源兼昌 みなもとのかねまさ 生没年未詳

宇多源氏。美濃介従四位下俊輔の子。娘の前斎院尾張は金葉集に歌を残す歌人。
従五位下皇后宮少進に至る。のち出家した。
永久三年(1115)・元永元年(1118)・同二年の内大臣藤原忠通家歌合などに出詠した。堀河院歌壇の一員でもあり、康和二年(1100)の「宰相中将国信歌合」、永久四年(1116)の「永久百首」(堀河院後度百首)などに詠進。大治三年(1128)、源顕仲主催の住吉社歌合に出詠。『夫木和歌抄』によれば家集があったらしいが、伝わらない。金葉集初出。勅撰入集歌は計七首と決して多くないが、「淡路島かよふ千鳥の…」の歌が小倉百人一首に採られている。

避暑

玉垂の御簾さわぐまで風ふけばよどののうちも涼しかりけり(永久百首)

【通釈】御殿の美しい簾がざわざわ音をたてるほど風が吹き込んでくるので、寝室の中まで涼しいのだった。

【語釈】◇玉垂(たまだれ) 御簾(みす)枕詞。本来「小簾(をす)」「越智(をち)」などにかかる枕詞。玉垂はすだれの美称。◇よどの 夜殿。地名淀野(山城国の歌枕)を掛けているか。

【補記】御簾といい夜殿といい、自宅について言う言い方ではない。貴人の別荘に招かれ、客用の寝室での詠という設定だろう。

晩立

夕立にをちの溝河(みぞかは)まさりつつふらぬ里までながれきにけり(永久百首)

【通釈】遠くの里で夕立が降っているようだ。あちらの水路が増水して、雨の降らないこの里まで溢れるように流れて来るよ。

秋風

真葛原もみぢの色のあか月にうら悲しかる風の音かな(永久百首)

【通釈】葛の生える野原で夜明けを迎えた。月の残る空は紅葉の色に映え、朝風がしきりに吹く。なにか悲しげな風の音であるよ。

【語釈】◇真葛原(まくずはら) 葛はマメ科の蔓草で、初秋、赤紫色の穂状花が咲く。また葉の裏が白く、秋風にひるがえるさまが好んで歌に詠まれた。

八月十五夜

望月の山の端いづるよそほひにかねても光る秋の空かな(永久百首)

【通釈】満月が山の稜線を昇ろうとしている。その準備だとでもいうように、秋の夜空は前以て明るく輝いているよ。

【語釈】◇よそほひ 出掛ける前の支度。身なりを整えること。

法性寺入道前関白家歌合に

夕づく日いるさの山の高嶺よりはるかにめぐる初時雨かな(新勅撰385)

【通釈】夕日が沈む入佐の山の高嶺から、遥かな距離を巡って来る初時雨であるよ。

【語釈】◇入佐の山 但馬の歌枕という。今の兵庫県出石郡出石町の此隅山とする説などがある。「入る」と掛詞。

【補記】当時内大臣であった藤原忠通が元永元年(1118)十月二日に自邸で開催した歌合。題は「時雨」、十番右勝。

(みぞれ)

夕暮のみぞれにしみやとけぬらん垂氷(たるひ)づたひに雫落つなり(永久百首)

【通釈】雪ばかり降る毎日だったが、今日の夕暮は霙に変わって、縮み上がるような冷えも緩んだのだろうか。軒の氷柱をつたって雫がぽとぽと落ちる音が聞える。

【語釈】◇垂氷(たるひ) 氷柱(つらら)◇しみやとけぬらん (氷柱が)コチコチに凍りついていたのが溶けたのだろうか。「しみ」は氷る意の動詞シムの体言化したもの。上の【通釈】は少し意味をずらして訳してある。◇雫(しづく)落つなり このナリは終止形接続であるから所謂伝聞の助動詞。雫の落ちる音が聞える意。

関路千鳥といへる事をよめる

淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬ須磨の関守(金葉270)

【通釈】夜、須磨の関の近くに宿っていると、淡路島との海峡を通って来る千鳥の鳴く声に、目を醒まされる。旅人の私も悲哀の情を催すが、須磨の関守はこの声に幾晩も眠りを破られたことだろう。

【語釈】◇淡路(あはぢ) 大阪湾と播磨灘のあいだに横たわる島。動詞「逢ふ」(逢はむ・逢はじ)を響かせる。◇千鳥 チドリ目チドリ科の鳥の総称。和歌では冬の景物。千鳥の鳴き声は連れ合いを求める声とするのが普通。◇幾夜ねざめぬ 幾夜眠りから覚めたか。疑問詞を承ける場合、「ねざめぬる」と連体形で結ぶのが普通であるが、終止形で結んだ例も多く見られる。「天にます豊岡姫に言問はむ幾夜になりぬきさかたの神」(『能因集』)、「都出でて幾日になりぬ東路の野原しのはら露もしみみに」(崇徳院『久安百首』)など。◇須磨の関守 須磨の関の番人。須磨は神戸市須磨区の南。古く畿内と西国を隔てる関があった。

【補記】金葉集巻四冬歌。関を詠んで旅情も釀すが、独り寝の辛さを詠んで恋の情趣も纏綿する。また源氏物語須磨の巻を意識した作であることが指摘されている。

【他出】和歌一字抄、和歌初学抄、定家八代抄、西行談抄、八代集秀逸、別本八代集秀逸(後鳥羽院・家隆・定家撰)、百人一首、歌枕名寄

【本説】源氏物語「須磨」
例のまどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く。
 友千鳥もろ声に鳴くあかつきはひとり寝ざめの床もたのもし

【主な派生歌】
月すみて深くる千鳥の声すなり心くだくや須まの関守(西行)
淡路島わたる千鳥もしろたへの波間にかざすおきつ汐風(藤原家隆)
月もいかに須磨の関守詠むらん夢は千鳥の声にまかせて(〃)
旅寝する夢路は絶えぬ須磨の関かよふ千鳥の暁の声(藤原定家)
淡路島千鳥とわたる声ごとに言ふかひもなく物ぞかなしき()
淡路島ふきかふすまの浦風にいくよの千鳥声かよふらん(後鳥羽院)
さ夜千鳥ゆくへをとへば須磨のうら関守さます暁のこゑ(〃)
淡路島かよふ千鳥のしばしばも羽かくまなく恋ひやわたらむ(源実朝)
須磨の浦や千鳥鳴くなり関守のいとどうちぬるひまやなからん(頓阿)
とけてねぬ須磨の関守夜やさむき友よぶ千鳥月に鳴くなり(足利義詮[新拾遺])
さよ千鳥あはぢ島風たゆむよりとわたり消ゆるすまの一こゑ(木下長嘯子)
まどろまで我のみぞ聞く小夜千鳥枕ならぶるすまの関守(〃)
千鳥にも幾夜ねざめぬ村しぐれ袖にや通ふ須磨の関守(望月長孝)


更新日:平成16年08月29日
最終更新日:平成22年03月08日