Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 7. 路地裏の攻防


超派手な大名行列といっても過言ではなかった。選手達を追随するカメラ中継車、報道用バス、選手達を先導する京都府警のバイク隊。そして、47名のカラフルな選手達。それらが列をなして折り返し点の国際会議場へ目指すのだ。さらに、五条通りの沿道には旗を振って応援するギャラリーが列をなしていた。沿道はまさにお祭り状態。延々と続くギャラリーの列の中をかいぐぐり、選手達は走る。

西京極競技場では、特設テレビにNHKの中継映像が大写しで表示されていた。
「あ、ちゃんと黄色が見えるよ、せんせ」
「あ、ほんま、ほんま」
「大丈夫やろうか?」
「大丈夫、大丈夫!まだ、射程距離内や」
桜子先輩と萌美は、特設テレビを見上げながら、レースの行く末を見守っていた。
『現在トップ集団は団子状態です。仙台育優のジョン・アゴラ。その後を三田北の美竹が追っています・・・』
NHKの実況が淡々とレースの模様を伝えていた。五郎は今、第一集団の15位ぐらいに位置していた。
『鹿児島隼人高校、東山梨商業、船橋明星など強豪が勢ぞろいしています。そして、その第一集団の後方に見える黄色いユニフォーム。去年優勝の京洛学園を破った小畑川高校の今里君が追随しています』
『あの京洛を破ったという事はかなりの実力を秘めているということでしょうか?』
『そうですね。でも、その実力はまだ未知数です。まさにダークホースといえるでしょう。「イエローギャングス」と異名を唱える小畑川高校。どんな走りをみせてくれるのか。この先楽しみであります』
「け!な〜にが「イエローギャングス」や。小学生みたいな格好しよってからに・・・」
第六中継地点の街頭テレビに群がる選手達の中からこんな声が聞こえた。
「ははは、後ろの方でちょこまかして、ほんまに小学生みたいやなあ。そのうち消えるで・・・」
そんな冷やかしの声を寺戸隆史と馬場駆はしっかりと聞いていた。
「なんやとお〜!」
駆から思わず声が発せられた。
「あらあら、こんな所にもいらっしゃいましたか。ボク、学校は今日はお休み?」
この言葉に街頭テレビ前の選手達から爆笑が起こった。声の主は三田北の選手だった。三田北高校は兵庫の三田市にある私立高校。三田地域のニュータウン開発によって人口が急増。10年ほど前に出来た新設校である所は小畑川高校と同じだ。しかし、人口増大のおかげで資本増大し、最新の設備を有する学校だ。他の私立名門高校と同じスポーツ特待制度も導入しているおかげもあって、野球、テニス、陸上の世界では有名な学校なのである。
「てめ〜・・・・」
「あほう、やめんかい」
隆史が駆を制止する。嫌味を言っていた三田北の選手とサポートの二人はくるりと隆史達にむき直っていた。
「これは失礼。小学生の君達がちょろちょろして危なかったからねえ。ボク達、危ないから、もっちょっと後のほうで遊んだほうがいいかもよ。ははは!」
三田北の嫌味なジョークにまたもや選手達が爆笑した。駆は今にも食ってかかろうとしている。しかし、隆史が駆を手で行く手を遮っていた。駆は隆史に何か言おうとしていたが隆史は眼で駆に「やめろ」と訴えかけていた。しかし、遮っているはずの手がかすかに震えていた。
「どうも、すみませんねえ。みんな目立ちたがりなもんでねえ〜。だから、ユニフォームも目立つ色にしたんですわ。その方がテレビでも目立ちますさかいなあ・・・」
隆史から以外にも冷静な言葉か発せられた。そんな言葉に三田北の二人は眼を丸くした。駆も隆史の意外な発言にびっくりした。
「で、小学生の僕らが聞くのも失礼なんですが、名門の三田北の皆さんに是非ともその強さの秘訣を聞かせていただければなあと。僕らはご覧の通り、しがない一府立高校ですさかい。こんな機会めったにありませんからなあ。お願いしますわ・・・」
隆史は冷ややかにそう言いながら、駆にウインクしてみせた。駆はきょとんとしていた。隆史が何を考えているのかさっぱり解らなかったからである。
隆史の言葉に気を良くしたのか、三田北の選手、久我直也は自校の自慢話を始めた。それは、施設が最新のものでいかに効率的に練習できるかであったり、練習メニュー、食事や体調などのコンディションの徹底管理などをいやというほど並べ立てたのだ。そして、最後にこう付け加えた。
「・・・なんと言っても我々の学校には兵庫県からすばらしい人材が集まってくるからねえ。要は、それだけすばらしい資質の選手が集まりやすい事ですわ。大事なのは、練習する環境と選手達の才能・資質。これに限るということやねえ・・・」
久我直也は完全に隆史たちを見下したように話をしていた。これは単純ではあるが彼らの作戦であった。無名であったが、テレビで目立っている小畑川高校をワザとダシにして、すべての選手達に威圧感を与える心理作戦であった。しかし、その事を隆史はすでに見抜いていたのである。
「・・・なるほど。「環境と才能・資質」ねえ。勉強になりましたわ」
隆史は「まいりました」というような感じで自分の頭を叩いて返した。
「たしかにねえ。僕らの学校ってグランド狭いしねえ。他のクラブとちゃんぽんで練習してますでしょ。あんたら見てたらうらやましいですわ。それに、人材なんて公立高校はお金かけて人材なんて集められませんしなあ。これはかないませんなあ・・・」
駆の方をぽんぽん叩きながら隆史は続ける。
「しかしねえ・・・。その「環境と才能・資質」だけで駅伝は勝てるんですかいな?」
隆史の声色が変わった。
「なんやと?」
三田北の二人はかちんときたようだ。
「個人競技である100メートルとかのトラック競技ならそうかもしれん。でも、駅伝は団体競技でっせ。「環境と才能・資質」だけで勝てるなんて駅伝を甘くみてるんちゃいますかね?」
「ほう、いうてくれるやんけ。一府立高校ふぜいが!」
「そんな言葉、我々よりも先にゴールしてからいうてほしいもんですな」
「なにい!」
三田北を完全に怒らせたようだ。彼らは完全に喧嘩越しだ。しかし、隆史はあくまでも冷静だ。
「ははは。それから、これだけはいうておきますわ。駅伝は「たすきを托していく」競技でっせ。そんなんも解らんようやったら、我々一府立高校もあんたら名門私立高校に勝てる可能性は十二分あるってことですなあ。ははは」
隆史は笑いながら街頭テレビの側を離れた。駆は半分何がなにやら解らず、半分隆史の切り返しに感動してしまっていた。三田北の二人は何も言い返せず、ぐっと表情を歪ませていた。
「あ〜、すっきりした。あいつらミイラ取りがミイラになっとるのお。ははは」
荷物を置いているポイントで脱力したように隆史はつぶやいた。
「ええんかいな、隆史。あいつら逆に煽ってからに。後が心配や」
「ええねん。あんな時に弱小チームのわしらをダシにしようとしとるしなあ。せこいやつらや」
「しかし、びっくりしたわ。うまいこと言うなあ」
「あはは、あれは桜子せんせいの受け売りや。おおかた間違ってへんやろ・・・」
隆史はバッグの中からタオルと取りだし、顔の汗を拭いた。実際走っている選手だけではなく、中継点で待機している選手たちもまた、すでに攻防は始まっていたのである。

一方、レースは相変わらず15人の選手が団子状態で2km地点を通過したところであった。トップは仙台育優のジョン・アゴラのままだった。五郎も第一集団の後方15位をキープしていた。
「おかしい・・・」
「どうした萌・・・」
ストップウォッチを眺めながら顔をしかめる萌美を見て桜子は不思議そうに言った。
「だって、2kmのラップが遅すぎるよ、せんせ」
「どれぐらい?」
「5分58秒・・・」
「6分・・・たしかに遅いな・・・」
「でしょ?インターハイ5000メートルのチャンピオンが、こんなラップだなんておかしいですよ!」
萌美は少し興奮して言った。現在のペースメーカーのジョン・アゴラの様子がすこしおかしいことに萌美は気づいていた。
「コンディションが悪いのかな?」
「そんなはずはないですよ。ほら、あの走り。しっかりしてますもん!」
萌美は特設テレビに大写しにされているジョン・アゴラを指さして桜子に訴えかけた。
「・・・萌・・・、あいつ・・・まさか、ワザと?」
「うん!」
桜子もジョン・アゴラの様子にようやく気づいたようだ。最初からハイペースで飛ばすと予想されていたインターハイ5000メートル覇者のジョン・アゴラが何かをたくらんでいるのだ。
「・・・萌、あいつ、ひょっとして・・・」
「うん、私もせんせと同じ考え・・・」
「あいつが仕掛けるとすると・・・」
「・・・たぶん・・・あそこかも・・・!」
萌美は声を低くしてつぶやいた。
「やばいな!じらされると五郎、前に出るかも・・・、そうなるとやばい!」
五郎の気性を考えるとジョン・アゴラの罠にかかる可能性があると桜子は危惧していた。
ジョン・アゴラのペースが遅い事は第一集団の選手達も気づき初めていた。五郎もそうだった。
「あのアフリカ野郎、何考えてるんだあ?」
後の方でただ様子を見る五郎だが、ペースの遅さにイライラしだしていたのだ。
先頭はいよいよ五条西大路の交差点を左折するところであった。

※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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