艦長ホレーショ ★★★
Captain Horatio Hornblower

1951 US/UK
監督:ラオール・ウォルシュ
出演:グレゴリー・ペック、バージニア・メイヨ、ロバート・ビーティ、ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス

左:グレゴリー・ペック、右:バージニア・メイヨ

「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのようなお子ちゃま向けの映画はないでもありませんが、最近はいわゆるひとつの海洋アドベンチャーものと呼ばれるジャンルにカテゴライズされる作品を見かけることがほとんどなくなってしまいました。数年前ラッセル・クロウが主演した「マスター・アンド・コマンダー」(2003)という悪くはない作品がありましたが、これなど例外中の例外であると言えるでしょう。考えてみれば監督していたのがベテランのピーター・ウィアーであり、もっと若い監督であればこのような作品は撮らなかったのかもしれませんね。実を言えば、このような状況は何も現在のみに当て嵌まることではなく、既に1960年代に入ってからそれらしき作品はほとんど存在しないと言っても良い状況になっていました。その理由は良くは分かりませんが1つだけ推測するならば、海洋アドベンチャーはその名が示す通り海洋上すなわち船の上でのアクションが多くなるわけですが、船ではどうしても現代的なアクション映画に必須な要素であるスピード感を醸し出すことがほとんど不可能であったということがその要因として挙げられるのではないでしょうか。「タイトル別に見る戦後30年間の米英映画の変遷」の「アクション映画のルーツはイギリス映画? 《007は殺しの番号》」で007シリーズが現代のアクション映画の嚆矢のような存在であることを述べましたが、アクション映画の大きな構成要素としてスピード感が加えられ現代的な「アクション」の意味を確立させたのもまさにこのボンドシリーズであったと言えるのではないでしょうか。すなわち60年代に入りボンド映画が持てはやされるようになりアクション映画にスピード感が求められるようになって、船上アクションがメインとなる海洋アドベンチャーというジャンルは最早時代遅れのシロモノであるように見られるようになったのではないかということです。それに対してそのような傾向がまだ見られなかった1950年代、殊に1950年代前半は海洋アドベンチャーというジャンルにカテゴライズされる作品が少なからず製作されていました。その代表作の一本として挙げられるのがこの「艦長ホレーショ」であり、ナポレオン戦争当時の海の闘いの様相がなかなか見事に捉えられた作品です。ナポレオン戦争当時が舞台なので当然のことながら帆船同士の戦いが描かれているわけですが、因みに帆船同士の戦闘は近現代の海戦とは大きく異なり風向や潮流などというような緻密な要素を考慮しなければならず極めて高度な戦術が必要であったということが注意されねばなりません。その昔アバロンヒル社というボードシミュレーションゲームの老舗メーカーからその名も「帆船の戦い」というボードゲームが発売されておりそのような緻密な戦術がゲーム化されていましたが、確かこのゲームのファンはかなりいたように覚えています。その点で見ても、「艦長ホレーショ」はなかなかよく出来ており、グレゴリー・ペック演ずるホレーショ艦長率いるリディア号が2倍のサイズの海賊船を打ち負かすシーンは圧巻です。やはり帆船同士の戦闘の場合、英語で言えば「Maneuver」が極めて重要になることが見ていてよく分かります。また面白いのは、敵の砲撃が命中する度に上の方から折れたマストやら何やらがドサドサと音を立てて落ちてきて収集がつかなくなる様子は、成る程帆船同士の戦闘では実際にきっとそうであったのだろうなと思わせることです。このような細かな演出は重要なところで、いかにも帆船同士の戦闘であるという雰囲気が伝わってきます。それから「艦長ホレーショ」を見ていて気がつくのは、文字通り画像が極めてカラフルであることです。海や空の青は別としても、たとえばユニフォームの色が赤、青、緑であるなど極めて鮮やかな色彩が効果的に使用されています。またかつて敵であったスペイン軍にパナマに幽閉されていてイギリスとスペインが対ナポレオン戦略の為に同盟した折に解放されたバージニア・メイヨ演ずるウエリントン将軍の姉だか妹バーバラの着ている衣装の色彩も際立っています。「キング・ソロモン」(1950)のレビュー或いは「タイトル別に見る戦後30年間の米英映画の変遷」の「本格的なカラー映画の到来 《キング・ソロモン》」にも書いたように、カラー映画が本格化し始めた1950年代前半はカラー映画の最大限の利点を引き出す為に、エキゾチックなアフリカやアジアなどを舞台とした映画が盛んに製作されていました。「艦長ホレーショ」は勿論アフリカやアジアが舞台であるというわけではありませんが、しかしながらカラー映画の効果を最大限に引き出す為に、大海原や空の青を背景としカラフルな衣装を纏った人物を前景に配置したのであろうことは容易に推測することができます。このように目に訴えることは殊に1950年代前半のカラー作品においては重要だったのであり、この作品を見ているとこの時代のそのような特徴を十分に堪能することができます。その意味ではDVDバージョンの登場はまさに歓迎すべきことと言えるでしょう。主演はグレゴリー・ペックですが、彼は翌年にも同じくラオール・ウォルシュが監督した「世界を彼の腕に」(1952)という海洋アドベンチャーものに出演しており、また1か月ほど前に取り上げた「白鯨」(1956)も無理をすれば海洋アドベンチャーと言えないこともない作品であり、スチュワート・グレンジャーなどとともに当時の海洋アドベンチャーものに主演していた俳優の代表格であると見なすことができるでしょう。エキセントリックなエイハブ船長を演じていた「白鯨」ではいまいちどうかなという印象もありましたが、「艦長ホレーショ」では彼の朴訥さがうまく活かされているいるように思います。但し、朴訥な海の男であるホレーショ艦長は言うにこと欠いてエヘン虫を飲み下すかのようなうなり声を時々挙げるのがクセであるという設定になっておりそれが一種のジョークのネタにもなっていますが、ペックはいかにもそれを不自然に演ずるので思わず知らず笑ってしまいますね。やはりこれによっても、彼は器用さとは遥かに縁遠い俳優さんであったことが分かりますが、まあそれがまた彼の良さでもあったのであり、このようなマイナス面を逆に意図せずして誠実な朴訥さであるように見せてしまうようなイメージを持っていました。確かにグレゴリー・ペック演ずるホレーショ艦長の奥さんがお産で死に、バージニア・メイヨ演ずるバーバラのフィアンセが戦死して、最後に両者目出度し目出度しで終わるのはいかにもハリウッド映画的で厚顔無恥な程安易であるとは言え、いずれにせよ「艦長ホレーショ」は一家全員で楽しむことができる優れたエンターテインメント作品であると言えるでしょう。


2007/06/23 by Hiroshi Iruma
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