在原棟梁 ありわらのむねやな 生年未詳〜昌泰元年(898)

業平の子。滋春・師尚の兄。息子に元方、娘に藤原敦忠の母や、おおつぶねがいる。系図
貞観十一年(869)、春宮舎人。元慶元年(885)、従五位下。雅楽頭・左兵衛佐・安藝介・左衛門佐などを経て、寛平十年(898)、筑前守、従五位上。同年、卒去。
寛平四年(892)頃の寛平御時后宮歌合に召されて歌を詠む。古今集に四首、後撰集に二首、続後拾遺集に一首を残す。中古三十六歌仙の一人。

寛平御時きさいの宮の歌合の歌

春たてど花もにほはぬ山里は物憂かる()に鶯ぞ鳴く(古今15)

【通釈】春になったけれど梅の花も匂わない山里では、つまらなそうな声で鶯が鳴いている。

【補記】寛平四年(892)頃、宇多天皇の母后班子女王の居院で催された寛平御時后宮歌合に出された歌。以下、宗于の抄出歌は全て同歌合出詠歌である。

【他出】新撰万葉集、古今和歌六帖、新時代不同歌合

【主な派生歌】
うぐひすの物憂かる音に鳴くなるは春にしられぬ宿の印か(俊恵)
百千鳥さへづりくらす春の日を物憂かる音にうちながめつつ(飛鳥井雅経)
鶯の物憂かる音にうらぶれて野上の方に春ぞ暮れゆく(*宗尊親王)
鶯の物憂かる音になかぬまで花とぞ見ゆる野べの淡雪(木下長嘯子)

寛平御時きさいの宮の歌合の歌

秋の野の草のたもとか花すすき穂に出でてまねく袖と見ゆらむ(古今243)

【通釈】秋の野の千草にとっては花薄が袂なのか。だから穂に出て――思いをはっきりと表わして人を招く袖に見えるのだろう。

【語釈】◇穂に出でて はっきり目立つさま。

【補記】穂を出した薄が風に揺れる様子を、人を手招きしていると見た。

【他出】新撰万葉集、古今和歌六帖、和歌一字抄、後六々撰、定家八代抄、新時代不同歌合

【主な派生歌】
穂に出でてまねくとならば花薄過ぎゆく秋をえやは止めぬ(藤原教長[風雅])
花すすき草の袂もくちはてぬ馴れて別れし秋を恋ふとて(藤原定家)

寛平御時きさいの宮の歌合の歌

花すすきそよともすれば秋風の吹くかとぞ聞くひとりぬる夜は(後撰353)

【通釈】穂の出た薄がそよとでも音をたてれば、あなたの心にも「飽き」が吹いたのかと聞きなすことですよ、独り寂しく寝る夜は。

【他出】新撰万葉集、歌林良材

寛平御時きさいの宮の歌合の歌

白雪の八重ふりしけるかへる山かへるがへるも老いにけるかな(古今902)

【通釈】白雪が幾重にも降り積もった帰山――そのように私の髪にも白い物が積もり、返す返すも年を取ったものだ。

【語釈】◇かへる山 越前国の歌枕。福井県南条郡今庄町の帰(かえる)の山。北陸道の古駅があった。◇かへるがへるも 返す返すも、に同じ。思い返せば、よくもまあ年をとったものだ。

【補記】「かへる山」までは同音から「かへるがへる」を導く序詞のはたらきをするが、「白雪の八重ふりしける」という山のありさまによって、白髪を含意し、さらに「ふりしける」には星霜の積み重なりを暗示している。

【他出】業平集、秋萩集、古今和歌六帖、五代集歌枕、歌枕名寄


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成22年12月06日