鎌倉街道探索の心得

  1. 鎌倉街道は現在の車道とは違う。探訪する場合、徒歩か自転車に限る。車では入っていけない所がほとんどである。
  2. 史跡や文化財は私達の先祖の貴重な形見である。傷つけたり持ち去ったりしないこと。
  3. 土地の人の農道や私道を通ることがある。くれぐれも農作業の邪魔になるような行為はしない。土地の人の私有地に入った時は土地の人に挨拶を心がけよう。また道を尋ねたときは教えてもらったらお礼を言おう。
  4. ゴミ類は置き去らない。ゴミを出したら自分の責任で持ち帰ろう。
  5. 車道を歩くときは車に気を付けることは勿論だが歩く側にもマナーはある。特にグループで歩くときは車の走行を妨げるようなことはしない。
  6. 神社・仏閣の前ではたとえ宗教が違うとか信仰の有る無しにかかわらず敬意を称することを怠らないこと。(例えば帽子は取る。お辞儀をする等)
  7. 道路で無いところ(山林・田畑・河川敷)に入っていく場合、何が出てくるかわからない。特に山林では虫(蜂)やマムシに注意する。出来れば山林に入る場合は冬場を勧める。

以上のことは言うまでもなくあたりまえのことではあるが心得ない人は街道探索はつまらないものに終わるであろう。

 鎌倉街道は私たちが住んでいる街の中にふと気がつくと、そこに昔の街道があったりる。鎌倉街道を探索するときまず心がけて頂きたいのは、 これはハイキングや山登りと同じで事前に下調べや前準備が必要である。街道のほとんどは現在は消滅してしまっている。現在残っている道も途切れ途切れである。 これを地図を頼りに歩くのは初めての人にとっては冒険に近い物がある。事前に下調べをしておけば道に迷ったりしないし、傍らの史跡がどんなものなのか解って楽しく街道探索出来る。 傍らの石仏がどんなものか知らないで通り過ぎるより、知っていた方が味わい深い物があると思う。比較的整備されている周辺の史跡や名所などは案内板など有ってまだ良いとして、 山林の中の道路遺構などはほとんど案内板などは無い。地現の人に聞くのがもっとも手っ取り早いが、地現の人でもわからない所もある。

 山林の中を地図と資料を頼りにうろついていると、時には藪の中で蚊に喰われ、蛇なんかも出てきたりしてとんだ目に遭い、 近くの農家の犬に吠えられ、地現の人に怪しい人間を見る目で見られ「見知らぬこの人はこんな藪の中で何をしているのか泥棒、痴漢、変質者」などと。 そんな時そんな目で自分を見ているその人に訪ねてみる。「すみません。このあたりに鎌倉街道の跡があると聞いて探しているのですが」と。 その人は急に顔をほころばせて親切にいろいろ教えてくれる。地現の人に鎌倉街道のことを聞いて嫌な顔をされたことはほとんど無いと言っていい。 土地の人は自分の土地の歴史を知ってもらいたい、 この土地の素晴らしさを知ってもらいたいといった表情があふれていて、語っているときは実にいい顔しているものである。

 そもそも鎌倉街道の素晴らしさは今は雑木林に埋もれた廃道が、かって800年前に整備された関東の重要な幹線道路であったというロマンである。 雑木林の中にあり道らしき様相を留めているところに感動するのであり、これが史跡公園のような整備された遺跡で立派な立て看板なんかあったら感動が半減してしまう。
 一般に昔の街道と聞くと箱根の旧街道のような石畳の道や、木曽路の妻籠宿や馬篭宿のような旅籠が建ち並ぶ風景。またまた東海道の松並木やら日光街道のような杉並木など。 そして鎌倉街道はそれらの街道風景のどれにも当てはまらない。鎌倉街道は所謂、現代どこにでもあるような、ただの街の中の道。いつも自分が歩いている自宅の直ぐそばの道。 あるいは畑の中の農道とか田圃のあぜ道やらで、 どうしてこれが街道なのかと、初めの頃は疑問を抱くような道ばかりである。 そこを歩いていた人にこの道は鎌倉街道ですかと訪ねれば、逆にこの道が鎌倉街道なんですか、 と聞き返されるんじゃないかとそんなような道ばかりである。 よって気を使って辿って行かないとすぐ別の道へと逸れてしまう。

 鎌倉街道のいいところは幻の街道と呼ばれるように廃道化した道を、いにしえを思い浮かべながら、てくてく歩くところにある。よって歴史をあまり良く知らない若い人達に勧めたい。推理力がおおいに鍛えられる。雑木林の中の小道をたどり、 農家の脇の小道や畑の中の小道を地図を頼りに一直線上に歩いていると小さな道標があったり思いがけない所に庚申塔や板碑があって道路状遺構の跡らしきものなんかあったら、もう感激である。 自分でかってに旧街道の跡だと思いこんでしまう。後で調べてみればぜんぜん違ってたりしても、自分なりの探検、冒険、であって、いにしえの歴史の中へと引きずり込まれて行く思いである。 そしてだんだんと鎌倉街道を歩いているうちに、街道の臭いや風のささやきのようなものが感じられてくると、あなたは街道探索のベテランである。

 ところで、この道は中世より以前は関東のもっとも重要な幹線道路であって、源氏や関東武士の歴史には欠かすことのできない道である。 鎌倉時代から南北朝にかけては正に歴史の表舞台と言って良い役割を果たしたところである。
 みなさんは過去の歴史の中の人々をどのように見られているのでしょうか。昔の人は現代人より劣ると考えている人はいないだろうか。 私はむしろ昔の人の方が、人としての道を、わきまえていたと思うし、 また自分で未来を切り開く能力や決断力は、現代人には及ばないのではないかと考えている。生活の知恵などは現代の人は与えられたものを やり過ごすだけの人がおおいと思うし、お金を払えばなんとでもなるように考えている人がおおいのではないだろうか。 中世の時代の人達は争いばかりしていたかも知れない。人殺しもするし、血生臭いし、現在の私達からすれば、ほめられたことでは決してないが、しかし、そういった過去の人達の営みの積み重ねの上に現代の平和な科学文明があることを 忘れてはならない。先祖の過去を抹殺する人間は自分自身を抹殺するような人間であるように思える。 中世の時代に生きた人達は日々、 明日は己の命はどうなるかわからないと心得て生活していたのではないだろうか。現代の我々にはとても理解できない人生観を持っていたのであろう。平和の中で毎日追われるように過ごしている現代人とは明らかに違うと思う。 中世の時代を生きた人達はその日その時を真剣にに生きていたのかも知れい。

 鎌倉街道上道は鎌倉幕府滅亡から南北朝、そして戦国時代には幾度となく合戦が繰り広げられた所の道である。日本の歴史に大いに役割を果たした道であったのである。
 そんな道であるからこそ日本史についての知識があればよりいっそう街道歩きが楽しくなる。日本史の知識といっても学校の試験勉強のような詰め込み知識ではなく、 時代の流れの関連性を持ったあくまでも自分にも興味を持てる知識である。
 しかし残念なことに日本史の中で鎌倉街道が機能していた中世は日本史の中でも極めて人気の無い時代である。特に南北朝、 太平記頃の時代は日本史に詳しい人でもあまり良くわからない時代ではなかろうか。 NHKの大河ドラマといったらほとんど信長や秀吉、家康の戦国から近世にかけてか、あるいは江戸時代の元禄頃のもの、またまた幕末あたりの物語ばかりである。 なにやら中世は敬遠されている感さえある。確かに鎌倉、 南北朝は物語を作りずらい部分があることはわかるのだが・・・・。それがために人気が無い時代とは残念である。 また歴史的にも鎌倉は別として南北朝、室町は日本史全体で見れば政治的にあまり変化のあった時代ではない。 しかしこの時代の文化は伝統的日本文化を完成させた時代ではなかろうか。