Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 2. 決戦の日曜日


 駅伝とは何だろうか?
 簡単に言えば長距離版のリレーである。ひらひらの布の帯、たすきの事であるが、それを肩に掛け走る。そして、そのたすきをバトンのように手渡していくのである。距離や人数は色々あるが、一番基本なのが、マラソンと同じ42.195kmを7人で走る「高校駅伝」。日本が発祥だ。元々は江戸時代などに発達した宿駅ごとに物や人を運ぶ飛脚などの特急便からきたと言われる。だから、英語で言う場合も「EKIDEN」なのである。
 まもなく、西京極競技場付近の沿道は厳戒体制が敷かれ、交通規制が始まる。午前10時20分に女子駅伝がスタートする為だ。男子の部は第一コールと呼ばれる点呼を受けた選手達はそれぞれの中継地点へバスで移動し、ウォーミングアップをし、本番を迎える。
 
 午前9時ちょうど。
「しかし、みんな。らしくないなあ・・・。あ〜、おかし!みんなぎこちないったらあらせんわあ。なんでそんなにぎこちないのお」
 マネージャーの花山 萌美(はなやま もえみ)はメンバー達をからかうように笑った。
「ははは、萌ちゃん。そらないで。初舞台やで、初舞台。ぎこちなくて当たり前」
 キャプテン久貝 幸生は相変わらずであった。
「ふふふ、らしくないのは、寺戸や、寺戸!緊張して昨夜寝られんかったらしいでー」
3区の約8kmを走る寺戸と同級生の野添 秀人(のぞえ  ひでと)は修平にふった。
「なにいうとんねん。俺だけちゃうやろ!」
隆史は赤くなって秀人に食ってかかる。ここで二人の漫才のようななじり合いが始まろうとしていたが、さすがにキャプテンの久貝はそれを制止した。
「こらこら、もうじきスタートや。先生の最期の訓示をきかなあかん。しずかにせえ!」
競技場近くの補助競技場の芝生の上で桜子先輩を取り囲んで円陣を組んでいたメンバーだったが、ふざけあってなかなか最期のミーティングが始まらなかった。桜子先輩はじっとだまったまま眼を閉じていた。そして、いきなり口を開いた。出た言葉がこれであった。
「・・・臆病なギャングたち・・・」
これを聞いて、一同ずっこけてしまった。
「せ、せんせ、なに言うてんねん。ボケんのもええかげんにせな・・・」
2区を走る友岡 昇(ともおか のぼる)が思わず桜子先輩につっこんだ。
「・・・いや、英語のな、奥海寺せんせが言わはってん。「Yellow Gangs」を直訳するとそうなんやねんて・・・」
一同ぽかんとした。桜子先輩は続けた。
「「臆病なんはギャングちゃう」って重箱のスミつつかはるねん。腹立つとおもわん?」
一同はぽかんと口を大きく開けてあきれかえった。
「名づけたんは、せんせやで」
「ほんま、ほんま。ジャージが黄色いからって、安直すぎんねん」
「それに、黄色はたしかに目立つけど、趣味悪いで」
「ほんまや、ほんま・・・」
5区の調子 健司(ちょう けんじ)を皮切りに一同一斉に文句を言い始めた。
「うるさい!」
桜子先輩はどなる。
「黄色はやな、私のラッキーカラーやねん。ええやんか、別に。・・・・おっと、いかんいかん。私がいいたいんはそんな事とちゃうねん」
開き直ったように先輩は続けた。
「臆病おおいにけっこう!人間はみんな臆病やねん。それを考えたら正直やんか。「臆病なギャングたち」って正直やなあ。みんな」
「せんせ、それ、知らんかったんやろ?」
昇がまた突っ込んだ。
「う・・・・!」
「「黄色」が「臆病」を意味するって知らんかったから、今ごろ開き直ってるんや」
「そやそや!」
一同、どっと笑った。
「あほ!うるさい!人の話はちゃんと聞け!」
先輩は再びどなる。そして、続けた。
「「臆病」ってええねんで。勝負師はみんな「臆病」や。なんでなら、臆病な人間は注意力がある。相手の力を分析できる能力があるねん。逆に自分の力も知ってる。だから、相手の力が大きいと恐怖を感じる。だけど、そのまま委縮してしまうと、ほんまにただの「臆病者」で終わってしまう。勝負師は逆に冷静になって的確な判断と戦術を立てることができるんや」
一同はいつのまにか真顔になって桜子先輩の話を真剣に聞いていた。
「ええか、長距離は「駆け引き」が大事や。他の選手の様子をよう見て、ここぞという時に勝負をかける。それだけとちゃうで。同時に自分の体と相談しながら走るんや。そういう意味で「臆病さ」が必要になる。よう考えて勝負かけるんやで。大丈夫や。心配ない。私がトライアスロンで得たノウハウであんたたちを鍛えたんや。ぜったい勝てる!その証拠に去年優勝した京洛を破ったやんか。我々は「臆病なギャングたち」や。名門校翻弄したろうやないか!仙台育優がなんや、三田北高がなんぼのもんじゃい!ギャングらしく奇襲かけたろうやないか!」
桜子先輩はありったけの言葉を使ってメンバーに檄を入れる。
「花の1区!今里 五郎!」
「はいっ!」
反射的に五郎は返事をした。桜子先輩は一人一人に声をかけるつもりだ。
「お前は、自信家や!だから、最初からがんがん行け!駅伝は1区で五割決まると言われている。だから「花の1区」や。きばっていきいや!」
「はい!」
「2区!友岡 昇!」
「はい!」
「ひねったところは大丈夫か?」
「大丈夫です。腫れは引きました」
「お前が不注意で怪我したから、最期まで責任もって走れ!いいか!」
「はい!」
「3区!野添 秀人!」
「はい!」
「夏の合宿のクロスカントリーの事を思い出して走りや!」
「はい!」
「それと・・・」
桜子先輩の声が急にやさしくなった。
「え?」
「お母さんに知らせといたから、どっかで旗振って応援してくれるはずやで。最後やけど、しっかり錦飾ってや・・・」
秀人は赤くなった。
「せんせ、余計なおせっかいや、もう」
一同、どっと沸いたが、かまわず先輩は続けた。
「4区!長法寺 元!」
「お前は、メンバーの中で一番根性あるし、からだが柔らかい。いつもの負けん気でがんばってや!」
「はい!」
「5区!調子 健司!」
「はい!」
「おまえが一番心配や・・・」
「なんすかあ!?そら!」
健司はむっとして言った。
「いやいや、途中で貧血おこさんか心配やねん」
「大丈夫ですよ!大嫌いなレバーを克服しましたから」
「ははは、そうかそうか。わかった」
「6区!久貝 幸生」
「はい!」
「ほんまにごめん!受験やのに付き合わせて・・・」
桜子先輩は手を合わせる。
「ははは、好きで付き合ってますさかい・・・」
「でも、浪人せんといてね・・・」
「ああ、しばらく忘れてたのに・・・」
ここまで来ると訓示なのかジョークなのか解らなくなっていた。笑いが止まらない一同であったが、これも桜子先輩の緊張をある程度ほぐそうという心遣いなのだろう。
「最後!アンカー!7区!寺戸 隆史」
「はいっ!」
「お前は、得にない・・・」
隆史はずっこけた。
「なんや!俺はなしかあ?」
「あはは、うそ。ジョークや」
「あほお!」
「ただ、言えることは・・・」
桜子先輩の声がいつになく重くなった。
「みんなが運んできた「たすき」はそうとう重いで・・・」
「・・・・・・」
「なんとか最後まで頼む。お前にはそれだけや・・・」
「・・・・・・」
「返事い!」
「はい!!」
「それから、各中継点には他のパートのメンバーにサポートにはいってもらうけど、補欠の古市 洋二は折り返し点、馬場 駆は寺戸にサポートついたってくれるか?それと、マネージャーの愛ちゃんは古市と一緒に行っておくれ。萌は私と一緒にここでゴールを待つ。ええか?」
「はい!」
「よし、かけ声!」
円陣を組んだメンバーはすっと腰を下ろす。
「イエローギャングス!ファイト!」
「オー!!」
実にさわやかな響きだった。全員の声がおどろくぐらいにシンクロして響いた。まるで、冷たい空気をキンと鳴らすように。

 こうして、小畑川高校陸上部駅伝チームは、それぞれの中継地点に散っていくのであった。

※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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