センチメンタル ジャーニー 第五話、音声トラック

森井 夏穂
KAHO MORII
〜 友情の通天閣スペシャル 〜
記録: 神木(version 0.9)

タッタッタッタッタッタッタ‥‥
はあ、はあ、はあ、‥‥

「おじょーさん、こんなとこでなにしてんの」
「腹減った ‥‥」

くす、えへ、

「そんなら、えーとこつれてったるで」


「いやー、ますますプロっぽなったやん、夏穂」
「えへ」
「これ嬉しがっとらんと、油」
「わかってるよ」

ジュー‥‥ カシャ、 ポン、 ジュー‥‥

「は」
「ほい、元気焼きおまっとさん、今日はあたしのおごり、 これで今度の大会まで、元気のりきらんとね」
「なにがおごりや、こんなもんで金もろたらバチあたるわ、 なあ、恭子ちゃん」
「なによそれぇ、看板娘に向こーてぇ」
「なんやとはなんや、初代看板娘に向こーて」
「江戸時代の話やろー?」
「あはははは‥‥」
「あほか、」

ガラガラガラ‥

「おばちゃん、座敷 3 人いけるか」
「いけるで」
「にーちゃん、まいど!」

ピシャンピシャンピシャン‥‥

「えーか、夏穂、お好み焼きはな、難しないぶん愛情と手際が決め手なんや、よう見とき」

カシッカシッカシッ

「いつみてもすごいなー」
「おーきに」
「な、おばあちゃん?」
「ん」
「あたし、いっぺんでえーから、あの通天閣スペシャル食べてみたいわー」
「せやけど、あれは 30 分以内に一人で食うてもらわんならんで?」
「ぐ、30 分はせっしょーやわ、夏穂の友達のよしみで、 おもちかえり OK にしてくれへん?」
「あかんあかん、通天閣は大阪のシンボルや、安売りはでけしません」
「ええぇー」
「そしたら、こんどの大会のリレーであたしらが優勝したら二人におごって?」
「あかんあかん、確率むっちゃ高いやないか、‥‥ けど、まーえーか」
「おっしゃー」
「おばちゃーん、ビール」
「はいよ」
「恭子、おがんどこ?」
「え? あ、う、うん」
「どしたん?」
「ううん、別になんもないよ」
「ほーたら、おがも」
「え?」

パンパン(柏手)

「‥‥‥ なに?」
「呆れた」
「へ?」


「あんた、まだあんなんおがんでたん?」
「あたりまえやんか、だってあたしの走る原動力やもん」
「原動力なあ」
「忘れられへんよ ‥‥ ううん、忘れたらあかんのよ。
あの日の思い出は ‥‥ 」

コロコロン‥‥
「なにしてんのー、
走ってるのか歩いてるのかわからへんやん、遅いことは亀でもするでー?
しっかりしーな、そんなんやったら、アンカーやなくて アカンやで!」
「はあはあはあ‥‥」
「限界やな‥‥」
「けど、あいつは言うた ‥‥『僕はやるよ、ここで止めたら悔しいもん』ってな、 その時のあいつの顔、めっちゃかっこよくて、あたしなんやしらん ぜったい優勝できる思えて、‥‥
そやけどあいつは、大会の直前に引っ越ししてしもて、本番のバトンは渡せんかった ‥‥」
「そやから、今でもあたしはあいつにバトン渡すつもりで全力疾走するんよ」
「へえへえ、美しい思い出でございます」
「こいつ、」
「夏穂のその話、耳タコやもん」
「ぐ、そ、そう、ごめんな、」
「もう、忘れたらええのに」
「なんで」
「あ、そ、それは、‥‥ えと」
「恭子?」
「だ、だって、かなわん恋やんか」
「なんや、そんなことか、あたし、そんなこと気にしてへんもん」
「え、ほんまに?」
「ま、縁があればまたいつかめぐりあえるやろっつことや。
それとも優秀な探偵の小枝ちゃんにでも頼んでみるか?」
「あほくさ、そんなん、小ネタにされてしまいやで?」
「なんやとぉ?」
「ひゃはは、あははは」
「あ、やめて、やめてぇ」

キャハ、あ、キャハ ‥‥


「とにかくがんばろな、大会。あたしら絶対選ばれるて」
「うん ‥」
「なんや自信なさそやな、大丈夫やて、ほな、また明日な ‥‥」

タタタタタタ ‥‥

「あかんなー、あたし ‥‥」


「400 m ハードル、八舘、井萩、吉井、
最後にリレー、佐藤、赤碕、森井、檜山。
以上のメンバーでベストをつくしてもらいたい」
「監督、」
「うん、なんや、檜山」
「すんません、あたし、でられません」
「恭子?」
「どういうことや、檜山」
「あたし、転校するんです」
「うそ、‥‥ うそやろ」
「なかなかいいだせへんで、‥‥ すんません」
「檜山!」
「恭子!」

「なんで、なんでな」
「ごめんな」
「ごめんちゃうやろ?」
「父親の転勤が急にきまって」
「どこに」
「岐阜の、高山」
「‥‥ 遠いやんか」
「こっちで、一人暮らしして学校通ってもええとは言うてくれたんやけど、 そしたら、おとうちゃん一人になるし、‥‥
そんだけ、負担も増えるし」
カシャ
「そうやな、あたしら子供には、選ぶ権利ないもんな、‥‥」
「夏穂、‥‥ でもあたし、最後まで練習にはつきあうよ? 夏穂のコーチやったる!」
「‥‥ 頼むで。檜山コーチ」


カチャ、バシャバシャバシャ ‥‥

「へえ、そうか、そらさみしなるなあ」
「でもあたし、恭子の分まで頑張るよ、 でられんよーになって一番つらいのは、きっと恭子やもん」
「そうやな ‥‥」
「で、ものは相談なんやけど」
「なんや」
「せんべつに通天閣スペシャル焼いてくれへん?」
「あかん」
「なんでー」
「決まりは決まりや」
「どケチー」
「あほ。本気にすんなちゅうに」
「え」
「一応のハクちゅうもんがあるじゃろが、形式的に一度は断っただけや」
「なんやそれ」
「おまえにも手伝ってもらわなな、スペシャル通天閣スペシャルや」
「ん、練習の方も気合い入れますんで」

パンパン

「よろしうたのんます」


タッタッタッタ ‥‥、ハアハアハア‥‥

「伸びんなあ ‥‥」
「みんなー、もいっっちょいこーかー」

ハアハア、
コンコロン、コロ ‥‥

「っちゃー」
「すんません!」
「ドンマイドンマイ、おちついて行こー?」

「みんなもうちょっと気合い入れとあかんのちゃうかなー、どう思う?」
「ん」
「あたしはベストで走れてるやろ?」
「‥‥ せやな」
「よっしゃ、きたちゃーん、バトンの練習しよかー」
「はい!」
「せきちゃんちょっ手伝ってー」

ハアハアハア‥‥

「よしゃ、‥‥ えーやんかえーやんか、きたちゃんその調子や! 今の感じ」
「はいっ」
「よっし、」

ハアハアハア‥‥

「あかんなー ‥‥」
「すんません、先輩 ‥‥」
「きたちゃんあたしにびびっとんちゃうやろな?」
「そんなことないですよ」
「やさし先輩やもんなぁ?」


「まあ焦らずいくしかないよねぇ ‥‥」
「なあ、夏穂」
「ん」
「なに」
「あの」
「あの、」
「なに」
「あの、あのな、」
「ん」
「は、明日引越しの荷作りするねん、暇やったら手伝てくれへん?」
「ええよ」
「や、よかったー、はは、」
「なんやそんなことで考えこんでたん?」
「ん、うん、ん、まあ、」
「行くに決まってるやんか、めっちゃめちゃ忙しいけどなー?」
「あ! 恩着せがましないか、その言い方!」
「たとえデートがあっても行くよ、一番大切な友達やもん、恭子は」
「デートはあらへんけどなー?」
「なんやとー、この」
「はは、や、こそばい、こそばいて」

ボー ‥‥

「ほな明日なー」
「ん、明日」

リリンリリン ‥‥

「は、‥‥ あかんなー、‥‥ あたし」


「お、ええもんみっけ、中学ん時のアルバムやんか、
いやー、なつかしーなあ、」
「あ、これ恥ずかしー」
「え、なになに、」
「恭子の耳ざる姿」
「あって、ほんならこっちもーっと、おっとあったロンゲ時代の夏穂ー」
「めっちゃはずかしー、くっそ恭子のもっと恥ずかしいやつみつけたる!」

ばさっ

「ん、どないしたん夏穂?」
「こんなんまだ持ってたんのか」
「あ、これ、あいつん家さがして二人で京都行った時の ‥‥」
「なつかしーなあ、‥‥ 若かったんやなー、あのころは」
「なにへこんでんのよ」
「いきよーやるやんか、わざわざ引越し先に押しかけるなんて」
「今は?」
「ん?」
「今も?」
「あたしは、この写真、どっかやってしもーた」
「そーなん?」
「結局あいつの写真、一枚もないけど、あたしん中にはいつもいるから。
いつも、あたしの前を走っててくれるから」
「夏穂 ‥‥」

パラ、
「おおっと、これもまた恥ずかしい、恭子の憧れの田渕くん!」
「ああ、それは!」
「ここになんか書いてあるやん、」
「ああ、恥ずかし」
「おお、ポエムやぁ、憧れの吉田とー? こいつ本命吉田やんけ?」
「もうええやん、恥ずかしー」
「『吉田君あなたは‥‥』」


「ごめん、結局、ケーキ食べて騒いだだけやった」
「ま、予定通りや」
「あいたー」
「は」
「ほんなら、明日の朝、電車で行くから、 8 時ちょうどの『あずさ 2 号』やったねって、違うやろっちゅうねん」
「はあ、さぶー ‥‥」
「7 時 57 分の、急行『たかやま』やろ、分かってるって、じゃあね、見送りにいくから」
「あ、夏穂 ‥‥」

タッタッタッタッタ ‥‥
ハアハアハアハア ‥‥

「はあ、あかんあかん、明日のこと考えたら、涙でそうになったわ ‥‥」

パンパン(歩道橋の上で頬をはたく)

「笑顔で送るんやろ夏穂、‥‥ よっしゃっ」

「夏穂ぉ!」
タタタタタ‥‥
「恭子? なんか忘れもんしたっけ?」
ハアハアハア‥‥
「忘れたんはあたしや、めっちゃ大事なこと」
「え?」

「な、なんやのん?」
「夏穂、あんた、あいつのことはもう忘れぇ」
「なんやいきなり」
「リレーが失敗するの、あいつがおるせーや」
「なにそれ」
「バトン渡すとき、あんたの目ぇには次のランナーが見えてないん。
心の中であいつをみてるからや」
「‥‥ なんで、なんでっ」
「コーチ役やって初めて気ぃついた、特にリレーはコンビネーションや、‥‥ せやから、」
「なんで、なんでそんなこと言うの?
‥‥ あたしがあいつのおかげでここまできたの知ってる筈やん」
「知ってるけど ‥‥」
「心ん中にあいつがおったからインターハイまで行けたの知ってる筈やん?」
「知ってるけどっ」
「ならなんでそんな簡単に言うのんっ!」
「簡単なわけないやろっ、あほぉ!」

ゴゴー ‥‥

「恭子のどあほぉ! 高山でもどこでも勝手に行けぇ!」
タタタタタ ‥‥

ゴーーーーーーー
「あほーーー!」


「ん、ごくろうさん」
「ん」
「おかげさんで、にじの町もりやの方、ようなりましたわ」
「そりゃなによりや」
「そろそろ、俺もこっち戻ろか ‥‥ 夏穂ちゃんまだまだやろ?」
「そうでもないで、ようやってくれるで」
「ん、そういうたら、夏穂は?」
「ちょっと、いろいろあったようやな」
「いろいろって」
「ま、ようあるこっちゃ。
さてと、スペシャルの仕込みにかかっとこかいな」
「「ん?」」

ジューー

「夏穂ぉ? でけてるで、通天閣スペシャル」
「もうええんや、あんなやつ友達やないもん」
「あ、そうか? ああかわいそうやなあ、通天閣スペシャル」

ジューー、コシコシッ


ザワザワザワ‥‥
トントントン‥‥

「どないした、恭子?」
「え、ん ‥‥」


キュッキュッ

「へへ、
夏穂ぉ? ほんまにええのんか? 今度は自分からつくってまうことになるんやで、
渡せんかった思い出を?」
「はっ」

バサッ

プルルルルル、
「はっ」
プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル ‥‥ カチ。

「森井はただいま留守にしております、 よろしければ、ピーという音のあとに、メッセージをお願いします」
ピー
『夏穂、ごめん、‥‥
あたし、あんたが思い出、どんなに大事にしてるか知ってた筈やのに、
友達失格やな』
「あ‥‥」
『あんたへの思い、最後の最後で、ちゃあんと渡せんかった、かんにんな、‥‥』

「恭子! もしもし、恭子!
恭子ぉ ‥‥ っ」

ダンダンダン ‥‥
ガラガラ‥‥
キキ、
「ギリギリやないか、はよ乗り!」
「おばあちゃん!? ごめんっ!」

キリキリキリキリ ‥‥
ブゥーーーー

キュ、
「どや、おばあちゃんかて伊達に免許もっとらへんで、
しっかりつかまっとき!」

ゴーー

ビー、ビー、ビー、ビー、
「なんやいな、これ、どないなってんねんな!」
「あと 7 分、‥‥ おばあちゃん、あたし、走る! 行くね」
バタン、
「‥‥ がんばりや、夏穂」

タタタタタ


ハアハアハア ‥‥

11 番線より、急行「たかやま」、まもなく発車します、‥‥

ピンポンピンポン‥‥
「あとで払いますっ」

シュー、ガタン、

「まってえ!」

ファーン、ガタンゴトンガタンゴトン ‥‥‥

「恭子?」

「恭子!」

「恭子っ!」

「恭子ぉ!」

「夏穂!?」
「恭子!」

「夏穂!」

ハアハアハア、‥‥

「恭子、これ、通天閣スペシャルや!」

ハアハアハア、‥‥ ッタ、

「夏穂、その間合や」

「この間合?」

タタタタタ ‥‥

「う、ぐ、うえ」

「ばいばい、夏穂!」

「ばいばーい、
‥‥‥ がんばるわ、大会。思い出は思い出として、胸の奥にしまってな」

── FIN.


データシート。
製作: サンライズ
放送: テレビ東京 May. 6, 1998; 25:45 - 26:15.
CAST: 森井 夏穂満仲 由紀子
檜山 恭子熊谷 ニーナ
森井 トシ江龍田 直紀

急行「たかやま」時刻表、抜粋。

大阪入線/発 746/757
京都着/発 831/832
高山 1250/1251
飛騨古川着 1309
その気になれば新幹線使って京都に先回りできる、なんて突っ込みは無意味なんだろな。 高価いし。


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