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子宮回帰願望

 私は私という一個の生がどこからきてどこに行くのか不思議であった。
 アフリカの奥地には生命を生み出す場があると考えられている。場というよりは器官である。地球が生まれ出でたときに、その生を生み出す器官を委譲されたものである。その器官に近づくことはできない。なぜならその器官は深く地中に秘められているからだ。しかし、上空から地球を観察できるようになった今ではその秘められた場所が、おそらく、ナイル川の上流の湖水地帯にある大地の亀裂の下であろうことはわかっている。溶岩が沸騰して鈍い音を立てながら泡をなすように、時々、亀裂は生命を吐き出した。海が生まれ、大地が生まれ、もっと短い周期で活動する生命体が生まれた。生まれた生命はやはり生を生み出す器官を譲り受けていく。私は遠く溶岩の泡のようにひとつの生としてこの地表に浮かび上がったときのことを記憶している。はっきりとした記憶なのではないが、どうもそういう記憶があるだろうことが推測できるということだ。すると私はどうしても そのことを確認したくなるのだ。
 そうなのだ。生はアフリカの亀裂から生まれ地球をゆるゆると周りまたアフリカに戻ってくるのだ。アフリカは生の気配が濃厚であるにも関わらず、常に死と隣り合わせになっているのもそのためだ。生まれた私は死となってアフリカに戻ってゆくのだ。私は、サバンナの大きな夕陽に照らされながら老いた象の背にまたがって大地溝帯へと降りていこう。沖縄のガマでは悲惨な死に遭ったが、死自体はいつもみんなに平等に巡ってくる。
「そういう意味もあるのかもしれないけど、そうじゃなくて、あなたが ここに戻ってきた ってこと。その意味。」
え? 
「螺旋を降りていったらそこには何があると思う?」
くぐもった声。あ、何かわかりそうな気がする。 がまわっている。わかりそうでわからない。いや、 この は何だ。これはかつて聴いた だ。あそこで。闇の中で。

 光が、最初は闇だと思ったのだが、たぶん光だ。いずれにしろ、ひどく自分の外側へ引っ張る力が、私を取り巻いた。私は、左手に何か柔らかいものを掴んで、逆に内側へ内側へと落ち込んでいった。女の顔が見えたような気がする。自分の顔も見えた。上座部仏教の仏たちの金色が私を通過する。私の上部に天蓋がある。気づくと私は遥か上空から一天四海を見下ろしていた。ここは、王(オオキミ)の視座なのだと気づくと、左手は天蓋から降りた大天のへその緒をしっかりと握っていた。
ここに戻ってきた でしょう。」
くぐもった声が言った。あの女の声だった。
「あなたは、思い出しましたか? 自分が であるか。」