広がるまちづくりの輪−夢塾21の活動

平成14年度ふるさとづくり賞応募(2002.6.17)

公園はみんなの「遊び」の基地、 防潮壁はみんなのキャンパスだ!

「どこまで遠くまでとばせるか競争だ」「距離では負けたけど、飛んでいる時間なら子供に負けないぞ!」
 2002年3月24日、ゆめランド一周年記念事業として親子による伝承遊び大会が開催されました。紙飛行機とばしでは、子供と大人が一緒になって距離や滞空時間を競い合いました。あちこちで、こま回しやビー玉など懐かしい遊びを大人と子供が一緒になって楽しんだり、地域住民手作りの豚汁もふるまわれました。ユニークな遊具のある公園は子供達の人気の的。子供達のにぎやかな声がいつも聞こえてきます。それだけではありません。地域を花一杯にしようと端材を用いたプランターづくりも公園で行われました。公園が地域のコミュニティの場として積極的に活用されているのです。


ゆめランド1周年事業


ゆめランド1周年事業


「こんなところに階段があるぞ」「滝の中にシャチがいるぞ」
 2002年5月末、防潮壁に2つのトリックアートが出現しました。それまで、汚く汚れていた防潮壁が港のワンダースポットに生まれ変わったのです。防潮壁をよくみると、その他のところにも何やら絵が描かれています。こちらは、地元出身の画家の卵と小学生の合作による港のお祭りの風景です。祭り風景の下絵に子供達がまちの人を描き込みました。今まで、どちらかというと地域を分断する壁としてしか見られていなかった防潮壁が地域を楽しく演出する空間に変わりつつあるのです。


トリックアート


トリックアート


子供たちの絵

子供たちの絵


 住民の主体的な取り組みが人の輪を広げ、どんどん新たな取り組みに展開しています。ここでは、その中心的役割を担っている夢塾21の取り組みを紹介したいと思います。

まちづくりのきっかけ

 築地地区は「港まち」として発展したところですが、港湾機能の沖合展開の中で、当地区の港湾機能が低下し、商業・業務機能の停滞や人口の流出が顕著となりました。このような中で、市民に親しまれるみなとづくりが行政の課題としてとりあげられたことがまちづくりの始まりといえます。

 当初は行政の取り組みが中心でしたが、1986年度に再開発事業の実施に伴う地元組織を母体として「築地ポートタウン21まちづくりの会」が発足したことを契機に住民が主体的に関わるまちづくりがはじまりました。活動としては、年に数回、行政との懇談会やまちづくりの先進地視察、まちづくりニュースの発行(隔月)をしており、世界デザイン博覧会(1989年)においては、築地地区全体を宝島にみたてた「宝島フェスティバル」を開催したり、ラブホテル建設反対運動などにも取り組んできたという経緯があります。

 「夢塾21」はまちづくりの会の中に設置された「福祉・景観」を中心テーマとした専門委員会の愛称です。当初は1年間の活動として1996年に発足しましたが、「車いすタウンウォッチング」などの取り組みを通じて、住民のまちづくりに対する関心が高まり、具体的なまちづくりに取り組みたいということになりました。その第1弾としてとりあげられたのが稲荷公園の再整備の計画づくりです。

稲荷公園の再整備のとりくみ

 稲荷公園は、戦災復興の区画整理の中で整備された公園ですが、老朽化しており、築地地区が福祉のモデル地区に選ばれたこともあり、その視点からの再整備が課題となっていました。そこで、夢塾21がワークショップ開催の実行委員会としての役割を果たし、4回のワークショップによって愛称を「ゆめランド」とする計画案をとりまとめ、住民からの提案という形で行政に提出しました。1997年度のことです。

 今では、ワークショップは各地で行われるようになりましたが、当時の夢塾21のメンバーにとっては初めてのことばかり。外部の応援部隊としてコンサルタントや大学の先生、学生さんの参加も得ながらすすめました。

 公園という身近な施設を対象として住民の方々が主体的に考えたことは様々な面で成果がありましたが、その中でも最も大きい点として住民の意識の変化という点があげられます。当初、トイレの設置に反対していた周辺地域の人々が、子ども達の声を聞くなどする中で、トイレの重要性を認識し、設置する方向でまとまったことです。稲荷公園が公園のある町内だけの公園ではなく、地区全体の公園として意識されてきたといえます。

 小学校の協力によって進められたという点も重要です。地元の西築地小学校では、まちづくりを教育のテーマとした取り組みを実施しており、まちづくりの会が授業を受け持ったこともあります。夢塾21にも小学校の先生の参加があり、「こんな公園だったらいいな」と夢を描いてもらった絵画コンクールについては、小学校として取り組んでもらったこともあり、多くの応募が得られました。また、遊具選びワークショップは学校の授業として全校生徒の参加によって行われました。

住民に愛される公園に

 公園の整備にあたっては、住民の手作りのものを公園に設置しようということで「絵タイルづくり」が行われました。小雨まじりの寒いにもかかわらず、400名もの地域住民の参加によって300枚以上の絵タイルが作成され、公園の通路やコンクリートウォールなどにとりつけらました。この絵タイルづくりの際には、地元住民の手でジャンボいなりと豚汁がふるまわれましたが、ゴミを出さないという配慮から、お椀と箸をみんなで持ち寄ることも行われました。さらに、2001年3月の公園のオープニングに際しては、地元主催のイベントも企画されました。

 稲荷公園は地区内の貴重な公園ですが、再整備前までの利用状況は多くの人々に日常的に利用されているとはいいがたい状況にありました。それがこのような取り組み通じて公園に対する愛着がわき、その管理についても地域で取り組んでいこうということになり、ゆめランド稲荷公園愛護会が学区全体の住民の参加によって作られました。冒頭で紹介したゆめランドでの取り組みは、この愛護会が中心になって行っているものです。

第2弾は防潮壁の修景

 公園づくりの取り組みは地域の住民にまちづくりの面白さに気づく機会となり、具体的なまちづくりの第2弾として、防潮壁の修景に取り組むことになりました。この防潮壁は伊勢湾台風を契機に作られたものですが、その後、その外側に新たな防潮壁が作られたため、防潮壁の機能を失っています。取り壊すこともできるのでは、ということからいろいろなアイデアが出され、稲荷公園の時と同じようにメンバー以外の声も取り入れようということから、3回のワークショップを行い、1999〜2000年度の2年間の活動の成果として防潮壁の修景に関する提言をとりまとめました。

 稲荷公園の場合は、夢塾21の提言を受けて、行政のお金で再整備が行われたわけですが、防潮壁に関しては、行政課題として取り上げられていたわけではなく、提言したままでは実現の可能性はありません。

 そこで、今度は提言の具体化に向けて、2001年度よりそれを実践に移す活動に取り組んでいます。修景計画ではいくつかのゾーンにわけ、様々な提案を行いましたが、それを具体化するため、6つの計画ごとに担当を定め、2つずつが1つのグループとなり、それぞれのグループワークをすすめる中で少しずつ形になってきています。
冒頭で紹介した、トリックアートと子供達による絵はその一部であり、この他にも、ギャラリー風写真展示や銘板の設置、緑化、アーティストとの協働による作品展示、愛称募集などをすすめています。

まちづくりの広がり

 現在、夢塾21は「パート4」として活動しています。このような活動を続ける場合、中心メンバーが固定化してしまい、新しい人が参加しにくくなるようなケースもみられますが、夢塾21では世代交代がうまくすすんだという点でも注目できます。パート1からパート3の中心メンバーであった人達がゆめランド稲荷公園愛護会を立ち上げ、その中心となり、夢塾21は次の若い世代にバトンタッチされたのです。さらにその人脈から港に関わるアーティストなど新たなメンバーも増えています。トリックアートについては、中部地域で唯一トリックアートを専門とする緑区在住の画家の協力をとりつけ、来年にはその指導によって子供達の手でトリックアートを描こうという計画も生まれています。

 また、防潮壁の修景の取り組みの中で、新しいテーマも生まれています。防潮壁に展示するために昔の写真を集めはじめたわけですが、それだけではもったいないので写真集にしようという取り組みです。この他にもアートを通じて海外の子供達との交流を図ろうというアイデアも出されています。次々と広がるまちづくり、これからの展開が楽しみです。

都市研究所スペーシアのホームページでの以下の記事を参考ください。

  築地地区のまちづくり(その1)
  築地地区のまちづくり(その2)−稲荷公園の再整備
  築地地区のまちづくり(その3)−防潮壁の修景を考えよう
  築地地区のまちづくり(その4)−防潮壁を修景しよう
  みんなで創ったゆめランド(稲荷公園)完成!
  ゆめランドでプランターづくり
  名古屋市・港区にトリックアート出現

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