Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 5. 女神と鉄の女


12時15分、NHKのライブ中継が始まった・・・。
『本日快晴の都大路かけめぐる全国高校駅伝大会。今年もやってまいりました。Jリーグ京都パープルサンガの本拠地でもある京都西京極総合運動公園。色とりどりのユニフォームを来た選手達がまるでごはんの上のふりかけのようであります』
マラソンや駅伝のライブ中継というものは、とても退屈のように思える。Jリーグや野球のように派手な見せ場はないし、実に地味なスポーツなのである。
『さて、解説の周繁さん、今回の大会の有力候補はどの高校なのでしょうか?』
『そうですね。やはり、仙台の仙台育優と兵庫の三田北高でしょう。仙台育優はアフリカのエチオピアから留学生2名を投入していますし、三田北高は練習メニューから食事まで徹底管理で有名な高校ですしね。それと、もう一校注目したい高校があります』
『それは?』
『京都の小畑川高校です』
『今年初めてですね』
『そう、無名の一府立高校です。その小畑川高校は去年優勝した京洛学園を京都予選で破ったダークホースです。ほら、あの目立つ黄色いユニフォームが小畑川高校、1区を走る一年の今里五郎君です』
『また、黄色とは派手ですねえ。おや?ユニフォームに高校名と「YELLOW GANGS」と英語名が書かれてますねえ』
『そう、監督である物集女桜子先生が名づけていますね』
『こらまた、女性らしい』
『この物集女桜子先生と人が曲者でして、かつてはトライアスロンの選手。世界ランキング14位までいったという実績を持っています。「鉄の女」と異名をもっていたのは有名な話です』
「あほ〜!「鉄の女」やのうて「アイアン・レディー」やゆーとるやろ〜」
メインスタンドの客席に設置された特設テレビでライブ中継を見ていた桜子先輩は大声を張り上げた。
「ほんまに、日本陸連の周も大したことないなあ!私の俗名も知らんのか!」
「せんせ!やめなよ!みっともない・・・」
そばにいた萌美が先輩を制止した。
「そろそろ、スタートやし、落ち着きましょう、せんせ。気持ちはわかりますけど・・・」
「そうやね。ごめん、萌」
ようやく先輩は落ち着きを取り戻して萌美と並んで座り込んだ。
かつては世界ランキング14位まで行った元トライアスリートの桜子先輩だったが、先輩なら、日本陸連の広報や実業団のコーチなど引く手数多だったはずだ。それが、どうして、無名の高校で監督をしているのか?また、どうして「駅伝」だったのか?私には皆目解らなかった。先輩曰く「駅伝が好きだから」ということなのだが、それだけでは本当の理由は解らない。いくら聞いても本当の事は話してくれなかった。

「ところでさあ、萌・・・」
桜子先輩はおもむろに萌美に話しかけた。
「なんですか?せんせ」
「あんた・・・、隆史のこと好きか?」
突然の先輩の言葉に萌美は目を丸くした。
「な、な、何いってるんですかあ!こんな大事な時に・・・!」
「いやあな、中継点へ行く隆史を見送ってるあんたみたら、「やっぱりそうか・・・」と思ったんや」
萌美は突然落ち着きを無くし、おろおろしだした。
「何いうてますのん。あれはマネージャーとして当然の・・・」
「ええかげん素直になったらどうや。大丈夫、多分、隆史もあんたと同じ気持ちや・・・」
「アホなこと言わんといてください!」
「アホな話ちゃうで。私かて30以上女やってきたんや。それぐらい解る」
桜子先輩の声はいつのまにか優しくなっていた。
「せんせに何が解るの?それに、仮に私が隆史君の事好きやったとしても、彼はきっと私の事恨んでる・・・」
「どうして、それがわかる?」
「だって、だって・・・」
萌美の声が泣きそうになっていた。
「だって、私は彼を散々傷つけたんだよ。私にはそんな資格なんか・・・」
「資格なんて関係あらへん」
桜子先輩は萌美の声を遮った。
「それに、それは3年以上前の話やろ?もう時効や。それと、隆史は萌の事は決して恨んでへん。むしろ感謝しとるはずや。実際、あいつを陸上の世界へ引き戻したも、萌、あんたや」
「・・・・・」
「ほんまに、しょうがないやつらや。お互い罪の意識感じて遠慮しあってるんやもんなあ。高校生なら高校生らしく、もっと素直になったらええのに・・・」
先輩のしつこいぐらいの話に萌美はただだまっているだけだった。恥ずかしいのか、悲しいのかわからない複雑な表情でただだまっていた。
「萌、そんな顔せんといて。先生が悪かった。小畑川高校陸上部の女神がそんな顔したらしょうもない。な」
萌美はうつむいたままだった。
「・・・萌・・・」
先輩はさらに小さく絞った声で萌美に言い聞かせる。
「あいつのゴールしっかり見てやってな。そんで笑って迎えたってな・・・」
萌は顔をあげて桜子先輩を見た。瞳はかすかにうるんでいたが、その表情はすこし吹っ切れたような感じだった。
「そうそう、ここだけの話やけどな・・・」
いきなり桜子先輩は話を別の方向に向けた。萌美の耳に手をあてて内緒話をするようにである。
「元なんやけどな・・・」
「折り返し点の?」
「元がな・・・愛ちゃんのこと好きらしいんや!」
「ええ!」
桜子先輩はその話をすると、吹き出しそうに笑った。
「・・・だから、愛ちゃんを折り返し点へ行くように言ったの?あきれたあ・・・」
二人とも声を殺してくすくす笑った。萌美もやっといつもの萌美らしく笑顔が戻った。

その頃、第6中継地点。西大路の下立売付近にようやく到着した隆史の姿があった。隆史は何もせず、ただ突っ立って西大路通りを眺めているだけだった。
「隆史い!そろそろスタートやで!はよテレビみよや!」
特設街頭テレビで大会中継を見ていたサポートの馬場駆は隆史に声をかける。
「うん、もうすこししたら行くし・・・」
隆史はいつもよりやや元気のない声で駆に言ってからまた、西大路通りを見つめ始めた。駆は「しょーがねえなあ」という身振りをしてまたテレビのある所へ走っていった。
駅伝スタートまで、あと5分。気分を落ち着かせる為にただ行き交う車を見つめるだけの隆史であった。そして、ふと、彼の頭の中にあの時の萌美の言葉が響いた。
「お願いだから、自分の為に走って!私のことはどうでもええの!」
その声は頭の中で何度もこだまして消えていった。
「萌のアホタレ!お前は何もわかっとらん・・・」
隆史はそうぽつりとつぶやくと、振り返って、街頭テレビのある裏通りへ向かって行った。

※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

前へ 目次へ 次へ

用語集 topページ 駅伝について

YELLOW GANGS バナー
こさっく茶房/おたべ工房/コサック藤澤 (otabe@kyoto.email.ne.jp)
Copyright (C)1998-2000 Shinji Fujisawa/ Otabe Atelier
(C)2000 Emaki/ Emaki's VALUE Allrights reserved