ミステリ・推理小説
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作品解説 安楽椅子タイプ2002/08/12


安楽椅子タイプの歴史ミステリ

1.『時の娘』ジョゼフィン・ティ
2.『邪馬台国の秘密 改訂版』高木彬光
3.『オックスフォード運河の殺人』コリン・デクスター
4.『隠された帝 天智天皇暗殺事件』井沢元彦
5.『邪馬台国はどこですか?』鯨統一郎
6.『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』高木彬光
7.『QED 百人一首の呪(しゅ)』高田崇史
8.『QED 六歌仙の暗号』高田崇史
9.『南朝迷路』高橋克彦


『時の娘』ジョゼフィン・ティ
The Daughter of Time by Josephine Tey /ハヤカワミステリ文庫

リチャード三世は、シェイクスピアの『リチャード三世』に描かれるように幼児すら惨殺したとされる暴君として知られている。ところが、事件でケガを負い入院中のグラント警部は、リチャード三世の肖像を目にして疑問に思う。「この顔は、そんな暴君の表情なのか?」。リチャード三世に興味をもち、友人や学生から得た情報・資料をもとに、リチャード三世の実像に迫っていく……

本国英国ではオールタイムベストでも上位にはいる傑作、ベッド・ディテクティブ物の原点です。わりと淡々と話は進むのですが、ふと目にした肖像から謎が生まれ、謎解きへと向かう流れは巻き込まれ型ミステリの典型、資料という証拠から理詰めで解決していく様は本格ミステリそのものです。真相の意外性も含めて「これぞミステリ」。

題材がリチャード三世というのも、歴史(西洋史)好きには答えられません。リチャード三世は薔薇戦争末期の、ヨーク家出身の英国王。兄エドワード四世がなくなったあと即位しますが、ヘンリー七世に敗れその戦いで戦死しました(1485年=薔薇戦争終結)。じぶんが王位につくためにエドワードの王子を殺したなど、いろいろ悪い噂があります。

シェイクスピアの戯曲以降定着した悪いイメージを払拭させていく展開は、わくわくどきどきします。歴史の真相は、教科書通りとは限らないのです。歴史を知るにはむしろ、疑ってかかるくらいのスタンスこそ必要とされます。それを実践し、エンタテインメントに仕上げたところがすばらしい。 というわけでわたしにとってはオールタイムベスト5くらいに入れたいミステリです。 ただし。周りの反応からいうと、通説的(シェイクスピアの戯曲になるような)リチャード三世像を知ってないと、この作品を楽しさが半減するようです。というわけで、「リチャード三世って誰?」と考えてしまうような方はまず、戯曲『リチャード三世』を読んで、一般に思われているリチャード三世はこんな人、というのを押さえておいてくださいねっ。

付け足し:森川久美のまんが「天の戴冠」(花とゆめコミックス『青色廃園』所収)が『時の娘』と同じ結論で、リチャード三世を描いています。こちらもお薦め。

そして早川書房様へ一言:ハヤカワミステリ文庫のカバー絵が、グラントが見たリチャード三世の肖像でなくなってるじゃないですか……!リチャード三世像にもどしてください!(でないとどうして暴君とは思えない、と感じたのかわからないじゃないですか)


『邪馬台国の秘密 改訂版』高木彬光/角川文庫

名探偵・神津恭介が入院中、邪馬台国がどこにあったかを比定することに。『魏志倭人伝』に書いてある記述のみを手がかりに推理を進めていくと……

邪馬台国といえば、それ専門の本も数多く刊行され、学者から在野の研究家、はたまたまったくの一般人までがどこであったかと議論を続けている古代日本の大国。比定地(=あったとされる場所)の二大有力説は北九州説と畿内説だが、いまのところ決定的な証拠がなく、さらにそれぞれ北九州のどこ・畿内のどこと、十人いれば十通りの比定地がある状態が続いています。

この作品は、題名が示すとおり、その邪馬台国の謎に本格推理作家・高木彬光がいどむとこうなる、という作品で、謎の提示から推理を押し進めていく過程の見せ方はさすがです。ぐいぐい引き込まれて、説得力十分。読み終わったあとは、「これが正解にちがいない!!!」ってな気分になります。

大きな特徴は、魏志倭人伝にある記事からのみ推理していってること。さまざまな根拠を並べられるより、かえって説得力があります。魏志倭人伝の本文が巻末にあるので、本作品を読んだ後あらためて魏志倭人伝を通読してみるのも一興です。邪馬台国初心者にもわかりやすく配慮されているので(そこが「さすが!」たる所以のひとつですが)、専門書では敷居が高い方もどうぞ。

その論理性が本格テイストたっぷりの歴史ミステリです。


『オックスフォード運河の殺人』コリン・デクスター
The Wench is Dead by Colin Dexter/ハヤカワポケットミステリ

入院中、ふとしたことから昔の殺人事件の記録を読んだモース。男性二名が犯人として処罰されているのだが、なんだかすっきりしない。違

和感を覚えて事件背景を追うモースの前に、意外な真相が……

じつはデクスターは苦手なわたし。何冊か読んではいて、レベルは高いと思うんだけど、何だか乗れないんです。でも、これは乗れました。もともと歴史ミステリが好きというのと、事件に夢中になってるモースが何だかかわいくて。

ここに挙げた他の作品と違って、有名な歴史上の人物・事件を扱ったわけでないので地味なんですが、そこがいい味だしてるんです。あの尊大なモースがどうしてこんな事件に……と考えつつはまっていく、という。

作った話だけに展開が好都合にできてる(手がかりが計算どおり配置されてる)のが、ちょっと気になるけど、それが読みやすさにもつながっています。何しろ、数冊読んで、唯一内容を(おぼろげとはいえ)覚えているモース物なので、わたし的にはとってもお薦め!な一冊です。


『隠された帝 天智天皇暗殺事件』井沢元彦/祥伝社文庫

671年12月天智天皇がなくなる。唐突ともいえるその死に不審はないか…ケガを追い、入院したジャーナリストがその謎を追う。

うーん、これはネタばれ全開でいきます。

といっても、天智天皇暗殺事件そのものには触れません。これについては本を読んで「なるほどなぁ」「ええっ??」とそれぞれ考えてください。

わたしが気になったのは、その部分ではないところです。

この作品、ケガをした入院患者が歴史の謎を推理する、という話に並行して、現在進行中の殺人事件がからんでいるんです。で、一見ベッドディテクティブ

(安楽探偵)なこのけが人、じつは現在の事件の首謀者なんです。そして推理の内容も殺した被害者の残したメモをそのままいただいたものなんです!!

この真相には驚愕&落胆しました。ミステリ的には意外な結末ですばらしいのかもしれないけど、わたしは納得できません。歴史推理を披露されている間、こちらは納得したり疑問を感じたり、「探偵」とやりとりしているわけです。登場人物?読者というよりは、一対一の人間のように。

その相手が、じつは他人の説を横取りして、それを蕩々と述べていたと知った日には……。なんか、すごく裏切られた気分。

そんなに熱入れて読まなきゃいいのかもしれないけど、これがわたしの読書だし。

でもね、探偵がじぶんの信念に基づいてないで語っていたとしたら、読者は何を信じてその内容を信用すればいいんでしょう? そういう疑問を感じさせる構成はなんだかなぁって思うのです。 [TOP]



『邪馬台国はどこですか?』鯨統一郎/創元推理文庫

魏志倭人伝に表れる邪馬台国はいったいどこにあったのか? 表題作ほか、歴史の謎に迫る6編。

素人の宮田六郎がバーで歴史の謎を解いていく、という構成の6編で、わたしはじぶんで興味のある、「邪馬台国はどこですか?」「聖徳太子はだれですか?」の2編のみ読みました。他にはイエス、ブッタに明治維新などが取り上げられています(ちなみに短編タイトルは5W1Hにちなんでいる)。

基本的に楽しいオハナシという作りです。展開される説も奇想天外(?)なので、どこまで本気か洒落っけかわかりにくいですが、ただ読んでいる分には愉快です。

「邪馬台国……」のほうは、ここに持ってくるとは、という場所が比定地になっていました。ただたしか最初に取り上げられている資料が14世紀か15世紀のものだったり(邪馬台国の時代より1000年以上下る)、「こんなところが邪馬台国だったらおもしろいなぁ」という以上に本気で唱えるのであれば、もう少し証拠固めが必要かな、と思います。最後のオチもキレイだけど、地名の相似という点では安本美典氏の説(東遷説の一根拠とされている)という迫力のある説があるわけですし。

「聖徳太子……」のほうは、珍しい説のなかではありがちな説、という印象でした。というのは、古代史に興味のない方はご存じないかもしれませんが、大きい書店の古代史コーナーなどに行くと、聖徳太子や蘇我馬子や入鹿(蘇我鞍作)の正体本はいっぱいあるのです。これについては、わたしじしんがかなり関心を持っている某人物と深く関わるテーマなので、素直に読めなかったです。ゴメンナサイ。[TOP]


『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』高木彬光/角川文庫

東北に逃れた源義経は、北海道を超えシベリアを超え成吉思汗になったのか? 源義経=成吉思汗説を名探偵・神津恭介が追う! 神津

が入院したのをきっかけに友人の作家・松下が「歴史の謎でも解いてみないか」と持ち込んだのが源義経=成吉思汗説。正統派の学者か

らは異端とされる説だが、父親の思いを継いでこの説に熱意を見せる女学生・大麻鎮子をブレーンに加え、3人で真相に迫る……!

『邪馬台国の秘密』に先行するベッドディテクティブもの。昭和33年頃の作品らしく、それらしさがそこここに出てはいるのですが(夜行で関西行くとか)、おもしろさは全然色あせていない傑作。

この説を信じることを出発点とし、アイヌ伝説、マルコポーロなどいろんな証拠を発掘しながら突き進んでいくあたり、迫力と爽快感があってすばらしいです。終盤に宿敵?・井村教授に強烈な反対論を浴びせさせるあたり、物語的にも構成が見事。最後の最後、名前に潜む謎まで解明されたら、「やっぱりそうなのか」とつい納得してしまいます。

成吉思汗の名を解読していくくだりは、本文中にもあるとおり、当初発表されたときはなく新書版刊行の際に付け加えられたもの。わたしはじつはここが一番好きな箇所です。

このシリーズ、『古代天皇の秘密』というのもあるんですよね。読みたい……。[TOP]


『QED 百人一首の呪(しゅ)』高田崇史/講談社ノベルス

貿易会社社長が殺された。夜更け、幽霊を見たと言って部屋に戻った社長は、その夜殺されたのだ。社長は百人一首の蒐集家で、死ぬと

き百人一首のある札を握っていた。これがダイイングメッセージなのか? 事件未解決のまま、長女が自殺し、社長殺害は長女によるもの

だと判断されたのだが。漢方医・桑原崇が百人一首の謎、そして事件の解決に挑む。

百人一首配列の謎の解明が事件解決のポイントになっている作品。藤原定家が百人一首としてなぜこの百首を選んだかは、かねてより謎とされていました。というのは、選ばれているのが必ずしもその歌人の代表作でなかったりするためです。この作品では現実の事件がらみながら、その謎に真っ向から取り組んでいて、従来の織田正吉・林直道両氏の説を踏まえつつも、大胆な配列を披露しています。なかなか、おもしろかったです。この部分は素直に楽しみました。

しかし、もっと突っ込んでほしい部分も多々あり(どうしてその配列でないといけないのかという説得力が弱い)、わたしとしては、百人一首だけに絞って、もっと掘り下げてほしかった。百人一首と現実の事件がうまくからんでいるという意見もありますが、わたしにはそんなにうまくからんでないように思えます(『隠された帝』もそうでしたが、難しい問題です)。

百人一首配列を新書で見せるというのは、物理的に難しい問題があります。だから推理途中ではいらいらさせられたりもするのですが、最後にちゃんと!配列したものが折り込みでついています。それを楽しみに読みましょう(^^) 買った方は、読み終える前に不用意に開かないようにしましょうね。何の注意書きもないけど、開くとそのまま(百人一首については)解答になってしまうので。

この方、次の作品は準備されているのでしょうか。こういうテーマだとうれしいです。[TOP]


『QED 六歌仙の暗号』高田崇史/講談社ノベルス

「六歌仙を卒論のテーマにしてはいけない」。六歌仙の謎に魅せられた人物が次々と不審な死を遂げる。六歌仙の謎に何が潜んでいるの

か? 漢方医・桑原崇が歴史の謎に挑む。

『百人一首の呪』に続く第2弾。探偵役等、レギュラーは変わりませんが、謎の対象は変わって六歌仙です。六歌仙といえば平安時代の歌人。百人一首も和歌ですし、続編らしいテーマです。現代での殺人事件とリンクさせているところも前作同様です。 では前回なみにおもしろいかというと……う?ん。むしろ、前回弱かった点がさらに弱くなってしまった印象です。 前回の場合、百人一首の謎を解き明かす論証部分が弱かったのですが、今回はさらに弱く、六歌仙の真相(正体というか、六歌仙選出に秘められた謎の解明)の暴露は、論証というより探偵による一方的な説明で、ミステリの謎解きの体裁になっていません。現代の殺人事件の謎もグレードダウンしていて、前作のほうが作品レベルは上でした。

六歌仙の正体というネタそのものはおもしろいのにもったいない。歴史ミステリの体裁でいくとして、同じネタでもっと工夫できたのではないかと思います。前作の刊行からそんなに経ってないんですし、じっくり時間をかけて書いてほしかったです。ここら辺、編集部の方々にも一考願いたいところです。[TOP]


『南朝迷路』高橋克彦/文春文庫

推理小説家・長山作治は、友人・名掛亜里砂の雑誌の企画で、後醍醐天皇の足跡を追い隠岐にやってきた。後醍醐天皇は、13世紀南北

朝の時代、天皇親政を実現した天皇である。隠岐に後醍醐天皇の秘宝が隠されているという情報をきき、関心をもったふたりだが、その謎

に迫ろうとすると正体不明の人物から脅迫を受けることに。同じころ、青森県の小さな村で、火祭りの日に男性の死体が発見された。その

死体は、後醍醐天皇に関わるメモをもっていたという。青森と隠岐がつながり、そして……。

男性を殺したのは誰か、脅迫者は誰か、そして後醍醐天皇の秘宝は? 作治と亜里砂の友人で名探偵ぶりを発揮している塔馬がその謎

に迫る。

チョーサク&リサ&トーマの3人が活躍するシリーズ、第2作。1作目が『パンドラ・ケース』で第3作は『即身仏(ミイラ)の殺人』です。 現代の殺人事件と後醍醐天皇にまつわる歴史の謎がからむ、日本では典型に近い形の歴史ミステリです。雑誌の企画で事件が起きる前から主人公たちが歴史の謎を追い(歴史の謎がないかを追い)、その流れから事件が発覚するところが特徴的です。「この謎が事件にどうからんでいるんだろう?」と興味はつきません。

ミステリとして事件が小粒かもしれませんが、南朝の天皇、足利尊氏に対抗した、という以外何も知らなかったわたしでも後醍醐天皇に関心をもってしまうほど、歴史の見せ方がすばらしい。展開のさせ方といい、謎の絡ませ方といい、うまいのひとこと。小説としてのうまさと、歴史への造詣の深さ、史実に対する誠実さを感じました。あとがきを読むと、高橋克彦氏はほんとうにまじめに取材される方らしく、うれしい&うらやましかったです。やっぱり、歴史ミステリはこうあってほしいです!

ミステリ作品としてもうひとつ、特徴的なのはその動機でした。そうだったのか……

このページには書いてないけど、わたし、氏の『写楽殺人事件』は読んでいるんです。書かなきゃ。そして、他の本も読まなきゃ、です。

作品解説

?安楽椅子タイプ?

1.『時の娘』ジョゼフィン・ティ

2.『邪馬台国の秘密 改訂版』高木彬光

3.『オックスフォード運河の殺人』コリン・デクスター

4.『隠された帝 天智天皇暗殺事件』井沢元彦

5.『邪馬台国はどこですか?』鯨統一郎

6.『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』高木彬光

7.『QED 百人一首の呪(しゅ)』高田崇史

8.『QED 六歌仙の暗号』高田崇史

9.『南朝迷路』高橋克彦

歴史ミステリ/同時代タイプ


『時の娘』ジョゼフィン・ティ/The Daughter of Time by Josephine Tey /ハヤカワミステリ文庫

リチャード三世は、シェイクスピアの『リチャード三世』に描かれるように幼児すら惨殺したとされる暴君として知られている。ところが、事件でケガを負い入院中のグラント警部は、リチャード三世の肖像を目にして疑問に思う。「この顔は、そんな暴君の表情なのか?」。リチャード三世に興味をもち、友人や学生から得た情報・資料をもとに、リチャード三世の実像に迫っていく……

本国英国ではオールタイムベストでも上位にはいる傑作、ベッド・ディテクティブ物の原点です。わりと淡々と話は進むのですが、ふと目にした肖像から謎が生まれ、謎解きへと向かう流れは巻き込まれ型ミステリの典型、資料という証拠から理詰めで解決していく様は本格ミステリそのものです。真相の意外性も含めて「これぞミステリ」。

題材がリチャード三世というのも、歴史(西洋史)好きには答えられません。リチャード三世は薔薇戦争末期の、ヨーク家出身の英国王。兄エドワード四世がなくなったあと即位しますが、ヘンリー七世に敗れその戦いで戦死しました(1485年=薔薇戦争終結)。じぶんが王位につくためにエドワードの王子を殺したなど、いろいろ悪い噂があります。

シェイクスピアの戯曲以降定着した悪いイメージを払拭させていく展開は、わくわくどきどきします。歴史の真相は、教科書通りとは限らないのです。歴史を知るにはむしろ、疑ってかかるくらいのスタンスこそ必要とされます。それを実践し、エンタテインメントに仕上げたところがすばらしい。 というわけでわたしにとってはオールタイムベスト5くらいに入れたいミステリです。 ただし。周りの反応からいうと、通説的(シェイクスピアの戯曲になるような)リチャード三世像を知ってないと、この作品を楽しさが半減するようです。というわけで、「リチャード三世って誰?」と考えてしまうような方はまず、戯曲『リチャード三世』を読んで、一般に思われているリチャード三世はこんな人、というのを押さえておいてくださいねっ。

付け足し:森川久美のまんが「天の戴冠」(花とゆめコミックス『青色廃園』所収)が『時の娘』と同じ結論で、リチャード三世を描いています。こちらもお薦め。

そして早川書房様へ一言:ハヤカワミステリ文庫のカバー絵が、グラントが見たリチャード三世の肖像でなくなってるじゃないですか……!リチャード三世像にもどしてください!(でないとどうして暴君とは思えない、と感じたのかわからないじゃないですか)[TOP]


『邪馬台国の秘密 改訂版』高木彬光/角川文庫

名探偵・神津恭介が入院中、邪馬台国がどこにあったかを比定することに。『魏志倭人伝』に書いてある記述のみを手がかりに推理を進めていくと……

邪馬台国といえば、それ専門の本も数多く刊行され、学者から在野の研究家、はたまたまったくの一般人までがどこであったかと議論を続けている古代日本の大国。比定地(=あったとされる場所)の二大有力説は北九州説と畿内説だが、いまのところ決定的な証拠がなく、さらにそれぞれ北九州のどこ・畿内のどこと、十人いれば十通りの比定地がある状態が続いています。

この作品は、題名が示すとおり、その邪馬台国の謎に本格推理作家・高木彬光がいどむとこうなる、という作品で、謎の提示から推理を押し進めていく過程の見せ方はさすがです。ぐいぐい引き込まれて、説得力十分。読み終わったあとは、「これが正解にちがいない!!!」ってな気分になります。

大きな特徴は、魏志倭人伝にある記事からのみ推理していってること。さまざまな根拠を並べられるより、かえって説得力があります。魏志倭人伝の本文が巻末にあるので、本作品を読んだ後あらためて魏志倭人伝を通読してみるのも一興です。邪馬台国初心者にもわかりやすく配慮されているので(そこが「さすが!」たる所以のひとつですが)、専門書では敷居が高い方もどうぞ。

その論理性が本格テイストたっぷりの歴史ミステリです。[TOP]


『オックスフォード運河の殺人』コリン・デクスター/The Wench is Dead by Colin Dexter/ハヤカワポケットミステリ

入院中、ふとしたことから昔の殺人事件の記録を読んだモース。男性二名が犯人として処罰されているのだが、なんだかすっきりしない。違

和感を覚えて事件背景を追うモースの前に、意外な真相が……

じつはデクスターは苦手なわたし。何冊か読んではいて、レベルは高いと思うんだけど、何だか乗れないんです。でも、これは乗れました。もともと歴史ミステリが好きというのと、事件に夢中になってるモースが何だかかわいくて。

ここに挙げた他の作品と違って、有名な歴史上の人物・事件を扱ったわけでないので地味なんですが、そこがいい味だしてるんです。あの尊大なモースがどうしてこんな事件に……と考えつつはまっていく、という。

作った話だけに展開が好都合にできてる(手がかりが計算どおり配置されてる)のが、ちょっと気になるけど、それが読みやすさにもつながっています。何しろ、数冊読んで、唯一内容を(おぼろげとはいえ)覚えているモース物なので、わたし的にはとってもお薦め!な一冊です。


『隠された帝 天智天皇暗殺事件』井沢元彦/祥伝社文庫

671年12月天智天皇がなくなる。唐突ともいえるその死に不審はないか…ケガを追い、入院したジャーナリストがその謎を追う。

うーん、これはネタばれ全開でいきます。

といっても、天智天皇暗殺事件そのものには触れません。これについては本を読んで「なるほどなぁ」「ええっ??」とそれぞれ考えてください。

わたしが気になったのは、その部分ではないところです。

この作品、ケガをした入院患者が歴史の謎を推理する、という話に並行して、現在進行中の殺人事件がからんでいるんです。で、一見ベッドディテクティブ

(安楽探偵)なこのけが人、じつは現在の事件の首謀者なんです。そして推理の内容も殺した被害者の残したメモをそのままいただいたものなんです!!

この真相には驚愕&落胆しました。ミステリ的には意外な結末ですばらしいのかもしれないけど、わたしは納得できません。歴史推理を披露されている間、こちらは納得したり疑問を感じたり、「探偵」とやりとりしているわけです。登場人物?読者というよりは、一対一の人間のように。

その相手が、じつは他人の説を横取りして、それを蕩々と述べていたと知った日には……。なんか、すごく裏切られた気分。

そんなに熱入れて読まなきゃいいのかもしれないけど、これがわたしの読書だし。

でもね、探偵がじぶんの信念に基づいてないで語っていたとしたら、読者は何を信じてその内容を信用すればいいんでしょう? そういう疑問を感じさせる構成はなんだかなぁって思うのです。 [TOP]



『邪馬台国はどこですか?』鯨統一郎/創元推理文庫

魏志倭人伝に表れる邪馬台国はいったいどこにあったのか? 表題作ほか、歴史の謎に迫る6編。

素人の宮田六郎がバーで歴史の謎を解いていく、という構成の6編で、わたしはじぶんで興味のある、「邪馬台国はどこですか?」「聖徳太子はだれですか?」の2編のみ読みました。他にはイエス、ブッタに明治維新などが取り上げられています(ちなみに短編タイトルは5W1Hにちなんでいる)。

基本的に楽しいオハナシという作りです。展開される説も奇想天外(?)なので、どこまで本気か洒落っけかわかりにくいですが、ただ読んでいる分には愉快です。

「邪馬台国……」のほうは、ここに持ってくるとは、という場所が比定地になっていました。ただたしか最初に取り上げられている資料が14世紀か15世紀のものだったり(邪馬台国の時代より1000年以上下る)、「こんなところが邪馬台国だったらおもしろいなぁ」という以上に本気で唱えるのであれば、もう少し証拠固めが必要かな、と思います。最後のオチもキレイだけど、地名の相似という点では安本美典氏の説(東遷説の一根拠とされている)という迫力のある説があるわけですし。

「聖徳太子……」のほうは、珍しい説のなかではありがちな説、という印象でした。というのは、古代史に興味のない方はご存じないかもしれませんが、大きい書店の古代史コーナーなどに行くと、聖徳太子や蘇我馬子や入鹿(蘇我鞍作)の正体本はいっぱいあるのです。これについては、わたしじしんがかなり関心を持っている某人物と深く関わるテーマなので、素直に読めなかったです。ゴメンナサイ。[TOP]


『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』高木彬光/角川文庫

東北に逃れた源義経は、北海道を超えシベリアを超え成吉思汗になったのか? 源義経=成吉思汗説を名探偵・神津恭介が追う! 神津

が入院したのをきっかけに友人の作家・松下が「歴史の謎でも解いてみないか」と持ち込んだのが源義経=成吉思汗説。正統派の学者か

らは異端とされる説だが、父親の思いを継いでこの説に熱意を見せる女学生・大麻鎮子をブレーンに加え、3人で真相に迫る……!

『邪馬台国の秘密』に先行するベッドディテクティブもの。昭和33年頃の作品らしく、それらしさがそこここに出てはいるのですが(夜行で関西行くとか)、おもしろさは全然色あせていない傑作。

この説を信じることを出発点とし、アイヌ伝説、マルコポーロなどいろんな証拠を発掘しながら突き進んでいくあたり、迫力と爽快感があってすばらしいです。終盤に宿敵?・井村教授に強烈な反対論を浴びせさせるあたり、物語的にも構成が見事。最後の最後、名前に潜む謎まで解明されたら、「やっぱりそうなのか」とつい納得してしまいます。

成吉思汗の名を解読していくくだりは、本文中にもあるとおり、当初発表されたときはなく新書版刊行の際に付け加えられたもの。わたしはじつはここが一番好きな箇所です。

このシリーズ、『古代天皇の秘密』というのもあるんですよね。読みたい……。[TOP]


『QED 百人一首の呪(しゅ)』高田崇史/講談社ノベルス

貿易会社社長が殺された。夜更け、幽霊を見たと言って部屋に戻った社長は、その夜殺されたのだ。社長は百人一首の蒐集家で、死ぬと

き百人一首のある札を握っていた。これがダイイングメッセージなのか? 事件未解決のまま、長女が自殺し、社長殺害は長女によるもの

だと判断されたのだが。漢方医・桑原崇が百人一首の謎、そして事件の解決に挑む。

百人一首配列の謎の解明が事件解決のポイントになっている作品。藤原定家が百人一首としてなぜこの百首を選んだかは、かねてより謎とされていました。というのは、選ばれているのが必ずしもその歌人の代表作でなかったりするためです。この作品では現実の事件がらみながら、その謎に真っ向から取り組んでいて、従来の織田正吉・林直道両氏の説を踏まえつつも、大胆な配列を披露しています。なかなか、おもしろかったです。この部分は素直に楽しみました。

しかし、もっと突っ込んでほしい部分も多々あり(どうしてその配列でないといけないのかという説得力が弱い)、わたしとしては、百人一首だけに絞って、もっと掘り下げてほしかった。百人一首と現実の事件がうまくからんでいるという意見もありますが、わたしにはそんなにうまくからんでないように思えます(『隠された帝』もそうでしたが、難しい問題です)。

百人一首配列を新書で見せるというのは、物理的に難しい問題があります。だから推理途中ではいらいらさせられたりもするのですが、最後にちゃんと!配列したものが折り込みでついています。それを楽しみに読みましょう(^^) 買った方は、読み終える前に不用意に開かないようにしましょうね。何の注意書きもないけど、開くとそのまま(百人一首については)解答になってしまうので。

この方、次の作品は準備されているのでしょうか。こういうテーマだとうれしいです。[TOP]


『QED 六歌仙の暗号』高田崇史/講談社ノベルス

「六歌仙を卒論のテーマにしてはいけない」。六歌仙の謎に魅せられた人物が次々と不審な死を遂げる。六歌仙の謎に何が潜んでいるの

か? 漢方医・桑原崇が歴史の謎に挑む。

『百人一首の呪』に続く第2弾。探偵役等、レギュラーは変わりませんが、謎の対象は変わって六歌仙です。六歌仙といえば平安時代の歌人。百人一首も和歌ですし、続編らしいテーマです。現代での殺人事件とリンクさせているところも前作同様です。 では前回なみにおもしろいかというと……う?ん。むしろ、前回弱かった点がさらに弱くなってしまった印象です。 前回の場合、百人一首の謎を解き明かす論証部分が弱かったのですが、今回はさらに弱く、六歌仙の真相(正体というか、六歌仙選出に秘められた謎の解明)の暴露は、論証というより探偵による一方的な説明で、ミステリの謎解きの体裁になっていません。現代の殺人事件の謎もグレードダウンしていて、前作のほうが作品レベルは上でした。

六歌仙の正体というネタそのものはおもしろいのにもったいない。歴史ミステリの体裁でいくとして、同じネタでもっと工夫できたのではないかと思います。前作の刊行からそんなに経ってないんですし、じっくり時間をかけて書いてほしかったです。ここら辺、編集部の方々にも一考願いたいところです。[TOP]


『南朝迷路』高橋克彦/文春文庫

推理小説家・長山作治は、友人・名掛亜里砂の雑誌の企画で、後醍醐天皇の足跡を追い隠岐にやってきた。後醍醐天皇は、13世紀南北

朝の時代、天皇親政を実現した天皇である。隠岐に後醍醐天皇の秘宝が隠されているという情報をきき、関心をもったふたりだが、その謎

に迫ろうとすると正体不明の人物から脅迫を受けることに。同じころ、青森県の小さな村で、火祭りの日に男性の死体が発見された。その

死体は、後醍醐天皇に関わるメモをもっていたという。青森と隠岐がつながり、そして……。

男性を殺したのは誰か、脅迫者は誰か、そして後醍醐天皇の秘宝は? 作治と亜里砂の友人で名探偵ぶりを発揮している塔馬がその謎

に迫る。

チョーサク&リサ&トーマの3人が活躍するシリーズ、第2作。1作目が『パンドラ・ケース』で第3作は『即身仏(ミイラ)の殺人』です。 現代の殺人事件と後醍醐天皇にまつわる歴史の謎がからむ、日本では典型に近い形の歴史ミステリです。雑誌の企画で事件が起きる前から主人公たちが歴史の謎を追い(歴史の謎がないかを追い)、その流れから事件が発覚するところが特徴的です。「この謎が事件にどうからんでいるんだろう?」と興味はつきません。

ミステリとして事件が小粒かもしれませんが、南朝の天皇、足利尊氏に対抗した、という以外何も知らなかったわたしでも後醍醐天皇に関心をもってしまうほど、歴史の見せ方がすばらしい。展開のさせ方といい、謎の絡ませ方といい、うまいのひとこと。小説としてのうまさと、歴史への造詣の深さ、史実に対する誠実さを感じました。あとがきを読むと、高橋克彦氏はほんとうにまじめに取材される方らしく、うれしい&うらやましかったです。やっぱり、歴史ミステリはこうあってほしいです!

ミステリ作品としてもうひとつ、特徴的なのはその動機でした。そうだったのか……

このページには書いてないけど、わたし、氏の『写楽殺人事件』は読んでいるんです。書かなきゃ。そして、他の本も読まなきゃ、です。