見えない鎖 2

  その日は一日があまりにも長かった。凌統は調練にも身が入らず、馬の手入れもおざなりで、愛馬に髪を囓られた程だ。
 やっと仕事が終わると、手下と一緒に帰ろうとしている甘寧の腕を引き留めた。
「ちょっと待て!」
「お? 何だ、凌統?」
「悪いけど、顔貸してくれないか?」
「良いけどよ?」
 そのまま凌統は、甘寧が逃げ出さないように手首を掴んだまま自分の屋敷に向かった。元から体が弱かった母が、父の後を追うように亡くなって、今屋敷には自分とごく少数の家人しか住んでいない。その事を淋しく思う事もあったが、今は父の仇のこの男を、母に見せずにすんで良かったと、親不孝な事を考えた。
 そう、こんな親不孝な男は他にいないだろう。本来なら親の仇としてこの手で討ち果たさねばならない男を、両親の家に連れ込んで、自分は何をしようとしているのか。母は泣くだろう。父は決して自分を許さないだろう。
 それでも、凌統はもう自分の気持ちを止める事が出来なかった。
「で、何だ? 改まって」
 甘寧は凌統の部屋に通されると、さっさと臥牀の上に座った。人の部屋でなんて事を平気でするのか。
「あんた、誰んとこでもそんなとこに座んのか」
「あ? だってこの部屋、座布団一つしかねぇじゃん。文机の前のアレはお前が座るんだろ? したら俺はここに座るしかねぇじゃねぇかよ」
「……ったく、どんな神経してんだっつーの。まぁ、今日んとこは好都合だけどな」
「?」
 ぶつくさ言うと、凌統は甘寧の隣に座った。甘寧の縁取りでも書いてあるような目が自分を見ている。そのまま視線を下に降ろしていく。首筋、胸、脇腹……。どうしてこの男はこうもあけすけに体を人に曝すのか。
「何だよ。何見てんだ?」
「ちょっと腕上げてみろ」
「は?」
 意味が分からねえといぶかしがる甘寧を後目に、凌統は左手で甘寧の肘を取って上に上げさせ、右手で甘寧の体に触れた。何かを探すように、その手を体に沿って上下させていく。
「おいよせよ。くすぐってぇだろうが」
「うるさいな。ほら、後ろ向いてみな」
「何探してんだよ」
「キスマークだよ」
「は?」
 うなじに触れると、甘寧の体がぴくりと震えた。試しに首筋に指を沿わせたら、甘寧は初めて身をよじった。
「よせよ」
「ついてないね、キスマーク」
「だから、そのキスマークって何だよ。やめろって。くすぐってーって言ってんだろ」
「やっぱ呂蒙殿も見える所にはつけないか? そりゃそうだよな。あんたいっつも裸だもんな。キスマーク見せびらかすのもどうかと思うよ」
「だから何の話なんだよ! おっさんがどうかしたのか?」
「あんた、昨日呂蒙殿んとこ泊まったんだろ?」
 甘寧が目をしばたかせる。しばたかせながら、凌統の手から首を守ろうとでもしているのか、首筋を手で覆った。
「……泊まったけど……。でも別に俺、おっさんとこの女に手なんか出してないぜ」
「あんたが出してどうすんだよ。こりゃ見えねぇとこ探さないと意味ないか? ほら、脱いでみろよ」
「…何で俺が脱がねえといけねえんだよ?」
「うるさいな。あんた呂蒙殿に抱かれたのかって訊いたって、素直になんか答えないだろ?」
「は? おっさんに? 俺が? え?」
 一瞬呆けた甘寧の腕を、凌統は脱ぎ捨ててあった夜着で素早く一つに括って臥牀の柱に縛りつけた。
「な! 何しやがんだ! 放せよ!」
「誰が放すかよ。さぁて、ご開帳といきますか」
「よせって!」
 下履きごと一気にズボンを降ろすと、そこにはあまりの展開に呆然とする下半身が眠っていた。
 正直、そんなモンを見たら少しは引くかと思っていた。甘寧に惚れているのは頭の中のファンタジーで、現実を見たらひょっとしたら目が醒めるかもしれないと、さっきまでは少しだけ本気でそう思っていた。
 でも、そんな事は全くなかった。
 自分のモノと似たような形をしているくせに、自分のモノよりちょっと細めの甘寧のを見たら、凌統はなんだかひどく愛おしくなった。
「甘寧」
「な、何だよ」
「あんたが選べる選択肢は二つだ。このまま俺に無理矢理強姦されるのと、手をほどいて俺に優しくフルコースでいただかれんの、どっちが良い?」
「そ…それしか選べねえのかよ!」
「当たり前だ」
「おめぇを殴って逃げるって選択肢は!?」
「ないね」
「いやあるだろ!」
「ないって。だってさぁ」
 凌統は、甘寧自身に触れてみた。なんだか自分が眠っている時の状態より柔らかい気がして、その心許なさがよけいにイイと思った。
「だって、あんたは俺のモンなんだから」
 甘寧は目を見開いたまま、眉根だけきつく寄せた。戦の時によくそんな顔をするが、凌統はその顔が好きだった。
「誰がいつそんな事決めたんだよ」
「あんたが父上を殺した時さ」
 そう言うと、甘寧ははっとしたように凌統を見て、それから伏せ目気味に横を向いた。その顔を見てたら、凌統は少しだけ後悔した。自分はずいぶん卑怯な事をしている。甘寧の心が自分から逃げ去っていく音を、聞いたような気がした。
 それでも。
「…あんた知らなかっただろう? 俺があんたに惚れてるって事をさ。なのにあんたは宴のたんびに呂蒙殿といちゃつきやがってよ。しかも夕べのありゃ何だ? もし呂蒙殿とやったってんならもう選択の余地は無ぇ。無理矢理強姦コースだからな」
「それ、ひょっとして告白か?」
「ひょっとしなくても告白さ」
「……色気の無ぇこった……」
 甘寧は溜息をつくと目を閉じた。そのまま口元をきつく閉じて、暫くじっとそうしていた。凌統はその様子を息を殺して見守った。心臓が口から飛び出そうな程バクバクと言っていた。もうこれ以上待てそうになかった。これ以上待ったら、心臓が壊れてしまうと思った。
「おい甘寧」
 そっと手を出したら、足蹴りが返ってきた。
「うるせえな。今考えてんだ。少し黙ってろ」
「考えてるって、何を」
「だって、選択肢二つしかねえんだろ? どっちもやだけど、でもどうせだったら痛いのはやだな、とか、でもやっぱお前下手クソそうだから、フルコースっつっても痛そうだな、とか、つーか俺男相手にすんの初めてだから、何をどうされたって痛えんだろうな、とか、そういう事を考えてんだよ。選択肢二つって、やっぱきつくねぇ?」
 今度驚いて目を見開くのは凌統の番だった。こいつは何を言ってるんだ? ひょっとして……?
「あんた、それOKってことか?」
「だって二つしかねえんだろ? 他にどうしろって言うんだよ」
 甘寧は軽く下唇を突き出して凌統を睨んだが、その目は少し笑って見えた。その顔を見るなり、凌統は全身の力が抜けていくのを感じた。ほっとして、甘寧の上に崩れるように重なる。
「なんだよおい! 重いぞ、どけよ!」
「うるさいな。少しくらい良いだろう? 俺はずっと、あんたは俺を嫌ってるって思ってたんだぜ?」
「嫌ってるのはお前だろ。別に俺は嫌っちゃ…んっ」
 そうと分かればもう遠慮はいらなかった。凌統は甘寧の言葉を遮って、唇を奪った。唇は、思ったよりも柔らかかった。こいつの体はどこもかしこも俺の予想を裏切って、俺好みにできてやがると、そう思った。
「凌統…ちょ、がっつくなよ!」
「うるさいっつーの。んな余裕あるかよ。俺はもう一秒でも早くあんたを喰いたくって堪んねえんだよ」
 凌統は甘寧の額にも頬にも鼻の先にも唇を落とした。顎の先を軽く噛んだら、甘寧は呆れたような笑い声を漏らした。
「何やってんだよ。くすぐってえって」
「だからうるさいっての。あんたん体ん中で知らない所があんのがヤなんだよ。今日は全部調べて、あんたの体地図を作ってやるからな」
「なんだその体地図って」
「あんたのイイ所マップだよ」
「うわ…なんかお前、やっぱ変態かも……」
「黙ってろっての」
 顎の下とか首筋とか鎖骨の間とか厚い胸板とか肘の内側の窪みとか、とにかく凌統は手当たり次第に舌で辿った。始めはくすぐったいを連発していた甘寧も、そのうち段々大人しくなって、時々小さな呻き声を上げた。
 腕は相変わらず縛ったままだった。
 甘寧がどんなにうち解けた様子を見せてくれたって、放したら逃げられるのだと、凌統はちゃんと分かっていた。抱きついて欲しいとは思ったが、そんな幻想が叶うはずもない。
「あんた、結構イイ声で鳴くんだな」
 そう言う凌統の声だって上擦っていた。甘寧の声だけで達きそうだ。
 足の指を一本一本丹念にしゃぶると、甘寧は内股を引きつらせた。口ではまだ時々くすぐったいと言っていたが、もう下半身はしっかりと反応していた。
 足の甲、踝、ふくらはぎ、膝の裏、膝頭……太腿の内側を下から舐め上げると、甘寧は小さく叫んだ。
「うっ、おい…おいったら!」
「何だよ、今良いとこなんだから邪魔すんなっつーの」
 足の付け根の柔らかな窪みを執拗に舐めると、甘寧は腰をくねらせてのけ反った。
「そこ、もうやめろって」
「ここだけで達けそうかい?」
「ばか! くすぐってーんだよ!」
「そうは見えないけどね」
 すでに堅く勃ち上がっている甘寧の先端を指でピンと弾くと、甘寧は「いてっ」と叫んで凌統を睨みつけた。男心をくすぐる目だ。
「なぁ、これ、喰っても良いだろう?」
「……駄目だっつっても喰うんだろ?」
「何だよ。ずいぶんイヤそうじゃないか。こっちはもう限界だって言ってるぜ? 達きたいんだろう?」
「達きたくなんかねぇよ」
「無理すんなよ。こんなにしてるくせに」
 甘寧のそこはもう透明な雫をこぼしていて、少し触れただけで弾けそうだった。凌統は指で輪を作って、根本の部分だけゆっくりとしごいてやった。
「達きたくねぇつってんだろ!」
「じゃあこれは何だよ」
「お前の前じゃ達きたくねえんだよ! だってお前、見る気だろ!?」
「そりゃ見るさ。たっぷり拝んでやるよ」
「絶対達かねぇ!」
「いちいち可愛い事言う口だな、全く…!」
 凌統は構わず甘寧を口に含んだ。先端だけをすぼめた口の中に出し入れすると、それだけで甘寧はあっけない程簡単に達った。達った瞬間はさすがに見れなかったが、ドクドクと間欠的に放出している間の少し蕩ろける様な顔はばっちり瞼に焼きつけた。
「いい顔するじゃん」
「お前、サイッテー」
「最低で良いよ。中途半端に思われるより、最低の方がずっと良い」
 少しだけ真面目にそう言うと、甘寧はバツが悪そうな顔をした。
「あぁったく…そういうほだされる様な事言うな、バカ!」
 それから足で凌統の顔面をげしっと蹴りつけると、全身の力を抜いた。
「分かった。もう好きにしろ。何か疲れた」
「…良いのかよ。俺フルコースでやるって言わなかったか?」
「どうせイヤだっつっても選択権ねぇんだろ」
「まぁそうなんだけど…」
「それより、いい加減腕ほどけ。フルコースの時は腕ほどくって言ったじゃねえかよ」
 その言葉を無視して、凌統は甘寧の脚の間に体を進めた。ほどいたら最後だと思った。凌統には、今目の前にいる甘寧を自分の物にする事しか考えられなかった。ほどいたら逃げられる。自分と甘寧は、そんな関係でしかない。
 分かっているから、余計に欲した。
 腰を浮かせてそっと指を這わすと、「おい、腕ほどけって」ともう一度言ってきた。それでも無視して先を続けると、甘寧はむっとしたように目を閉じて眉間に皺を寄せた。指を中に入れた時も、凌統自身が押し入った時も、甘寧はその目を開けようとしなかった。
「何で目閉じるんだよ。俺を見ろよ」
 甘寧は答えなかった。相変わらず、じっと目を閉じていた。眉間の皺が深くなった様な気がした。痛みとか、不快感とか、快楽に耐えているとか、そういう顔ではなかった。ただ何かをかみ殺す様に、甘寧はじっと目を閉じていた。
「俺を見ろよ! 甘寧、かん…興覇!」
 字を呼ぶと、甘寧はほんの少しだけ瞼を開けた。凌統はすかさず視線を合わせたが、甘寧は慌てたようにまた目を閉じた。
「興覇!」
「……そんなに見て欲しいんなら、先にそっちが腕ほどけ! 何が優しくフルコースだ! ただでさえ色々痛えのに、そんな乱暴に揺すったら肩壊れんだろ! 少しは考えろ、このバカ!」
「だってあんた逃げるだろ!」
「この状況でどうやって逃げろってんだよ! 畜生、少しでもお前にだったら良いかなとか思って損した! 口では可愛い事言うくせに、やる事はメチャクチャじゃねえかよ!」
「え…今、なんて……」
 返事の替わりに、背中にかかと落としが降ってきた。体の中心を刺し貫かれている割に、よくそんな事ができるものだと凌統は内心舌を巻いた。しかしそんな間にも、二発三発と、背中に本気のかかとがヒットする。
「ま…待て! 分かったから暴れるな! ほどくから! 今腕ほどくから!!」
 慌てて夜着をほどこうとするが、挿れっぱなしなので甘寧は体を二つに折られて悲鳴をあげた。
「お前殺す気か! 抜けってバカ!」
「せっかく挿れたのに抜くかよ!」
 深くくわえ込まされて、甘寧は痛いんだか何だかよく分からないような涙をにじませた。
「も…お前みたいなバカとは二度とこんな事するもんか……! 畜生、今日の事、一生忘れねえからな!」
「……それはそれでありがたいけどね」
「だから、そういう可愛い事言うな! すげータチ悪い、お前!」
 腕がやっと自由になると、甘寧は手の甲で自分の目元を覆った。
「おい興覇、怒るなって」
「怒るだろ、普つ……ん、ばかよせ!」
 凌統がそのまま腰をすりつけるようにゆっくりと抜き差しすると、そのじれったいような感触が、妙にイヤらしくてぞくぞくした。
「ん…っやめろお前、何だよその腰使い!」
「あんたが痛いって言うから、優しくしてやってんだろ。それとも、もっと激しい方が良いのかい?」
「知るかバカ! んっ…う、あ……っ」
 覆った手の甲からちらりと見える目の縁が、朱く色づいて綺麗だった。時々堪えきれないようにきつく目を閉じる。切れ切れに漏れる低い喘ぎ声や、微かに動く腰つきが、甘寧も感じているのだと伝えてくる。
 甘寧も。
 あぁ、俺今甘寧と一つになってんのか。俺も甘寧も、二人で一緒に感じて……。
 そう思ったら、凌統は急に、嬉しいような、むず痒いような、甘酸っぱいような気持ちになって、恥ずかしさを誤魔化すように夢中で腰を使った。
「うわ、凌統! や…やめろ、バカ!」
「あぁ、やっぱり激しい方がお好みかい?」
「違…んっ、俺、初めて、なん、だから、そん、なに、揺する…な!」
 激しく揺すられて、甘寧の言葉が揺れる。声だけでなく、髪も、汗も。
「初めて初めてって、そんなに俺を喜ばせてどうすんだっつーの! あぁ、あんたの事、こんなに好きだとは知らなかった……!」
「嘘つけ…!」
「何で嘘とか言うんだよ」
「だって、腕、だって、ほどか…なかった、し…、んんっ…お……オヤジさんのこと……あ、あ、よせ…!」
 凌統は甘寧自身に手を伸ばした。優しく、手のひらで包むように優しく、それでも放出を促すように丁寧にしごいた。甘寧の目がきつく閉じられて、唇から覗く舌が、イヤになる程エロティックだった。その舌に、凌統は魅せられた。
 その舌だけで、凌統は達った。



「…悪かったよ」
 濡れた布で体をぬぐってやりながら、凌統は素直に謝った。甘寧は後ろを向いていた。
「腕、痛むかい?」
「痛えのは腕じゃねえ」
「腰か?」
 そういうと、甘寧はまたむっつりと黙った。
 痛むのは心だろうか。
 髪に手を差し入れると、甘寧は怒ったように肩を揺すった。
「俺はずっとあんたを憎いと思ってた。父上の仇だって。でも本当は、あんたの事がずっと好きだったみたいだ」
 甘寧は背中を向けたままこちらを見ようとはしなかった。その背中に向かって、凌統は告白を続けた。
「それでも俺はあんたを『仇』という言葉で縛り続けてきた。父上に対しての後ろめたさもあったし、認めたくなかったんだ」
 甘寧の背中。左右対称に竜がうねっている。その竜の間に、形の良い背骨と、背骨を包んで盛り上がる筋肉がくっきりと伸びている。いつも見ているその背中が、今日はいつもと違って見えた。
「あんたはいつも呂蒙殿とは親しくしているし、呂蒙殿の膝には平気で乗るだろう? アレ見てたら、何か堪んなくなってきてさ。あんたは俺のなのにって、そう思って……」
 甘寧は微動だにしない。怒っているのか、呆れているのか……。
「俺はずっと、父上の事を言い訳にしてたんだ。あんたは俺のモンだって。だからさっきもつい……」
「もう良い。黙れ」
「聞けよ。今しか言わないから」
「こっぱずかしいんだよさっきから! 女みてえにぐちゃぐちゃ言うな! もう分かったから黙ってくれ!」
 振り向いた甘寧の顔は真っ赤だった。その居たたまれないような風情がなおさら愛らしい。戦にしもて色恋にしても、まどろっこしいのは苦手という事か。あんまりらしくて、少し笑った。
 凌統は甘寧の肩に手を添えて、もう片手を背に回し、甘寧の頬に唇を寄せた。
「俺は、父上のせいであんたを抱いた訳じゃない。あんたが好きだから抱いたんだ」
「うるさいって」
「あんたはどうだ? 俺が父上の事を言ったから、だから抱かれたのか?」
「俺はそんなに女々しくねえよ。お前だって、今まで何人も敵を殺してきたじゃねえか。そいつらのガキ共に、いちいちやらせてやったりしねぇだろ?」
「口が悪いな、あんたは」
 頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜてやると、甘寧はまたうるさそうに首を振った。それから小さく溜息をつくと、「ま、そういうこった」と呟く。何がそういう事なのかは訊かなかった。どうして自分と寝たのかも、もう訊かなくて良いと思った。
「そういうことかよ」
「おぅ、そういうこった」
 二人は互いに意味のない相づちを打つと、恋人同士のように軽いおやすみのキスをして、それから一つ布団で眠った。



 翌朝、甘寧は凌統の屋敷から登城した。あまり眠れなかったのか、甘寧は途中で何度もあくびをした。からかおうとかと思ったが、十倍返しにされそうで、凌統は喉元まで出かかっている言葉を飲み込んだ。眠れないのは凌統も同じだった。隣で甘寧が眠っていたのだ。眠れという方が無茶な話だ。
 その時、目の端に呂蒙の姿が映ったと思うと、隣にいたはずの甘寧の姿が消えた。
「おっさん!」
「おお、甘寧。どうした」
「おっさん! 昨日はおっさんのせいでひでぇ目にあったんだぜ! 責任取れよ!」
 責任!?
「ま、待てよ甘寧! 責任取るなら呂蒙殿じゃなくて俺だろう!?」
 慌てて凌統は甘寧の首根っこを捕まえた。こいつは昨日の俺の告白をどう聞いていたのだ。よりにもよって呂蒙殿に責任を取れとは、それはどういう了見だ!
「なんだお前達、朝っぱらから一体何事だ。俺にも分かるように、ちゃんと順序立てて話してくれ」
「そ、それはその、プライベートな事なので」
 しどろもどろに凌統が言いつくろうとすると、甘寧はするりと凌統の腕から逃げ出した。
「おっさんが俺を膝に乗せたりするから、俺は昨日凌統に……」
「うわ――――!! バカ、こんなとこでやめろ甘寧!」
「何だよ、お前がムチャクチャしやがったんじゃねぇかよ。今更ジタバタ慌てんな!」
「……ほほう」
「いやあの呂蒙殿! この話はまた今度にして下さい! ほら、ほらもう朝議も始まりますから!」
 慌てて背を向けてしまったので、呂蒙の表情はよく分からなかったけれど。
 凌統は冷や汗をぬぐって、それから甘寧がまたバカをしでかさないように、がっちりと首を押さえ込んだ。
「なんだよ凌統! 苦しいぞ!」
 恋とか愛とかいう、目に見えない鎖でこいつが俺に繋ぎとめられるまでの間、目に見える鎖でがっちりと、こいつを繋いでおきたい……。
 凌統は背中に刺さる誰かさんの視線を感じながら、もう一度甘寧の首を抱え直し、天堂にいる神様とかいう奴に、生まれて初めて本気で祈った。
 どうか早く見えない鎖が俺とあいつの間に架けられますように。
 それからもう一度しっかりと、甘寧の首根っこを抱え直した。
 ついこの間までは仇だった、でも今は誰よりも愛しい男の首根っこを。


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