Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 3. それぞれのスタート


 駅伝は長距離リレーである。当然スタート地点である西京極競技場から各中継点まで距離がある為、選手たちはバスで移動する。また、移動の前に一次コールというものがあり、これに応じない場合は失格になる。一次コールは競技場メインスタンド内の招集所で本人である事とユニフォームのチェックを受けるのだ。そして、その後、ホームストレート前で一列に並んで選手紹介を受け、バスに乗りこむ。

「せーんぱい!なにもこんなところで単語覚えんでもええですやん」
 午前9時30分。第1中継点のある烏丸鞍馬口へ向かおうとする友岡昇は、第5中継所へ向かう予定の久貝幸生とテントの中でとぼけた会話をかわしていた。
「あほ!俺は仮にも受験生やぞ!時間を有効に活用して受験勉強する。当たり前や」
幸生はストレッチをしながら必至で単語カードをめくっていた。
「でも、今日は駅伝ですやん。それに、センター試験はもうすぐでっせ。今更必死になってもしゃあないんちゃいますん?」
昇はあきれたように言った。その言葉に幸生はピクリと反応した。
「昇!・・・その考えいいかげんやめや・・・・」
幸生はすっと起き上がって言った。幸生が今までにない重い声で言ったので昇はどきっとした。
「ええか、昇。駅伝も勉強も一緒や。「あかん」と思った時点で終わりや。それでジ・エンド。負けやねん。だから、俺は駅伝も受験も頑張る。結果がどうなってもや」
昇は幸生の言葉にだまりこんでしまった。1週間前に気の緩みで足を怪我した昇であった。そのおかげで出場することを一旦あきらめたのであった。そんな弱気な部分をあからさまに指摘されてしまったので返す言葉がないのだ。
「それより、昇、お前、怪我大丈夫か?」
「うん、大丈夫ですわ。すっかり腫れも引いたし。これも隆史のおかげや・・・」
「そうか、だったら、それにこたえんとな・・・。桜子先生がお前をなぜ交代させなかったのかをよく考えろよ。それと、治療法を考えてくれた隆史にも感謝せなな・・・」
「そうですね。すんません、先輩」
昇は恥ずかしかった。怪我をしてもあきらめずに選手として扱ってくれた桜子先輩や昇の怪我のために柄にもなく東奔西走してくれた隆史に感謝するとともに、自分の今までの弱気を恥じた。そう、もう勝負は始まったのだ。弱気になっている場合ではない。昇はバッグを担ぎ、気持ちを新たに一次コールを受けにスタンド内に入っていった。

「ああ、暇やなあ・・・」
 午前9時40分、隆史は暇をもてあましていた。隆史の担当する第7区の一次コールまではまだ1時間以上も時間がある。メインスタンド裏のベンチでまどろんでいた。
「ええやん、ええやん。時間までぼーっと寝とったらええねん」
隆史の横に座っていた秀人はこりずに隆史に突っ込みを入れる。
「なにいうてんねん。いくら1時間あるいうても、こんなところで寝られるかいな。風邪ひくわいな・・・」
「ま、それもそうや」
お互い皮肉の言い合いが絶えない二人であるが、二人とも一番気が合うのは暗黙の了解であった。隆史はまもなく一次コールを受ける秀人を見送りにきていた。
「なあ、秀・・・」
とっさに隆史は秀人に声をかける。
「なあ・・・、最後やけど、お前も・・・たのむで!秀」
「・・・ははは、俺は最後やけど、隆史は来年も走れや」
「なにいうてんねん。俺も来年は受験や。久貝先輩みたいになれと言うんかあ?」
「ま、それも一興ちゃうか?おっと、そろそろ時間や。隆史、ほなな!」
秀人はそう言い残すとバッグをもってさっさとメインスタンド内の招集所へ向かっていった。
「さて、11時までどうしたろうかいな・・・」
秀人を見送ると隆史は大きくあくびをした。その途端、ふと隆史の視野に黄色いヤッケに身を包んだ女性が入ってきた。マネージャーの萌美だった。
「萌・・・」
隆史の動きがはたと止まった。萌美はちょっと前から隆史を見ていたようだった。うっすらと笑みを浮かべ、まるで見守るようにである。
「・・・なんや、萌、眠そうな顔して・・・」
隆史はベンチからすっと立って萌美に言った。
「え?ああ、ちょっと早起きしたからね・・・」
「早起きって、なんでやねん?」
「へへへ、内緒!」
萌美は意地悪く笑った。
「なんやねん・・・まあええか・・・」
隆史は肩をしゃくった。しばらく沈黙が続いた後、萌美が言葉を発した。
「隆史君・・・」
「ん?」
「いよいよだね・・・駅伝」
「ん?ああ・・・」
「・・・・がんばってね・・・・」
萌美のなれない励ましに隆史はむずがゆくなってしまった。
「な、なんや、お前らしくない・・・」
「ええやん。今日は特別」
「ははは、特別か」
そう、今日は特別であった。隆史を始め、駅伝メンバーの晴舞台。そして、それはマネージャーの萌美にとっても・・・。
「待ってるよ・・・」
「・・・・・・・」
「ゴールで待ってるからね」
萌美の言葉に隆史の背筋がこわばった。
「・・・ああ、まかしとき」
「うん」
「じゃあな」
隆史は萌美に背を向け、歩こうとしたが、はたと止まった。そして、
「なあ、萌・・・」
「ん?」
「俺な・・・俺・・・」
何か言おうとした隆史だが、声が出なかった。萌美に何かを言いたかった。でも、顔がひきつり、言葉にならなかった。沈黙の時間が長く感じられた。
「寺戸お!」
沈黙を引き裂くようにサポートの馬場駆の声がした。
「こんなところにおったんかいな、寺戸!こんな所おったら体冷えるでえ」
馬場は間髪入れずに隆史に詰め寄る。
「お前はバスで送ってもらえるからええけど、俺は現地まで自力で行かなあかんねん。はよどこで落ち合うか決めな。俺もう行かなあかんねん」
「なはは、すまん、すまん。そうやった」
さっと霧が晴れたようにこわばっていた隆史と萌美に笑顔が戻った。
「ほんま、調子のええやつや!はよ、テントにもどろうや。体冷える」
「・・・あ、おいおい・・・」
馬場は寺戸を公園内に設置してある待機用のテントに連れ戻そうと背中を押した。その時に振り返って、萌美にこう口添えをした。
「萌ちゃん、寺戸のことは俺にまかしとき。ハートのコンディションまで最高レベルにしてスタートさせたる。ゴールは萌ちゃんにまかせたで!」
「ははは、ありがと・・・」
萌美はすこし顔をこわばらせて笑った。そして、二人の姿が見えなくなるまで見送った。

「次、26番京都、小畑川・・・」
午前10時40分、招集所で5区担当の調子 健司(ちょうしけんじ)は一次コールを受けていた。ゼッケン付きのユニフォームを提示。ここから、外に出て選手紹介を受け、バスに乗り込むことになる。健司は不安になっていた。自分の体質の事である。今まで食事療法で貧血症を回復させてきた。かなり回復しているはずである。ここ最近走っている時に不調はなかった。
「大丈夫、大丈夫。今まで何ともなかったんやし・・・。今回も無事走り切れるって・・・」
健司は胸に手をあて、瞳をとじて深呼吸した。

「もうすぐ始まる・・・始まる・・・・始まる・・・」
午前10時50分、第3中継地点である岩倉の国際会館前へ向かう4区の長法寺元はバスの中で一人背中を丸めて頭の中で「始まる」の言葉を無意識に繰り返していた。極度の緊張が元の体を硬直させていた。
「僕につとまるやろうか・・・。折り返し点やぞ。8Kmや。しかも、僕一人や・・・」
心臓が爆発しそうだった。しかも一年生で勝負の行方を左右する折り返し点からの担当だ。重荷に感じない訳はない。そんな時、出発前の桜子先輩の言葉が浮かんできた。
「お前は、メンバーの中で一番根性あるし、からだが柔らかい。いつもの負けん気でがんばってや!」
その言葉を思い出したとたん元は吹き出したように思い出し笑いをした。
「せんせ、違いますで。根性ちゃうねん。ただ我慢強いだけやねん。打たれ強いだけやねん。いじめられっ子やったしね・・・。でも、よう考えたら、今まで独りぼっちやったからな。一人は慣れているもん。大丈夫なはずや。ねえ先生・・・」
丸くなっていた元の背中がちょっとだけまっすぐになった・・・。

午前11時20分、スタート地点の西京極競技場では1区の走者が第1コールを終了させ、選手達はウォーミングアップを初めていた。今里五郎もその一人である事はいうまでもない。ゆっくりとジョギングをして体を徐々に温める。小畑川高校のメンバーは全員黄色のヤッケを身につけていたので非常に目立つ。五郎も例外ではなかった。五郎の姿を見ると、みんな五郎の姿に目が釘付けになっていた。名門京洛学園を破ったダークホースとして意外な目で注目されているのだ。それが五郎にもいやがおうにも感じられた。すべての選手の視線がつきささるようだった。それでも五郎は持ち前の勝ち気で気にしないように勤めた。それは彼の自信かそれとも負け惜しみなのかは解らないが、周囲のプレッシャーを無理やりにでもはねのけようとしているようにも見えた。

こうして、小畑川高校の駅伝チームはそれぞれの中継地点へと散っていき、それぞれのスタートを切ることになるのである・・・・。


※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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