N文化事業センター講義

戻る

内容一覧:

はじめに

第一章:北欧の地理と気候そして産業

第二章:北欧の文化背景

第三章:不思議なスウェーデン人の男の話

第四章:スウェーデンのゴトランドの石碑

第五章:北欧神話の神々

第六章:ルーン文字について

第七章:北欧美術のあれこれ

第八章:ヴァイキングの船

第九章:『ギルヴィの惑わし』の冒頭から

 はじめに

 北欧の四カ国を巡る旅は、必ずしも珍しくはありませんが、今回わたくしたちの企画したツアーは、北欧の古い文化をさぐる旅でして、まだ日本では一部の人々にしか知られていない側面を訪ねる異色な企画です。この冊子は、皆様の旅をより充実した知的刺激に満ちたものとなるために編みました。お役にたちますことを心より願い、みなさまに楽しんで戴きたいと存じます。

to index

第二章:北欧の文化背景

to indextojal

第三章:不思議なスウェーデン人の男の話 

スウェーデン人がどのようにみなされていたかを知るために、アイスランドに残された中世のサガから次に引用します。そのお話へ==>

第五章:北欧神話の神々

 北欧の文化を知る上でどうしても触れなければならないのが、彼らの独特の神話です。北欧の民はゲルマン民族であることは既に申し上げました。彼らの神話は、したがって、ゲルマン神話の最も典型的なものといえます。いえ、はっきり言って、まとまった形としてはほとんど唯一のものなのです。

(北欧神話の書物は多く出ておりますが、登場する者達の名前の表記については、未だ学会でも統一がとれていません。このページでは、基本的には古ノルド語、古北欧語 (Old Norse) と俗称で呼ばれる西-北ゲルマン語の中世の文献―そのほとんどはアイスランドで書かれたものです―の形を採用しています。主格の語尾はそのまま残してあります。なお、アイスランド語の日本語への転記は非常に難しいのですが、最良と思われるものを練り上げました。ご参考になれば幸いです

 私たちは、実は北欧神話について少しは既に聞き知っているのです。それは英語の曜日の名前に現れているからです。火曜日水曜日木曜日金曜日をそれぞれ英語ではTuesday, Wednesday, Thursday, Fridayと云いますね。これは英語として定着してしまったスペリングですが、例えば水曜日をウェンズデイというのに、どうしてWednes-dayと書かなければならないのか! まったくこのように、初めて英語を学ぶ生徒たちはみな憤慨するのではないでしょうか。

 実はそれぞれTiu, Woden, Thur, Frigeという神々の名前からとられているのです。それぞれの北欧語の形はtýr(テュールあるいはティール),(オージンあるいはオゥジン), (ソールあるいはソゥル), Frigg(フリッグ)といいます。

ティールは戦いの神で、勇ましく、神々が世の終わりに戦う大狼フェンリルに頚縄をつけるために、左手を犠牲にした勇気を持っています。図版参照)フェンリル狼は神々の奸計に気付き、誰かが自分の左手を口の中に入れておくまではおとなしく首縄をつけさせてやらないといったのです。神々はこれは遊びだからと云ったのですが、狼は信用しません。実はそのひもはみたところはしなやかでやわらかく、弱そうに見えるのですが、ドワーフに作らせた魔法のひもでした。その経緯は以下のようなものです。

「狼はアースたちが手元で育てて、テュールだけが狼に近寄ってこれに餌を与える勇気を持っていた。しかし神々が狼が日に日に大きくなっていくのを見、また予言がみな、狼が彼らに対して禍をなす定めになっていると告げたとき、神々は非常に頑丈な足枷を作る計画を立てて、足枷をレージングと名付けた。そして足枷を狼の所に運んでいって、彼にこれで自分の力を試すように言った。しかし狼は、それが自分の力をしのぐものとは思わず、それで彼らのしたいようにさせた。狼が一回目にその枷に足を突っ張ったとき、それは壊れてしまった。

同じ様なことをもう一回くりかえされ、神々は自分たちは狼を縛ることが出来ないのではないかと恐れた。そこで使者を立てて、下界のドワーフにグレイプニルと言う足枷をこしらえさせた。これは六つのもの、すなわち猫の足音と女の髭と山の根と熊の腱と魚の息と鳥のつばからこしらえられていた。

狼はこのひもをつけたがらなかったが、保証として神々の中の一人がその手を狼の口の中に入れるなら、という条件を出した。

神々は互いに顔を見合わせ、いまは身体綾南に窮していると思いますが、誰も自分の手を差し出そうとはせず、とうとうテュールがじぶんの片手を口の中に入れます。狼は足をふんばって引きちぎろうとしますが、かえってひもはきつく締め付けます。激しくもがけばもがくだけひもは食い込み、みなはそれを見て笑います。テュールをのぞいて。彼は片手を失いました。

つまりは戦の神テュールは、火曜日の神様です。ところで、そう考えると面白いことがわかります。火星のことをMars(マルス)といいますが、マルスはローマ神話の中の戦の神です。この星の名前のつけられている曜日が、同じ戦いの神であるテュールの日である、ということは意味があります。このことについては後述します。

to indextojal 北欧神話事典に戻る

 次に、いよいよ水曜日の神様を見てみましょう。水星は英語でMercuryですが、これはローマ神話の神メルクリウスの名前に由来します。メルクリウスは、知恵に長け、ずる賢さも持っていました。北欧神話では、特に貴族たちの間では、この「知恵の神」が最も偉いとみなされ、崇められました。北欧神話の中の最高神は、そのような次第で、この知恵の神 odinn (オージン英語読みではOdinオーディン)という神とされています。

北欧神話の中ではこの水曜日の神様の様々な話があります。かれは智恵を得るために、智恵の蜜酒と引換に自分の片方の目を担保として出さなければなりませんでした。先史時代またヴァイキング時代は彼は顔を描かれてはおりませんでしたが、中世以降、エッダを通じて彼を知った後世の人々は、彼を必ず隻眼の人物として描きました。(図版5-3参照)

彼は神々の父と呼ばれ、もっとも古い神の一人で、智恵のルーンを見いだした神です。

彼はスレイプニルという八本足の馬を駆って天空を駆けめぐることもありますが、(図版5-5, 6スレイプニルについては、後段を参照普段はフギンとムニン(ともに「心の思い」と言う意味)という二羽の烏に世界中から情報を持って来させるのです。(図版5-7二羽の烏と狼とはオーディンの使いとされていました。

彼はそうして英雄を見つけると、戦で戦わせ、戦死するときに自分の娘たちのヴァルキュリア(あのワーグナーの『ワルキューレ』はこれのドイツ語形です)を使わして彼らの魂をヴァルハラまで連れてこさせるのです。彼は英雄たちの霊の集う場所ヴァルハラの主人であり(図版5-8参照)、世の終わりの時の戦いのために自分の衛士を集めるのです。異教徒の北欧の民が死を恐れないのは、ヴァルハラに迎えられるに足る勇気を持っていることを示すためでした。

ヴァルキュリアとはもともと「死者を選ぶもの」という意味で、選ばれた死者だけが神々の館ヴァルハラに行くことを許されたのでした。彼女たちはその死者たちの館で英雄たちに酒を与えるという重要な仕事も担っているのです。(図版8)

オーディンは智恵の神、死と魔術の神で水曜日の神ですが、水星の名前Merculius(メルクリウス)もローマ神話では、智恵の神、狡賢い神、泥棒と医術の神と言われています。なにか暗い共通点ですね。

to indextojal

スレイプニルの誕生のはなし:(18/Oct/99改訂)

 さて、名馬と言われるスレイプニルですが、その出生には、有名な神々の城壁を建設した経緯が関わっています。

神々がヴァルホッルを建て、人間たちの住む「中津国」(ミズガルズル)を据えた後、一人の工匠(大工職人)がやってきて、神々のために一年半で城塞をつくろうと申し出ました。それは山の巨人たち、霜の巨人たちに対して、彼らが「中津国」にやって来ても、信頼でき安心できるほど素晴らしい城塞なのです。しかし彼は、フレイヤを妻としてもらうことを条件としました。そしてまた、太陽と月ももらいたいと言いました。

神々は集い話し合い、次のように取り決めました。

工匠は半年でその城壁をこしらえられたら、報酬を手に入れられる。しかし、夏の初日になったときに城壁のことでなにかをし残していたならば、その報酬をあきらめなければならない、と。またその作業は誰の助けも借りてはならないというものでした。

工匠はそのことを聞くと、スヴァジルファィリという自分の牡馬の助けを借りることをゆるしてくれるように頼みました。他の神々を説き伏せて、その条件を神々に認めさせたのは神々の中のロキでした。

[女巨人ロイフェイの息子ロキは神々の一人に数えられるけれども、巨人の一族の出で、誰にもまして奸智という智恵があり、何事でもだまし、いつも神々に災難を持ち込む一方で、逆にその奸智によって、神々を助けることもしばしばある、という変わり者です]

 工匠は冬の初日に作業を始めました。夜にはその牡馬で石を運びました。神々はその牡馬の働きに目を見張りました。なんと牡馬は工匠の倍の仕事をするのです。この取り決めの仕事の間は、神々の守り手ソゥルは巨人を倒しに東方に出かけていました。さて、このソゥルの不在が吉と出るわけがありません。冬も終わろうとする頃、城壁造りは大いにはかどって、城壁はいよいよ堅固に高くなっていき、誰も攻撃をしかけられなくなっていました。いよいよ、夏まであと三日という日になって、神々は工事が城門にかかっていることを発見し、どうしようか話し合います。 一体誰が、フレイアを巨人どもの嫁にやるように、あるいは太陽と月をとりさって巨人どもに与えて空と天を破壊するように薦めたのかと。そして、皆の意見は全ての原因はロキだと言うことで一致しました。そこで彼らはもし工匠がその報酬を失う方策をロキが考えつかなければ、彼はひどい死に方がふさわしいと言って、ロキに迫りました。ロキの方は怖くなって、なんとかするという誓いをたてます。夜になって、工匠が牡馬のスヴァジルファィリをつれて石を取りに出かけたとき、とある森から牝馬がこの牡馬の方にかけてきて、これにいななきました。牡馬の方はそれがどんな馬かと分かると、気も狂わんばかりになって手綱を引きちぎり牝馬目指して駆け出します。ところが、牝馬は森の方に逃げていき、工匠も牡馬を捕まえようとして追いかけていきます。しかし、二頭は夜通し飛び回り、そして城壁造りの方はその夜は滞ってしまいます。明くる日、工事はそれまで行われてきたようにはされませんでした。工匠はその仕事が完了されないだろうと見て取ると、本性の巨人の怒りを現し始めたのでした。一方神々は、この工匠の正体が巨人だと分かると、誓いを尊重しなくなり、ソゥルの名を呼んで、あとはおきまりの巨人退治となりました。このときの牝馬がロキで、しばらく経ってから8本足の灰色の子馬を産みました。

さて、以上がスレイプニル誕生のエピソードです。ロキは巨人族の出身の神ですので、通常の神とは異なる、変わった特性を現すことがあるのでした。

(オーディンに戻る

 

さて、木曜日の神様ですが、これまで通り木星の名前と比べると、すぐ特徴が分かります。木星の名の元の神の名ははJupiter(ユピテル)ですが、ローマ神話の雷(いかづち)で神罰を下す主神です。一方北欧の神もソゥルといい、ミョルニルと言う名前の鎚を持って雷を起こすスーパー・パワーの持ち主とされます。泉鏡花という作家が日本におりますが、彼がドイツのハウプトマンの戯曲『沈鐘』を訳したときには、この神のことを「稲妻の大神様」とか「鳴神様」「雷神」などと訳しておりました。明治期にすでに北欧神話の詳しい内容を理解していた鏡花の博識には驚かされます。一部を引用してみましょう。

 

山姥キッチヘン(野槌)

(稲妻幽かに峰を走る、其方の空を打仰ぎ)

おれるら、おれるら、稲妻のおゝん神、拝みました。見えました。やれもやれも、又しては鳴神殿のいたづらかいなう。主が徒っ兒の、子山羊の吼聲、お辭儀なしに聞き度もござらぬ、些と嗜んでくれぬか。赤い髯を光らせさっしゃるのも、眞個手柄ではない事いの、好い加減に控へさっしれ。(『鏡花全集』巻14、p.219)

 

ここでは異界に住む化け物の一人野槌が、ソゥルの光らせる稲光に震える様が描かれています。ここでいう山羊とは、ソゥルが載っている車を引っ張る二頭の山羊のことで、(図版5-11参照)時には神通力で自分のお弁当となる非常食ともなるのです。けれども、翌日、その骨を布に入れて、鎚を振ると、不思議不思議、山羊は生き返り、元通りソゥルの車を引っ張り始めるのでした。ソゥルはしかし、キリスト教徒にとっては悪魔の一人ですが、北欧の神々を信じる人々にとっては異界の巨人族から人間たちの世界を護る守り手でした。その鎚を一振りすると、怖ろしい化け物たちはふるえおののくのでした。北欧で最も民衆に頼りにされた神です。北欧の人々がキリスト教に改宗した際、まず彼らはソゥルの鎚を型どった護符を、同じ様な形をした十字架にすり替えました。こうして徐々にキリスト教化が進んでいったのです。(図版5-15, 16参照)

 

 ソゥルは巨人退治に良く出かけますが、あるときは、巨人以上の難敵「中津国(ミズガルズ)蛇」を釣り上げようとしたこともあります。「中津国蛇」(あるいはミズガルズ龍)とは大きな龍で、人間界を大きく取り巻く、いわば世界の象徴ともいうべき龍のことです。ある日、ソゥルは巨人のヒューミルを無理矢理手伝わせて、船を出させ、沖に漕ぎだします。もういいだろう、とヒューミルはいいますが、ソゥルはいや、まだまだ、と言って、漕ぎ続けさせます。怖ろしい巨人退治のソゥルの言うことですから、ヒューミルは黙って聞き従う他はありません。一体どこまでいくのか、もう気が遠くなりそうな位沖に出たときに、ソゥルは一頭の牛の頭を餌にどぼんと、海の底へと投げ込みます。そうして食らいついた中津国蛇とソゥルの格闘は巨人ヒューミルも真っ青になるくらい激しいものでした。そして、ついに中津国蛇が水面に頭を持ち上げ、ソゥルが船に引き上げようとしているのを見るとヒューミルは怖くなって糸を切ってしまいます。怒ったソゥルがヒューミルにミョルニルの一発をお見舞いしたのは言うまでもありません。(図版5-12, 13 参照) 北欧神話事典へ戻る

さて、金曜日は金星の神様でなければなりませんが、金星はローマ神話の女神ヴィーナスがその名前です。それは北欧神話ではFrigg(フリッグ)という名前になります。彼女は豊穣神で、神々の長であるオーディンの妻です。紛らわしいのは、神々の中で豊穣を司るのは、その他に2人もいるのです。一人はフレイといい、金髪の美しい男神です。もう一人はフレイの妹フレイアで、彼女は、スレイプニルの話に既に登場していますが、非常に美しい女神です。2人の像が護符のように使われたことも分かっています。さらにその二人の父と言われるニョルズルも、どうやら豊饒神の一派の出身のようです。

 トップへ