食事が終わり、テーブルにはアイスコーヒーが二つだけ置かれている。
不意に照明が落とされ、マスターは店の奥へと引きこもった。
ゆっくりとしたピアノの曲が流れる。店内が暗くなったおかげで外の景色が引き立てられた。大きな窓からは夜の海。灯台の光がゆっくりと回りながら海面を照らしていた。点滅するブイの赤い光り。遠くに漁火がいくつも見える。
様々な光りに彩られた夜の海は静かで美しかった。
「ちょっとクサい演出だけど、叔父様ってなかなか気が利くでしょう?ぶっきらぼうの割には、こういう事するのが好きなのよね」
ウインクして優紀さんが言う。
「優紀さん。久しぶりに店に来たとか言っていましたよね。昔、康太郎義兄さんともここに来ていたのですか?」
「……。そうね。学生時代はよく来ていたわ。康太郎さんや博子達とね」
憂いの表情を見せる優紀さん。
あちゃぁ、聞いちゃいけない事を聞いちゃったかな。
「楽しかったわ。博子と康太郎さんと私。三人がまだ仲が良かったあの頃は…お互い、たわいもない事を話して笑って…。一番楽しかった時代かもね」
優紀さんは左手で頬杖をついて懐かしそうに、そして寂しそうに窓の外を見つめる。俺は思わず優紀さんの右手を握りしめてしまった。驚いて俺を見る優紀さん。
「それ以上に楽しい時間を作りましょうよ。俺でよければいつでも手伝いますから。昔を懐かしむほど優紀さんは歳をとってはいません。これからだって、どんどん、楽しい思い出を作っていきましょうよ」
俺は思いきってそう言ってみる。なんかこんな事言うなんて少し恥ずかしいけれど、優紀さんの悲しそうな表情を見ると、言わずにおれなかった。
優紀さんは少しの間、黙って俺を見つめていたが、ゆっくりため息をつくと笑顔を向けてくれた。
「そうね。じゃあ、君に期待しちゃおうかな?」
「そう。そう。期待しちゃって下さい」
そう言うと、優紀さんはおかしそうに笑った。俺もなんだかおかしくなって笑い出す。二人はしばらくの間、笑い合っていた。
「ねぇ、君は学校に好きな娘とかいないの?」
「え?」
不意に、優紀さんはそんな事を聞いてきた。