我々は客観的に世の中を見渡すことはできない。ならば、小さな穴から覗いた世界について主観的に人生を考えようという哲学が穴学である。穴学においては哲学と宗教はほぼ同義である。それは自分を中心に世界を観ているからだ。だから、他人がその世界感を否定することはできない。すべての人が異なる穴から世界を覗いているわけだから。穴学のよいところは自分以外のすべてを同等に観る事ができる点である。おおよそ一般的な哲学や宗教は人間とその他というようにある特定の集団を特別視せねばならない。しかし、穴学においては自分とその他すべてにわかれており、人もゴキブリも石であってもすべてが同等な存在なのだ。個人こそが究極の少数派であり、個人以外は究極の多数派である。それは自分も他人からみればその他の一部でしかないことを意味する。自分を観察者として世界から除外することで、何者をも特別視することのない世界を築けるのである。
第一巻『教の書』
本書は教育の意味を考えるための書であり、哲学の入門を目的とする。人が人たるには教育が必要である。であるから、本書が初めの書である。
第二巻『人の書』
この書は他者との関わりについて客観的に理解するための書である。主観的な理解は終の書で行う。本書に記載されている内容は個人で考えると当てはまらない場合もでてくる。それは、客観的観察はマイノリティではなく、マジョリティにスポットが当たりやすいからである。が、マジョリティを知らずにマイノリティを理解することはできない。人類の傾向を知って、己の道を探すべきなのである。
この書には章という単位はない。なぜなら、全体が1つの塊であり、一部だけを抜きだすことは誤解を生じやすいからだ。それだけ、客観的見解というのは個々人の主観とのずれが大きいものなのである。
第三巻『終の書』
本書は生と死の意味を考えるための書であり、哲学の最終章にあたる。
第四巻『天の書』
本書は人のための書ではない。よって、おそらく普通の者には正しく解釈できないだろう。この書の真意がわかるようならば、あなたの穴学は完成しているはずである。この書は哲学書ではない。しいていうなら宗教と同等である。宗教には理屈はない。個人の直感から産出されるものである。だから、解説はない。論理ではないのだから。