Heart Warming Ekiden Story YELLOW GANGS

STAGE 1. 都大路


 「都大路」。
 全国高校駅伝が展開される京都の西京極競技場付設マラソンコースをいう時に必ずこういう表現をするのが暗黙のルールになっているようだ。でも、実際は「都大路」と呼べるような風情がこのコースには皆無だ。NHKの生中継をご覧の人なら解るが、ほとんど京都市の市街路を走るだけ。風情のある風景なぞ見えないのである。そう、侘も寂も雅もない。なぜ、このような表現になるのか我々地元民達には皆目わからないのであるが、こう表現しないと「京都」という特別な地区を強調できないからなのであろう。

開田修平 自己紹介が遅れて申し訳ない。この物語が駅伝の話であることがご察しかと思われるが、私が何者か解らないと思うので、改めて説明させていただく。
 私の名は開田 修平(かいでん しゅうへい)。32歳のしがないスポーツ新聞記者だ。大日本新聞のスポーツ部に属し、「大日本スポーツ」というスポーツ紙に記事を書いている。本来は阪神タイガースを追っかけまわすいわゆる「虎番」と呼ばれている記者だ。女房子供をおいて二年前から関西に単身赴任をしている。おまけに、仕事のやりすぎで女房に愛想をつかされ、離婚届をつきつけられている。ピンチなのである。
 正直な話、実は私はこの「虎番」というのは個人的には気に入らない。元々大阪生まれで、大学まで関西にいたのだが、本当は私はかくれジャイアンツファンなのだ。気分がいい訳がない。女房子供を食わす為に我慢してこの仕事をしていたが、くそ面 白くない仕事しても生理的によろしくないのに決まっている。更に今年は野村監督が入ってからタイガースが調子いいので私は自律神経をやられそうで困っているのである。
 そんな私であったが、昔私が在籍していた、浪速体育大学の先輩、乙訓(おとくに)桜子・・・、おっと、これは旧姓だ。もとい、物集女桜子先輩に久しぶりに再開し、彼女の率いる小畑川高校の陸上部の駅伝チームを見てから、すっかり入り浸ってしまったのだ。それ以来、虎番の合間に彼らを個人的に取材し続けてきた訳である。この辺の話はおいおいしていくことにしよう。とにかく、私はこの物語の言わば「狂言まわし」と思ってもらっていい。

「はああ〜」
 隆史は大きなあくびをしながら、宿泊先の西京極旅館を出た。彼らは地元なのだが、昨日開会式に参加し、そのまま近くの旅館に宿泊をしていた。もちろん、密着取材を慣行している私も同じ旅館に宿泊した。
「なんや、隆史、寝れんかったんかいな・・・」
キャプテンの久貝 幸生(くがい ゆきお)は心配そうに振り向いた。
「ほ・・・俺もねたかったですねんけどね。せんせのいびきがねえ・・・」
眠い眼をこすりながら、天神川沿いの道をワザと狭い歩幅で歩く隆史であった。
「私のいびきにせいにすな!他のみんなはちゃんと寝とったやろ」
先頭を歩いていた桜子がすこしむっとしながら言った。そして、すこし意地悪そうにこう付け加えた。
「・・・隆史は案外肝っ玉ちいさいなあ・・・」
「なんやて・・・」
すこし、カチンと隆史はきた。
「あかんで隆史・・・気持ちはわかるけどな・・・。緊張しずぎて体のリズム崩したらランナーは勝負に負ける。どんなに勝負が怖くても、自分の肉体と精神を自分でちゃんとコントロールせな。リラックスや、リラックス」
 桜子は何もかもお見通しだった。隆史が昨夜なぜ眠れなかったのかを。今日の勝負に隆史がどんな思いで望んでいるかを・・・。隆史には一言も聞いていないにも関わらずである。
「でも、寺戸先輩の気持ちはよーわかる」
長法寺 元(ちょうほう はじめ)は切り出す。
「僕って臆病やんか・・・床に入って2時間寝られんかった・・・」
「なんや、お前もか?」
きょとんとして幸生は振り返った。
「だって、僕がレギュラーなんて、考えられへんもん・・・」
「なにいうてるねん!実力やで、実力!」
隆史は元に向かって切り出した。
「今里かてお前と同じ1年や。なのに花の1区を走る。速い奴が走るんが当たり前やで」
「そんな事いうても・・・」
元ははずかしそうに、また、自信なさそうに言った。
「元・・・、俺かて・・・寝られんかった・・・」
1区を走る今里 五郎(いまざと ろう)はうつむきながらぽつりと言う。
「あはは、なんや、みんなけっこう寝られんかったやつが多かったようなあ、ほんまにしょうがないやつらやで」
桜子は大きな声で笑った。
「あはは、ほんまや、今里、自信家のお前も弱音をはくんやな・・・」
幸生も笑った。
「だって・・・、本当は・・・花の1区は寺戸先輩が走るはずやったのに・・・」
「あほ!」
隆史はいきなり大声を張り上げた。
「今更何いうてんねん!お前は俺との勝負に勝った。だからやんけ!あほな事いうな!」
「そやけど・・・」
「そやけど?なんやねん」
「俺、今日・・・走れるやろうか・・・。こんな気持ち初めてです。どーしたらいいのかわからへん・・・」
自信家の五郎はいつになく自信なさそうにぽつりと言ったのである。
「あ〜、もう!なさけないやつらや!今更ごちゃごちゃ言うてもしょうがないやろ!勝負はもう始まっているんやで!そんなに弱気でどうするねん」
桜子先輩がいつものように豪快に檄を飛ばす。それをきっかけにみんな押し黙ってしまった。桜子先輩もだまってしまった。みんな晴れ舞台で緊張しまくっているのだ。当たり前だ、京都の丹波で開催された高校駅伝京都予選で大番狂わせで、一府立高校が優勝してしまったのだ。名門の京洛学園を黄色い強盗団が破ってしまった訳だ。おまけに、元世界ランキング14位のトップアスリート、物集女桜子が監督するチームだ。マスコミが注目しない訳がない。本大会が近づくにつれて、陸上専門誌やスポーツ紙がこぞって取材に来るようになった。ナーバスになるのも無理はない。
 私の周辺にも変化がおきた。「虎番」の合間に2年間、私は彼らを密着取材をしていたのだが、今ごろになって、手のひらを返すように編集部が私にラブコールを送るようになったのである。虫の良すぎる話だ。編集部の調子の良さにはほとほとあきれ返ったが、駅伝メンバーの許可をもらって、大日本スポーツに彼らの記事をコラムとして掲載してもらったのをきっかけに、編集部は執拗に私の長年の成果を横取りしようとし始めた。今まで私がやって来たことを評価せずに、「虎番」だけに集中するように強要した彼らがである。飯の種になりそうだと思った途端にがらりと変わった彼らの対応に私は憤慨した。だから、本大会で編集部を無視して独自で動くことにしたのである。辞表をたたきつけて・・・。

「ふぁああああ〜」
しばらく、静かなメンバーたちであったが、再び隆史が大きなあくびをした。その時である。
「カシャ!」
「あ!」
彼らよりも前を歩いてた私が、彼らがスタート地点である競技場へ向かう姿をスナップで捕らえようとシャッターを押した。隆史のあくびとタイミングが合ってしまったのだ。
「あああ!修平さん!そりゃないでしょう!」
隆史は修平にすごんできた。
「あはは、ナイスショット!」
「ちょっと、今のカット使わんといてや!」
「へへへ、写真集「イエローギャングス」を作る時には使うかもしれへんで〜」
「ちょっとお!」
桜子先輩をはじめ、駅伝メンバーがどっとわいた。これが意外にも固くなった彼らをほぐしてくれたのは言うまでもない。
「ああ、もう!わかった!わかったよお!使わない。使わないって!」
「ほんまやな!もし、使ったらゆるさへんでえ!」
追っかけっこをしていた私と隆史であったが、急に隆史が立ち止まって動かなくなった。
「・・・どした?隆史」
隆史は五条天神川の交差点の端に突っ立って動かなかった。
「都大路・・・」
やっと隆史は一言つぶやいた。それを聞いた桜子先輩は隆史の肩をぽんと叩いた。
「そや、都大路や。五条通り。なんの変哲も無いただの道やのにな。駅伝になると「都大路」という晴れ舞台になるんや。花の1区、今里 五郎。アンカー7区、寺戸 隆史!お前等二人はここを走るんや。たのむで!」
「・・・わかってるって・・・」
しばらくだまって隆史がつぶやいた。五郎はだまったまま頷いていた。メンバー全員のこわばった顔はすでに消えていた。


※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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