レクイエム(鎮魂の文集)2
[配偶者、妻との死別]

奥様(妻)を亡くした夫の文集






癒しの広場







奥様(妻)を亡くした夫の文集

天国の君へ

晴ちゃんへ。君は突然旅立ってしまったね。いつも体の調子が
悪いと言っていたけど、まさかこんなに早く逝ってしまうとは。

あの日、「熱いよ」といって眠りについたきり、もう二度と話す
ことはなくなってしまったね。朝、呼びかけても起きない君を
必死で病院に運んだよ。でも、それから1日で旅立ってしまった
ね。
本当に悲しかった。苦しかった。情けなかった。寂しかったよ。

でも、晴ちゃんはつらくなかったかな。今は、もう体調が悪いと
悩むこともなく、ゆっくりできているね。もう大丈夫。これから
もずっと僕が守っていくからね。
いつも君はやさしかったね。そしていつも笑顔で話してくれた。
それが、どんなに僕の心をあたたかくしてくれたか。

ありがとう。本当にありがとう。寂しいけど、君と出会わない
人生の方が寂しいから、これでよしとするよ。

僕の魂は君が旅立った日、一緒に旅立ったと思っているよ。
だから、ずっと一緒だよ。

でも、あと少し、こちらで、思いっきり生きてくよ。今度は、
僕の体に晴ちゃんも一緒に入って二人で人生を楽しむんだよ。

僕の体は一人のものじゃないよ。だから大切にして一生懸命
生きるよ。
一緒に頑張っていこう。そしてありがとう。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

100の言葉に感謝

 妻が死んで、8ケ月たった。すい臓がんだった。告知されたの
は平成19年3月。死亡したのは平成21年5月。
 その間、妻は不治の病と闘う目標を「2年間は生きる」と掲げ
た。理由は、私の定年退職が2年後だからである。

 5年間の生存率が10%未満で、しかも妻の場合は末期。医師
は、余命1年から1年半と予想した。
 治る見込みはないものの、生きれるだけ生きたい、だから、ど
んなつらい治療にも耐えて見せる。そう決意して闘病生活を送っ
ている妻には、正直頭が下がった。

 私は、できるだけのサポートはした。しかし、いつ妻が息を引
き取るかわからないという不安は、私の心をうつ状態にした。眠
れない夜が続いた。腹に大きな穴が開き、その中を風が吹き抜け
るような空虚感・・・。

 そんな中、出会ったのが「100の言葉」。
 まだ妻は生きているのだが、この文章を読みながら、私自身の
心の平安を感じた。もうすぐ妻は死ぬのだ。しかたないのだ。自
分はどうしたらよいのか。なにしたらだめなのか。

 ノートに書き写しながら考えた。何度も何度も書き写した。何
十枚も。
 妻は、自分が死んだら夫である私が自立した生活がやっていけ
るか非常に心配していた。日ごろ、家事などは全部妻にまかせっ
きりだった私は、正直いってなにもできない。

 まず、自分の生活を自立したものにしようと決意し実行していっ
た。100の言葉にはげまされた結果である。
 煮物を作って病院まで届け、味見してもらった。だんだん家事
がすきになっていった。退院した時は、洗濯物のたたみ方や、季
節ごとの衣類の収納場所の確認、庭の手入れの方法、かんたんな
料理のてほどきなど、妻から習うことは山ほどあった。

 まだまだ、妻には及ばない。あともう少しは習いたいと思って
いた、平成21年4月3日、8回目の入院が決まった。「もう最
後になるかもしれない。家に帰れないかもしれない。」という言
葉を残しながら妻はじっと私を見つめた。

 今、私はなんとか平安に生活している。さすがに第2の就職は
できずにいる。日常生活をきちんとやっていくので精一杯で、お
金をもらう仕事にはつけそうもない。
 毎朝、仏壇に健康な私の姿を見せるのが仕事である。



【男性、60代〜】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

自分の命より大切な洋子ちゃんへ

洋子ちゃん、僕の命より大切な洋子ちゃん、あなたが逝って
9ヶ月になりますね。

病気 本当に辛かったことでしょう。最後にきっと僕の名を
呼んで助けを求めたんだろうね。ごめんね。

幸せにしてあげられたかな?それを思うとただただ涙がこぼれ
ます。たった一つ、僕が残って君を送り出し、君をこの世に
一人で置いていかなかったことだけが、僕の最後の奥さん孝行
です。

あと10年、20年、30年後に僕が死ぬ時が来たら、どうか
『のぶ、よく頑張ったね。偉いよ』と言って迎えにきてね。
そしてまた洋子ちゃんに抱きついちゃうから。その日を楽しみ
に頑張るから、あとほんのチョッピリ僕を待っててね。

                 僕の洋子ちゃんへ



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

今日という日に

君が遺していった日記を開いてみました。

でも全部を読み返すことはできなくて、まだ時間が要るようです。

君は先に逝ってしまったから、君の気持ちを疑った時もあったの
です。

でも、日記に在るのは 私へのありがとうの詞ばかり。

何もできず、何もなさずの私が、それでも愛されていたのだと
思うと本当にうれしくなりました。
君は姿こそありませんが、今でも私をこんなに穏やかにさせて
くれるのです。

それなのに、私は相変わらず詫びてばかりですね。
君だって ありがとう と言ってもらったほうがずっとうれしい
よね。


こんなことに気が付くまで五年もかかりました。


いつも愛してくれてありがとう

いつも気付きをくれてありがとう

大切な思い出をありがとう

そして、これからもよろしくね。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

愛するタカちゃんへ

突然逝ってしまったタカちゃん。

毎日のように亡くなったお母さんに「会いたい。会いたい。」っ
て言っていたね。

いつもお母さんがご飯を作ってくれる夢を見て、
食べる直前に目が覚めてしまうって泣いてたね。

もうお母さんに会えて、お腹いっぱいご飯を食べられたかな?

京都の鈴虫寺に「願いが叶うお札を返しにいかないといけないの」っ
て言っていたね。

「どんなお願いしたの?」って聞いたら
「もう願いは叶ったから教えない」って恥かしそうにしてたけど、
僕にはなんのお願いか分かっていたよ。

もっと優しくすればよかった・・・
もっと大切にすればよかった・・・
もっと口にだして「愛してる」って言えばよかった・・・
もっともっと・・・

後悔ばかりで、泣いてばかりだけど、
あなたなら「男でしょ。クヨクヨしないの!」って言うと思うから
もう泣かないね。

これから前を向いて生きていきます。

あなたの好きな「esq」のコンサートにもかかさずいくね。
ファンクラブの会員b烽サのままにしておくからね。

あなたが好きだった「失った日々」毎日聴いてるよ。
悲しい歌だけど、エンドレスで聴いてます。

それと平井堅さんの「君の好きなとこ」もヘタだけど、カラオケで
何回も何回も歌ってるよ。

タカちゃんは歌が上手かったから笑ってるだろうね。

いつまでも僕の心の中にタカちゃんはいるから、
寂しくないよ。

大丈夫だよ。

だから、未来に向かって進んでいくね。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

ソウルメイトIII

…又この季節が来ました。

…キンモクセイ薫るこの時期。

…あの頃の事が鮮明によみがえります。

3年前の今頃…
肺に転移した病魔に呼吸を支配され…
入院した妻はそのまま僕達家族を残して…

レクイエムへの投稿はこれで3度目。
愛妻を亡くした同じ境遇の人を探してこのサイト
『奥様を亡くした人の文集』に辿り着き
何故か少し癒され、こうして彼女の命日が近付くと
胸の内を明かす事により自分を慰めています。

悲しみが癒えるまで。
想い出に変るまで。

…投稿された皆様やサイト管理者様に感謝します。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

本当にありがとう

祐子へ

3年前に胃がんで胃を全摘して、最初の頃は食事をすると
しばらく横にならないと辛くて、大変だったよね。慣れて来ると
普通に食事ができる様になり、好きなテニスもできる様になり、
もう大丈夫かなって思ってた。


去年、お腹が張るって言い出して、転移が見つかってからは
抗がん剤や放射線治療で本当に辛かったよね。髪の毛もまつ毛も
抜けて行くんだもん、大変だったよね。
血液検査の度に腫瘍マーカーの値が上がって行き、折れそうに
なる気持ちをなんとか堪え、前向きに頑張っていたよね。

約1年そんな辛い日々を本当によく頑張って耐え抜いたよ。
俺だったら半年も頑張れなかったと思う。

今となっては、もっと身体をさすってあげれば良かった。
背中をもんであげれば良かった。むくんだ足をマッサージ
してあげれば良かった。もっともっと抱きしめてあげれば
良かったって思う。


最後に入院した時、二人きりで病院で過ごした夜に水が飲み
たいって言って、何回か水を飲ませてあげた事。
抗がん剤で味覚が少しおかしくなっていて、甘い物がいいって
言ってポカリスウェットをあげたらおいしいって言って
くれた事。明け方に、また水を飲ませてあげた事。
すべて鮮明に記憶に残っています。二人きりの大切な時間
だったから。

亡くなる日の午前中に諒くんが塾に行く前に寄ってくれて、
自分の意識がはっきりしなくてわからなくなってたのに、
諒くんって何回か呼んでくれたね。その後、お姉さん夫婦が
来てくれた時には、ろれつが廻らなくて御免ねってやけに
はっきりとした意識で言ってたね。
お姉さんに諒くんは?って聞かれて、諒くんは塾って得意げ
に答えてたね。よっぽどうれしかったのかな。

午後になって容態が急変して、最後っていう時にちゃんと
ありがとうって言えなかった。泣いた姿を見せたら、祐子が
悲しむかと思って最後まで泣くのを我慢してた。

祐子が旅立った時に、本当にありがとうって言ったけど、
ちゃんと届いたかな?
生きている内にちゃんと言った方が良かったのかな・・・。


これからは、まず諒くんを立派な大人にする事と、
お義母さんが寿命をまっとうできる事と、
自分の残りの人生を祐子の分まで2人分生きて行く事。

高いところから見ていてね。

祐子、本当にありがとう。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

天国の由紀へ

君と初めて出会って何年,いや何十年なのか?
中学の同級であり大学の同級なのに付き合いはなかったね。
社会人になり久しぶりに逢い’遊びに行こう!’から始まった
君との人生。結婚をして、子供にも恵まれ苦しいながらも
二人働いて頑張ったね。子供達も大きくなりもう少しで
手が離れるとの矢先に君に病魔が襲ってきたね。

もっともっと二人で行きたい所があったのに
もっともっと二人で楽しむはずだったのに

半年間と言う命のスパンの中、後悔しない様にと行動しても
もがき苦しみ一喜一憂した日々だけが思い出されるのはなぜ?
お見舞いに来る人来る人にありがとうを言ってまるで悟りを
開いているみたいに。2回目の痙攣が起きた時薬を打とうと
しても君は断り最後の言葉は”頑張る”だったね。

子供達にも君の最後の生き様を見せたね。
そんなに頑張んなくていいのに、
もっとわがまま言って良いのに。

君が言った言葉”死は怖くないと言えば嘘になるけどでも
今はぜんぜん怖くないよ。だって良い家族に恵まれ、
良い友達に恵まれ幸せだったし”

そんな言葉を残し一人だけ行くのは辛すぎる。
もう少し、もう少し思い出の中に居させて下さい。
立ち直るから
もう少しもう少し泣かせて下さい。
元気になるから。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

愛する妻 陽子さん

4月13日に元気な姿で手術室へ行った、しかし翌日病院から
呼び出されて行った時には息絶えたあなたの姿・・・

医師から死亡宣告をされ泣き崩れてしまい只流されるまま今に
至りました。まもなく四十九日が来ます。

医師の呼び出しがもっと早い時間だったらあなたを失うことは
ないことを知り病院に憤りを感じあなたとの思い出に涙を流し
ながら霊前に語っています。

結婚して30年目、52歳という若さ、そしていつでも明るく
老けない、あどけない顔、振る舞いが長く愛し続けてこれたと
思う。

家族が大好きなあなた、いつも私の健康に気を使ってくれたあ
なた、ただそばににいてくれるだけで私は幸せでした。そして
いつでもあなたのことが大好きでした。

毎日あなたの夢を見ますもう夢でしか会えないのが悲しいです。
出来ることならもう一度あなたに会いたいそう思って日々生活
しています。

大好きな妻 陽子さん また会いたい・・・・・・
もっとそばにいて欲しい。



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

幼馴染のスーちゃんへ

桜が散った後の5月、やっと一周忌が終わりました。
子供が大好きで、私を子供としても可愛がってくれたあなたは
こどもの日に逝きました。

自分ではわからずに、呼吸が辛いだけで”もう機械をつけて”
とあんなに嫌いだった最後の言葉を言ってお別れでした。
子供達や私の見守る中で意識がなくなりました。

幼馴染でずーっと手を繋ぎながら生きてきた二人でしたが、
入院してからは最後まで”ありがとう”とは言えませんでした。
意識のある時に、最後に今までよりも何倍も気持ちを込めて
言いたかった!
病気のため、これが最後・これが最後と言いながら世界中を
駆け巡りました。晩御飯の用意も手を繋いで買い物をしていて、
いっつも新婚気分でした。貴方と来ると余計なものを買うから
と笑顔で睨みながらも手は離しませんでた。
何度でも伝えたい!楽しかった日々を心からありがとうと。

あの時まで精一杯してあげられて私は悔いはありませんが
夢にも出てこないあなたが本当にいとおしい。

この一年何箱のティッシュを濡らしたか・・でも今はもう
思い出と割り切れるようになりました。あなたが誰にも負けない
あの素晴らしい笑顔で、私の心の中を消えることなく照らし
続けてくれているからです。

あなたと私の子供達も立派に生きているし、私も負けずに
元気に生きて行きます。
あなたや子供達のような素敵な笑顔が出来るようになるのが
私の生きて行くターゲットです。

大好きだったバラの花は何時も飾ってあげようねスーちゃん。



【男性、60代〜】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

ちーチャンへ

 私が、ゴールデンウィーク(2009年)は、久し振りに休めると
言ったら、「北海道の余市へお母さんのお見舞いに行く」と心
に決めたのは、4月の上旬でしたね。

 それから、腰や背中の痛みをこらえながらの日々を過ごし頑
張りましたね。

 痛みがどうしても耐え切れなくなり、4月27日に入院して
から、毎日が辛く永かったでしょうね。

 痛みを代わってあげることが出来なくて、ごめんなさい。

 GW期間中、毎日病室で一緒に食べたご飯とおにぎり美味し
かったよ。私の作った味噌汁とご飯はどうでしたか?フルーツ
は、余市のふるさとの味がしましたか?

 5月6日お昼に先生から危篤の電話があり、病院へ駆けつけ
てから夕方までの時間はほんとうに早かったよ。

 私の手を握りしめたまま他界したちーチャン、喧嘩もしたけ
ど19年間の想い出を本当にありがとう!

 この次は、もっと丈夫な身体で生まれてきてください。

 ありがとう、そして愛してました。



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

有加さんへ

あれから3年と少し。月日がたつのは早い。
でもこころはいつまでたっても晴れない。
気力も沈むばかり。
有加さんはどうしてるんかな。。

一人は寂しいね。人生の道を変えるのは難しいね。
毎日ため息ばかり。。どうしようもないよ〜。
どうしたらいいんだろうね?
教えて。



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

愛するユカへ

51回目の誕生日に入院するなんてね。でも、病室が綺麗
になっていて良かったね。

ここ何年も誕生プレゼントなんて贈っていなかったね。こ
れが最後のプレゼントになるなんて、3ヶ月前には夢にも
思っていなかった。でも、医者が言ったように余命2ヶ月
は動かしようのない運命だったんだね。必死になって運命
の歯車を止めようとしたけれど駄目だった。

今思い出すのは車椅子のユカの姿、ベッドでお休みの挨拶
をしたユカの声。もっと、いろんな話をすれば良かった。
でも、それは最後のお別れを意味しているようで、「早く
元気になって」というのが精一杯だった。

結婚して10年はあんなに仲が良かったのに。いつの間に
か冷めてしまって、それもこれもオレのせい。ゴメンネ、
ユカ。オレがもっと広い心でユカを受け入れていたら・・
もっと、ユカを力いっぱい愛していたら・・・、もっと良
い夫婦になれたのにね。でも。入院してからは、お互いに
新婚の時の気持ちに戻れたと心から感じていたよ。

ユカがあんなに家に取りに帰りたかった結婚指輪。やっと
指に嵌めて安心してそれで逝ってしまったのかい。
大事な指輪。オレはこれを心の支えにして生きていくよ。
ユカ ゴメンネ。 ありがとう。
                                    ヒロ



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

今日という日に


今日という日に、今の気持ちを整理してみたいとおもったよ。

4年の間、一番うれしいことは、君を変わらず愛せていること…

つらいこと…やっぱり君を変わらず愛していること。

うれしいことも、つらいことも、君と私をつなぐ大事な糸
だから、とても大切に思っています。

君は私の人生の歴史の大きな一部で、私も、君にとって
そうであったと胸を張りたいのです。

もういいだろうと言う人もいます。
話題にもしない人もいます。
私を怨む人もいるでしょう。
君を過去に追いやる人もいるでしょう。

どうか…
気が済むまで精一杯愛せ と言ってほしい。
今日ぐらい、君のことを誰かに聞いてほしい。

君が身を持って与えてくれたこの痛みから、何か気づきを
得なければならないと切に思っています。

4年間、君に詫びてばかりいました。
もう一度、君に愛される人になりたい。

だから、最後のごめんにします。

ごめんね、君を手本に、本当の優しさを学びました。

どうか、これからも、変わらず愛することは許してください。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

ソウルメイトII

ソウルメイトII

尚美・・・・。
君のいない「19回目の結婚記念日」を子供たちと祝ったよ。

俺は又ひとつ歳をとった。
でも俺の中の君はあの日から歳をとらない。

・・・熱い恋愛時代の4年間・・・人生のパートナーとしての
17年間・・・。
今でも様々な場面での君が俺に逢いに来てくれる・・・時には
夢の中、時には空想の中。

初めて出会った日・・・初めてのキス・・・初めて結ばれた日
・・・
親になった日・・・子供の入学式、卒業式・・・。二人で一緒
に経験してきたね。
これからも一緒に歳をとりたかった。

時々、君が生まれた頃からのアルバムに目を通している。
改めて君の全てをむさぼり集めているんだ。

こんなに想っているのに会えないなんて。
どうしようもない寂しさに包まれ、途方に暮れる時がある。

喧嘩をしたあの日。冷たくしたあの日。
もっと「ああしてやりたかった」「こうしておけば」・・・想
い返しては胸が詰まる。

君の好きなものが目に付くと、つい買って帰る。
お花や、食べ物、飲み物・・・今更遅い。それらはお供え物に
しかならない。
なぜ生きてた頃にもっとしてやらなかった。

あれから2年。・・・もうすぐ三回忌を迎える。
毎年・・・君の誕生日じゃなく、年忌を迎える事が悔しい。

今年も「ピンクリボンウォーキング」歩いてみるよ。君が歩い
た道を。

・・・時は俺の心を癒してくれるのだろうか?・・・

約束したよね・・・「来世は、最後まで添い遂げよう」
・・・その約束を頼りに・・・



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

愛するけいへ

けい、お前が居なくなり五年が経とうとしています、スキルス胃
がんで余命三か月といわれ、お前にはただの胃癌だから治るよと
・・・、今でもこれで良かったのかは、分かりません、お前につ
いた一世一代の嘘、きずいていたかな?

でも、みんなのお陰で二年と四か月がんばりましたね。お前は胃
の全摘手術から週一の抗がん剤の点滴、食べ物の制限、抗がん剤
の副作用、最後の二か月の入院の時の食事が全然できない苦しさ、
いつも笑顔で、ごめんねって言って、周りの人のことを最後まで
気使って、なんでこんな天使みたいな人が・・・、神も仏もある
ものかと思いました。

最後にこん睡状態になった時、覚えてる、また、結婚式して、新
婚旅行行こうねって、耳元で囁いたら、涙流して喜んでくれたね、
だから再婚はできないんだよね、二回もけいと結婚したんだから、
けいはいつまでも俺の嫁さんだから、最後に子供達も元気です。
みーも今年20歳になるよ、病気も大丈夫みたいです。

俺があの世に行ったら、必ず見つけてね、また会える日を楽しみ
に生きていきます。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

愛しい君へ

君が居なくなってから早いもので半年以上経ちました。出会いは
自分が好きになって告白をして、やっと振り向いてもらって、そ
の後は毎日ずっと一緒にいたね。色々な事を話をして、お互いを
大切に思って、二人で一緒に居るのが本当に自然に思えて全然嫌
じゃなかった。運命でめぐり合った二人だねって話をしたことも
あったね。

出合って2年後に結婚をして6年が経った。その間に本当に色々あっ
て二人で泣いたり笑ったり忙しかったね。その都度二人のお互い
を想う気持ちを確かめ合って・・・よく君は「自分の方が絶対あ
なたを好き、居なくなったことを想像するだけで泣いちゃう」と
言って本当に泣いていたね。そんな君を見ながら、自分は言葉に
は出来なかったけれど、自分の方が君を好きだよと微笑みながら
思っていた。

8年間、良いことも悪いことも全部含めて、今までの自分の人生
の中で最高に幸せだった。本当に大切な物は失って初めて本当に
大切だったんだと分かるんだね。もっと気持ちを口にだして伝え
てあげれば良かった。もっとあの時優しくしてあげれば良かった。
もっと、もっと・・・今では後悔だけが残ります。

今年の正月には元気だった君。頭痛を訴えて病院に行き入院して、
そのまま自分の足では出て来れなかった。突然に意識が無くなっ
たから、前の日に病室で話をしたのが最後になったね。「明日も
来るからね」と言って家に帰った。その日の夜に、突然君がいな
くなるのが怖くなって夜中にメールをして、いつもは照れくさく
て言えなかったけど、「君は僕の宝物だから早く元気になってね」
と書いて、君は「元気になるね」と返事をくれた。そのメールの
入った携帯は二つ合わせて沖縄で二人で買ったカゴの中に入って
るよ。

君とお別れの時、自分を残して逝ってしまう君が悲しくて泣いて
いるお父さんとお母さんの後ろから目を開けたまま涙が止まらな
かった。なぜかまばたきが出来なかった。死に顔が笑っているよ
うに見えるって最後に立ち会った人は言っていたけど、その後に
二人だけにしてもらって君にキスをした。その時に顔を見たら泣
いてるように見えたよ。

あれから半年経つけど毎日君を考える。やっぱり悲しいし辛くて
写真を抱きしめて泣いてた。反対に考えないように写真を押入れ
にしまったり、仏壇に手を合わせなかったりした。寂しくて辛く
て、君じゃない他の人に癒してもらおうともした。今もそうだけ
ど自分が混乱しているのが分かる。

だけどね、冷静になって考える時に、胸の奥に今でも君を好きで
好きでしょうがない自分がいる。この世の中で一番大切で守りた
かった君。自分の事を本当に愛してくれた君。いつも踊って笑っ
ていた君。一番大切な物を無くしてしまったけれど、君はこれか
らもずっと自分の中にいる。これからも悲しさはあるだろうけど、
できるだけ悲しまないようにするね。

魂ってあるって思える。二人は一つの魂でやっと一緒になれたと
感じてた。今でもそう信じてる。目の前から姿は無くなってしまっ
て悲しくてどうしようもないけど、君を胸の奥に感じることはで
きるから、これからも一緒にいよう。一緒にずっと生きて行こう
ね。笑うかもしれないけど、自分の夢は、自分が最後の時に、君
が横にいてくれて、最後に手を握って「ありがとう」と言う事だっ
たんだよ。へそくりも全部君に渡して、今後のことは心配しなく
ても良い状況にして、安心した気持ちで最後に笑いたかった。君
がいてくれたお陰で人生がすばらしくなったことを伝えたかった
・・・その夢は叶わなくなったけど、今でも充分に君がいてくれ
たお陰ですばらしい人生だと思えるよ。愛しい君へ・・・本当に
ありがとう。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

会いたい・・・

結婚して2年。わずか26歳でこの世を去ったお前。
韓国から俺だけを信じてついて来てくれたお前に
おれはどれだけのことをしてやれただろう。

今思うのは、お前が俺と結婚して幸せだったのか、後悔してない
のかということ。結局俺はお前を守ってやれなかった。もう少し
早く病院へ行っていればこんなことにはならなかったかもしれな
いのに・・・ごめんね。

もうすぐお前がいなくなって4ヶ月がたつけど、まだまだ辛いな・
・・お前に会いたくてたまらない。もう一度抱きしめたい。もう
一度お前の笑顔がみたい。ミヨン、サランへ・・・



【男性、20代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

もう大丈夫だよ

2週間前にこの世を去ったあなた。
あなたの体をむしばんだ病は、最期には僕の事さえもわからなく
させてしまったね。
そのことがあなたがいなくなった事よりも悲しかったよ・・・。

そして自分の人生の幕を自分で下ろしてしまったあなた。
病院で再会したときのあなたの微笑みさえ浮かべているような穏
やかな寝顔が未だに忘れられません。
辛かったんだね、苦しかったんだね。
ずっとずっと見えない敵と戦い続け、文字通り身も心もボロボロ
になって。
でももう大丈夫だよ。もう何も恐れることはないし、周りを気に
することもないよ。自分のことだけを考えてればいいからさ。

あなたはよく言っていたね。「私はみんなに嫌われているんだ」
と。
僕がどれだけ”それは勘違いだよ”って言っても分かってもらえ
なかったけど。
でもそれが間違いだってやっと分かったでしょ?
あれだけたくさんの人があなたの事を思って涙を流していたんだ
から。
みんなあなたのことを愛していたんだよ。
天国で後悔しているんでしょう?

2歳になったばかりの子供は僕が精一杯の愛情を注いで、立派な
大人に育てるから心配しないで。
そしてもしも年下の恋人ができたら僕はこう思うよ。
「生まれ変わってこの子に会いに来てくれたんだね」って。
待っているから。ずっとずっと待っているから。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

ソウルメイト

尚美・・・・。
もう長い間、顔も見ていない。
声も聞いていない。
抱きしめてもいない。
会いたい。
お前の笑顔で頭が一杯。
会いたい。
今更ながら惚れ直し、恋に落ちてしまった。
付き合いだした頃と同じ、無性に会いたい。
会いたい。
お前が死期を悟った時、二人で話したね。
「俺と結婚して良かったか?」
『うん』
「又結婚してくれるか?」
『うん』
「見つけられるかな?」
『大丈夫』
涙一杯で沢山話せなかったね。
もうすぐ納骨と一周期。
子供たち3人と明るく暮らしているよ。
いつの日か、俺の最後が近づいたら迎えに来てくれよ。
その時に会えるのが楽しみ。死後の世界ってどんなだろう?
前世では俺が先に、今世はお前が先に・・・。
来世は、最後まで添い遂げようね。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

まぁこ へ

まぁこが旅立って今日でちょうど一年です。
苦しい闘病生活から解放され、今はもう苦しんでないよねぇ!?
それだけでも聞くことができればちょっとは安心できるのに・・・

今日久しぶりによく一緒に遊びに行っていた六アイに行ってきた
よ!  君の事を思いだして届きはしないメールを送りました。 
読んでくれたかな・・・  優しい君のことだから今の俺のどう
しようもなく寂しい気持ち、きっと解って天国で微笑んでくれて
いるよねぇ?

君を亡くしてから今日で一年経ったけど、なんかただ生きている
だけのような毎日でした。
天国の君を悲しませない様に生きて行こうと思うのですが、なか
なか立ち直れない俺が歯がゆいです。。
日が経つにつれ、君の顔や声や仕草を思い出すのに時間が前より
かかっている自分に気付かされると寂しさが増してきます。 人
間だから仕方ないと思うのですが・・・

この一年を区切りにもっと強く生きていけるように誓う為にこの
サイトに書き込みをしてるんやけど・・・ 又寂しさがこみ上げ
てきたわ。

色々書いたけど、ごめんな!! これって俺の勝手な気持ちなだ
けで君への言葉にはなってないみたいやなぁ!!
このサイトを読ましてもらって、愛する人を亡くして辛い思いを
している人はたくさんいる訳で、後ろ向きに生きていっても良い
ことなんて何も無いもんなぁ!!

君がいなくなって本当に君の大きさに気付かされ、愛おしさも増
すばかりですがこれからは自分の人生を全うして君に堂々と会え
るように頑張ってみるわ!!
俺みたいなやつを好きになってくれてありがとう。 俺も絶対君
を忘れへんからなぁ
天国で会った時には飲めなかった酒を練習しとくんで飲み明かそ
うぜ!!



【男性】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

子供たちによろしく

辛いけど良かったねおめでとう。

長男を突然の出来事にて亡くし打ちひしがれていた時、下の子が
いるじゃない!って貴女は頑張ったね。

でも世の中にこんな仕打ちがあるかのように彼も又お兄ちゃんの
所へ逝ってしまいました。

それからの貴女は生きる気力も無くし「あぁ〜今日も生きてしまっ
ている。又目を覚ましてしまっている。もうこのまま逝ってしま
えたら・・会えるのに」・・そう本当にそうなってしまいました
ね。

私が帰って来た時眠っているばかりと思っていました。本当に
貴女は寝顔のまま綺麗なまま子供たちの所へ逝ってしまいました
ね。

・・おめでとう!本当に幸せですね。毎日子供たちといられて
幸せですね。私も早く会いたいです・・でも今はじゃまですね。

愛しい人・優しい人・いつまでも愛しています。
「貴女がおばあちゃんになっても抱きしめるよ」って言った約束
が果たせなくなりましたが・・

いつまでも愛してるよ。元気でね。



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

三奈ちゃんへ

三奈ちゃんへ

三奈ちゃんと連絡を取り合った時の最後の言葉が
今でも耳に残って辛い日々を過ごしているよ。
そして、なぜ、亡くなる直前の電話を受けた時
仕事を優先してしまったのか、
直ぐに自宅に帰ってあげられなかったのか
本当に後悔して、後悔してもしきれないほど悔しい
気持ちで一杯でいます。やっぱり僕が見捨ててしまった
のかな?
心の病気になってから8年間、2人ともがんばったよね
一生薬を飲み続けなければならない事や、病院へ通う事
もつらかったけど、最近は、エステやメイク講座、そして
コンサートや旅行へ2人で出かけたりして楽しいことも
あったよね。
もう、週末に外食を一緒に楽しめないのは
本当に寂しいし、もう2度と会えないと思うと
胸をしめつけられるようで、苦しいよ。
もう、亡くなってから2週間が過ぎたんだね。
とても長く感じています。辛い気持ちはまだ続きそうだ。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

亡き愛する妻へ

和恵、39歳で逝ってしまったね、癌を発病して約3年だったね。
苦しいとか辛いとか、愚痴をこぼさずに、本当によくがんばった
ね。
結婚して7年8ヶ月本当に楽しかったし、4歳年上だっただけに、
いろいろ教えてもらいました。

葬儀が終わって1週間ぐらいは、放心状態だったけど、君が残して
くれた、とっておきの2人の子供のために、やらなければならない
という勇気がわいてきました。

子供たちは、俺が命をかけて守り育てるから安心してくれよ。

最後に、試練そのものが不幸じゃなく、逆境に負けてしまう自分自
身の弱い生命が不幸!
この俺の師匠の言葉を生涯忘れないように、生き抜くから、俺が臨
終を迎えた時、一言「パパ ご苦労さん。」と言ってくれよな。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

有加さんへ

有加さん。
もう一年と2ヶ月ですね。
有加さんがこの世を去ってから。
どうしてるのだろうね。

僕は,まあなんとか,頑張っているよ。時には,まだ涙することも
あるけど。。
たまには,夢に出てきてくれ。
久しぶりに,有加さんが書いた自作文を読んだよ。
『がんばれ,有加』の言葉が印象的だったよ。
がんばらな,いかんな!
応援頼むよ。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

最後誕生日・・・・!

先日妻が天国へと旅立ちました。45歳の若さでした。
妻の癌が見つかって7年その間に入退院を12回程しました
妻との夫婦生活も7年です

思えば私たち夫婦の歴史は癌との闘いでもありました、私の
誕生日の数日前に入院して誕生日の日は外泊許可をもらい
二人でささやかに祝おうと話してて、少し体調が優れなくなり
今度は病室で静かに祝おうと話してたのに、誕生日の2日前に
急変して私は妻の手を思いっきり握り何度も々も妻の名前を
呼びましたが、答えてくれずに、私を1人置いて旅立ちました。

今は妻の遺影に話し掛ける毎日でまだ、本当に妻が居なくなっ
たのが信じられませんし、信じたくない心境ですが。
現実なんですね、、何とか立ち直る努力はしますが。
妻との思い出をもっと作りたかったです、
後悔の日々が当分続くと思いますが。
何とか頑張ります。



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

ユーラジー

中秋にしては妙な天気であった。雲間から一瞬刺すような鋭い陽
光が、森の上を掃くように走った。妻はベッドで半身を起こして、
雨かしらと呟く。私は9階の病室からぼんやりと街路を行く週末
の人の行き来を見ている。平凡な一日になるはずである。

この年3回目の入院で2週間ほど前にHCUからこの病室に移り、
病状は一進一退のように見えた。私も私の家族の誰もがまだ時間
はあると思っていた。死はまだいくらか遠いもののように思えた。

その日しかし死は突然にやってきた。妻は靭い精神を内に秘め、
愚痴も不平も言うことなく至極おっとりと病を養っていた。そし
て、何の挨拶もなく一人で逝ってしまった。凛とした精神はつい
に病に屈することなく卒然と昇天したものの様である。

彼女の死から7ヶ月、今日は彼女の65歳の誕生日である。私は
彼女の愛したレストランで遺影と一緒に食事をし、家に戻って仏
壇の前でいま”Happy Birth Day”を少し調子は
ずれに歌った。一人残された身にいったい何の望みがあるのだろ
うと訝っている。



【男性、60代〜】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

敏ちゃんへ

敏ちゃん、どうしてとつぜん逝ってしまったの?
今年は大好きな敏ちゃんのあこがれのマドンナ
が来日するから絶対コンサートいこうねっていってた
じゃない!わずか40才で逝くなんて・・

敏ちゃんとはいっしょになってから5年目。
いっつも寝るまえには、夢でもいっしょだよって
いってお互い寝ていたね。心の病気でも
くるしんでいたけど、けっして弱音をはかず
がんばってきたね。まだ逝って6日しかたってない
からかもしれないけれど、まだ夢をみているようだよ。

健康のためにお酒を断って、今年の9月11日の誕生日
には乾杯しよな。っていったじゃないか。

でも敏恵ちゃんのためにも俺がんばって生きるよ。
俺にもしものことがあったら、天国でウーロンハイ
で乾杯しような!



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

妻へ

50年有難う、貴方が去って3年 まだ寂しさより抜けられませ
ん、私は一人になりました、別居している子供達に迷惑をかけな
いように「老骨」に鞭打って頑張っています

子供達も忙しいのです、「自己責任」で体調管理しております、
一人になって「貴方の」存在の大きかったことを実感しています、
長い事有難う、お世話になりました

不思議な「縁」で一緒に暮らしました、二人で一人前でした
これからの「老後」をどうして暮らしたらよいのか未だに分かり
ません、モット モット大事にしてやれば良かったと後悔してい
る毎日です、こうして亡き妻と本当に話をできるのですが、モッ
ト若い方が苦しんでいるのを知りました

私など良いほうですが 寂しいです、情けない男です




【男性、60代〜】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

愛しき君へ

 愛しいせっちゃん! 貴女が居なくなってから三年になろうと
しています・・・。
 振り返れば、共に暮らした二十年の日々がまるで走馬灯のよう
です。
 泣き笑いしたり、いがみ合ったりして・・二人で生きてきたの
に、突然の「すい臓がん」の告知を受けて僅か四ヶ月のあっと言
う間の最期でしたね。

 短期間の入院生活の間に貴女に余命を告知出来ずに私の胸にし
まい込んでいたのは、とても心苦しいものでした。
 でも、貴女は悪化していく病状の中で気づいていたと思ってい
ます。
 なのに・・貴女と出会った頃のいつもの愛くるしい笑顔を絶や
さずに周りに接していましたね。本当は、身も心もさぞかし苦し
かった事と思います・・。

 ちっちゃい身体で何事にも頑張り屋で、私の我がままをいつも
暖かく受け入れてくれていましたね・・。
 何時でもどんな時でも私は貴女の「手の平」で遊んでいたのを
気づかずに有頂天になっていました。
 こんな私を許してネ。ごめんなさい。

 病室での貴女の言葉が忘れられません・・・。
 『もう一度、生まれ変わったなら・また一緒になってネ?!』
 ・・・返事の言葉が出来ずにいたのに!
 『何で?黙っているの?・・今度は、病気にならない身体で生
まれてくるから〜』・・・思わず背を向けて泣きましたよ。
 今は・・せっちゃん!貴女に届くものなら言いたい!こんな私
には、勿体無いほどの素敵で天使みたいな女性でした!!

 来世で巡り逢えることが出来たならば、今度は私が貴女に
「誠心誠意」尽くさせてくださいね!
 先に旅たたれた悔しさはありますが、また逢いましょう〜!!
      今も「最愛なる君へ」 タカより。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

 

妻が亡くなった事がどうしても受け入れられない、車を運転して
いても助手席にいつも座ってる妻がいない、どうしていないのか
が理解が出来ない。

寂しい、とにかく寂しい。こんなに寂しい事は生まれてこのかた
無かった。いつもいる人がいない、涙がいつになっても止まらな
い。
何もする気が起きない自分が壊れて行く気がする。ただ寂しさが
込み上げて来る、家にいてもただの箱の中に閉じ込められている
状態と同じ、ただ時間の過ぎ去るのをボーットして耐えているだ
け、力が抜け何もする気になれない。
日に日に強くなるこの状況、これでは最初から一人で生きていた
のがどれだけ楽かと考えてしまう。一緒に34年も生活していた
からなおさらだ。

まさか私がこのような状況になるとは思ってもいなかった。一人
でいると涙が止まらない。朝起きても挨拶する妻がいない、行っ
てらっしゃいの言葉もない、何のために仕事をするのか解らない、
このような状態では良い仕事が出来ない。今になってみると妻に
もっと色々な事をしてあげればよかったと後悔し悔やむ。



【男性、50代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

有加さんへ

天国の有加さんへ

妻が亡くなってから約2ケ月が過ぎようとしています。
結婚して
十数年間体の病気及び心の病気両方で苦しんでいました。
子供にも恵まれなかったため
結婚してから2人で共に助け合い励ましあって生きてきましたが,
妻は永遠の眠りを選択しました。

お前はなぜ死を選んだのか?僕はどうしたらよいのか?
おじいさん、おばあさんになるまで一緒に暮らすと約束したじゃ
ないか。
悔しい気持ちでいっぱいだったぞ。
有加さんは,今花がいっぱいの天国でゆっくり寝ているのかな?
それとも愛犬と一緒に走り回っているのかな?
どちらにしても,リラックスしているのだろうな。

時にはいまだ涙するときがあるが,仕事も続けているし,
食事も毎日食べているよ。
有加さんの健康メニューもできるだけ取り入れて健康には注意し
ているよ。
お酒は少し増えたが,注意します。

このホームページの100の言葉にもあったけど,
有加さんに
[愛する人を失った悲しみを味あわせずにすんでよかった]と思っ
ているよ。
ときには,夢の中に出て来てくれ,夢の中でよいからもう一度笑顔
を見せてくれ。
なんとかがんばって生きていきます。応援よろしく!

生まれ変わったらまた,また結婚しよう。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

友美へ

 君が亡くなって半年が経とうとしています。今でも死を受け入
れられない自分がいます。だってさ、朝起きると君の笑顔があっ
て、仕事から帰ってくると君の笑顔があった生活が一瞬にして消
えてしまったのだから。でもね、結婚生活2年8ヶ月で、たくさ
んの幸せをもらったのは事実かな。思い出すだけで涙が出ちゃう
よ。今まで悔し涙しか流さなかったのに、友美が見たらビックリ
しちゃうかな。

 なぜ、友美を好きだったか言うね。まずは、かわいい顔が好き、
純粋な心が好き、頑張り屋さんの友美が好き、誰にでも笑顔で優
しい友美が好き、自分のことより、他人を心配する友美が好き、
要は全部が好き!何で生きている間に、もっと、もっと言ってあ
げられなかったんだろうって思っちゃうよ。

 神様がいるなら、10分間でいいから友美に合わせて下さい。
伝えたいことがあるんだ、抱きしめてあげたいんだ、もう一度、
あの笑顔に合わせて下さい。お願いします。

                      満より



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

芳江ありがとう

芳江ありがとう。
2004/11/5 君は逝ってしまったね。
40歳だったね。病気(スキルス胃がん)が分かったのが2003/3/10

告知されてから、1年8ケ月の精一杯の命だった。
ほんとに無念だったろう。不安だったろう。
心残りだったろう。

でもね、今、三人の子供達は一生懸命頑張っているよ。
モモコは来年(2006/4)小学校に入学だよ。
ナツキ(長女)は、お姉ちゃんになったよ。
最近は、ご飯も炊くし、食器洗いも慣れたものだよ。
えらいよね。まだ10歳なのに‥‥。
アキラは、ゲームばかりしているけど、
君に似てやさしい子だよ。いつも線香をアゲテいるよ。

芳江、お前のおかげで子供達は立派に生きているよ。
お前と過ごした、14年半、付き合い始めてから16年。
ほんとに楽しかったよ。仕事に追われて会話が無くなって
家族らいしい、父親・夫らしいことができずに君を失った。

申し訳ない。本当に申し訳ない。君に何にもしてあげられなかった。
結婚する時に『幸せにする』と約束したのに‥‥。

でもね、君の病気が分かってからある意味幸せだった。
私が君と子供達の存在がどれだけ大切なものか認識できた。

遅いよね‥。
当り前のことなのに、仕事や世間体に託けて、‥‥
本当に反省ばかりさ。君はいつも私の体を心配してくれた。
食事のこと、睡眠のこと、仕事のこと、
なのに、なぜ、なぜ君が逝くんだ?

たった40年の命。子供達のことが不安だったろう。
死の不安と恐怖、それらに対し君は『全然気にならない』
と私を安心させようと強がりを云った。
そこまで‥、そこまで私を安心させようと‥‥‥
芳江、今でも愛しているよ。永久に‥。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

言わず、伝えずに

歳、離れた妻、十九の秋に俺と所帯を持った、それから三十六年
間、家計、子育て、教育すべてを任せきりそれで居て些細な事で
喧嘩はよくした。
妻のセリフ「お父さんは細かすぎる」、俺からは「おおまかで、
配慮が無い」所詮かみ合う筈が無かった。

妻、四十一歳の時大病院で検査結果を私だけに告げられた言葉
「奥さんの余命、3年から5年位です」受け入れる事も、信じる
事も出来ず無の感じで説明を受けた。

その後、気持ちを変え様としたがほんのひとときだけ、又元の生
活、お互い詫びる事無しで終わってしまった。

その後、十四年間九回の入退院の闘病したが、家に戻れば訛りあ
る話し方治す事もなく、まず明るく元気で、お節介やき、家でも、
外でもいつも笑いの渦を起こしいて、五十数年住んでる亭主は知
らなくても、妻を知る人が多かった。

「お父さん、なにそんなにおこってるの?」とか、鮒釣りあげて
「これ食いつかない?」「馬鹿言ってんじゃないよ金魚食いつく
か」等いろいろ有った。

黄泉の世に旅立って六年が経った、病に関する本何冊も買い込ん
で居たのだから、それなりの覚悟してたと思い、エンディグメッ
セジー探しまくったが出て来なかった。

食欲不振、倦怠感、買い物に外出出来ない程の頻繁な腸液の排出、
ビール党から焼酎になり、朝から飲み続けた結果一ヵ年でアルコー
ル性肝炎〜肝硬変〜肝癌〜手術体ぼろぼろになった、そんな父親
に見切り付けたのか、悲しみから逃れる為か二人の子前後して海
外に巣立って往った、未だ妻の匂い漂う寂寥の空間でのひとり生
活、笑いも、感動もない今、これだけは看取る時に言わなければ
言葉「ミサやん、お前と一緒になって良かったよ、ありがとうねー」
伝え損なった無念さが離れない。

最近短命で生を終えた人の出版本に記してる文「人生は時間だけ
ではない、中身が大事で有る」感動をした。
「来世めぐり逢えれば、良かったら又、共に暮らそうよ」と、付
け加えたい。



【男性、60代〜】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

もしも

もしも、君の目が僕のものだったら・・・
もしも、君の口が僕のものだったら・・・

僕の手が君のものだったら?
僕の足が君のものだったら?

もしも、願いが叶えられるなら

「もしも」を実現させたいよ。



【男性、30代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

佳子へ

お前みたいなイイ奴いてへん。
お前みたいなカワイイ奴いてへん。
お前みたいな優しい母親いてへん。
結局お前みたいなエエ嫁さんいてへんかった。
愛してたし、今でも愛してる。

何故、生きてるうちに気付けへんかったんやろな?
いや、気付いてた。
気持ちがお前に十分に伝わってなかった。
ごめんな。
でも慰霊の写真に一目惚れしたのはおかしいな。
お前は家族にとって太陽やったと改めて思った。

あれから1年。
泣いた。
こんなに悲しい、寂しい、辛い、重い1年は初めてや。
その間色々あった。
仕事も代えた。
今の仕事は一緒にしたかったな。
でも、一緒にやってるよ。
心の中に生きてるし、お前の得意料理もメニューにある。
初めての経験やから最初は戸惑った。
ようやく慣れてきたところや。
いろんな人と知り合いになれた。
去年ほど人のありがたみが身にしみて分かった年も無かった。


最近、夢で会えないな。
天国でも忙しいのかな?
ちゃんと成仏出来てるのか?苦しんでないか?それだけが心配
です。
「ありがとう・・・・」最後の夢の言葉信じていいか?
僕と結婚した人生、後悔してないか?
ごめんな。最後まで助けてやれんで。

寂しいさのあまり、そっちに行きたい時もある。
でも、子供が悲しむ、親が悲しむ、何よりお前が悲しむわな。
宿題が沢山残ってるもんな。
ずっと見ててな。
そして何十年後、その時が着たら迎えに来てな。
その時は力一杯抱きしめるから覚悟しておけ。
「あんた、ちょっとは見直したで」と言ってもらえるように、
それまで頑張るわ。
その時を楽しみに。。。。。。。。。。。。。。。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

思い出すと・・

裕江が逝ってもう6年経ちますが、未だにあの辛かった頃を思い
出すと、涙が溢れてきます。

喧嘩ばかりでしたが20年連れ添い、あんなに元気で明るかった妻
の体調が悪くなり、10月の検査で癌と分かり余命4ヶ月と診断。

しかし当然の仕事復帰を信じていた妻に、4ヶ月で死ぬ、なんて
言える訳ありません・・。辛い入院生活中、一緒に病院の食堂へ
行って、クリームソーダを美味しそうに飲んでいた無邪気な妻。
見舞いに行くと「随分歩けるようになったでしょ!」と廊下で喜
んでいた妻。「早く良くなって仕事復帰しようね。」というと、
「うん!」と目を輝かせて答える妻が哀れでなりませんでした。

私は告知に関してどうしたら良かったのか、未だに答えが出ませ
ん・・。私は休職し、自分の人生全てをかけて、悔いの無いよう
看病しました。モルヒネも効かない程の痛みが続く2月の寒い朝、
私の腕の中で妻は痛みの無い世界へ行きました。でも亡くなる暫
らく前のこと、骨と皮だけの意識もうろうとした妻が、今まで見
たことの無いような優しい笑顔で「やっちゃん ありがとう」と
言っくれたのです。私は泣きながら妻をずっと抱きしめていまし
た。

「大好きな裕江、いつまでもずっと愛しているからね。もっと生
きたかったあなたのぶんまで生きて、土産話を沢山収集するから
楽しみに待っててね。」と6年経って、やっと少しそう思える様に
なりました。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

大好きだった妻「陽子」に

 陽子が亡くなって早5ヶ月。病院で早朝亡くなってすぐに、
お通夜だ、葬式だ、そして子供達との生活に仕事に追われ、時間
だけが過ぎていってしまった。

 毎日、写真を見ては泣き、残された日記や手紙を見ては泣き、
の生活かと思ったが、全然違った生活がここまで続いた。
 決してお前の事を忘れた訳ではないが、言い訳をさせてもらう
と、やっぱり男の子2人との生活は忙しい。家事に追われ、思い
悩む時間が無い。
 でも月の命日には子供達も線香を上げ、お兄ちゃんはお前の好
きだった「ケーキ」を買ってきて添えたりしている。

 お前が無くなって、我が家から笑顔が消えた。休日もバラバラ
で子供を何処へも連れってやろう、という気になれない。家族連
れの楽しそうな姿を見るのが、つらいから・・・

 何で、我が家だけがこんな目に合わなければならなかったんだ
ろう、て今でも思ってばかりだ。
 お前も無念だっただろう。まだ幼い子供を残して、「死ねない」っ
て病室で叫んでいたのが、思い起こされる。

 寂しい。そして、子供達の事やこれからの事を考えると途方に
くれてしまう。
 いつか、我が家にも笑顔が戻ってくるのだろうか?



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

孝子へ

8月25日が来るともう1年やね、入院したらあと1ヶ月の命
と宣告された時は目の前が真っ白になったで、その事を隠しつ
づけてごめんな。健康な時はお互いにちゃんと告知しようと話
てたけど勇気がなかったね、普通に接しようとして怒らせた事
もあったな。
日々身体の自由が利かなくなって行く孝子を見てどうする事も
出来ない俺が腹立たしかった。
看病してるのに死を待ってる日々だった、入院40日間看病で
きてよかった。普通に「ありがとう」て言ってたね看病して当
たり前やのにありがとうて言ってくれた、自分自身気がついて
いたのやね
ありがとうは俺が言う言葉や、 今までわがままな俺と一緒に
居てくれてありがとう。この1年想い出だけで生きてきたみた
い。
なにかにつけ、孝子と結びつけて生きてきた。
想い出だけでは生きていけないけど、いつも想ってるよ
ありがとう 孝子



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

祐子へ

祐子 今は天国にいるよね 身体の調子が悪くても皆に心配させ
たくない性格だから一人で頑張ってたんだよね でもそんなに調
子が悪かったんだったらもっともっと言って欲しかったな そう
すればもっともっと優しくしてあげられたかもね
 亡くなる前は喧嘩ばかりしてたしオレもかなり冷たくしてたけ
ど 結婚したてのころは狭い家のなかでも楽しかったね
 マリちゃんが生まれてから3人で旅行に行ったり食事に行った
りしてたときは本当に楽しかったね
 昼間しゃきっとして家事をこなす祐子は大好きだったよ やさ
しいからオレが怒鳴っても必ず祐子から謝ってくれたよね。もう
すぐ一周忌だけど早いね。天国でゆっくりしていてね。マリちゃ
んはしっかりしてるし二人で頑張って生きて行くからしっかり見
守ってくれよな。いつか天国で会えたら想い出話しして大笑いし
ような。楽しみだね。



【男性、40代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

ごめんな。

私たちは1997年10月18日結婚しました。そして妻が永遠
の眠りについた10月18日は4回目の結婚記念日でした。

私たちは結婚するにあたって、両家から反対されていました。私
の実家は農家をしており、妻は小さいころに大きな病気を克服し、
なにもそんな大変なところに嫁に行かなくても・・・ということ
と、体の弱い人をもらうと苦労するよ、などといった感じでした。

でも、お互い好きで好きで一緒になりました。初めは二人でア
パートを借り何気ない毎日が今思うとほんとに幸せでした。私が
家に帰ると妻は夕飯の支度をしていて、二人で今日あった一日の
ことを話して笑い転げたり、今度の休みはどこいこうか?とか、
クリスマスには結婚してから毎年行ってるレストランに行ったり、
並べればきりがありません。

妻が先立ってからは、二人で笑うことも、けんかすることも、レ
ストランに行くことももうできません。

今年のクリスマスのレストランの予約も先日二人分取りました。
亡くなって一週間が過ぎます。心にぽっかり穴が開いてる感じで
す。
逢いたいです。話をしたいです。触れていたいです。
いままで冷たい言葉かけたことほんっとに悔やみます。
悔やんでも悔やみきれません。でもこのあいだ夢に出てきた時は
すごく微笑んでいたね。ほんとにごめんな。結婚して四年、短
かったけれども幸せでした。27年という短い人生だったけど、
その分俺もがんばって生きていこうと思います。

一生忘れません。今でも愛してます。



【男性、20代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

変わらぬ季節

お前が、俺の事を想う気持の大きさに気付いている分、お前の事
を思うと辛いよ。
この辛さはお前と同じように、俺もお前を想う気持が大きいから
だろう。愛し愛されることも大きな幸せの一つだから。

人は何故、当たり前の生活を幸せと気付かないのだろう?
何故、大切なものを失ってから、その大きさに気付くのだろう?

あの、無邪気で可愛く頑張り屋だった、お前がもう居ないなんて
信じられない。
幼いころから辛い事に耐え、やっと掴んだ幸せのはずが、
辛い病気に耐え、変わり果てた自分にも耐え、俺にいつも
『こんな汚い私は嫌いでしょ? でも、嫌いにならないでね。』と
言っていたね。
汚いと思ったことなど一度も無い。もちろん嫌いになんてなるはず
もなく、変わってしまった容姿でも、いつもと変わらぬ可愛いお前
で、それでも頑張っている姿が光ってさえ見えていたのだから。

ふと思い出すと、今でも病室で俺の帰りを待っているかのように思
え、死を受け入れていたはずが、むしろ苦しみから解放されて良かっ
たねと、思えていたはずが、一周忌を迎えようとしている今になっ
て、真綿で締められるかの如く、孤独、悲しみ、死を受け入られな
くなって来た自分にくるしんでる。
この一年、どれだけ泣いた事か? 
一周忌を迎えるという事は、この先『去年の今頃は・・・』と思い
起こしても、そこには一人の自分しか居ない。
まだ今は、去年の今頃は 辛い時期だったけど、そこにお前が居た。
どんどん一人になって行く・・・

だけどな、お前はいろんな事を残してくれた。
愛する事の素晴らしさ、命の尊さ、そして『当たり前の幸せ』
二人で死を受け入れたものの、正直 俺は燃え尽きた、もう、いいやっ
て思ったこともある。
でも俺は負けない。いろいろな想いがあるけど、この悲しみの辛さを
全て俺が引き受け、お前にこんな悲しい思いをさせなくて良かったと
思いながら、この経験をいろんな人に伝えて生きて行くことにする。

愛してる、いつまでも。
お前はいつまでも、俺の可愛い奥さんだぞ。
しばらくの間、お別れだね。いつの日か、お前が造った世界で本当の
幸せな生活を送ろうね。じゃあね・・・



【男性、20代】

[先頭に戻る]









奥様(妻)を亡くした夫の文集

何もしてあげられなくて・・・

2002年1月8日、入院後わずか3日目にして妻は34歳の若さでこの
世を去りました。結婚してまだ1年3ヶ月。結婚した当初より体調
が思わしくなく膠原病の中の「多発性結合組織病」と診断されま
した。原因も治療法も確立されていない難病でした。

私と妻は子供のときからの知り合いで、長い年月を経てようやく
一緒になりました。たくさんの紆余曲折がありました。

実は妻とは正式に入籍しておらず、なぜなら妻は前夫と離婚調停
中だったのです。小さいときから苦労ばかりして、周りのことを
最初に考えてしまう妻に、私はこれから時間をかけて「ひとりの
女性としてのシアワセ」を知ってもらおうと大きなことばかり
言っていました。かく言う私も難病を抱えており「ふたりでなら
かならずうまくいく」とふたりとも信じていました。

妻は最期の最期まで本当に良くがんばりました。全身の血が固ま
り始め、肺や脳の血管が破れ、それでも私の呼びかけに答えよう
としました。妻の最期に立ち会った私は、かつてないほど取り乱
し、もう一生分の涙を流しました。体がまったく現実を拒否して
震えていました。

妻は地方の出身なので「未入籍」ということがネックになり私は
妻の死後でさえも彼女の希望をかなえてあげられませんでした・
・・本当にごめんなさい。

私はいま彼女の遺骨を少し持ち帰り、一部は部屋に、そして一部
は常に身に着けています。この先のことはわかりませんが、妻と
するはずだったことをひとつずつやっていく人生になれば素敵だ
と思っています。

「私たちはふたりでひとつ」・・・それが妻の口癖でした。いま
私は毎日ただ泣いていますが、こうしている瞬間も、そしてこれ
からも私たちはただ「共に在る」・・・それが私たちの人生だと
思っています。



【男性、30代】

[先頭に戻る]





掲載希望はこちらにどうぞ




このページからの転載、及び引用を一切禁止します。
Copyright(C) 2000, 2010, Kei Nakahara
なお、各メッセージの著作権はそれぞれの著作者にあり、著作権法で保護されています。