八条院高倉 はちじょうのいんのたかくら 生没年未詳

生年は安元二年(1176)以前か。藤原南家貞嗣流。藤原通憲(信西)の孫。安居院法印澄憲の娘。高松院(鳥羽院皇女。二条天皇后)が、澄憲との密通によって生んだ子という。静賢の姪にあたる。
八条院ワ子内親王(鳥羽院皇女)に仕えた。後鳥羽院により「曇れかしながむるからにかなしきは月におぼゆる人の面影」の歌が認められ、院歌壇に召されるようになったという(源家長日記)。順徳天皇の内裏歌合などでも活躍した。出家後は奈良法華寺に入って空如と号した。
元久元年(1204)の「春日社歌合」、建保四年(1216)の「内裏百番歌合」、同五年(1217)の「冬題歌合」、貞永元年(1232)の「名所月歌合」、嘉禎三年(1237)の「覚寛法印勧進七十首」などに出詠。新三十六歌仙女房三十六歌仙。新古今集初出。
(続古今集以下にみえる安嘉門院高倉と同一人とする見方もあるが、ここでは別人とした。)

俊成女宮内卿らとともに、後鳥羽院によって見出された歌人であり、新古今後期を代表する女流の一人である。ただし、千五百番歌合を中心とした院歌壇最盛期には乗り遅れ、残された歌が多くないのは惜しまれる。
本歌取り・初句切れを多用し、幽玄態を指向した新古今風の典型を見せる歌が多いが、俊成女や宮内卿に比べると、意味内容の平淡さ、そして何より調べのなめらかさに特色が感じられる。
  神なびのみむろの梢いかならむなべて野山も時雨する比
  曇れかしながむるからにかなしきは月におぼゆる人の面影
  わすれじのただひとことを形見にてゆくもとまるもぬるる袖かな
さりげない耳慣れた詞に、古歌の記憶を幾重にも呼び起こしつつ、一息に詠いあげるような彼女の歌は、古風さゆえにこそ、平安王朝文学の余香を漂わせ、得も言われぬ風趣を添える。新古今には七首採られたばかりだったが、定家は新勅撰集に彼女の歌を十三首撰入した。式子内親王や二条院讃岐に匹敵する数である。

  1首  1首  3首  2首  6首  3首 計16首

題しらず

ひとりのみながめて散りぬ梅の花しるばかりなる人はとひこず(新古54)

【通釈】独りで眺めているうちに、梅の花は散ってしまった。色も香も、この花の情趣をよく知っているほどの人は、誰も訪ねてきてくれずに。

【語釈】◇しるばかりなる人 梅の花の風趣を解するほどの人。下記本歌を踏まえた言い方。

【本歌】紀友則「古今集」
君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る

時鳥をよめる

一声はおもひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに(新古208)

【通釈】たった一声では、本当にお前だったとは、納得できないよ、ほととぎす。黄昏時の雲にまぎれて、姿もよく見えなかったし

【語釈】◇おもひぞあへぬ すっかり思いきることはできない。「あへ」は動詞の連用形について「…し切る」「すっかり…する」の意になる。

建保六年内裏歌合、秋歌

わが庵はをぐらの山のちかければうき世をしかとなかぬ日ぞなき(新勅撰306)

【通釈】私の住む庵は小倉山が近いので、憂き世を悲しみ、鹿といっしょに声あげて泣かない日はないよ。

【語釈】◇建保六年内裏歌合 「六年」は誤記。建保四年(1216)閏六月九日の内裏百番歌合。◇をぐら山 京都嵐山あたりの山々。古今集以来、鹿と取り合わせて詠まれることが多い。◇しかと はっきりと。「鹿と」を掛ける。

【本歌】喜撰法師「古今集」
わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人は言ふなり

秋の歌とてよめる

神なびのみむろの梢いかならむなべて野山も時雨する頃(新古525)

【通釈】紅葉が早いという神奈備の三室の山の梢は、どうなっただろう。野も山も、ひとしなみに時雨の降る頃になって。

【語釈】◇神なびのみむろ 奈良県生駒郡の神奈備山。龍田神社の背後。紅葉の名所。◇なべて野山も 「なべての山も」とし、どの山もみな、の意とする説もある。

【補記】本歌を踏まえ、すでに色深く染まったはずの神奈備山の紅葉に思いを馳せる。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
かみな月時雨もいまだ降らなくにかねてうつろふ神なびの森

九月尽(くぐわつじん)によみ侍りける

すぎはてぬいづらなが月名のみしてみじかかりける秋のほどかな(新勅撰361)

【通釈】秋はすっかり過ぎてしまった。どこが「長」月なのか。そんなの名ばかりで、短かった秋の日々だったことよ。

【語釈】◇九月尽 九月の晦日。秋の最後の日。◇いづらなが月 九月(ながつき)の「なが」に「長い」意を掛ける。

冬関月

ふりつもる雪をさながらてらす月今夜(こよひ)なりけり白川の関(冬題歌合)

【通釈】今宵、降り積もった雪を、そのままの白さに照らし出す月――白川の関を越えたのは、こんな夜だったっけ。

【語釈】◇今夜なりけり 今夜(と同じ)であったよ。今宵の月夜が、まさに白川の関で見た月夜そのままであった、ということ。◇白川の関 今の福島県白河市にあった、奥州三関の一つ。歌枕紀行参照。

【補記】建保五年(1217)十一月、順徳天皇の内裏での歌合。二十番右持。定家の歌「わすれめやみがく氷はとぢそへていづる関戸の明くる月かげ」と合わされたが、定家の判詞は「右の『こよひなりけり白川の関』いひしりてことによろしく侍るうへに、左の上句、題のほかの氷、詞くだけてききにくくや侍らん。又いづくの関ともきこえず侍るよししきりに申し侍りしかど、当座の勝負をさだめられ侍らず。定めて後輩の不審をのこし侍らんか」と、自ら負を認めつつ、衆議判の結果持となったことを批判している。

建保五年内裏歌合、冬海雪

里のあまのさだめぬ宿も埋もれぬよするなぎさの雪の白浪(新勅撰425)

【通釈】漁村の海人の、場所を定めない宿も、白一色のうちに埋もれてしまった。寄せる白波のように、渚に絶え間なく雪が降りしきって。

【語釈】◇さだめぬ宿 塩焼などのために作る臨時の小屋を言うのであろう。

【補記】建保五年(1217)の「冬題歌合」三十六番右勝。

題しらず (四首)

つれもなき人の心はうつせみのむなしき恋に身をやかへてむ(新古1146)

【通釈】冷淡なあの人の心が、つらくてならない。こんなむなしい恋に、私は自分の命を差し出してしまうのだろうか。

【語釈】◇うつせみの 「うつせみ」は蝉の抜け殻を意味することから「むなしき」にかかる枕詞となる。また、前の句とのつづきから「人の心は憂し」の意を掛ける。◇身をやかへてむ 恋と命を引き換えにするのだろうか。

【本歌】よみ人しらず「後撰集」
うちはへてねを鳴き暮らすうつせみのむなしき恋も我はするかな

 

いかがふく身にしむ色のかはるかなたのむる暮の松かぜの声(新古1201)

【通釈】松を過ぎてゆく風の色は、人の身にしみるものだけれど、いったいこの夕べはどんなふうに吹いているというのだろう。身にしみる色が、いつもとは違っている。あの人と逢えることを期待して待つ暮方の、松風の声――その声も、いつもより悲しげで。

【語釈】◇いかがふく 初句切れ。主語は結句の「松風」。◇身にしむ色 体に染みわたる風の色。◇松かぜの声 松籟。松を吹いて過ぎる風の音はあわれ深いものとされた。松に「待つ」を掛ける。

【本歌】堀河女御「後拾遺集」
松風は色や緑にふきつらむ物思ふ人の身にぞしみける

 

曇れかしながむるからにかなしきは月におぼゆる人の面影(新古1270)

【通釈】月よ、曇って。眺めているそばから悲しくなるのは、おまえのせいで恋しい人の面影を思い出してしまうせいなのだ。

【語釈】◇曇れかし 曇ってくれ。この「かし」は命令を強める助詞。月に対して、霞んでくれ・見えなくなってくれ、と命じているのである。

 

吹くからに身にぞしみける君はさは我をや秋のこがらしの風(新勅撰909)

【通釈】秋の木枯しの風が吹きつけると、我が身に染みるわ。それではあなたは私に飽きたのね。さんざん恋に身を焦がさせておいて。

【語釈】◇吹くからに 吹くとすぐに。少し吹いただけで。◇我をや秋の 「我をや飽き」を掛ける。

【本歌】文屋康秀「古今集」
吹くからに秋の草木のしほるればむべ山風をあらしといふらむ

冬夜恋

ながき夜に衣かたしきふしわびぬまどろむ程の涙ならねば(冬題歌合)

【通釈】冬の長い夜、自分の脱いだ衣だけを敷いて横になって、とても寝つけやしなかった。涙が流れて流れて、まどろむどころではなかったので。

【語釈】◇衣かたしき 恋人と共寝する時はお互いの衣を重ねて敷くが、独り寝の時は自分の衣だけを敷く。それを「衣かたしく」と言った。◇ふしわびぬ 歎きの余り寝ることもできなかった。

【補記】「冬題歌合」五十二番右勝。判詞は「詞甚美麗。而首尾又不停滞」。なお新拾遺集では第二句「氷かたしき」。

恋の歌よみ侍りけるに

わすれじのただひとことを形見にてゆくもとまるもぬるる袖かな(新勅撰802)

【通釈】「忘れない」というたった一言を思い出として、去ってゆく貴男も、残される私も、袖を濡らすのですね。

【本歌】蝉丸「後撰集」
これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬもあふさかの関

題しらず

思ひ出でて恋しかるべき都かはなにゆゑやどる袖の月ぞも(万代集)

【通釈】思い出して恋しいことのあるような都だろうか。そんなことはないはずなのに、どうして私の袖に月が宿るのだろう。

【語釈】◇やどる袖の月 涙に濡れた袖に映る月の光。

題しらず

うき世をば出づる日ごとにいとへどもいつかは月の入るかたを見む(新古1841)

【通釈】つらい現世を、朝日が昇るたびに厭い、遁れ出たいと思うけれど、いつになったら、月の沈むほう、西方浄土を拝むことができるのだろうか。

【補記】遁世の思いを遂げることができないまま、浄土に憧れる心。「出づる」は「世を出づる」「出づる日」の掛詞。かつ結句「入る」と対偶という巧みな修辞。

【他出】定家十体(事可然様)、定家八代抄、新三十六人撰

建保四年内裏十首歌合に

いざさらばこむ世をかねて契りおかむ限りもしらぬ月の光に(新続古今2035)

【通釈】さあ、それなら、来世の闇も照らしてくれるように、あらかじめ約束を交わしておこう。限りなく輝く月の光と。

【語釈】◇月の光 仏による救済を暗喩する。

【本歌】藤原実定「千載集」
はかなくもこむ世をかねて契るかな二たび同じ身ともならじを


更新日:平成15年01月09日
最終更新日:平成22年04月12日