オデッサ・ファイル ★★☆
(The Odessa File)

1974 UK
監督:ロナルド・ニーム
出演:ジョン・ボイト、マクシミリアン・シェル、メアリー・タム、マリア・シェル

左:ジョン・ボイト、右:マクシミリアン・シェル

「オデッサ・ファイル」は劇場公開当時から個人的に好きな作品の1つでした。とはいえ、作品そのものを実際に見たのはかなり後になってからであり、気に入っていたのは実はペリー・コモが歌うテーマソングの「Christmas Dream」です。当時、中学生であった小生は、サントラ盤を買って毎日のようにチャーミングなテーマソングを聞いたものです。勿論、その頃は知るよしもありませんでしたが、このテーマソングを作曲したのは、日本でも「オペラ座の怪人」(2004)によって最近とみに知られるようになったアンドリュー・ロイド・ウェバーであり、彼の初期の作品の1つがここに取り上げる「オデッサ・ファイル」の音楽なのです。「オデッサ・ファイル」の主人公は、ナチスの戦犯を追いかけるジャーナリストであり、フレデリック・フォーサイス原作のストーリーは、いかにもハリウッドが好んで取上げそうな題材であるとはいえ、イギリス映画ということもあってか実際には全くハリウッド的な派手さがありません。ロケはほとんどドイツで行われているように思われ、主題歌「Christmas Dream」の次にこの作品の素晴らしい点として、とにかくバックグラウンドにハリウッド映画には見られない落ち着きがあることが挙げられます。監督したロナルド・ニームの「オデッサ・ファイル」の前後の作品は、それぞれ「ポセイドン・アドベンチャー」(1972)と「メテオ」(1979)という、70年代のハリウッドのパニック大作ブームをスタートさせた作品とそれを締めくくった作品であり、それらがいかにもハリウッド的なスタイルで製作された極めてハリウッド的な作品であったとするならば、「オデッサ・ファイル」はそのテーマにも関わらず極めて質素な雰囲気が際立つヨーロピアンな作品です。同じ監督の作品であるにも関わらずスタイルに大きな違いがあるところが興味深く、あまりにも安直さが目立つ「メテオ」は別としても、ハリウッド的でポピュラーな「ポセイドン・アドベンチャー」と共に、むしろ彼の60年代以前の作品に近い印象を与える「オデッサ・ファイル」もかなり評価できます。「オデッサ・ファイル」で注目すべき点は、ユダヤ人虐殺を指揮し「屠殺人」と呼ばれた極悪非道のナチ将校を、ドイツ出身※のマクシミリアン・シェルが演じていることです。ドイツ人がドイツ人将校を演じているのだから何の不思議もなかろうと思われるかもしれませんが、役が役であるだけに自国作品でならばいざしらず英米作品の中でナチの怪物的人物をドイツ人自身が演ずることはそれまではほとんどなかったはずです。米英の作品の中でドイツ人が国防軍などのドイツ軍将校を演ずることはあっても、決して「オデッサ・ファイル」のエドワルド・ロシュマンのような極悪非道の人物を演ずることはなかったように思われます。たとえば、スタンリー・クレイマーの問題作「ニュールンベルグ裁判」(1960)では、マクシミリアン・シェルは弁護士を演じており、ナチの戦犯はバート・ランカスターなどのアメリカの俳優が演じていました。恐らく「オデッサ・ファイル」がもし第二次世界大戦の傷痕がまだ癒えてはいなかった50年代に製作されていたならば、ドイツの俳優がロシュマンを演ずることはなかったと考えられます。それに関連して思い出すのは、「オデッサ・ファイル」を監督したイギリス人のロナルド・ニームは、ファシズムと勇敢に戦ったはずのイギリスにもファシズムが根付いていたことを示唆するテーマを扱った「ミス・ブロディの青春」(1969)を60年代の末に監督していることであり、この作品も50年代であれば成立不能であったと考えられることです。第二次世界大戦の生々しい記憶が薄れつつあった頃であったからこそ、ドイツ人が極悪非道のSS将校を演ずる作品や、イギリスでもファシズムは存在したことを示唆するイギリス作品が製作され得たのではないでしょうか。

※正確に言えばマクシミリアン・シェルはウイーン生まれなのでオーストリア出身になります。


2005/07/17 by 雷小僧
(2008/11/23 revised by Hiroshi Iruma)
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp