01.11.30
町名廃止に衝撃

最近は地方自治体の合併がブームですが、僕の出身地である香川県も例外ではありません。近く、県内でふたつの新市が誕生するとのことです。2002年4月には「さぬき市」(津田・大川・志度・寒川・長尾の5町が合併)、2003年4月には「東かがわ市」(引田・白鳥・大内の3町が合併)が発足する予定だそうです。
それぞれの市の協議会はずっと以前から準備を進めていたらしいのですが、郷里の情報はなかなか入ってきません。僕が一連の動きを知ったのは「週刊新潮」2001.12.06 p.147の「「さぬき市」誕生で問われる平仮名流行の怪」という記事からでした。
この記事では、「さぬき」とか「かがわ」とかいうひらがな表記がからかわれています。日本地名研究所の谷川健一所長の「こういうのは一種、歴史の偽造です」という談話も紹介されています。
僕は、べつにひらがなでもいい(感心はしない)と思っており、今回はその話はメインではありません。むしろ、こんどの市制施行によって、一部の町名が廃止されることのほうが、深刻な問題です。
その話をする前に、やはり「ひらがな市名」についてちょっとだけ触れておきます。さきに埼玉県に「さいたま市」が誕生したとき、識者の談話が新聞に載りました。
旧制浦和高校卒業の国語学者、金田一春彦氏は「ひらがなは注目を浴びるのでいいのではと思います」と話し、むしろ漢字の「埼」の字の方が問題だという。「あの字は何の意味もない当て字ですし、土へんが泥臭い印象を与えています。『幸玉』と書いてサイタマと読むというのはどうでしょう」(夕刊フジ 2000.04.16 p.3)
ひらがなが本当に「注目を浴びる」かどうかはともかく、人の名にせよ、地名にせよ、命名されるときの流行というものがあります。今はひらがなが「はやり」らしいので、後世の人が「どうもこの『東かがわ』とか『さぬき』とかいうのは、21世紀前後に付けられた地名らしい」と推測する手がかりになるならば、悪くないでしょう。
僕は、東かがわ市の協議会のホームページで、全国から寄せられた新市の命名案の一覧を見ました。そこにはカタカナあり、英語ありで、革新的、先鋭的な名前が並んでいました。その中で、『東かがわ』『さぬき』は穏当な選択だと思います。
市の名前はそれで良いとして、東かがわ市では、「引田(ひけた)・白鳥(しろとり)・大内(おおち)」という地名を廃止する方向らしいのですから、これはちっとも穏当ではありません。僕は大きな衝撃を受けました。
協議会の会議録(第10回、2001.01.31)を見ると、「将来、地域根性がでたらいかんぞ」とか、「東かがわ市」が長いのに、それに続けて○○町とすると「相当長い語句がいります」とかいう理由で、「引田・白鳥・大内」という名はまったく使わないことで「異議なし」となったようです。
協議会の委員の人々は、いったい、「引田・白鳥・大内」の歴史的価値について考えたことがあるのでしょうか。
これらの地名は、そうとう古い記録に見えます。平安時代の10世紀に著された「倭名類聚鈔」という字書にも
讃岐國第百二十二
大内郡
引田比介多 白鳥之呂止利
のように出てきます。
仏像だって建築物だって、1000年前のものが今まで残っているということは、あまりありません。しかし、「引田・白鳥・大内」の地名は、1000年を超える風雪に耐えて受け継がれてきました。
地名は、仏像や建築物と同じく文化財です。それを、「地域根性がでたらいかんぞ」とかいう、よく分からない理由で抹殺するというのは犯罪的です。
決定から何か月も経っており、「蟷螂の斧」とは思いましたが、僕は、協議会に対して再考を求めるメールを送りました。長い伝統があるばかりでなく、僕自身も親しんできた「引田・白鳥・大内」の地名が、何らかの形で存続することを願ってやみません。
ちなみに、「さぬき市」となる「津田・大川・志度・寒川・長尾」の町名は、市政施行後も存続するそうです(志度、長尾は字名に)。
追記 その後まもなく、協議会事務局からメールの返事が来ました。それによると、現在、引田町内には引田、白鳥町内には白鳥という地名があるため、これらは新市になっても「東かがわ市引田○○番地」とか「東かがわ市白鳥△△番地」という形で残るということです。ところが、大内町内には大内という地名がないため、このままでは大内という地名は消えることになるそうです。ただ、大内町内では、一部の地域を「大内」に字名の変更をしようとする動きがあるようです。
僕は、そこで「『大内』の地名もぜひ残してください」という要望のメールを送りました。(2002.01.08)
追記2 朝日新聞記者で志度町出身の穴吹史士氏も「さぬき市」には絶句したそうで、「Asahi Internet Caster」に「本籍喪失」というタイトルで思いをつづっています。その中でこの文章にリンクしてくださいました。(2002.04.15)
追記3 香川県の印刷会社に勤務されている秋吉成剛さんからメールをいただきました。
この会社は香川県大川郡大内町松崎の工業団地にあり、他の地区とは独立していることから、せめて、工業団地だけでも大内の町名を残そうと社長さんが署名運動を行い、工業団地の町名は大内として残ることになったということです。
大内町長と話し合いの結果、団地の所在地は「大川郡大内町松崎」から「東かがわ市大内」となるそうです。工業団地の敷地内だけが大内となり、それ以外の旧松崎地区はそのまま松崎として残ります。
限定された範囲とはいえ、心配していた「大内」が残ったことを知り、よろこびにたえません。関係者方々のご努力に敬意を表します。(2002.09.24)
▼関連文章=「かな名前の拡大」「劃期をなす南アルプス市」「地元新聞をあげつらう」
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