藤原実家 ふじわらのさねいえ  久安一〜建久四(1145-1193) 号:川原大納言

大炊御門右大臣公能の二男。母は藤原俊忠女、従三位豪子。忻子(後白河天皇中宮)・多子(近衛天皇二条天皇后)の同母弟。実定の同母弟。実守・公衡の同母兄。俊成の甥。定家の従兄。
久安七年(1151)叙爵し、侍従・左少将・中宮権亮・右中将・蔵人頭などを歴任し、仁安三年(1168)従三位に叙される(非参議・右中将)。その後但馬権守を兼ね、承安四年(1174)、参議に就任。治承三年(1179)には権中納言に進み、中宮権大夫・衛門督を兼ねる。養和二年(1182)、従二位。寿永三年(1184)、正二位。文治二年(1186)、権大納言。建久元年(1190)、大納言に転ず。同四年(1193)三月十六日、薨。四十九歳。
歌林苑の歌会や歌合、嘉応二年(1170)の住吉社歌合・建春門院北面歌合、承安二年(1172)の広田社歌合などに出詠。自邸でもたびたび歌会を催した。『今鏡』によれば和琴の名手で、今様や神楽歌にもすぐれたという。
自撰と見られる家集『実家集』(実家卿集とも)がある。千載集初出。

月歌あまたよみ侍りける時、よみ侍りける

秋の夜の心をつくすはじめとてほのかにみゆる夕月夜(ゆふづくよ)かな(千載)

【通釈】「心尽くしの秋」と言うが、秋の夜、あわれ深さに心を使い果たしてしまう初めのものとして、ほのかに見える夕方の月なんだなあ。

【語釈】◇心をつくす 秋は情趣を誘う風物が多くて、心魂を使い果たしてしまう、ということ。古今集の「木の間よりもりくる月のかげみれば心づくしの秋は来にけり」を踏まえて言う。◇ほのかにみゆる うっすらと見える。一部分だけ見える。「心づくし」の最初として、月の光も遠慮がちに現れている、と見立てたウィット。

題しらず

よしさらば逢ふと見つるに慰まむ覚むるうつつも夢ならぬかは(千載)

【通釈】それならいいや、あの人に逢えた夢を見たことで、心を慰めよう。目が覚めた後の現実にしたって、しょせん夢じゃないか。

【語釈】◇夢ならぬかは 夢でないことがあろうか、いや夢である。現世もはかなさでは夢と同じではないか、ということ。

忍びて物申しける女の、消息(せうそこ)をだにかよはしがたく侍りけるを、からの枕のしたに師子つくりたるが口のうちに深く隠してつかはし侍りける

わびつつはなれだに君に(とこ)なれよかはさぬ夜半(よは)の枕なりとも(千載)

【通釈】こんなふうに歎いてばかりでつらいので、獅子よ、おまえだけでもあの人と日頃一緒に寝てくれ。交わして寝ることのない、夜の枕だとしても。

【語釈】◇忍びて物申しける女 ひそかに情を交わしていた女。◇からの枕のしたに師子つくりたる 台に獅子の装飾をほどこした唐風の枕。◇口のうちに深く隠して 獅子の口の奥深くに、歌を書き付けた紙を隠し入れて。◇わびつつは 「侘びつつあれば」または「侘びつつあらむよりは」ほどの意か。◇なれだに なれ(汝)は親しみを込めて相手を呼ぶ時の二人称代名詞。

忍びて物申しける女身まかりて後、その家にとまりてよみ侍りける

なれし秋のふけし夜床(よどこ)はそれながら心の底の夢ぞ悲しき(新古)

【通釈】かつてこんな秋の夜更けにも、あの人とここで寝たっけ。そんなふうに馴れ親しんだ寝所は昔のままだけれど、私の心の底には、夢のようなあの人の面影があって、それが悲しいのだ。

【語釈】◇なれし秋の… 「なれし」は「夜床」にかかる。◇秋のふけし夜床 秋も深まった、夜更けの寝床。「ふけ」は「秋が深まる」「夜が更ける」両意を掛けていよう。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日