として認めている以上、天皇制が正しく運用されているか、血の正統性が損なわれていないかを市民が監視できなくてはいけません。

だから、あのような皇室報道はイカンと主張する右翼の人たちにはこう言いたいのです。皇室がガラス張りでないなら、左翼の陰謀で天皇家の血を汚されたりする事態が起こってないということをどうやって保証できるのか?

もちろん天皇が市民の監視の対象になるというのはなんだか矛盾した話なんですが、元々民主主義でありかつ天皇制というのが矛盾なんです。民主主義やめますか? それとも天皇制やめますか?


[1-25] 中山建設大臣ってアレですか?

住民投票は投票率過半数で、そのうち 9 割が反対、ということで、昨日はいろんなニュース番組でこの話がとりあげられました。

ニュースステーションに中山建設大臣が出ていましたが、ありゃぁヒドイですねぇ。あのインパクトって、ライフスペース弘二さんに匹敵しますね。

住民投票の会の姫野代表と対決したわけですが、人の言うこと聞いてない、というよりは、都合が悪くなると聞こえないフリして、関係ないことをべらべら喋って誤魔化すわけです。隣に座っていた久米宏 が、ブチキレ寸前になってました。

あんなのを大臣にしちゃった日本国民は、ライフスペースの信者を笑えませんよ。あれだけ会話が成り立ってなかったのに、中山氏、最後に姫野氏に向かって「今度会って話しましょう」って、なんなんでしょうね。会いたくないよな、普通。

あれじゃ第十堰の何が問題になってるやらさっぱりワカラン、という方は、 『第十堰住民投票関連ニュース』 をどうぞ。特に、 「第十堰改築の対立点」 「第十堰住民投票への軌跡」 は参考になります。


[1-23] 吉野川可動堰問題について

今日は例の住民投票に行ってきました。ちょっと鬱気味だし、なんか投票所が変なところにあって車を持ってない私としてはかなりめんどくさかったんですが。

でも、今回の住民投票、投票率 50% 切ったら開票せずに票は全部燃やす、とかいう人をナメた規定があったので、しょうがないから歩いて行ってきましたよ。途中で犬に吠えられたりしながら。

私は一応反対票を投じたわけですが、可動堰作るのがいいか悪いかについては私もまだよくわかんないです。今世間に出てる材料では肝心の事が全然議論されてないと思います。正直言って、もし「やる /やらない」を今回の住民投票で決定するのであったら、そんなのデタラメだと思います。

なんと言っても、今の賛成派と反対派のメインの対立軸が(本音はともかく建前上は)「市民の生命・財産」対「環境保護」なのが問題です。これでは議論が成り立つわけがありません。ほとんど宗教対立みたいな話なんですから。

「生命」とか「地球環境」とか言い出すと、無限と無限を比較するような話になってしまうからダメなんです。結局信仰告白と情緒に訴える扇動的なメッセージばかり出てきて議論になりません。

じゃあどうしたらいいかというと、もうこれはゼニカネの話に還元するしかないと思うんです。

可動堰建設賛成派の人は「水害から市民の生命・財産を守るために堰が必要」なんて言いますが、市民の生命・財産は何も水害だけで失われるわけじゃないんです。

自然災害は他にもあるし、毎年交通事故なり自殺なり犯罪なりで人は死にます。死にはしなくても出生率が減ったら同じこととも言える。財産について言えばこれはもう不景気をなんとかすることの方が大問題。

建設省の立場は、あくまで「水害のリスクを最小化する方法」を提示してるに過ぎません。仮にその主張自体が正しいとしても、予算は有限だし、市民の生命・財産を守るためには他にも色々金がかかるわけだから、本来は治水の目標レベル(x 年に一回の大雨に耐えられる、とか)毎にいくらコストがかかるのか、それで元がとれるのか、という話にならなきゃいけないはず。

そうやってゼニカネの問題に還元したとして、資本主義でいくなら、この事業にいくらなら出していいかという判断は、金出して安全を買う住民自信が決めるしかないのです。中山正暉建設大臣は「(堰建設問題は)科学的・技術的な問題」なんて言ってましたが、こんなのは大嘘。科学的・技術的には「こういう条件ならこうするのがいい」しか言えないはずで、「こういう条件」の中身はあくまで政治的問題です。

ついでに言うと、「科学的・技術的な問題」だから「それを住民投票で問うのは、民主主義における投票行動としては誤作動だ」というのも大嘘。少なくともインターネット技術の世界では「技術的な標準規格は民主的に決めるべき」というのがほぼ常識になりつつあります。

民主的、というと語弊があるかもしれませんが、要はオープンで企業個人を問わず誰でも参加できる議論の中で十分検討されてきたかどうか、そのプロセスが問われるということです。

例え技術的には優れた規格でも、特定企業や団体が密室で策定した規格は国際的な支持が得られません。密室で作られた技術は十分な批判検討に晒されないのでハズレの可能性が高いし、密室に集まった奴らが得するように作ってあるかもしれないからです。

あと、「不景気だから公共事業いくらでもやったら」という話もあるし、それに対して「自治体の財政赤字を増やすのはダメ」という話もありますが、これも大ざっぱな話でよくわからない。

公共事業で県内にいくら金が落ちるのか、その金はちゃんと県内で回ってくれる性質の金なのか、という話が聞こえてこないと判断のしようがないです。公共事業で県内に金が落ちても、落ちた先から県外の企業に持っていかれたら地域経済には全然貢献しませんから。


[1-5] 2000 年元旦は普通の日

西暦 2000 年になりました。あけましておめでとうございます。

2000 年って、なんか、こう、もっと凄いものだと思っていたのですが、その日が来てみると案外どうってことなくて変な感じ。2000 年元旦は普通の日でした。

色々騒がれた Y2K 問題もたいしたことなかったですね。というか、さすがにみなさん真面目に対策したんですね。企業なら問題が出れば損害が出るし、担当者の首もかかってるでしょうから、そりゃ不真面目になるわけないですね。本当にお疲れ様です。

元々一番心配されていたのは、一部のシステムの Y2K 問題が、何らかの形で社会全体に波及する(一番極端な話だと核ミサイルが誤射されるとか)のではないか、ということでした。

システム理論で言うシステムの安定性というのは、平たく言うと、すりばちの中のボールのように、状態を現在位置から微少に動かしても元に戻るということです。逆に不安定性というのは、ピラミッドのてっぺんに置いたボールのように、状態を現在位置から微少に動かしただけで、回復不可能なほど状態が変化してしまうということです。

Y2K の不安は、Y2K 問題それ自体が大問題であると認識されていたわけではなくて、社会システムそのものに Y2K 問題というわずかなゆらぎで崩壊してしまうような不安定性が内在するのではないかという不安でした。でも、こうやって年を越してみると、そのような不安定性は存在しないというのが実感できます。

私たちの住む社会は十分安定していて、人が一人死んでもどうってことないのはもちろんですし、阪神大震災級の大惨事が起こっても、(一人一人の生活はそうではないですが)全体的には時間がたてば元の状態に戻ります。そんな社会で「生きている意味」みたいなことを考えれば考えるほど、虚しくなるのは当然ですね。



1999
[12-19] ご懐妊

「雅子さま懐妊の兆し」 「雅子さま、妊娠との確定的な診断得られず」 (いずれも毎日インタラクティブより)などと、大騒ぎになっています。

私は最初ワイドショーなんかで「和服の帯がゆるかった」とか、「ヒールが低かった」とか根掘り葉掘り追求するのがかなり不愉快でした。でも、この不愉快さは雅子さまを一般人と同一視するという不敬な視点に立てばこそのものであると、今では反省しております。

そうなんです。あのお方の場合、ご懐妊及びそれに至るプロセスはご公務なんですよ! つまり子作りのプロなんです。プロ入りしてからなかなかいい仕事 ができなかったその辛さは察するに余りあると言っていいでしょう。

そう思うと、この話、とってもイイ話 に聞こえてきますよね! ワイドショーの報道も、言わばプロ入り初完封を目前にしたピッチャーの 9 回裏のマウンドを実況中継しているようなものなんですね。

もちろんそういうプロの存在を認めるかどうかは別。


[12-5] ヒカルの碁

最近日記が書けなくなってきた。。。ネタはあるのですが、まとまらないというか、まとめる暇がないというか、気力がないというか。

とりあえず 『週刊少年ジャンプ』 で好評連載中の 『ヒカルの碁』 (作:ほったゆみ、画: 小畑 健、監修: 梅沢由香里[1])は面白いです。私、ジャンプ読まない人なので、単行本で読んでますが、最近 4 巻が出ました。

その名の通りネタは囲碁なのですが、囲碁なんて知らなくても面白い、というか、読んでると囲碁をやりたくなってしまいます。うっかり入門書を四冊も買った[2]のは私だけでしょうか?

といっても、福本伸行のマンガみたく、主人公の少年が悪魔のような手を放ったりするわけでも、 血を抜かれたり指を切断されたりするわけでもなく、いかにも少年マンガらしい、ごく健全な成長の物語です。

ただちょっと、主役の二人の少年、ヒカルとアキラのぶつかりあい、すれちがい、追いかけあうさまが、まるでラブストーリーのようなのが変っているでしょうか。これはほったゆみ やおい趣味大爆発との説もありますが、そういうところが見所であったりもします。

絵は綺麗だし、セリフもかっこいいし、アキラくんは美形だし、もう言うことないですね。家出してる人も添寝してる人も今すぐ本屋へ GO!



[1] 単行本の 「ヒカルの碁 ちょっと一言」 は梅沢さんが書いているのでしょうか? 猫のマークがそれっぽいし。
[2] 買ったのは日本棋院 から出てる入門書です。 『NHKビデオ 梅沢由香里のレッツ"碁 "』 ではありません。

[11-20] 今一生さんからのお返事

まず最初に、ヤンマガで好評連載中の 『ユキポンのお仕事』 の単行本が出ています。人生に疲れた方は是非どうぞ。

さて、[7-26] の日記( 「承認のネットワーク」 )について、今一生 さんからコメントをいただきました(もう一月以上前の話。反応が遅くてごめんなさい。)

私はあの日記で、今さんは承認のネットワークからの離脱を奨めていると解説しましたが、今さん自身は「包括的承認を避け、部分的承認のあり方を模索せよ」ということを言っているのだということです。つまり、ネットワークに穴をあけるというよりは、ゆるいネットワークを再編成することを指向していて、その点で「家でのススメ」は「オタクのススメ」との間に対立はなく、両立さえ可能であると。

今さんによれば、本当に(離島脱出のような)脱社会化を達成できるのは限られた人数しかいないはずなので、社会に実質的なダメージを与えることはないとのこと。確かにその通りだと思います。でも、実質的なダメージがなくても社会問題化することもあります。例えば有害コミック規制なんかもそうです。実質には影響しなくても、広く共有された社会イメージ、言っちゃえば幻想なんですが、そういうものにダメージを与える場合、すごい反発を喰うことがあります。

具体的には 『完全家出マニュアル』 が書店で買えなくなったりするとマズイんじゃないかなーと思うのですが、自殺に比べれば家出なんてまだマシ、ということで案外大丈夫なのかな? 万一発禁になったとしても、今さんはああいうふう([11-19])にはならないでください[1]



[1] 補足[11-21]: [11-19] のネタ自体はガセネタのようです(参照:[11-21])

[11-19] 弘二さん情報

最後に日記書いてから今までいろいろ大変だったので、ちょっと日記を書く気分じゃなかったのですが、少し落ち着いてきたので小ネタを一つ。

すぎむらさん の日記に、ライフスペース何者?みたいなことが書いてあったのでちょっとだけ情報を。

ライフスペースについては、二年前に発売された別冊宝島 304 『洗脳されたい!』 の最初の記事、 「グルになったセミナー屋さん」 に出ています。もともと自己啓発セミナーだったのが宗教化したようですね。

この記事を書いたルポライターの米本和広氏は、セミナーのシステムはビジネスとしては手ぬるいとしたうえで、こんなふうに絶賛? しています。

ところが、この業界にも事業意欲のある人は存在したのである。その人は自己啓発セミナーを進化させ、客を固定化させるとともに、ある信念を注入するようにした。それによって、最高で一人から一千万円以上取れることを可能にしたのである。

セミナー業界の“奇才”と読んでもいいその人の名は高橋弘二(58)。彼が主宰する団体の名を「ライフスペース」という。

すでにみなさんご存じと思いますが、ライフスペースのホームページは ここ。あとは、ライフスペースと裁判で係争中の弁護士、紀藤正樹 氏のホームページ内のライフスペース情報あたりをどうぞ。

僕としてはあまり積極的に事件を追いかける気にはならないのですが、テレビに出てくるかなり美人の女性信者が、とても正気とは思えないセリフを真顔でまくしたてるのを見て、ちょっと胸が痛みました。。。


[9-27] 大掃除中に宮台発見
概要: 『アクションプレス』 1996 年 6 月号に、宮台氏の写真と発言を発見。

欝が治らず自宅に篭っています。クスリはデプロメール(ルボックスと同じやつです)からデジレル(これは 『人格改造マニュアル』 にも出てくるレスリンと同じやつ)に切り替えて、一時は復帰したのですが、すぐまたダウン。副作用が少ないだけマシですが。

社宅なので、下手に外に出ると会社の知り合いにあってしまうし、街に出ても3 割くらいの確率で知り合いに会社の知り合いに目撃されるのが地方都市のイヤなところ。結局ほとんど家に篭っています。

家にいても難しい事をしたり考えたりするのが億劫なので、読書とかプログラミングはやる気にならず、結局部屋の大掃除をすることにしました。入社時にバタバタして、ここにはギリギリに引っ越してきたので、もう三年目ですが、引っ越しの段ボールなんて半分くらいはそのまま残っているし、それプラス休みの日は掃除なんて滅多にしないので、ものすごく汚ない部屋です。

観念的なことばかり考えてると部屋が汚なくても気にならないみたいで、今まで外的な要因(彼女が来るとか)以外で掃除をする気にならなかったり、掃除しようとしても「ここを片付けるにはここをこうして、ああして。。。あーめんどくせー!」って、マトモに手をつけるのは面倒なので、押し入れに全部投げ入れたりとか、そういう感じでした。

でも、先週、先々週と部屋の汚なさが気になり出して、大掃除をはじめました。このところ昼夜問わずやってたので、隣人などは「なんば君、会社にきてないと思ったら遂に辞めるのか」と確信してるにちがいありません。いや、辞めるというかクビにはなるかもしれませんけどね、マジな話。

押し入れ、本棚、宮台箱の整理、机とパソコンの配置がえ、服や靴下をたたんだりとか。あと、廃棄する雑誌の整理。気になるグラビアはちゃんと切り取って保存。保存してどうする? そんなの決まってます。老後の楽しみにそいつらをスキャナでスキャンするのですよ。って老後なんてあるのかな?

『少年マガジン』 (稀に 『少年チャンピオン』 も)のグラビアは、下手に刃物を使うより、二冊のマガジンで対象となるページを上下に挟んで手で引ちぎったほうが綺麗に取れます。対象となるページは一杯に開いて、挟む側は背中をページの付け根の奥までぴったり差し込んでから挟みます。そして、上に置いたマガジンの上に膝を乗せて体重をかけ、挟まれているマガジンの残りの部分を手に持って、最初は慎重に、途中から一気に引ちぎると、ページは破れずに背中のノリの部分がちぎれます。

それに比べてヤンマガやヤンジャンのグラビアは綴じてあるホチキスの針を抜かないと綺麗に取れないので面倒ですね。

さて、大掃除中に押し入れの奥から出てきた古新聞とかをついつい読み耽ってしまったりすることはよくありますね。いわんやエロ本 においておや。

エロ本箱の整理をしていて、ついうっかり読んでしまった 『アクションプレス』 ((コアマガジン) ) 1996 年 6 月号 の、鈴木陽司!の撮りバカ日誌多情人格」 に、おでこを隠すように前髪を垂らした髪型で、サングラスをかけ、ジャケットの下はタートルネック、という、いかにもどこかで見たような格好をした人物の写真がありました。本文を良く見ると。。。

0228スイ (中略) コア会議室で宮台助教授と対談。相変わらず色気エロ気たっぷり。ナイスだぜ。皆と同じ目の高さで感じているからカッコEのだ。荒木にしろ篠山にしろ自分の世界を造ろーとしてるけど、鈴木ろの写真は自分の世界がない感じがして不思議ですね、と言われカー感激ィ! 写真は LOVE だっ氏!! プレゼント。この模様は(ウインドウズジャンキー)に収録されるので皆見るように。
と、いうわけでした。その対談、まだ読んでないんですが、ひょっとして 『野獣系で行こう』 (まだ買ってません)に収録されてますか? 『素人モデルアルバイト』 [A.1995a] の対談は載ってると聞いてますが。。。



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