第三章:不思議なスウェーデン人の男の話 戻る

スウェーデン人がどのようにみなされていたかを知るために、アイスランドに残された中世のサガから次に引用します。

ある谷にソルハッルという男がいた。ソルハッルにはグズルンという妻とグリムルという息子とスリッドという娘がいた。彼は多くの家畜を持っており、村の長のような偉い身分ではなかったが、正直なまっすぐな農民だった。彼の住んでいるところでは化け物が住んでいて、家畜の面倒をみてくれる男を雇うのは一苦労だった。一年に一回の全島集会に彼は出かけて行き、そこで最も賢いと言われるスカプティに相談をした。スカプティは言った

「確かにだれもあんたのところで羊たちの番をしたくないというのは、困ったことだな。わしの知っている男を一人よこしてもいいぞ。グラームルといってスウェーデンのスュルグスダールの出身の男だ。体も大きく力も強い。ただ、心根が少々人と違っているが」

「きちんと番ができるなら、そんなことはなんでもないことだ」

そこで話がつき、ソルハッルは帰ろうとした。しかし彼の持つ二頭の月毛の馬がいなくなったことに気付き、探しに出かけた。人々はそんな彼をあざけった。

 ある谷までやってきたとき、彼は林の中から柴の束を抱えて馬に乗ってやってくる男と出会った。そばまでやってくるとその男の名前を尋ねた。その男はグラームルと名乗った。彼は身の丈も高かった。またみるからに薄気味悪い外見で、眼は灰色で光をはなち、髪の色は狼の灰色をしていた。ソルハッルはこの男こそ彼に言われた男だと思った。

「お前はなにが得意かね?」

「冬でも羊の番ができることだ」

「わたしの羊をみてくれないかね。スカプティが要件を伝えてくれたはずだが」

「俺の好きなようにさせてくれるんなら、お前のために働いてもいいぞ。俺は人にあれこれ言われるのは嫌いでね」

「別にかまわないさ。それではわたしのうちに来てほしんだが」

「行ってもいいぞ。なにか差し支えでもあるというのか」

「あの土地は化け物が住んでいると言う噂が在るんだ」

「そんなもの怖くもないさ。そういうのがいる方が人生も退屈しないですむ」

「まったく、小者はあそこには住まない方がずっといいだろうからな」

2人は契約を交わし、冬にグラームルが働きに来ることをやくそくして別れた。

 ソルハッルは以来グラームルについてなんの便りも聞かなかったが、約束したときが来るとグラームルはやってきた。ソルハッルは彼を迎えたが、他のものは、妻も含めてだれも彼のことを好かなかった。

 さて、やがて時は過ぎ、クリスマスの時期に来た。グラームルが朝起きてきて朝食をくれと言うと、その家の主婦は言った

「キリスト教徒は誰もクリスマスの前の日にはお肉は食べないのよ」

するとグラームルが言った

「なんて馬鹿なことをあんたたちはするんだろう。それがなんの特になるというのさ。今はみんなそんなようだが、そんなくだらないことをするようになる前の方がずっと人間は賢かったんだ。異教徒と呼ばれていた時代の方がずっと幸せに暮らしてたと思うぜ。俺は今は肉が食いたいんだ、そんな馬鹿なことでわずらわせるな」

「そんなことをすると不幸があんたを見舞うよ」

グラームルはすぐに食事を持ってこい、さもないとあんたにもっと悪い不幸が見舞うぞ、と言った。彼女はグラームルの言うとおりにするしかなかった。しかし、グラームルは腹が一杯になると、ぶつぶつ言ったり文句を言いながら家から出ていった。

 ところで天候は、闇が辺り一帯を覆い、粉雪が降りしきっていた。また大きな物音が聞こえ、時と共にそれらすべてが、ますます度を増していった。やがて日は過ぎた。

 次の日の朝人々はグラームルの叫びを耳にしていたが、時がたつうちに徐々に声が聞こえなくなっていった。雪が降り始め、夜までに吹雪になった。それでも人々が教会に集い始め、日暮れとなってもグラームルは家に帰ってこなかった。人々は彼の捜索に出かけるべきかと話し合ったが、吹雪と暗闇のため、捜索は行われなかった。結局クリスマスイブには彼は戻ってこなかった。人々は礼拝の時までそこにいたが、やがて時が経って捜索に出かけていくと、羊たちが谷に散らばり、吹雪に死んでいるものもいれば山に逃げていったものもいた。谷の奥にはそこらじゅうのものがなぎ倒されているところがあった。人々は、ここですさまじい格闘があったのだろうと思うばかりだった。というのもあちらこちらで岩が土のついたままひっくりかえっていたからである。さて、みながもっと近くによってみると、そこからそれほど離れていないところでグラームルが斃れていた。彼は地獄のように青ざめており、雄牛のように体が大きかった。人々はその姿を見て、肝の冷えるまで震えたが、教会に死体を運ぼうということになった。けれどもグラームルの体はまったく動かなかった。人々は農場に戻り、農夫ソルハッルにことの次第を伝えた。ソルハッルは一体何が原因なのだろうかと言った。人々は、問題の場所から樽底のように大きな足跡が続いていたので跡をつけてみた、と言った。それは切り立った岩山の下にまで続いていたが、その岩山を登っていた。足跡の側にはかなりの血が滴り落ちていた。思うに、グラームルは、その土地に住み着いていた化け物と戦ったのではないか、と。つまりはそれまで現れていた化け物が以来ぴったりと出なくなったのだった。

 クリスマスの二日目に、馬に綱をつけて死体を運ぼうとしたが、坂を下ることも平らな平地を引っ張ることもできなかった。そこで人々は諦めて死体をそこにおいて家に帰った。三日目に人々は司祭を連れてきて埋葬しようとしたが、一日中死体を探したが見つけることは出来なかった。司祭がいないときには死体は見つかるのだが、司祭が一緒にいると見つからないのだった。そこで人々は彼を教会で埋葬するのはあきらめ、死体のあるところに埋めたのだった。

 しばらくして、人々はグラームルが静かにしていないことに気がついた。そして彼の姿を目にした者は気を失って倒れたり、正気を失ったりした。しかもクリスマスの季節が過ぎると、グラームルの姿を農場の敷地の中で見かけたりするのだった。今や多くの人たちがこの土地から逃げ去った。グラームルは夜だけでなく昼間も出没しだし、ついには、屋根に登って大暴れをするので、屋根が壊れんばかりになった。人々はその谷に用事があるときでももはやそこに出かけようとはしなかった。

 

ここには、スウェーデン出身の男が化け物並みに力強く、異教徒で、ついには以前の化け物よりもたちの悪いものになってしまった経緯が語られます。アイスランド人は言います「ノルウェーより東にまともな人間はいないのだ。」ずいぶんとひどい言いぐさですが、人々の行ける程度に離れてはいるけれども、異教徒、つまり人間にとってよくわからない魔術を使う民の住む土地としてスウェーデンのことを見ていたのだということはわかります。to index