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PROLOGUE 師走の京の朝


 冬の京都というのは底冷えがするとよく言われる。すり鉢状の京都盆地が冷えた空気を閉じ込めているからである。しかし、京都の本格的な冷え込みは2月頃であり、師走の今ではまだまだ序の口なのである。関西出身の私であったが、しばらく東京で暮らしていたためか、まだまだ「序の口の京の底冷え」はけっこう身に堪えたりしてしまっている。
 どこも師走といえば慌ただしいもので、どこからともなくピンと張り詰めた緊張感が漂っている。特に豆腐屋さんから立ち込める湯気が心地よく感じる。まさに京都独特の緊張感。ひょっとして、これは例の京の底冷えのせいなのかも知れない。
 私はそんなピンと張り詰めた師走の朝の空気を吸いながら、旅館のロビーで仕事道具のカメラのチェックをしていた。といっても大阪梅田の八尾富で買った中古のカメラだ。同じ仲間のカメラマンは報道専用のバスから撮影するのだが、走っている選手しか捕らえられない。または、中継地点のたすきを手渡す部分を狙う場合が多い。それ以外の選手達の生の姿をとらえることは希だ。編集部からはサポートを受けられない私は、他のカメラマンにそれを要望するのは不可能であった。ライターである私であったが、仕方なく自らファインダーを覗くことにしたのだ。でも、侮ってもらってはこまる。大学時代は陸上部の写真係として仲間の走る姿をカメラに収めていたのだ。しばらく写真は遠のいていたのだが、小畑川高校の駅伝メンバーと関わり、初めて彼らの写真を撮るようになった。だから勘は相当回復しているはずだ。
 愛機CANON EOS-1NにEF35-350mmLのズームレンズを取りつけた。今回はこれ一本ですますつもりだ。別にもう一台EOS-1Nのボディを用意しているがこれはあくまでも予備。今回はかなりシンプル。各中継地点の選手達を素早くとらえるため、レンズもズームレンズ一本に絞った。とてもレンズ交換している暇などないからだ。移動用にスズキのSX-200Rという4ストのオフローダーをレンタルで選んだのも、これなら取り回しが楽で機動力があるという理由だからだ。これで準備は万端。昨日の酒がちょっと残っていたりするが、体調もそれほど悪くない。

「あれえ?修平さん、気合いはいってるねえ」
 私の後ろからとぼけた声がした。黄色のジャージに身を包んだ寺戸 隆史(てら たかし)が眠そうな眼でつっ立っていた。
「なんや、隆史、まだ寝とったほうがえええんちゃうか?」
 私はファインダー内部を覗いて露出計の動作チェックをしながら答えた。
「ゆっくり寝られんかってん。修平さんもやろ?」
 隆史はどっかと私の横に座りながら言った。私は相変わらずカメラを覗いたままだ。
「まったく、桜子先生のいびきがうるそうて、うるそうて。隣の部屋にも聞こえるぐらいやで。どんないびきや。あれで一児の母やでえ。旦那さん、あんな女のどこに惚れたんやろ。よーわからんわ」
「桜子先輩は「鉄の女」やさかいねえ」
私は隆史の文句が不思議と心地よかった。歳は離れていても、同じ緊張感を共有する男だからだ。隆史は隆史で緊張している私を察して気を使ってくれているかもしれない。
「確かにトライアスロンやっとったから「鉄の女」やけどなあ。あの図太さにはまいったでえ。ちょっとは生徒に気いつかえっちゅうねん・・・」
「いびきのせいだけならいいけどなあ・・・。おまえもあんまり深刻に考えんと、リラックスしいや」
 私は諭すように隆史に言った。
「修平さんこそ、こんなに朝早く・・・」
「なに言うてんねん。昨夜は寝る前に一杯やったから、ばっちり熟睡や」
「へへへ、修平さんも図太さは桜子先生に負けへんね」
「当たり前や。この図太さは桜子先輩直伝や」
 私は隆史の前ではワザと強がってみせていたが、実の所、かなり不安だったのだ。酒の力も借りたのも、今日の一発勝負が失敗しないか、不安で仕方がなかったからだ。それは隆史も同じなのであろう。ある意味天の邪鬼といった性格は二人に共通した部分かもしれない。
「隆史・・・」
「ん?」
「今日はたのむで。俺の勝負もお前たちの活躍次第や。しっかり目立ってや」
 ごく自然に隆史への励ましの言葉が口からでた。いつもならこんな言葉なんかでないはずなのに・・・。
「なに言うてんねん。期待されても困るわ。こっちは一府立高校の弱小陸上部や。アフリカからの留学生とか金の力で強化選手集めとる名門私立高校とちゃうんやで」
「アホ!そんならなんでその一府立高校が予選で勝てるねん。偶然でもなんでもないで。それだけ実力があるっちゅうこっちゃ」
 今日の私は不思議だ。普段、嫌味しか言わない私だったのに、この場に及んでは素直になっている自分が気恥ずかしい。
「その一府立高校がダークホースってマスコミ連中が今頃騒いどる。今更遅いわ。早ようから目えつけとった俺のほうが先見の目があったっつうことやな。ははは」
 私は自慢げにいった。隆史は下を向いてだまっていた。カメラのマウントからレンズを外し、後玉にブロアで空気を吹き込みながら、声を絞って付け加えた。
「・・・ほんまにたのむで、隆史。お前等は桜子先輩が名づけてくれた「イエローギャングス」、黄色い強盗団や。鼻高々な名門校を翻弄したってや・・・」
「は・・・、物騒な名前やで・・・・」
 下を向きながら隆史は笑った。そうして、こう付け加えた。
「・・・・こっちもたのむわ、修平さん。俺等をカッコよお撮ってえや」
「・・・おう!」
「んで、編集部の連中の度胆ぬいたるんや・・・」
「まかしとき!」
 なにも怖いものは無かった。最愛の女房から三行半をつきつけられた私だ。もうこれ以上なくす物はなにも無いのだ。
「・・・ほんまに、朝はようから、なにをごちゃごちゃと・・・」
 目の前の階段から寝癖のひどい女性が一人寝ぼけた顔で降りてきた。
「ありゃ、「鉄の女」を起こしてもうたわ・・・」
「「アイアン・レディ」やゆうとるやろ、修平!」
 私の言葉にあくびをしながらボケた突っ込みをする桜子先輩だった。どかっと、我々の目の前に座ると、キッと隆史をにらみつけた。
「隆史!大事な本番の前やから、よう寝ときい言うたやろ!まだ、6時やで・・・」
「・・・せんせが寝かしてくれへんねんやろ・・・ったく・・・。なにが「アイアン・レディ」や・・・・」
あきれ顔で隆史はため息をついた。

 こうして、京都府立小畑川高校陸上部駅伝チーム9名と物集女 桜子(も さくらこ)教諭の決戦の朝は少し騒がしくやってきた。



※この物語は著者の体験を一部取り入れたフィクションであり、
実在の人物、団体等とは無関係です。

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