2026.06.03

こころの時代〜宗教・人生〜徹底討論 vol.14 問われる宗教と政治 世界が直面する「政教分離」

NHK教育テレビジョン5月25日

勉強になったので、聞き取りメモを残しておく。まだ自分の言葉にはならない。


((出席者))

シリコンバレーでの信仰復興を研究している柳澤田実氏、韓国民主化運動と宗教の関係を考察する真鍋祐子氏、フランスが専門の宗教学者・伊達聖伸氏、憲法学者の駒村圭吾氏、旧統一教会問題を研究してきた櫻井義秀氏、宗教学者の島薗進氏

((メモ))

2050年の世界宗教地図では共同体性が強いイスラム教が支配的になる。
憲法的には政教分離の問題。本来的には政治と宗教は相性が良いからこそ問題とされてきた。
フランス、ライシテ(政教分離)と人権の国。

韓国の民主化運動、シャーマニズム、儒教規範。デモ中に学生が殺される、抗議の焼身自殺、死によって動かされる政治運動。

アメリカの話
歴史的には4回の信仰復興があった。現在は5回目。
プロテスタント右派福音派は縮小している。
現在はカトリック、若い人たちのカトリックへの改宗者が急増。
1/4という福音派をついにカトリックが抜いた。
個人主義の乗り越えが意識されている。カトリックは共同体と儀礼、家族、性的貞節が特徴。
テック業界は2016年まではリベラル無神論だったが、現在はキリスト教に回帰していて、ナショナリズムと結合、国防企業のイデオロギーとなっている。
リバタリアン的個人主義の限界が批判されて、キリスト教とナショナリズムに向かう。
社会の為に働くという意欲が芽生えている。人間の本性として自らを他者に捧げるということがある。
自分の為から国の為という意識転換が現在は軍事技術に向かっている。
ピーター・ティールがその代表者。

柳澤田実氏の提言1.宗教的願望を無視しない、2.宗教を政治に即座にすり替えない、3.宗教を公的な場から排除しない、すり合わせが必要。

AI や IT が教育の中心を占めると、価値観が見失われて、宗教が求められてしまうというのは人間の本性として理解できる。
電脳世界に没入すると現実と仮想の区別がつかなくなる。これは本来は宗教のお家芸である。
これが終末論の実践になりかねない。

トランプ演説「今夜一つの文明が死滅する」が妄想ではなくて実現可能になっている。

宗教と政治の結合の末路が悲劇的となる。既にテック業界でも終末論が唱えられている。

日本における個人主義の克服:右傾化のversion1からversion2.SNSに動員される中間層
日本では宗教ではなく、規律、国家主義へと向かっている。自分を越えた神聖な価値を求める。

韓国の場合、初代大統領イン・スンマンはプロテスタント、アメリカが後ろ盾になった。親米親プロテスタント
反共的、家父長主義。キリスト教の韓国的土着化。
前大統領ユン氏の支持層には若い人が多かった。徴兵制、就職難、男性が割を食っているという意識が強い。保守反動化している。
(ローマ教皇がトランプ大統領に抗議して主張する政教分離。現代では全てを政治の問題として議論されていて、道徳の問題として議論されていないことへの抗議である。)
日米との同盟関係によって自らの既得権が維持される。独裁政治が続いた。
1970年代、「民衆神学」が生まれた。
チョン・テイル(裁断師)が勤労基準法順守を訴えて焼身自殺。
キリスト教と儒教では自殺は認められないので、死の合理化言説として「民衆の中にこそキリストが居る」という論理が生まれた。(キリスト教自身もイエスの刑死の意味付けとして産まれた。)
運動理念において、キリスト教的に解釈された言葉が使われる。「民主の聖壇に身を捧げる。」
抗議の自殺、権力によって殺された人の死の意味付け。自分の死は見世物である。
言葉にならないもの、「恨」。聖職者たるものは「恨」の司祭であれ。
日本と異なり、韓国の民主化運動の目的には、真相究明と死者の名誉回復(恨を救い上げる)が含まれる。
光州民主化運動が分水嶺。日米韓同盟による分断の歪が明確化された。その視座で過去の出来事も遡って民衆史として再構築された。歴史認識は単なる反省では済まされない。
統一教会は神を「恨みの神様」としている。日本支配への恨を晴らす。
日本の贖罪によって韓国の統一教会が世界を制覇するというロジックになった。犠牲者や不遇の死者に対するロジックを与えている、キリスト教の基本論理である。

政治的に解決されないから宗教が救おうとしていて、それが政治を動かしているともいえる。
理念的には「恨」は赦しや和解への前提条件である。それを手伝うのが本来の宗教だろう。

日本での死者の慰霊を貴ぶことと繋がっている。原爆、水俣、、

ドレフュス事件と大逆事件、名誉回復があるかないかの違いがある。沖縄、韓国人の被爆。偏り。

フランス
ライシテ(1905年)、世俗主義。国家が宗教の影響を受けない、人々の宗教の自由を守る。
始まりは抗カトリック。
20世紀後半ではイスラムが支配的な宗教となり、抗イスラムの傾向。
元々は左派(反王権)だったが、右派も主張するようになった。
キリスト教的な背景を持つライシテ(ルペン)。
理念と現実との乖離。
人権と平和が背景にある。内部に対して抑圧的、外部に対して好戦的な宗教を認めない。
政教分離国家トルコも宗教国家に向かっている。

日本の場合、天皇を介した宗教的秩序が戦後に解体された。

「人権」は理念であるが、韓国においては再発見されたロジックを持つ。
1987年に殺された学生のお父さんが20年に亘る日記を付けていた。
個人的な、当事者運動の側面から、さまざまな理不尽な犠牲に直面して、
「人権」という言葉が自然に出てきた。死者の存在、その記憶がベースにある。
悲惨な死にざまに面した「人権」、原理原則ではなくて、殺されない、ということ。

日本では、宗教祭司は公的なものとされていないが、象徴とされた天皇が私的に行っている。
1条、9条、20条の結びつき方は不安定である。

いずれ来る戦死者の追悼をどうするか、という問題がある。

「理念」というものが機能しなくなっている。
その理念を誰がどう掲げるかが重要。
相手を批判する時に理念が使われる。その場合具体的な状況を踏まえて批判することが必要。
断罪してはならない。

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