センチメンタル ジャーニー 第三話 音声

七瀬 優
YUU NANASE
〜 星降る夜の天使 〜
記録: 神木(version 1.0)

天使って、‥‥ 多分、いる。
たとえばこんな、めったに降りる人のいないような駅に ‥‥

「みたことない制服だな、」
「この辺の子じゃないよ、」

フアアーン ‥‥ ガタンゴトンガタンゴトン ‥‥
ピィィィっ

「わっと。」

あれは、女の子の姿をした、もしかすると、ううん、きっと天使。
── そう、確かにいた。
ある夏の夜に、私はその子に出会った。


カタンコトンカタンコトン ‥‥

「だあー、‥‥
んー、‥‥」

カサカサッ
プシュ、

「んぐんぐんぐ、だーっ ‥‥」

私がその子に出会ったのは、 22 時 16 分新潟発の急行「きたぐに」の車内だった。

「おお、あれー、」
「ん?」
「かわいい子がいるねー」

「女子高校生? ひとりー?」

私じゃないかわいい子がおやじに絡まれているらしかった。

「おじさんいちごう、かちょうだいり、 ええへー、えらいのー、まーえらいからゆーけど、 なんなのじーぱんとは、若いんだから、ミニスカで、 ふとももだしてね、めのほよーさしてくんなくちゃー、あははは」

「いいかげんにしなよね!」
「ん?」
「なにすんだ、この」
キー、ガタン、
「きゃあっ」
プシュー‥‥

‥‥ 直江津 〜、直江津 〜

「どういうつもりだ、おまえ!」
「こっちのセリフよ、離して!」
「車掌につきだしてやる」
「やってもらおーじゃないの、 どこまでバカなの、よっぱらい!」
「なにおー」
「いたー止めてよ、ちょっとぉ」

「あの、‥‥ 乗り越すと折り返し、無いですよ?」

ジリリリリリリリリー

「う、直江津? んが、わ、」

「豆腐の角に頭ぶつけて死ねっくそおやじ!
ったく、酔っ払いは急行に乗るなよってのよねぇ」
「はあ ‥‥」
「やあねえ、も、しっかりしてよー」

ガタン

「わ、っと、どた、
大丈夫大丈夫。
じゃあね ‥‥ はは」
「はあ ‥‥」

「よっと、‥‥ はあ」

カサ、

「若いんだよねー ‥‥ 一人旅なんて無理しちゃって。
いいよねぇ青春は。青くて、春で」

ん、ん、ん、んぐ、‥‥

出会った時の私の顔、たぶん最悪だった。


ごしゃ。

ガタンゴトン ‥‥ ガタンゴトン ‥‥ ガタンゴトン ‥‥

ごしゃ。

カンカンカンカン‥‥カンカンカンカン‥‥

「ん? ああ」
「飲まない?」
「え?」
「余っちゃって」
「でも ‥‥」
「ここ、いいかなあ?」
「あ、はい」
「さっきみたいなことがあるしさ、よっこらしょっと、二人だと安心でしょ?
さあてと、」

プシュ。

「じゃまあ、とりあえずかんぱーい!」
「ん、ん、ん、ん、ぷひゃあーはー、やっぱビールはのどごしよねー、
って、は、未成年にいっちゃまずいか」
「いただきます」

プシュ

「未成年だよね ‥‥? じゅーはち、くらい?」
「17 です」
「じゅーななかあ、いいよねぇー」
「なにがですか?」
「だってじゅーななっつったら、もーピキピキでパツパツじゃない?」
「は?」
「あたしだってねー、ほんの 7,8 年前まではそうだったんだからん」
「ピキピキでパツパツ、ですか」
「そ、ピキピキでパツパツで、しかもピュアだったんだけどね、んん、
あ、あ! 今笑ったでしょ?」

なに言ってんだろう、と思いながら、 同時に、少し身体が軽くなった気がした。

ファーーン‥‥ カタン、コトン、カタン、コトン、‥‥

「ようするにさー、男なんて信じない方がいいってことよ」
「そうですか」
「そうよ、ロクなもんじゃないんだから、」
「あ、こぼれますよ」
「おとこにはさー、ピュアな愛ってもんがないの」
「このハンカチどうそ」
「あたしだって信じてたけどね、あんたぐらいの時は‥‥」
「今は、止めちゃったんですか」
「だから、あたしはね、別に、あれなのよ、‥‥
でもさ、向こうがアレだからしょうがない訳よ」
「むこう?」
「むこうてのは、おとこよ、ひどいおとこのこと」
「ひどいんですか」
「ひどいなんてもんじゃないわよ。
あたしが、どんな気持ちでいるかなんて全然 ‥‥ っ、あ、あ、またこぼれた ‥‥」
「あ、これでふいてください」

「ま、あたしも悪いんだけどね」
「そうなんですか」
「はあ、真面目ねーあんた。ここはうそでもさー、うんうん、
わるくないですよー悪いのは男の方です、て言うもんよ?」
「でも、本人が言うから」
「そうだけどさー、酔っ払いの愚痴なんだから、」
「でもそんなに酔っ払ってないんじゃないですか?」

「‥‥ 酔ってるよ」

八年も付き合った男と別れて、すごく悲しいんじゃないんですか。そう云われた気がした。

「でも、男の人だってピュアなところはあると思います」
「わっかいからー ‥‥」
「若くなくても、同じですよ」
「幸せね、そう思えるって」
「思えるっていうか、」
「思えなくなるのよ、だんだんね」
「でもピュアな愛はありますよ」
「大人になってさー、いろんなことすると、どーなんのかな」
「したって、同じです」
「はっきり言うじゃない」
「だって、ありますから」
「‥‥ 無いよ」
「私は、信じてます」
「どして」
「今日があるから、かな」
「え」
「信じてるから ‥‥」
「私は信じない」
「信じなくても、‥‥ ありますよ」

「あ、もうじき長浜か ‥‥」
「なんで分かるのよ」
「交流区間から、直流区間に入ったから ‥‥」

「あたし寝る ‥‥」
「‥‥ おやすみなさい」

── 寝られる訳なかった。


「え?、だから今、大阪。ん、なんとなく来ちゃったの。
もういいよ、おかあさんうるさい。 夜には帰るから。じゃね」

「あれ」
「あの、私は新幹線に乗り換えて、広島なので ‥‥」
「そっか」

新大阪‥‥新大阪‥‥

「お茶とお菓子、ごちそうさまでした」
「じゃあね」

ファアーーーン‥‥ ピンポンパンポン‥‥


はっはっはっ‥
プルルルルルル ‥‥‥

「いた!」

へえ、へえ、へえ‥‥ ふう、ふうふう‥‥

「あの ‥‥」
「ピュアな愛があるっていったよね」
「はい」
「信じなくてもあるって言ったよね」
「はい ‥‥」
「だったら、証拠みせてよ!」


「ごめんねー、あたしお酒が残ってたみたい」
「いえ、」
「みせろったってみせられるわけないもんね、そんなの」
「でも」
「ん?」
「もしかしたら今夜 ‥‥」
「今夜?」
「私、これから宮島へ行くんです」
「宮島?」
「今日、何の日だか知ってます?」
「今日? きょう ‥‥ えと、まってよ? 言わないでよ、思い出すから ‥‥」


ジジジジジジジ ‥‥

「少し、案内しますね。広島市内」
「んんー、なんだったっけ ‥‥ んー、あ、地酒あります ‥‥?」


んぐんぐんぐ、

「んーだめだあ、降参 ‥‥ 教えて、今日ってなに?」
「今日は、年に一度の出会いの日」
「え?」
「年に一度、ペルセウス座流星群が見える日なんです」
「なんだあー、あたしの脳味噌にインプットされてない日だ」
「正確には、今夜から明後日にかけてなんですけど
月が隠れ始めた夜明けごろ、空からまるで天使が何人も降りてくるみたいに、
光が流れるんです。はじめまして、こんばんはって」
「あ、そういえばさ、自己紹介まだだったっけ ‥‥」
「はい、そういえば」
「あたし、芹沢琴音、おくればせながら、よろしく ‥‥」
「私は、七瀬優です」

ボーーー ‥‥‥‥‥‥‥‥


「ほああーあ、昼寝したらお腹すいたよぉ」

はむ、はむ ‥‥

「でもさーあ、宮島でそれを見るってのがどうしてピュアな愛の証拠になるの?」
「初めて見た日の出会いを信じてるから」
「うん?」
「私が旅を好きになったのも、その人が楽しさを教えてくれたからなんです」

「宮島の高台で私が夜空を見上げてた時、その人は来たんです」

── 君も星を観にきたの? ──
「最初はびっくりしたけど、不思議とすぐにうちとけて、いっしょに流星群を見て、 いろんな話をして、‥‥
その年はちょうどスイフト = タットル彗星が現われた年で、 ものすごくたくさんの星が流れたんです。
また一緒に見たいねって別れたけど、 その子は引越しちゃって」
「そか ‥‥ 今日、その高台へ行けば、またその子に逢えるのね」
「会えるかなって ‥」
「かなあって、約束してないの?」
「はい」
「はいって」
「でも、あの流星群がみえたら、またきっとどこかであえる気がするんです」

「あいにくじゃけどねー ‥‥ 今日はだめかもしれんよ? ほれ」

── なみの台風 17 号は四国を北上して、さらに勢力を落しながら、瀬戸内海を通過し、 明日の明け方には中国地方に上陸 ‥‥
「なんだあ、残念だけどあれじゃねー」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「私は行きます」
「あんたねー、今の見たでしょ、」
「はい」
「台風よ、台風、」
「はい」
「すぐそこよ、すぐそこ」
「はい」
「どう考えたって無理でしょ」
「うまく ‥‥ 台風の目に入るかも知れません」
「あんたねー台風の目に偶然に入るのなんて、すごく難しいんだって、 気象予報士の福井さんも言ってたわよ?」
「でもいってみます」
「どおしてよ?」


「よかった欠航にならなくて」
「よかったんだか悪かったんだか」
「こんど来る船が大鳥居沖を経由する最後の便なんです」
「だからさー ‥‥」

ボー‥‥

こんな子、ほっとけばいいのに。
(雨の中で柏手)
なにしてんのよ、と自分に思った。


「絶対無理よ、これじゃ、丁度いいタイミングで嵐になるって」
「大丈夫ですよ」
「だって雨もふり始めたし」
「どうします」
「やめるに決まってるでしょ」
「そうですか。じゃあ」

「あんたばかぁ? 無理だって!」
「大丈夫ですよ」
「付き合いきれないっ!」

でも、なんだかあの子は私のために行くような気がした。 私に信じる気持ちを起こさせるために。それがなおさら嫌だった。


「もう諦めなよ!」

「ねえ、もう諦めて帰ろ?」

「あれ ‥‥」
「え?」

「うそ ‥‥」

「は、流れた、いま流れたよね!」
「‥‥ はい ‥‥」


ボーー ‥‥‥‥‥‥

「勝ったつもりでいるだろうけど、偶然だからね。偶然」
「はい」
「え、は、はいって、」
「偶然だけど、よかったじゃないですか」
「ふん、あんたって ‥‥」
「へへっ」
「でも人生ってもんはねー、そんな甘くないんだからね」
「そうかもしれませんね」
「でもだから人生は面白いって説もあるけどね」
「ずっと信じていたいな ‥‥
じゃ私、広電で行きます。さよなら。琴音さん」
「あれ、そういえば、あんたの名前 ‥‥」

ゴゴー‥‥


ただの、変わった女の子だったのかもしれない。 でも私には彼女が愛を信じて旅をつづける天使のように思えた。 そして私の顔もいつのまにかちょっとだけいい笑顔になっていた。

またどこかへ旅をして、もしも彼女に逢ったら、私は言えるかな。
なんとなくだけど、信じてるよって ‥‥


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