▼第3の手紙〔ブンガ→僕〕


  


    やあ。久しぶり。突然の手紙だったから何事かと思ったぜ。


    彼女と別れちゃったそうだけど、お前のことだから心配には及ばないんだろう


  と思う。わざとらしい慰めの言葉なんか書かずにおいてやろう。


    ただ、お前が彼女と別れて落ち込んでる、というか混乱してるってのは少なか


  らず意外だったな。──もしかすると、俺は少しお前のことを誤解してたのかも


  しれない。ナイーブなところ、少しは人に見せた方が可愛げがあっていいんじゃ


  ないか? 最近はそんなのも受けるらしいぞ。


   だいたいお前は、変なところで格好つけようとしすぎるんだよ。高二の時に音


  楽室のガラスを割っちまった時だって……まあいいや。


    さて、手紙で相談された件だけど、俺なりのアドバイスを書いておこう。嫌味


  ばかり言ってても仕方ないからな。


    彼女から借りた何かを思い出せない、大掃除しても何も出てこない、かといっ


  て彼女に問い合わせるのも気まずい。だいたいそういう事情でいいのかな?  頭


  の中と同様、手紙の文章もかなり混乱してたから内容を理解するのに時間がかか


  ったぞ。


    ワトソン君、そういう時は発想の転換が大事なのだよ。あるいは細かなディテ


  ィールから大きなものを想像するってことだ。彼女の手紙を読み返してみろよ。


  お前の手紙ではごっちゃに表記してあったけど、「あなたに貸したもの」となっ


  てたんじゃないか?  きっと「あなたに貸した物」じゃなかったと思うぜ。


   多分、彼女が意味してるのは具体的な物体じゃなくて何かしら抽象的なものな


  んだよ。「物」っていえばちゃんと形を持った物体のことだけど、「もの」って


  いったら有形無形のいろんなことがらを指し示すことができるからな。彼女に対


  して、精神的に何か借りのようなものはないかい?  金銭的な点ではどうだ?


  立ち入った事情については俺は何も知らないし、踏み込むことでもないんだけど、


  その辺りのことを考えてみてもいいんじゃないかな。


  


   さて。今、手元にある小さい辞書(大学の近所の古本屋で買ったもんだ)を引


  いてみたんだけど、ちらっと眺めるだけでも「もの」っていう名詞には実にいろ


  んな意味があるもんだ。面白いから用例を列挙して解説してやろう。


  


  「便利な物」……物体としての「物」。


  「人生というもの」……ことがらとしての「もの」。


  「ものをわきまえた人」……道理、秩序、因果関係。


  「ものになる」……取り立てていうべき対象、有用な何か。


  「ものに憑かれる」……化け物とか幽霊。いわゆる「物の怪」。


  「ものを言わない」……言葉。口に出して言う何か。


    さて、さらに複合語の構成要素としての「物」にはこんな意味もある。


  「物悲しい」……「何となく」っていうニュアンス。


  「物言い」……反論、苦情、不平。


  「物自体」……哲学用語で、現象の原因としての存在。


  


    さらに突っ込んで考えてみるとしよう。彼女って、俺も一度会ったことがある


  よな?  あの顔だちのはっきりした子だろ?  と言っても、実は顔はあんまり覚


  えてないんだが、目だけはやけに印象に残ってるな。頭の回転が早そうで、勝気


  っぽい感じがしたのを覚えてる。何となく、一筋縄じゃいかない相手のように記


  憶してるんだが。


    その点から想像してみるに、彼女からの手紙に書いてあった追伸は、お前への


  要求じゃなくて、ある種のメッセージなんじゃないだろうか。俺には、その文面


  の中に彼女が何かを託しているように思えてならないんだ。


   こうは考えられないか? ──彼女は、お前に手紙を書いた。まあいわゆる別


  れの手紙だった。だけど、言葉を連ねた後でも何となく言いたいことが残ってる


  ような気がした。彼女なりの不平不満もあったのかもしれない。それで、ちょっ


  としたメッセージを残すことにした。


    いいかい、言霊って奴を甘く見ちゃいけない。彼女が記した言葉の奥には、言


  葉にならない多くのものが広がってるんだ。それは発せられた言葉よりもずっと


  重くて大きいものかもしれないし、その言葉と正反対のことかもしれないんだ。


  大切なのは言葉じゃなくて、言葉の奥に隠れてるものなんだよ。


    もちろん、これはただの仮説だ。とんでもない見当違いかもしれない。でも俺


  は、お前の手紙や、そこに書き写されてた彼女の言葉から何かのうねりのような


  ものを感じるんだ。ちょっと格好つけた言い方をすれば、物語の予感って奴かな。


  高校時代から眠り込んでた俺の創作意欲を刺激してくれるよ。「彼女の言葉」プ


  ラス「お前の手紙」、1プラス1は2じゃないんだ。3にも4にも広がっていく


  可能性を感じるんだよ。


   何かの本を読んでたら、俺の好きな映画監督が、作品っていうのは観客や読者


  の中でどれだけ広がっていくかが価値なんだって書いてたんだけどさ、そういう


  意味じゃお前の手紙とそこに書かれてた彼女の言葉はなかなかに価値があるよう


  に思えるんだ。面白がっちゃいかんのだろうけど、結構楽しく読ませてもらった


  よ。いろんな意味でさ。


    もう一回、彼女が君に手紙を書いた理由を、そして彼女の気持ちを考えてみた


  らどうだい?  そこから何かが現れてくるかもしれないぜ。──これは、あくま


  でも俺の勘だけどね。


    さて、最後に友達としてちょっと偉そうなことを言わせてくれよ。


    彼女と、ヨリを戻すべきなんじゃないか?  ──そりゃ、二人の間のことは俺


  にも分かりゃしない。もう一回振られたって責任は取らないぞ。だけどね、言霊


  は、物語のうねりは、このままで終わっちまうことなんか望んでないとおもうぜ。


  もっと違ったラストシーンを求めてるような気がするんだ。


  


    以上、俺の勝手な想像と推論でした。少し腹が立ったかい?  当たってる確率


  は低いかもしれないけど、結構いい線いってると思うぜ。


    じゃ、また今度。冬休みは実家には戻らない予定なんで、また手紙でも書いて


  くれよ。一体どうなるのか、楽しみにしてるからさ。


  


                                                       12月20日  ブンガ


  


  追伸  最後に俺の好きな作家の言葉を一つ。


    「時の流れを逆上るのは不可能だとしても、流れに失ったものを取り戻すの


       は不可能ではない」


        もう一度、彼女とうまくいくといいね。









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