Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 9. 大文字が見えた!


私は千本通を使って西大路下立売、第6中継点まで来ていた。五郎の走る姿を押さえようと思ったからだ。バイクを東側の歩道に置いて、西側へ渡った。
「あれ?修平さん!」
交差点を渡ったところに隆史と駆がいた。
「なんだ、おまえら、こんな所にいてもええんかいな。アップは?」
「まだ、1時間半以上もあるでえ。五郎の応援や」
隆史はすましたように言う。
「ところで、五郎の調子は?」
「うん、ええで。現在6位や。あの仙台育優のジョン・アゴラにしっかりついていっとる」
「ほんまかいな。善戦しとるやないか!」
駆の言葉に私はぞくぞくしたのだ。ひょっとしたら、小畑川が優勝するかもしれない。いや、可能性があるといったほうがいいだろう。たとえ、それが微々たるものであってもだ。
「そやけど、そのジョン・アゴラがクセもんや・・・」
隆史はぽつりと言った。
「え?それはどういうことや?」
「・・・多分、力をセーブしとる・・・」
「そう、なんかたくらんどる・・・」
どうも、彼らの言っている事が今の私にはさっぱり解らなかった。彼らの言葉の端々から感じる雰囲気から言えることは、まだ今は前哨戦で、これから波乱に満ちたバトルが展開されるであろうという予想ができるということだけだった。
西大路通りは、まもなく通過する先頭グループの為に交通規制が敷かれたばかりだった。京都陸協の広報カーが駅伝の先頭グループがまもなく通過する旨をけたたましく伝えていた。

先頭グループは西大路御池にさしかかっていた。先頭グループは6人。その中で5位が仙台育優のジョン・アゴラ。そして、その後をぴったりマークする我らが小畑川高校の今里五郎だった。このあたりから徐々にではあるが登りになりつつあった。
ジョン・アゴラは走りながら、監督の言った「大文字」を探していた。もちろん彼は実物の大文字を見るのは初めてだった。どんなものであるのか写真ではみたことがあったが、皆目見当がつかないままであった。
「自然と前を見ていろ。そうするとビルと街路樹の影から見えてくるはずだ。その山の大の字の全体がしっかり見えたら仕掛けろ!」
監督の声がジョンの頭の中をかすめる。リズミカルにゆれるジョンの頭はもうろうとしていたが、視界はしっかりとしていた。じっと前を見ているうちに、ビルと街路樹のすきまから見える山の中腹にある山肌を見つけた。それは二本のラインを描いていた。
「ヒョットシテ・・・アレガ・・・」
正面からかすかに見える山肌は徐々にその全容を見せ始めた。すこしずつすこしづつ二本のラインが一本になり、徐々にヒトデ型の「大」の字として認識できるようになった。
「アレガ「ダイモンジ」・・・。マルデ神ノ山ダ!!」
大文字山の山の中腹の描かれた大きな「大」の字を見てジョンは歓喜した。初めて見る大文字。ジョンにはその山がなにか不思議な力を秘めているように思えた。ジョンは眼を閉じ、祈りをささげた。そして、再び眼を見開いた。ちょうどその時、「大」の字がすべてをさらけ出した。西大路太子道。円町の一筋前だった。
「ダイモンジ」ガミエタ!」
その時、ジョンの走りが変わった。

「ジョンのペースが上った・・・」
萌美は特設テレビを見ながらぽつりと言った。
「やっぱり!そうか!」
桜子先輩は叫んだ。
「萌の言うとおりだった!やつは、わざとペースを落として、油断させておいて、足腰に負担のかかる登りでやつらをあおってペースを乱させるつもりやったんや!」
萌美はうなづいた。そして、同時にそのジョンのペースについていっている五郎が心配になった。
「大丈夫かなあ?五郎君・・・」
「わからん・・・」
「え?」
「このままだと多分「ネガティブ・スプリット」になる・・・。登りはいいけど、その後が心配やな・・・」
桜子先輩は険しい表情で言った。
「五郎君・・・大丈夫だよね・・・」
萌美は心配そうにつぶやいた。ストップウォッチを持つ右手に思わず力をこめた・・・。

大文字が全容を見せてすぐにJR嵯峨野線の高架がその姿を遮った。しかし、時はすでに遅かった。高架を過ぎて円町の交差点に差しかかった時、ジョンのストライドは大きくなり、ピッチも上った。徐々に徐々にペースをあげていった。
「畜生!ようやく牙をむき出しにしやがったな!アフリカ野郎!」
五郎はペースをあげたジョン・アゴラに必死でついていった。
「さすがはインタハイの覇者。ほれぼれする走りや!」
ペースをあげても決して乱れないシャープなフォームを後ろで見ながら五郎は思った。常に前方の4校の後5mをキープしていたが、その差が徐々に、4m、3mと縮まってきた。先頭を走る4人の耳には徐々に大きくなる足音が聞こえていた。
「なにい!まさか!仙台育優か!」
「いままで力を温存していたのか?」
4人が4人とも危機感を感じた。前半のペースが遅かったのはやはり罠だったことに初めて気が付いたのだ。しかし、今更遅かった。ジョンはすぐには抜こうはせずに、徐々にペースをあげながら、四人を肉体的にも精神的にもプレッシャーを与え始めた。
「フフフ、ワタシニハ、アノ「ダイモンジ」ガ味方ニツイタノダ。コレカラ遊バセテモラウゼ!」
ジョンの走りは今までと見違えるぐらいにシャープになった。前の四人はジョンに抜かれたら終わりだと必死にペースを上げ始めた。


※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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