王子と踊子 ★★☆
(The Prince and the Showgirl)

1957 US
監督:ローレンス・オリビエ
出演:ローレンス・オリビエ、マリリン・モンロー、シビル・ソーンダイク、ジェレミー・スペンサー

左:ローレンス・オリビエ、右:マリリン・モンロー

今回、不釣り合いなキャストを持つ50年代のロマンティックコメディとして「よろめき休暇」(1957)と共に、この「王子と踊子」を取上げることにしました。「王子と踊子」で主演を務めているのは、イギリスを代表する舞台俳優のローレンス・オリビエと、アメリカを代表するグラマラス女優のマリリン・モンローであり、「よろめき休暇」のケーリー・グラントとジェーン・マンスフィールドの場合と異なり、作品全般を通してこの「odd couple」とも云える二人の間で交わされるロマンティックなやり取りを楽しむことができます。ではその結果は如何であるかというと、意外にもなかなか意気が合っているのですね。いかにも鯱ばった堅物のイギリス人を思い起こさせる融通の効かないキャラクター(ローレンス・オリビエ)との対照によって、いかにもオールアメリカンガールを思い起こさせる明るく人のよさそうなモンローのキャラクターが実にうまく活かされているように思われます。トニー・カーティスが「モンローとキスをするのはヒトラーとキスをするようなものだ」と評したように、実生活上のモンローは必ずしも人が良いとは言えなかったのかもしれませんが、少なくともスクリーン上での彼女の特徴の1つは明るく気の良いキャラクターにあったと個人的には考えています。そういうこともあって、小生はこの作品を見る時はいつも、彼女の代表作の1つである「七年目の浮気」(1955)を頭に思い浮かべます。というのも、この両作品は、ロマンティックコメディとしてタイプが似ており、また両作品でモンローがそれぞれ演じているキャラクターにも非常に近いものがあるからです。但し、「七年目の浮気」では、むしろ彼女と同タイプのトム・イーウェルが相手役であったのに対し、「王子と踊子」では、全く逆のタイプのローレンス・オリビエが相手役であるという違いがあり、その点で比較対照しながら両作品を見るのもまた一興かもしれません。そのような相手役のタイプの相違にも関わらず、結果的には、どちらの作品においてもモンローのキャラクターが殺されることはなく、彼女独特のパーソナリティをどちらの作品においても楽しむことが出来るというのが、個人的な印象です。英文学者の亀井俊介氏が「マリリン・モンロー」(岩波新書)の中で、「王子と踊子」における彼女に関して、「ローレンス・オリヴィエさえも食ってしまったところのある」と書いていますが、さすがにオリビエを食ったとまでは云わないとしても、オリビエ相手に自分の持つ特徴を全く失っていないのは特筆すべきでしょう。彼女は、決して単なるセクシー女優などでないことが、この両作品を見れば分かるはずです。作品そのものに関して言えば、「王子と踊子」は、コメディとしてはややテンポがスローすぎるきらいがあり、殊に会話主体の映画が好みではないオーディエンスにはだるい印象を与えるかもしれませんが、少なくとも個人的にはマイナスに作用する程スローであるとは考えていません。そもそも、当時のロマコメは展開がスローな作品が多かったのですね。また、他のレビューで何度も述べているのでここでは詳述しませんが、当時の映画はカラーに対する感覚に優れた作品が多く、この作品もその中の1本として挙げられます。ゴージャスな雰囲気が全体に良く浸透している作品であり、その傾向は戴冠式のシーンで最も典型的に表現されています。この作品のクライマックスとも見なせるこの戴冠式のシーンでは、ストーリーの進行がしばしの間中断され、素晴らしく荘厳な音楽が流されます。それも、この手のコメディとしてはストーリーの進行がストップされる時間が相当長く、オーディエンスに奇妙な印象を与える程です。というよりも、コメディ以外の作品においてすらも滅多にないはずです。ストーリーからは独立したシーンの長時間に渡る挿入は、コメディとしてのストーリーの進行を著しく妨げるとも考えられますが、それでも敢えてそのようなシーンがかなり強引に挿入されているところに、戴冠式のゴージャスな雰囲気を余すところなく伝えようとする製作者の意図が見て取れます。また、時代背景に関しても面白い点があります。それは、主人公は、1911年のジョージ5世の戴冠式に出席する為にロンドンを訪れた若い王様とその老獪な摂政であり、彼らはバルカン半島からやって来たという設定になっている点です。ということは、第一次世界大戦勃発前夜に舞台が設定され、しかも第一次世界大戦勃発のきっかけを作ったバルカン半島に位置する国からやって来た人物が主人公であることになります。そのようなわけで、サイドストーリーの中で、実権をまだ握っていない若い王様(ジェレミー・スペンサー)とローレンス・オリビエ演ずる摂政が、互いに相手に悟られないように、裏で何やらコソコソと政治的駆け引きをしていたりするのです。第一次世界大戦が勃発するきっかけは、ご存知のようにサラエボにおけるオーストリア皇太子夫妻の暗殺事件にありました。暗殺者は一介の学生であり、従って、大袈裟に言えば学生が第一次世界大戦を引き起こしたことになります。とはいえ、勿論事態はもっと複雑であり、オーストリア皇太子夫妻の暗殺事件が発生するまでに、どうにもならない程ヨーロッパ各国の利害関係が複雑に絡んでしまい、いわば爆発ポテンシャルがしきい値ぎりぎりに達し、指でちょいと一突きしただけで全てが爆発する一触即発の状況にあったというのが真相です。だからこそ、一介の学生が世界大戦を引き起こすトリガーを引くことができたのであり、それ程迄に情勢は逼迫していたということです。この作品の舞台となる時代はそれよりもやや以前(3年前)であるとは言え、当時進行していた国際政治のねじれが3年後の大爆発を呼ぶことになることを考えると、イギリスの王様の戴冠式を訪れたバルカン半島の国の王様という設定は、いかにもそのような複雑な時代を象徴するものであると捉えられるでしょう。いずれにしても、そのような歴史的背景に関する考察は抜きにしても、殊にモンローファンには楽しめること請け合いの小品です。


2004/02/14 by 雷小僧
(2008/10/09 revised by Hiroshi Iruma)
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