Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 6. On Your Mark! Start!


午後12時27分、47名の選手たちはスタートラインの前に数列に並んでスタートを待っていた。五郎もヤッケを脱いでゼッケンをつけたユニフォーム姿に頭に「小畑川」の文字を刺しゅうした黄色い鉢巻きをしめ、肩には黄色いたすきがかかっていた。
五郎の緊張は極限に達していた。心臓の鼓動が、呼吸のスースーする音が、血液の流れる音が高く響いているのが感じられる。
「体があつい!」
五郎の頭の中はもうろうとしていた。ウォーミングアップをすませ、ダッシュを数本走った為でもあるが、体と頭がほてっていた。目の前に見える光景がまるで露出オーバーでハイキーになってしまっているようだった。高まる緊張感の中で意識が遠くなりそうだった。しかし、五郎の足取りはしっかりとしていた。
「みんな、ちゃんと中継点についたのかなあ?」
五郎は空を仰いで思った。

「萌、どう?五郎の調子は?」
桜子先輩は五郎の様子を見て萌に訪ねた。
「うん、やはりいつもよりも緊張しているみたいやけど、大丈夫。ベストコンディションですよ。心配ないです」
五郎の様子を遠めに見ながら萌美は言った。
「そうか、萌がいうてくれるんやったら安心や。あとは五郎次第やね」
桜子先輩は萌美のマネージメントに絶大の信頼を寄せている。元スプリンターということもあって、選手の気持ちがわかるのだろうか。
「せんせ、心配なのは敵ですよ。特に仙台育優のジョン・アゴラですね。彼にどれだけついていけるかですから。やっぱ、全国大会ですからね。レベルは高いですよ」
「あんたもそう思う?」
「はい」
「勝ち気な五郎やしなあ。カチンときて前に出すぎんかいなあ〜。それだけが心配やで」
「大丈夫ですよ。せんせが考えている以上に五郎君は大人ですよ」
「そうかなあ〜」
スタートを待つ二人にはわずか3分でもすごく長く感じられた。そんな時間をおしゃべりで気をまぎわらそうとしていたのだろうか。しかし、時間が経つにつれて二人の口数が少なくなっていった。

第三中継地点の長法寺元、第二、四中継地点の野添秀人と調子健司。第一、五中継地点の友岡昇と久貝幸生、第六中継地点の寺戸隆史はそれぞれの中継地点の特設街頭テレビでスタートの瞬間をかたずをのんで見守っていた。
「五郎、たのむで!」
隆史をはじめ、すべてのメンバーが五郎に全てを托していた。メンバー全員の気持ちが一体になった瞬間だった。

『スタート1分前です・・・』
場内アナウンスが響きわたると、一瞬にして競技場全体が静寂に包まれた。
五郎は太股を手のひらでぱんぱんたたいて刺激をあたえていたり、軽くジャンプをしてスタートを待っていた。スターターの役員が定位置についた。選手達はそれぞれ最後の準備をしていたが、その動作をやめた。五郎はホームストレッチの遠くを見つめる。トラックの白い線がまっすぐ伸びていた。すでに五郎にはその白いラインが一点に集まる部分しか見えてなかった。観客の声も雑音も聞こえなくなっていた。聞こえるのは自分の心臓の鼓動と呼吸する音だけ。束の間の静寂な時間だった。
スターターの号砲を持った手が上がった。
「位置について・・・」
その一声で選手全員がスタートラインについた。五郎は外側の一列目だった。黄色のユニフォームは遠くでも認識できる。桜子先輩と萌美は食い入るように遠くの黄色い点を見つめていた。萌美の左手にはデジタルのストップウォッチが握られていた。その人指し指はスタートの号砲が鳴るのを待っていた。
しばらく静寂が続いた。どれだけ静寂が続くのだろうと感じるほどだ。周囲のキリキリとした雰囲気が痛い。はちきれそうになる空気が競技場全体を包み込む。その空気が絶頂に達した時、号砲が鳴った。
萌美の左手の人指し指がピクリと動いた。雪崩のように一斉に選手達が飛び出し、トラックを回り始めた。ドドドと鈍い不規則な足音が、それと同時に大きな歓声が会場全体を包み込む。
五郎は雪崩のような選手の塊のほぼ中央に位置していた。五郎はスキを見てなんとか前に出ようとするが、周囲のガードが固くてなかなか前に出られない。
「くそ〜」
予選の時には感じられなかった精神的圧迫感も含めて五郎に襲いかかる。
「五郎!ファイト〜!」
「五郎君!ファイト〜!」
桜子先輩と萌美は五郎に必死に声をかける。しかし、歓声に打ち消されて届かない。そうこうしているうちにバックストレッチの方まで行ってしまった。
「五郎君、大丈夫だよね〜」
萌美はぽつりと言った。
「うん、多分ね・・・」
桜子先輩もすこし弱々しい声で言った。萌美は左手のストップウォッチがちゃんと動いているかどうかを確認した。ちゃんと数字を刻んでいるのを確認するとほっとした表情をした萌美だった。
私は慌てて、機材をディバッグに突っ込み、あらかじめ公園の片隅に置いてあるデュアルパーパスの所へ行った。ヘルメットをかぶり、またがって、キックでエンジンをかけて道路へ飛び出した。そのまま、私は次の中継点へ裏道を使ってかっ飛んで行った。

トラックを一周し、競技場から出ていった選手達は一気に五条通りに入る。先頭は優勝候補の仙台育優ジョン・アゴラ。五郎は第一集団の後のほうに位置していた。本当はもっと前に出たかったのだが、周囲の選手が邪魔をしたのでそのチャンスを逃してしまった。
「五郎、早く前へでんかい!でないと上位は難しいで!」
街頭テレビを見ながら、第六中継地点の隆史は心の中で叫んだ。
「くそ〜!」
必死になって、前へ食らいついて行こうとする五郎。先頭の姿が見えるに見えるが、なかなか前に進むことができない。
『ええか、長距離は「駆け引き」が大事や。他の選手の様子をよう見て、ここぞという時に勝負をかける。それだけとちゃうで。同時に自分の体と相談しながら走るんや』
桜子先輩の話をふと思い出した五郎。
「そうや、焦る必要なんかない。じっくり様子をみようや」
焦りそうになったが、気を撮り直して集団の塊がばらけてくるのを待とうと五郎は判断した。
第50回全国高校駅伝。順調なスタートを切ったのだが、何か波乱を起こしそうな雰囲気を感じさせながらレースは進行していった。

※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

前へ 目次へ 次へ

用語集 topページ 駅伝について

YELLOW GANGS バナー
こさっく茶房/おたべ工房/コサック藤澤 (otabe@kyoto.email.ne.jp)
Copyright (C)1998-2000 Shinji Fujisawa/ Otabe Atelier
(C)2000 Emaki/ Emaki's VALUE Allrights reserved