■船引張り子■
三春人形を作っている三春町の、その隣り町に船引町があります。この地で、桑島巨良(たから)さんが、昭和61年から製作、販売を始めた張り子人形です。桑島さんは、三春人形研究所の小沢太郎氏に師事し、また三春のデコ屋敷でも修業、絵画の修業などを積み重ねて、三春の流れをくみながら、独自の張り子人形を作りあげています。
また、三春人形の古作品に使われた、草木染め染料を用いて、独特の色調で塗りあげられています。
製作者記録:「たから民芸」桑島巨良(たから):田村郡船引町旭通り34 TEL: 0247-82-3518
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■いわき張り子■■いわきだるま■
いわき市は大平洋に面した広域都市です。その中心となるのが城下町から発展した「平」の町で、いわき張り子はこの町で作られています。
張り子の製作には多量の和紙が必要となるため、江戸時代に反古紙が多く出る城下町で始められたといわれています。張子人形師が六と記された江戸中期の記録が残っています。
その主なものは「だるま」と「天狗面」ですが、虎、おかめの面なども作られてきたようです。
---制作者記録---
村山しずえ:いわき市平作町(たいらさくまち)
高橋晃平:いわき市平正月町 TEL: 0246-23-4077
この地方の漁師にとっては、「だるま」は航海安全、「天狗面」も航海の守護神、「おかめ」は
大漁、 虎は航海安全・無事帰港を願う「縁起物」でした。
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■白河だるま■
白河だるまは160年の伝統をもち、2月11中町通りのだるま市で売られます。
だるま研究家によりますと、点晴様式(黒目入り)と白眼様式の境界線は、この白河にあるとさます。この白河だるまが、関東系の白眼だるまの北限とされていて、ここを境に東北一帯は黒目の入っただるまとなります。
だるまは細小8センチから特大86センチまであります。白は幸運、赤は厄除けとされています。
---だるま市以外の時にも分けてくれる所---
製作者記録:平川平吉(10代目):白河市横町81 TEL: 0248-23-4239
問い合わせ先:白河市 白河観光協会 TEL: 0248(22)1147
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■すか川土鈴■
菊池瑞成(みずしげ)さんが、昭和45年、サラリーマンを止めて始められました。名ずけて「六桃窯(りくとうかま)」といいます。
「いいことわすれざる、いやなことわすれさる」のわすれ猿。縁起物の「まさる」の土鈴の側面に「春夏冬・二升五合」と書いて「商い益々繁盛」と読ませた二升五合土鈴など、しゃれた着想が人気を呼び、多くの六桃窯土鈴ファンがいます。
制作者記録:菊池瑞成「六桃窯」:須賀川市大町445 TEL: 0248-75-2936
■須賀川羽子板■(廃絶)
明治中期から大正の頃にかけて、この羽子板が作られていました。大は全長が1メートル以上もありました。
作者の樽川源朝の考案による特殊な染色法で、七福神、神功皇后、金太郎などが描かれていました。現在でも古美術商の店頭で見かけることがあるようです。
■久の浜張り子■(廃絶)
いわき市の北部、久の浜で張り子人形が作られていました。熊乗り金太郎、亀乗り浦島、象乗り童子など、首振り式の動物が多い張り子でした。また鼻の大きな天狗面も作られていました。3代目の作者・草野源吉さんが昭和51年に亡くなられて廃絶しました。
■富岡張り子■(廃絶)
上記の久の浜から北20キロあまりの、富岡町でも、張り子が作られていました。天神、猿の三番叟、犬、馬、鶏など30種くらいあって、素朴な感じの人形でした。作者の渡辺俊造さんが昭和45年になくなられ廃絶しました。
◆(註)記事中の制作者の記録は、1995年頃の調査資料ですので、ご了承下さい。
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(1996.9.16/2001.07.08/2002.07.04/改訂)
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