2026.06.24

    『バッハ 音楽創造の宇宙』クリストフ・ヴォルフ(春秋社)は1年位前に YAMAHAの店頭で見つけておいたのだが、この間中央図書館に行ったらあったので借りてきた。翻訳者は『バッハと対位法の美学』を書いた松原薫であった。

    イントロで、バッハの肖像画の話があって、手に持っている楽譜が6声のフーガで、1声しか書いて無いのだが、上下鏡像で倍、ト音記号、ハ音記号、ヘ音記号の元で読めば3倍となり、合計6声である。これで調和の取れた音楽になっているという。バッハが自身を作曲家として意識していたことが良く判る。バッハは対位法の大家であるが、それを体系的に記述したわけではなくて、自らの作品世界によって範を残した。弟子たちはそれを真似しながら対位法を身に付けた。


    第1章では、死後1750年にカール・フィリップ・エマニュエル・バッハによってまとめられた作品リストが紹介されている。バッハは職業作曲家・演奏家・指導者として人生を過ごしただけではなく、自らの音楽技法を具体的な作品として発展させ、その全貌を後世に残そうという明らかな意図を持っていた。このことがこの作品リストからも伺える。

    第2章では、大学の学歴を持たないバッハがトマス教会のカントールという名誉ある職に就くために、3つの鍵盤楽器の為の曲集を、教育用として整えたことを説明している。オルガン小曲集、平均律クラヴィーア曲集(24の長短調での、プレリュード(自由書法)とフーガ(厳格書法))、長男フリーデマンの教育の為のインヴェンション(2声フーガ)とシンフォニア(3声フーガ)。鍵盤楽器の演奏技法と作曲技法が結びついて、バッハの音楽宇宙の鍵となった。後の西洋音楽に与えた影響は計り知れない。

    第3章。トッカータ、イギリス組曲、フランス組曲。独奏ヴァイオリンと独奏チェロの為のそれぞれ6曲セット。ブランデンブルグ協奏曲を含む多数の多楽器のための協奏曲、チェンバロとヴァイオリンの為の6曲。オルガンの為のトリオ・ソナタ。

    以後の章の目次は最後にコピペしておいた。とりあえずまとめておく。

    バッハの生きた時代、音楽は芸術作品というよりは何かの補助手段であった。舞踊の伴奏であったり、歌の伴奏であったり、宗教的儀式の雰囲気を盛り上げるものであった。音楽家も職人あるいは芸人であった。作曲は即興性が強く、合奏が必要な場合にのみ写譜されていたから、後世に残されたのはほんの一部である。

    バッハは作曲家というよりは超一流のオルガン演奏家と見なされていた。作曲家という意味では多くの楽しい合奏曲を出版していたテレマンの方が有名であった。しかし、バッハ自身は当時の作曲様式の殆どを知り尽くし、自らの音楽の在り方(作り方)について極めて探求心旺盛であり、何よりも誇りを持っていた。そしてこれも重要なことだが、少しでも社会的に優遇される地位を求めて活動していた。バッハの作品が写譜だけでなく出版されて後世に残されたのは、彼自身が目的意識を持って作曲技法を磨き、個々の曲を推敲し続けたためである。

    カントールの地位を得る為に音楽教育のための系統的な鍵盤楽器用作品を出版し、それによって弟子達を育て、教会の仕事の為に毎週のように宗教的合唱合奏曲を作り溜め、更に彼自身が自ら研究したポリフォニー(フーガ)の技法(元々はパレストリーナに象徴されるように、ルネッサンス時代(教会旋法の時代)に遡る。)を究極の形で残そうとした。バッハの追求したポリフォニーという作曲様式は当時流行となり始めていたホモフォニー様式に比べるとすでに古臭いとみなされていたのだが、彼は一方ではホモフォニーをフーガと対比的に使いこなしながらも、誰がどう評価しようとも即興性とフーガの厳密な規則性の相克を乗り越えた独自の楽曲構造に拘り続けた。僕たちがバッハのポリフォニーを聴くと、これにはそれなりに耳を慣らさないと難しいかもしれないが、彼の頭の中の音感覚の世界が神によって整合性を与えられた世界の多様性を賛美しているように感じる。更に耳が慣れてくると、単一の旋律ですら複数の旋律が並行して動いているかのように感じるまでになる。だから、後世の作曲家たちは音楽の様式の革新を成し遂げる度にバッハを再発見することになるのだろう。

    「バッハ 音楽創造の宇宙」をざっくりと読み終えた。とても丁寧に読み込むだけの予備知識は無い。そもそも僕はバッハの全貌をまだよく知らないということを思い知らされた。だからほぼ拾い読みになってしまった。個別の作品への解説としても読むことができるが、この本の特徴は多分目次に示されている。最後の二つの作品「フーガの技法」と「ミサ曲ロ短調」はバッハの到達点を示すのだが、バッハは目の手術をして更に先に進むつもりだったようだ。ただ、手術は失敗した。

    最後のエピローグで
ヴォルフ氏は面白いまとめ方をしている。当時の知識人の間では科学的探究と実践的応用を結び付けるという考え方が流行していた。ライプニッツは「実践を伴う理論」という格言を残している。しかしバッハは音楽がなかなかそうはいかないことを知っていた。音楽は、バッハにとっては、むしろ「理論を伴う実践」であった。ただ、生涯独学を通したバッハにとってヨーロッパ中の音楽から学んだ理論は言語化されることは無く、むしろ実践の中でしか表現されることはなかった。あれこれの言語的指示書ではなく、具体的な作品として「言語化できない理論」を暗示したのである。バッハの作品はどれも極めて厳密な構造を持っているにもかかわらず、その厳密な構造を明示的に言語化することはできない。というか、それはその音楽の場面場面で言語的には異なってしまうように思われるのである。にも拘らずバッハの「理論的」厳密性はバッハの音楽の中では一貫しているように感じられる。そのことが僕をバッハに惹きつけるのだろう。

    目次をコピペしておく。
序文
プロローグ つねにポリフォニーとともに
  ――――作曲家の名刺
   「全てを包摂するポリフォニー」
   「和声の最も秘められた奥義」
   「風変わりな旋律」と「独創的な着想」
第1章 バッハの音楽創造の宇宙を語る
  ――――一七五〇年に作られた最初の作品リスト
  遺産の規模
  オリジナル手稿譜の残存
  指標となる作品
第2章 作曲と演奏への革新的なアプローチ
  ――――三つのユニークな鍵盤楽器教本
  含蓄ある追加――三つの独創的な表紙
  《オルガン小曲集》――短いコラール前奏曲の曲集
  《平均律クラヴィーア曲集》――あらゆる調で書かれたプレリュードとフーガ
  《正しい手引き》――インヴェンションとシンフォニア
第3章 自律的な器楽曲をもとめて
  ――――トッカータ、組曲、ソナタ、協奏曲
  おなじみの鍵盤楽器から、ほかの楽器まで
  門出の〈作品〉――鍵盤楽器のための六つのトッカータ
  ヴァイマール、ケーテンで書かれた〈作品〉風の曲集
   チェンバロのための六つの組曲――プレリュードありとプレリュードなし
   無伴奏独奏のための二つの曲集――ヴァイオリンのためとチェロのため
   様々な楽器のための六つの協奏曲
  ライプツィヒ初期への余韻
   チェンバロとヴァイオリンのための六つのソナタ
   オルガンのための六つのトリオ・ソナタ
第4章 最も野心的な計画
  ――――一年を通してコラール・カンタータを作曲する
  背景、構想、日程
  連作形式の〈作品〉
   冒頭楽章
   アリア、レチタティーヴォ、最終コラール
  未完の記念碑
第5章 鍵盤楽曲の最先端を高らかに告げる
  ――――《クラヴィーア練習曲集》
  《クラヴィーア練習曲集》第一部――パルティータ
  《クラヴィーア練習曲集》第二部――《イタリア協奏曲》と《フランス風序曲》
  《クラヴィーア練習曲集》第三部――ドイツ流の『オルガン曲集』
  《クラヴィーア練習曲集》第四部――《ゴルトベルク変奏曲》
第6章 キリストを讃える教会音楽の山並み
  ――――三つの受難曲とオラトリオ三部作
  《ヨハネ受難曲》
   王であるキリスト――「主よ、我らの支配者よ」
   悲しみの人――「思い見よ、わが魂よ」
   勝利者キリスト――「成し遂げられた」
   《ヨハネ受難曲》の別のヴァージョン――一つの注釈
  《マタイ受難曲》
   作曲家とリブレット作者――実り多き共同作業
   仮想の舞台としての聖歌隊席
   人物の性格と感情
  《マルコ受難曲》
  オラトリオ三部作
   《クリスマス・オラトリオ》
   《復活祭オラトリオ》
   《昇天祭オラトリオ》
第7章 過去の作品を吟味し振り返る
  ――――改訂、編曲、改作
  処分か保存か
  行き当たりばったりではなく
   オルガンのための「一八のコラール」
   オルガンのための六つの「シュープラー」コラール
   チェンバロ協奏曲
   キリエーグローリア・ミサ
   《平均律クラヴィーア曲集》第二巻
第8章 器楽ポリフォニーと声楽のポリフォニーの極致
  ――――《フーガの技法》と《ミサ曲ロ短調》
  完成された《フーガの技法》――手稿譜ヴァージョン
  カノンへの寄り道
   「ゴルトベルク」のアリアに基づく《一四のカノン》
   クリスマスの讃美歌「高き御空より」に基づくカノン風変奏曲
   《音楽の捧げもの》のカノン
  未完の《フーガの技法》――出版ヴァージョン
  《ミサ曲ロ短調》
   時代を超越する様式を見据えて
   部分と全体
  後世に残すべき作品
エピローグ 「理論を伴う実践」
  ――――学識ある音楽家の座右の銘
  訳者あとがき
   註
   文献一覧
   人名・事項索引
   バッハ作品索引(ジャンル別、BWV順)

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