日本プロレス入門〜東京プロレス設立

1960年(昭和35年)

 4.11 力道山にスカウトされ、帰国。日本プロレスに入門。
 9.30 東京・台東体育館において、大木金太郎とデビュー戦を行う。同じ日にジャイアント馬場もデビュー。
10.15 北海道・札幌中島スポーツセンターの田中米太郎戦で11分36秒、首固めで勝利。デビュー3戦目で初白星を挙げる。


1961年(昭和36年)

 5.25 富山市体育館で馬場正平と初対決。10分0秒、羽交い絞めで敗れる。


1962年(昭和37年)

 4.27 第4回ワールドリーグ戦に初出場。
11. 9 沖縄県・那覇市、長沢秀幸戦よりリングネームをアントニオ猪木に改名。


1963年(昭和38年)

 5. 6 北海道・札幌中島スポーツセンターにて、遠藤幸吉戦で左ヒザ靱帯を損傷し以降欠場。予定されていた米国遠征もキャンセルになる。
12.15 師・力道山が赤坂のナイトクラブで刺された傷がもとで死亡。


1964年(昭和39年)

 3. 9 豊登とともに初渡米。


1965年(昭和40年)

10.13 テキサス州ヒューストンにて、カンジ・イノキの名でデューク・ケオムカと組み、フリッツ・フォン・エリック、キラー・カール・コックス組を破り、AWA世界タッグ王座を獲得。
12. 7 テネシー州ナッシュビルでマスクド・メディックスを破り、南部タッグ王座獲得。パートナーはヒロ・マツダ。


1966年(昭和41年)

 1. 3 同じくヒロ・マツダとのタッグで、エディ・グラハム、サム・スティンボート組を破り、NWA世界タッグ王座獲得。
 4.23 豊登とアメリカから帰国。東京プロレス設立を発表。
10.12 東京蔵前国技館で旗揚げ興行。ジョニー・バレンタインを破り、メインを飾る。
11.19 大阪球場でジョニー・バレンタインを破り、USヘビー級王座獲得。