August 4, 2022


IGS中小企業論オープンゼミナールについて

(10年ぶり再改訂版)

 

 
重要なお知らせ

 IGS中小企業論オープンゼミナールの開催等をお知らせする掲示板が、下記に移行しました。

 アメブロ:IGSオープンゼミ



*以前の、teacupはサービスを終了しており、接続できません。


 この「解説」改訂版を記してから、早10年以上が過ぎてしまいました。
 いくら何でも、更新しないといけません。  

 「IGS」とは、「Inter Graduate Schools」のつもりでつけました。もっともそんな英語はありません、私製ですが。
 
 要は、「中小企業論およびこれに関連する諸分野の研究を志す、若手研究者を中心にした、自発的な発表と討論の機会」ということです。「若手研究者」「自発的」などと言いながら、私のようないい歳のジジイがアレンジをしているんじゃ、看板に偽りなしどころじゃないので、数年前から、ずっと若い世代にアレンジのバトンタッチをお願いしております。私は単に言い出しっぺということで。

 
 

 こうした場の始まりは、1996年頃からだったでしょうか。私の前々任校/駒澤大学で大学院課程の授業を持つようになったのですが、なにせ一年次の入学定員が研究科5人などという寂しい世界で、そこに専門性志向性の違う学生が少々いたところで、ほとんどお互いに学問上の話をする機会もない、実にこれはまずいんじゃないかと思ったのでした。もちろんそれじゃあ刺激もありません。

 
 自分自身の過去を振り返りますと、「大学院」と名のつく場にあきれるほどの長居をしていながら、こんなに不勉強で、また教師から学ばない人間は当時でも珍しかったのじゃないかと、今さらながら恥ずかしきことのみ多かりき、「いまは反省の日々のみ」です。しかしそれでも何か自分で得たことがあるとすれば、それはおもには院生同士の授業やそれ以外の場での、公式非公式なんでもありでのいろいろなやりとり、議論、風論、雑談、酔談、そういったもろもろだったのじゃないかと思うのです。私たちはいわゆる「団塊の世代」でしたから、同年代の院生の人数もかなりなものでした。入試を含め、競争もありました。そうでなくっても、いつも「あいつに負けている」、「がんばらなくちゃ」という競争心と焦りと、「ここでいいところを見せたい」という願望と、そういった緊張感の中にあったことも間違いありません(その割には私は勉強しなかったけれど)。ま、今風にはまさしく「競争と協調」の世界です。
 
 私はよけいなことにも数々手を出し、在学中に大学院自治会の常任委員と委員長を務めました。そのおかげで、ほかの研究科の人たちとなにかにつけ話などできたことは、これまたいい刺激であり勉強であったと言えるかも知れません。
 それに、私の指導を受けた先生たちは、「あの時代」であればこそ、教場において今さら学生に「高説を垂れる」ということにはお互いになにか抵抗感があったのでしょうが、「現場に出て調べてくる」ことの大切さ、その先頭に立ち、足を運び、多くの「現実」から学んで来るという姿勢においては文字通り数え切れないほどの機会と教訓を与えてくれました。院生たちは協力して調査チームを組み、あるいは学部学生のチームを率い、日々奮闘を重ねていました。この経験は今日に至るまで私のもっとも貴重な財産となっています。そういう中で日常的に、院生同士のやりとり、議論、雑談の数々も重ねられていたのです。

 

 そんなわけで、自分自身が「指導をする」立場になると、なによりこうしたさまざまな交流・やりとり・刺激が大事じゃないかと痛感をし、院生諸君には学会などをはじめ、あらゆる機会に積極的に出て行って、大いに学んでくることをおりあるごとにすすめるようになりました。未熟や不勉強を恐れていてはいけない、それを自覚できること自体がだいじなのだと、かっこよく語ってきたものだと記憶します。自ら学ぼうとしないものが学問をできるはずはない、しかしその学ぶ意味、学び方、学問として共有できるもの、それらのすべてを教師が教え込むことはできない相談ですが、同年代の感覚と経験と思いをともにするもの同士、さらにともに汗をかき、なにかをなしていく仲間同士であれば、得られるものはむしろ非常に大きいのではないかと感じるのです。
 
 そのために、駒澤大学大学院での授業の場を積極的に開放し、他大学のひと、すでに大学院を終えたひとなど誰でも歓迎、あるいはゲストに来てもらい、文字通りのオープンゼミというかたちで場を設ける、そうしたことに私はつとめてきたと記憶します。幸い院生の人たちも協力的で、ほかの大学などの人たちにも積極的に声をかけ、あるいは自分たちで勉強の場をつくろうと努力してくれていました。

 

 けれども2000年に私は横浜国立大学に転任することが内定し、いままで接してきた院生諸君にはちょっと申し訳ない事態になりました。翌年度一年間は学部の授業を含め、二つの大学の職を兼ねるようなかたちになり、担当する両方の大学院授業の場を引き続き開放するようにはしましたが、幾分こうした自由な交流という点では停滞をしたことも否めません。
 その翌々年度、2002年度からは本務校での授業に専念することになり、腰を落ち着けて教育の姿をしっかり作っていけるようになりました。ここであらためて案を練り、いままでの経験を具体的なかたちで生かしていこうと、「自主ゼミ開催」という計画を実行に移したのです。ただ、悩みはなにより、次の勤務先の大学は前に比べずっと交通不便なところにあるため、通常のウィークデイの授業を開放して、ほかの大学等のひとにも参加してもらうというのはほとんど無理であるという現実でした。前々任校は交通の便だけはよく、都心部から30分くらいで来られるという地の利があったので、なにかといろいろなひとに参加してもらうことができたのですが、そうはいきません。
 
 次善の選択は土曜日の利用でした。今度の勤務校は「国立大学=お役所」であったので、土曜日はすべて休み、建物は施錠されているというまた新たな障害が生じたのですが、そこは我慢と工夫で解決していくしかありません。土曜日にはほかの学会や研究会の会合が多くあり、どうしても重なることが避けられないのも十分承知のうえでした。ほかに解決策がない以上、土曜日に開く以外の手はないのです。

 
 そんなこんなで、悩みはつきまといながらも、2002年度から「IGSオープンセミナー」という看板を掲げ、広く参加を呼びかけながら、こうした場をあらためてスタートさせました。幸い、今度は私の指導担当の院生の人たちも年を追うごとに増えてきましたし、「大学院大学」である以上、同じ学内の院生がおりあるごとに顔を出してくれますし、さらに遠路はるばる参加してくれる熱心な若手研究者たちの協力は実にありがたいことでした。以来、この場は続き、数えればずいぶん多くの研究発表と議論が重ねられてきたと言えましょう。ほかの大学の院生などのひとのうちには、関東圏だけなく、遠方の地方、関西や中部や中国四国などからもわざわざ来てくれるひとも何人もおり、これはもう申し訳ないというか、頭が下がるばかりでした。その交通費などの費用はすべて自弁をしてもらっているのですから。
 
 この機会はわが研究室の院生諸君はじめ、多くの人たちにはいい勉強と刺激の機会になってきたと思います。しかしもちろん一番勉強になっていたのは、実は私自身です。若い人たちの新鮮な意欲と問題意識と最新の勉強ならびに研究の成果を普段に学べる、こんなありがたいことはありません。ちょっと申し訳ないような、後ろめたいような思いもあったのですが、そこはそれ、「自由な交流の場」なんだからと正当化するしかありません。会を終えるごとに、どこかに繰り出し、渇いたのどと空いた腹を満たし、飲食団らんをともにしながら情報交換と闊達なやりとりができる、これはもう、あるいは若いひとたちにはちょっと迷惑かも知れないのですが、いまに至るまで、私には一貫して楽しみになっています。



 その後、上記のように横浜国大常盤台校舎が交通不便なこともあり、この「オープンゼミ」を開催する場所も、協力をくださる皆さんのお申し出に甘え、あちこちとそのつど変わりました。慶大三田、法政大、高千穂大、跡見学園女子大、東京経済大などです。古巣駒澤大に戻ったこと、また新宿区高田馬場創業支援センターといったところをお借りしたこともあります。
 もちろん、私自身が2012年で横浜国大を定年退職し、嘉悦大学に勤務することになったので、花小金井の校舎で開催することもありました。

 このようにあちこち渡り鳥となりながらも、ともかくこの「オープンゼミ」は続いてきました。いろいろな方々が、それぞれの研究成果と新たな議論を持ち寄り、活発な討論が展開される、そのつど「老いも若きも」、常連の方、初参加の方、久しぶりの方など、顔ぶれも豊かで、誠に楽しい交流と討論と団欒のときとなってきました。


 この間、私もいい歳となったところを察し、「次の世代」の人たちが会のアレンジや場所の設定などを担ってくれるようになりました。ある意味「理想的に」自主ゼミのかたちになってきたのです。

 ただ、その責務の一端を引き受けてくれた川名和美さんは重い病を得、2017年4月には若くして斃れました。誠に悲しいことであり、いまはただ、高千穂大でのオープンゼミ開催の記憶をよみがえらせるのみです。


 現在は山本篤民さんが開催のアレンジをしてくれ、会場も勤務先の日本大学商学部校舎を提供くださっています。ありがたい限りです。



 
 不幸にして2020年度は全世界を覆ったパンデミック禍のために、各大学の授業等はもとより、あらゆる会合や行事がことごとく開催できない、中止を余儀なくされるという、かってない状況になりました。ために、当オープンゼミも一年あまりにわたり中断という結果になりました。ひとがひとと出会い、対話し、議論をし、交流しあうことができない、なんという不幸な状況でしょうか。

 それでも、本当におかげさまをもって、これからもまだIGS中小企業論オープンセミナーはなんとか続けていくことができそうです。とりあえずは2021年度、山本さんの尽力で、「リモート開催」であっても、機会は設定できるということです。やはり研究発表と討論の場が「続く」ということだけでも、大きな意味がありましょう。




 以下は、この場に寄せる私の個人的な思いです。

 いまの若手の人たちは、ますますつよまる「成果主義」「点数主義」の傾向のもとで、ともかく「論文何本」「学会発表何回」といったことを競わなければならなくなっていることを否定できません。そうしたことも必要だと思うのですが、同時にもっと自由で肩肘張らない場がやはりだいじになっていると考えるのです。


 学会という場をもっと若手の人たちに開放し、その発表とともに研鑽の場とすることも一つの考え方でしょう。実際、私は1998/99年の在外研究の機会に、英国の学会が長年にわたり、若手研究者の育成に非常に努力をし、その成果が着々と上がっていることをつよく実感してきました。Doctoral Dayといった研究発表と研究指導をかねた場の設定などその典型でしょう。日本の学会でもそうしたことを取り入れつつあるところも現れています。
 
 ただ、やはり「若手後継者の育成」というのは普段の授業やそれ以外、この「自主ゼミ」の場のようなところにあるのではないかというのが私の考えです。いまの我が国では、学会という名が付けばどうしてもかなり堅い、相当の「覚悟」を決めて臨む場となりがちであり、実際にそれが「業績カウント」されるとなればますますその傾向を強くします。それもだいじだけれど、もっと自由で、気構えなくて、どんどん積極的に発表したり討論したりできるという場のあることも意味あるのじゃないか、これが私の実感であり思いです。

 

 ですから、私はあくまで、「オープン」であること、「自由で自主的な参加」に支えられていることにはこだわります。研究会といった組織にして、運営体制や会員制度を決めて、会費をとってなどとはしたくありません。いまできる範囲で、お金をかけないで、簡単に会が開ける、来るも自由来ないも自由、義務とか業務とか記録とかさえもない、ご本人のお申し出で発表の機会、それがたまたま重なればまあ先着順、それでいいじゃない、このいい加減さは守りたいのです。インターネットのおかげで、たいした労力もかけず、お金もかけず、開催のアレンジと通知はできますから。

 
 その意味では、この場は「指導する、される」というところでもありません。これを「先生の指導を頂く場」にしてしまっては「自発的な発表と討論の機会」の看板が泣きます。自身がもう老人であることを私も認めねばなりませんが、「気分だけ」若手新米のつもりで、ときには発表もさせていただく、素朴な疑問や感想も口走り、ともにもかくにも、この場では私も勝手なことを言ったり言われたりしている、そこが「いいところ」なのじゃないでしょうか。ほかの参加者の皆さんも同じだと思います。

 

 「IGSオープンセミナー」はこれをご覧になったひと、中小企業研究と関連する分野の研究を志すひと、中小企業行政や経営、組織、運動などにかかわる仕事をされ、研究面での議論にも参加したいひと、自ら「若いと思う」ひと、遠慮なく加わってきてください。なにより、「自発的な発表」に支えられていますので、研究発表などしたいというひとがいませんともちません。



☆今後のIGSオープンセミナー開催関係の件は、下記の掲示板をご覧下さい。

  掲示板(移行済み)



☆20年近くにわたる、このIGSオープンセミナー開催という試みの、私なりの意味づけと経験について、私三井の回顧対談のなかで言及をいたしました。p.51以降です。
「対談 日本の中小企業研究 学会の国際化の道を拓く 「第三世代」学術的リーダーの使命感」(長山宗広氏との対談)『商工金融』2020年5月号(一般財団法人商工総合研究所刊)

 ご関心ある方は、お暇の折にご笑覧ください。



(2005.1.30記/ 2009.4.23改訂/ 2021.5.9全面加筆改訂/2021.5.21加筆) 




☆これまでのIGSオープンセミナーの内容記録の一覧を更新追加しました。これで足かけ20年の全記録になります。

 ただ、基本「掲示板」に記された予告をもとにしておりますので、当日の題名変更追加などはカバーし切れておりません。ご容赦下さい。また発表者の方々の肩書きなどは、当時のままです。


 訂正箇所などありますなら、三井宛にご連絡をください。

 2016-2019年度の記録表

 2011-2015年度の記録表

 2009-2010年度の記録表

 2008年度の記録表

 2007年度の記録表

 2006年度の記録表

 2002-2005年度の記録表

*2020年度は「コロナ禍」のために、オープンゼミは開催できませんでした。


 2021年度の記録表  [2022.6追加]