狼たちの午後 ★★☆
(Dog Day Afternoon)

1975 US
監督:シドニー・ルメット
出演:アル・パチーノ、ジョン・カザール、チャールズ・ダーニング、クリス・サランドン

左:チャールズ・ダーニング、右:アル・パチーノ

シドニー・ルメットは多作な監督さんで、現在までに40本を越える監督作がありますが、こうなるといかに巨匠といえども作品ラインナップが玉石混交化するのは避けられないところで、「十二人の怒れる男」(1957)、「未知への飛行」(1964)、「質屋」(1965)、「ネットワーク」(1976)などの傑作がある一方で、全体の約3分の1の作品は平均以下と言わざるを得ません。さすがにそのような作品は日本では劇場公開されていませんが、中には、「これって本当にあのルメットさんの作品なの?」と言いたくなる箸にも棒にもかからない作品すらあります。残った凡そ半分が、ここに取り上げる「狼たちの午後」のように、必ずしも傑作であるとは言えないにしろ、少なくとも平均以上であると評価できる作品です。たとえば70年代の作品でいえば、他には「盗聴作戦」(1971)、「セルピコ」(1973)、「オリエント急行殺人事件」(1974)(そちらのレビューで述べた理由により個人的にはあまり評価していませんが、一般的には有名な作品なので挙げました)、「エクウス」(1977)が挙げられます。それらの作品の中にあっても「狼たちの午後」は、最も優れた作品として分類され、従ってルメットの全作品中にあって「中の上」或いは「上の下」くらいに位置付けられますが、やはり「十二人の怒れる男」や「ネットワーク」などの傑作と肩を並べられるまでには至っていません。その理由は、「狼たちの午後」には、シドニー・ルメット特有の「これが、作品のポイントだ、この作品を通じてこのテーマを描くのだ」という強い意志表示がそれほど感じられないからです。それに対して、「十二人の怒れる男」では、共同体の安寧がたとえ危殆に瀕しても個人の尊厳を尊重し「疑わしきは罰せず」という原理を最後まで貫くアメリカの司法制度及びそれを可能にする社会システムに対する揺るぎ無き信頼と自信の表明が、また「ネットワーク」では、ブラックユーモアすれすれの強烈なマスメディア批判が、テーマとしてこれ以上ない程クリアに取り上げられています。そして、そのような明快なテーマの故に、シドニー・ルメットは社会派の巨匠と呼ばれているのです。ところが、「狼たちの午後」に関しては、ルメットが社会派であるという先入観に固執しながら見ると、焦点がいま一つ明確でないところがあります。たとえば、銀行強盗の首班ソニー(アル・パチーノ)が、「アッティカ、アッティカ」(※)と叫びながら、乗っ取った銀行の前に集まった野次馬達を扇動するシーンを見ていると、「お!この映画は警察に代表される国家権力の批判がテーマなのか」と一瞬思わせるにも関わらず、それに関してはそこまでで、そのようなテーマがそれ以上発展されることはありません。「いやいや、最後に相棒のサル(ジョン・カザール)がFBIの捜査官に射殺されるではないか、これこそまさに警察の横暴、人権無視ではないか」と思われるかもしれませんが、しかしそれが権力批判を意味するのであれば、その前のシーンでFBIの捜査官とソニーが無言の密約をする点が矛盾します。権力批判が目的であれば、肝心の主役が権力と無言の密約を交すようでは批判にならないでしょう。また、集ったマスコミが事件をショーのように扱うシーンを見ていると、マスメディア批判がテーマかと思われますが、これに関しても、特にそれ以後敷衍される様子はありません。きっと、マスメディア批判は翌年の「ネットワーク」の為に取っておいたということでしょう。それから、主人公のソニーはホモセクシャルであり、彼のワイフは何と!クリス・サランドン(スーザン・サランドンのかつての旦那です)演ずる男であることが判明しますが、70年代当時にあってはまだホモセクシャルが映画の中で扱われることは少なく、これも1つの現代的なテーマと成り得たはずです。しかしながら、「狼たちの午後」では新奇性以外の理由でホモセクシャルがまともに取り上げられているとも思われず、正直言えば主人公がホモセクシャルであるべき必然性はほとんどないように思われます。その証拠にソニーは自分がホモセクシャルである事実を隠そうとはせず、実にあっけらかんとしているのであり、とてもホモセクシャルが社会的なテーマとして扱われているようには見えません。ということで、社会派ルメットというイメージを抱いて見ていると、八方美人的に様々な社会テーマを取り込もうとしたようにすら見え、随分と中途半端であるように見えざるを得ません。殊に、扱っている内容が明らかに現実社会の歪みについてであることに加えて、冒頭を除くとバックグラウンド音楽が皆無であり、ドキュメンタリータッチが醸し出されることが意図されていることは明らかであることを考慮すると、社会派作品としては焦点が絞りきれておらず余計に中途半端な印象を受けざるを得ません。但し、まさに監督が社会派の巨匠ルメットであるからこそ、そのような批判が可能であるのも確かであり、凡庸な監督の作品であれば、最初からそんなことは問題にならないでしょう。いずれにしても、ルメットが社会派監督と呼ばれていることを考えずに、自分で生み出したシチェーションを自分でコントロールできずに、次第に深みに嵌っていく哀れな男達を描いたむしろコミカルな作品であると見なした方が、「狼たちの午後」は断然に面白いと個人的には考えています。自分は真剣であるにも関わらず端から見るとコミカルに見えざるを得ない哀れな主人公をアル・パチーノが好演しており、オーディエンスの方では、銀行強盗であるにも関わらず主人公に同情を禁じ得ないところが作品のミソなのです。銀行強盗に入ったはいいが、準備されている現金高が僅かしかなく、出納係のおばちゃんに「あなた達本当にきちんと計画をたてたの?」とたしなめられる主人公に哀れを感じないオーディエンスはまずいないことでしょう。その意味では、太鼓腹を突き出してソニーを説得しようとする刑事(チャールズ・ダーニング)は、国家権力の権化というよりはコミカルなシチェーションを盛り立てる道化師であるように見えます。最後に付け加えると、アル・パチーノの相棒サルを演じているジョン・カザールは、かつてメリル・ストリープと同棲していた実績があり、彼女を「The delicious robot」と呼んでいたそうですが、これには思わず膝を打ってしまいました。というのも、強調点は「delicious」ではなく、「robot」の方にあるからです。残念ながら彼は「ディア・ハンター」(1978)出演後に亡くなります。

※アッティカとは刑務所の名称であり、待遇改善を求める囚人達が暴動を起し、警察の武力行使によって多数の犠牲者を出す事件が70年代初めに発生したことで知られています。主人公は、その件を持ち出して、警察の横暴を訴えているわけです。


2003/04/12 by 雷小僧
(2008/11/25 revised by Hiroshi Iruma)
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