Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 4. 府立小畑川高校


 『12時現在のグランドコンディションを発表致します。天候は曇り、気温10.2℃、湿度67%、風は北北東0.9m/s、気圧1,020hPa(ヘクトパスカル)・・・・』
場内放送が競技場全体に響き渡る。
 12時ちょうど、女子高校駅伝がゴールしてからしばらく経過していたが、ここ西京極陸上競技場は30分後にスタートする男子高校駅伝を前に異様な熱気に包まれていた。1区を走る選手たちはほぼウォーミングアップを完了し、最終コールに入った。
 私はそんなスタート前の競技場の光景を写真に収めていた。アップやコールをする小畑川高校の今里五郎を中心にシャッターを切った。
 それもようやく落ちついた頃に、私はマネージャーの花山萌美にカメラを向けた。萌美は手持ちのストップウォッチで選手達のタイムを計ろうと準備を進めていた。ファインダー内の萌美はうっすらと涼しい笑みを浮かべながらノートになにやら書き込んでいた。決してとびきりの美人とは言えないが、長い髪をひとまとめに三つ編みをし、はんなりとした京美人風だった。わたしはそんな萌美を100ミリ相当、ほぼ開放露出の半逆光で彼女を写真に写した。
「あ」
比較的シャッター音が小さいカメラなのに、シャッター音に萌美は気が付いた。
「もう!修平さん!何撮ってるんですかあ!」
萌美が半分怒って半分照れているような面持ちで言った。
「あはは。何って、駅伝選手を支える女神さんを撮影してるんやんか」
「変な冗談はやめて、さっさと仕事をする!」
「なはは、冗談なもんかいな。選手以外の光景も撮影するのも大事やで。それに萌ちゃんがあんまりいい顔してたんでなあ。ついな。へへへ」
「あほう!」
萌美は恥ずかしがりながら、そそくさとノートにメンバーたちの名前を順番に書き始めた。
 萌美は実に優秀なマネージャーであった。中学時代はスプリンターをしていたせいもあって、選手のメンタル面での観察眼とサポートに非常にたけていたのである。なぜか今はマネージャーに転身してしまっている萌美であったが、小畑川高校の駅伝メンバーにとっては勝利の女神以外の何者でもなかったのである。そんな萌美の髪が今みたいに長くなく、すっきりとしたショートヘアだったほぼ2年前に私は小畑川高校の陸上に初めて出会ったのであった。

 正確には今から1年8カ月前、私が大日本新聞本社の出版部から大阪支社のスポーツ部に移動して4カ月経った頃、正直言えば左遷なのだが、つまり虎番を初めて間もなくの頃だった。
 好きでもない虎番をいやいやこなしていた私であったが、偶然にも産休から教師に復帰した桜子先輩と連絡がとれ、気分転換に先輩のいる小畑川高校に遊びに行ったのが発端だったのだ。
「おお!修平、よう来たな」
女性の体育教師というものはどうもがさつで図太いタイプが多い。桜子先輩も例外ではなかった。ひときわ目立つ黄色いジャージに身を包んで出迎えてくれた。
「先輩・・・、歴代14位のトップアスリートとは思えない変わりようで・・・」
出産してからしばらく経った体のなのか、現役時代よりは少し太っていたのである。でも、彼女の久しぶりでも変わらない豪快な態度と言動は非常に懐かしく感じられたのだった。
「まあ、ちょっと見学でもしていきいや」
 先輩は体育準備室からあわてて出てきたのか、踏んだシューズのかかとの部分をなおしながら私を導き、そして校内を案内してくれた。
この小畑川高校は当時開設されて10年の新設高だ。一級河川の小畑川のほとりの田んぼの一部を府が買い取って開設された府立高校。当然陸上部も出来て5年と歴史が浅いのである。
「この黄色いジャージの面々がみんな陸上部のメンバーやで」
桜子先輩は自慢げに言った。その自慢の陸上部は20名ほどの正直言ってこじんまりした部だった。その中にマネージャーとして入った萌美と長距離パートの当時2年生の久貝幸生がいた。長距離は健司を含めて4人、当時一年生の友岡昇、野添秀人、調子健司だった。このとき、寺戸隆史はまだ陸上部にいなかった。とても駅伝などできる状況ではなかった。しかし、
「みてみい、修平。長距離が4名いるねん。これで駅伝ができるでえ」
「なにいうてますのん、先輩。高校駅伝は7人でっせ。3人足りませんやん」
「ははは、そういう時は他のパートのメンバーの中で速いやつをあてがうんやで、それに・・・」
 名門の私立高校と違って、小畑川高校のような公立高校ではこういった人材不足に悩まされるケースが多い。陸上競技は個人競技なのだが、駅伝に限っては団体競技なのだ。とにかく順位などを考えないのであれば専門外のパートの人間をあてがうケースも珍しくないのである。でも、桜子先輩は最初から上位を狙っていたようだ。
「それに・・・、ええやつ見つけたんや」
桜子先輩はにやりと笑って私に言った。
「ええやつって・・・?」
「ほれ、あそこ」
 桜子先輩はグランドの反対方向を指さした。そこにはサッカー部が練習していたのである。府立高校は人材以外にも設備なども不足している。グランドなどはその最たるものだ。狭いため、他のクラブとグランドを共同で分け合って使用しているのである。小畑川高校でも同じだ。陸上部では250mのトラックを作って練習しているが、そのトラックの内部でラグビー部、トラックの外ではサッカー部と野球部とグランドの面積を比較的使用する必要のあるクラブとお互い譲り合って練習しなければならない現実がある。それでも、練習中にボールが飛んできてぶつかりそうになったり、ニアミスしそうになったりは日常茶飯事なのである。
「あそこって・・・サッカー部がどうかしたんですか」
訳が解らず、私は桜子先輩に質問した。
「ほれほれ、あそこで、ちょこまか動いているやつおるやろ。あ、ほれ、ボール蹴ろうして、こけたやつ!そうそう、そいつそいつ!」
「あいつがどうかしたんですか?」
「ようみてみい。お前ならわかるやろ?」
先輩に言われて、そのサッカー部員の動きをしばらく遠めで見ていた。10分ぐらい見て、ようやくその意味を理解した。
「ボールの扱い方はヘタやなあ〜・・・。でも、全然バテとらん。他の一年生はバテバテやのにまだちょろちょろ動いとる。それに、走るフォームもなかなかや。腰も落ちとらんし、足も上ってるし・・・。ええですやん、先輩!」
「ええやろ?私の眼に狂いはない。サッカーさせとくのはもったいないわ」
そう、これが私とアンカー寺戸隆史の運命の出会いだったのだ。
「それとな、意外な事実がわかったんや・・・」
「え?意外な事実?」
まるで謎解きをする金田一耕介のような面持ちで私に話をすすめる桜子先輩だった。
「実は彼・・・、寺戸隆史君っていうんやけどな・・・、中学時代は陸上で長距離やっとったんや」
「ええ!まじですか?」
「まじや、まじや、おおまじやで。なあ、花山さん」
桜子先輩はいきなり、マネージャーになりたての花山萌美に話をふった。軽い冗談を部員たちとかわしながら、短距離の400インターバルのタイム計測の準備をしていた萌美だったが、その話を聞くといきなりこわばってしまい、うごきがぎこちなくなっておろおろしだした。
「このコと寺戸隆史君は同じ中学で同級生でおなじ陸上部やったんや。そうやろ?」
萌美はぎこちなく「はい」と首をたてに振った。
「そやさかい、それはええわ!と思って、寺戸隆史君に積極的にアプローチしたんやけど、「陸上みたいな走るだけのスポーツはスポーツちゃう!」いうて断られてしまったんや」
 わたしは桜子先輩の話を聞きながら、萌美の様子をうかがった。その時の萌美はなんとなく普通に見えたが、その表情は深刻で暗そうだった。いままでジョークでけたけた笑っていた時のギャップがすごいのが気になった。私はその時、隆史が陸上で長距離をやらない理由が実は萌美にある程度あるのではないかとその時直感した。
「おし、こうなりゃあ、あいつを絶対入れて、戦力になってもらうでえ!」
桜子先輩がどうして、こんなにも駅伝に思いをはせるのか、当時の私には皆目解らなかったが、しかし、現実こうやって実際に高校駅伝に出場しているのには正直私はおどろいているのである。


※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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