Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 8. 疾走!都大路


ここで第一区のコースを説明しよう。地図をお持ちの方は地図を見ながら読んで頂ければ幸いである。
桂川のほとりにある西京極競技場を出て、五条通りを東に走る。2km走って西大路五条の交差点を左折。しばらく西大路通りを北上する。しばらく平坦な道が続くが、円町界隈からだらだらとした登り坂が続く。金閣寺近辺の金閣寺道の交差点から大きくカーブし、北大路通りに入る。そして、千本北大路から一転して下りになり、さらに東に進む。堀川北大路の交差点を右折し南下。しばらくして左折し、紫明(しめい)通りを走り、烏丸(からすま)紫明を右折。烏丸鞍馬口までの10kmがこの第一区のコースだ。中盤に上りと下りの入ったバラエティーなコースである。ある意味、あらゆる走りのセンスを要求される。それゆえ、ここに各校はエース級のランナーを投入させる。これが「花の一区」と言われる所以である。
計測センターから実況アナウンスブースに2km地点の公式ラップタイムが発表された。萌美の計測とは1秒違いの5分57秒だった。あまりにも遅いラップに実況の上桂アナウンサーと解説の周氏はどよめきたった。だれもが、インターハイ5000m覇者のジョン・アゴラがペースメーカーになるのは予想していたが、こんな展開になるとは誰も考えもしなかったのだ。
『もし、このペースが続けば10kmのタイムは下手をすれば30分台になってしまいますね』
『ジョン・アゴラはわざとでしょうか?それとも・・・』
もちろん、他の選手も気づかない訳ではない。ストップウォッチを見ている訳ではないが、生理的にペースが遅いことに第一集団の選手全員が気づいていた。2km地点になると第一集団もすこしはばらばらになりはじめるのだが、いまだに15人の選手が団子状態なのである。気づかない訳はない。特に、今年のインターハイでジョン・アゴラと戦った船橋明星高校の大原野選手は早くからこの異常に気づいており、ずっとジョン・アゴラの様子をうかがっていたのだ。
「ジョンのやつ、何考えているんだ?やつがこんなに遅いわけない!」
もちろん、我が小畑川のエース今里五郎もいらいらしながら、ジョン・アゴラの様子を伺っていた。
「俺もインターハイでやつの走りを見たけど、こんなへっぽこじゃあなかった。どうないなってるんや?もうじき西大路五条や!それすぎたら、前出るか?」
五郎はまわりの選手も含めてジョン・アゴラを意識しすぎているのではないかと思い初めていた。インターハイの覇者のペースを意識しずぎている。五郎は頭の中で西大路五条からのペース配分を頭の中で考え始めた。と、その時である。
『おっと!西大路五条を目の前にして一人出たあ!』
出たのは船橋明星の大原野だった。続いて三田北、鹿児島隼人高校、東山梨商業の合計4校の強豪がジョン・アゴラをあっさり抜いてしまったのだ。五郎はそれを呆然と見ていて彼らに続いて前に出るタイミングを逃してしまった。
「しまった!」
第一集団のうち4強は西大路五条でジョン・アゴラを抜き去り、それと同時に全体のペースが上がってしまったのだ。
「くそ!仙台育優に気を取られすぎた!こうなりゃ!俺もやつを抜いて、前に出るか?」
しかし、それができなかった。4強が前に出てから、一転してジョンの走りが変わったからだ。ペースを前方の4強に合わせ始めたのだ。まるで、この展開を待っていたかのようだった。
「あのアフリカ野郎め!何かたくらんでやがるな!もうしばらく前へ出るのを待ったほうがいいか?」
五郎は頭がかっかとしていたが、レース展開を冷静に見られないほど熱くはなっていなかったようだ。

「よし!五郎!よくぞ踏みとどまったあ」
桜子先輩はほっと胸をなで下ろした。
「せんせ!ジョン・アゴラは基本的に5000mの選手だとおもう。だから本当に本気出してくるのは5kmの前後だと思います。それと・・・」
「それと、このコースの地形・・・やろ?」
萌美はこくりと頷いた。地形と言えば駅伝のレース展開においてかなり重要な要素なのだ。登りと下り、カーブの数、・・・。これに気候や風の具合なども加味される。これらの要素が複雑に絡み合い、コースのコンディションが変化する。それゆえ、ペース配分や戦術なども千差万別なのである。しかし、コースについては選手達は本番前に何度か試走をしているはずだ。なにも地元京都が有利という訳でもないのである。
「萌、お前の考えは?」
「・・・多分、先生と一緒。ジョンが動き始めるのは・・・・」
「・・・円町(西大路丸太町)付近・・・!」
「うん!」
萌美はこくりと頷いた。
「これはちと苦しい戦いになりそうやな・・・。五郎のやつ、北大路通りに入るまではちゃんとジョンについていければいいけどな・・・」

その五郎だが、ちゃんとジョン・アゴラの後をぴったりマークしていた。現在6位。5位のジョン・アゴラの前方5mに船橋明星、三田北、鹿児島隼人高校、東山梨商業の4校が凌ぎを削っていた。先頭集団は西院(西大路四条)を通り抜ける。4強のおかげでペースがすっかり早くなった。仙台育優のジョンは相変わらず今の位置をキープしていた。五郎はそんなジョンの後ろ姿を見て、少し不気味に思えた。
「しかし、おかしな走り方をするやつだ。4人を抜いてから、やつの走りが変わった・・・」
ジョン・アゴラの走りはまるで余力をためていたかのような走りなのである。前の4校の選手もジョンの行動を不思議に思った。わざと自分を抜かせたように思えるからだ。先頭手段のペースは徐々に上ってきたのだが、ジョン・アゴラはそれにぴったりとくっついている。

ジョン・アゴラは走りながら仙台育優の監督の言葉を思い出していた。
「いいか、ジョン。花の一区のランナー達は必ず、お前をマークするだろう。通常の走りでは奴等を負かすことはできん。で、頭をつかうんだ」
「アタマ?」
「そう、裏をかくんだ。前半はわざとペースを落として、強豪の選手達を前へ行かせる。で、しばらくやつらの5m後をキープしろ。こうすることによって、やつらはお前が調子悪いと思い込み、お前をマークしなくなる。で、中盤でやつらをあおって、ペースを乱すんだ」
「ワカッタ!デ、ドコカラアオレバイイ?」
「お前の目の前に「大文字」が見えてくる。それが合図だ」
「ダイモンジ」
「そう。山肌に「大」の字が大きく描かれている山だ。それが見えたら、やつらをあおってペースを乱させろ」
ジョン・アゴラは京都に入ってから、一回だけ試走をしている。その時は「大文字」、正確には「左大文字」を意識して見ていなかった。だから、どこから大文字が見えるのか解らないのだ。じっと前を意識してみているのだが、「左大文字」を見ることができなかった。
第一集団は現在西大路三条にさしかかっていた。小畑川の今里五郎は現在6位である。

※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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