2003年11月

千年の黙-異本源氏物語-(森谷明子) クレオパトラの夢(恩田陸)
あすなろの詩(鯨統一郎) 強奪 箱根駅伝(安東能明)
虹果て村の秘密(有栖川有栖) レオナルドのユダ(服部まゆみ)
神は沈黙せず(山本弘) 誰か(宮部みゆき)
影踏み(横山秀夫) 魔女の死んだ家(篠田真由美)
きみにしか聞こえない(乙一) イーシャの舟(岩本隆雄)
アヒルと鴨のコインロッカー(伊坂幸太郎) 白い兎が逃げる(有栖川有栖)
ぼくと未来屋の夏(はやみねかおる) 接近(古処誠二)
アンダンテ・モッツァレラ・チーズ(藤谷治) 黒の貴婦人(西澤保彦)
くつしたをかくせ!(乙一) レインレイン・ボウ(加納朋子)
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千年の黙-異本源氏物語-

著者森谷明子
出版(判型)東京創元社
出版年月2003.0
ISBN(価格)4-488-02378-9(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

左大臣・藤原道長が権力を恣にしていた時代。女童のあてきは、ある女性の屋敷に仕えていた。その女主人は物語を書くことを趣味としており、光る源氏の君が登場するその物語は、あちこちで写本され、徐々に教養ある女性たちの間で広まり始めていた。しかし、それが中宮様の目にとまるほど有名になったとき、予期せぬ出来事が起きた。

多分日本で最も有名な恋愛小説は、源氏物語ではないかと思います。少なくとも中学校以降の教育で、古典の授業を受けている人は、桐壺の名前くらいは知ってるのでは(「いづれの御時にか、・・・」っていう冒頭って大抵やりますよね)。古典が嫌い・苦手だった人は、ちょっとイヤな思い出でしょうか。そんな源氏物語の時代。源氏物語の作者である紫式部が、平安版日常の謎に挑む連作短編3篇。しかし、この作品、「連作」であることに非常に意味があります。1つ1つも平安時代という舞台設定もあって面白く読めるのですが、それを1冊の長編としてみたときに、実は3篇が見事に繋がってもうひとつ、「源氏物語」にまつわるミステリが表れるのです。すばらしい。そのオチの美しさに感動。これは今後が期待できる作家さんが現れてくれました。古典が好きな方、平安時代が好きな方、そしてミステリ好きなアナタにも。おすすめです。

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クレオパトラの夢

著者恩田陸
出版(判型)双葉社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-575-23483-4(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★☆

不倫の相手を追いかけて、H市へと引っ越してしまった双子の妹を追いかけてやってきた兄。しかし、そのオネエ言葉を使う兄の目的は、それだけではなかった。

なんで札幌は札幌なのに、函館はH市なんでしょ。微妙に函館じゃないからなのか、内容が内容だからなのか。おととし、ちょうどこの本に出てくる辺りに行ってるので、お、ここ知ってる知ってるという感じ。函館に行ったことある方はそういう楽しみ方も。鮨を食べるシーンで、駅近くの寿司屋で、大将おすすめの鮭のトロがめちゃめちゃ美味しかったことを思い出しちゃいましたよ。また食べたいわ。一体誰が「クレオパトラ」を知っているのか。そもそも「クレオパトラ」とは?この著者らしい、魅力的な謎はそのままに、歴史・旅情まじりのちょっと趣の違った作品でなかなかでした。うーん、でもすげーおもしろーい、って感じではなかったかな。テーマは地味でも騙し騙されの物語、著者のストーリーテリングの才能はさすがで、そういう意味で読みやすいことは確かです。帰省途中の新幹線の中とかで読むのにおすすめ。読み終わったら、乗り過ごしてないといいですけど。

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あすなろの詩

著者鯨統一郎
出版(判型)角川文庫
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-04-373001-2(\629)【amazon】【bk1
評価★★★

伝説の文芸誌・あすなろを復活させるため、文芸部を立ち上げた小説家志望の3人。勧誘の甲斐あって、仲間は6人に増え、いよいよ「あすなろ」の復刊となった。しかし、復刊後に打ち上げ合宿に向かった彼らに、恐ろしい事件が・・・

最初はよかったんです。「あすなろ」を復活させるための青春小説のような体裁になっていて、楽しく読めたのです。それが新本格ミステリの先行作品をあちこちにちりばめてパロディにしたような殺戮の章、そして「え!これが解決なの?!」という解決の章に至るところで、評価はガクンと下がりました。ええと、これって「あの作品」と関連して、何か裏があるのでしょうか。一生懸命考えましたが、わかりません。誰か解説してください。。。

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強奪 箱根駅伝

著者安東能明
出版(判型)新潮社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-10-402703-0(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★★

箱根駅伝まであと3日。テレビ局では急ピッチで駅伝中継の準備が行われていた。そんな中、中継を映し出す画面に、突然女性を監禁するシーンが映し出された。ちょうどそのころ、今年こそ優勝をと練習に励んでいた神奈川大学のマネージャーが行方不明に。犯人の目的は?そして、居場所は?

大学の頃、メディア論の授業のひとつに、日テレの編成局の人が講師をしている授業があったのです。毎回ドラマ・バラエティ・ニュースなどなど様々な分野のテレビ屋さんたちを連れてきては、裏話をするという面白い授業だったのですが、その中のスポーツ部門の方は駅伝中継の話をしてくれたのでした。駅伝中継は、はじめの頃は最初と最後といった注目区しかやってなかったのが、実はすべてを通してすごいドラマがあるんだ、という誰かの熱意で全区間中継するようになったとかいう説明をしてくれたような覚えがあります。東京から箱根、しかも途中は山もあるという悪条件の中、いかにして商業放送に乗せられる画像を届けるか、それこそ様々なドラマがあったそうです。その話を聞く前から、私は正月は箱根駅伝を見る人だったのですが、それを聞いてから別の形でも面白く見られるようになった気がしました。

そんな箱根駅伝を舞台にした誘拐ドラマ。あまりにご都合主義っぽくて笑えちゃうところもあるのですが、それでも語り口が巧いからなのか一気読み状態。面白い。よく考えるとあの脅迫状の意味は何だったんだろうとか、このラストはいくらなんでも・・・と疑問に思いたくなるところもあるのですが、読んでるときは全く気になりません。確かに箱根駅伝には様々なドラマがあちこちにあるものだし、ストーリー的に次々起こる困難に対処していくのが主眼だと考えれば十分合格点だと思われます。残念かな、と思うのは誘拐事件じゃなくて、学生たちや、それを取り巻く人々の箱根駅伝物語だけにしてもよかったかなと思うところ。でも次の作品には期待です。箱根駅伝が好きな方に特におすすめ。

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虹果て村の秘密

著者有栖川有栖
出版(判型)講談社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-06-270562-1(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★

警察官を夢見る推理作家の娘・優希、そして推理作家を夢見る警察官の息子・秀介。共に12歳の少年少女は、虹果て村にある優希の母の別荘で、夏休みを過ごすことになったが、そこに妙な事件が起きる。

有栖川有栖の作品って、すんごく面白く感じるときと、ものすごく退屈に感じるときと2通りあるんです。昔からそうで、同じ作品でも2度目読んだときと印象が違った、みたいなのもいくつかあります。その原因として言えるのが、回りくどい外堀を埋めていくような推理部分。すごーく細かくて、ありとあらゆる可能性をつぶしていくんですよね。ここが面白いと感じるかどうかで、評価が分かれるところではないかと思うのです。それはわかっていても、やはり退屈と感じてしまうときはそうなわけで・・・。この作品、さらに子ども向け(それほど推理小説に毒されていない人)対象なのです。というわけで、有栖川作品がすごーく好き(火村萌えとか、江神萌えとかは厳しいかも。どっちも出てきません)な人にはおすすめかな。

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レオナルドのユダ

著者服部まゆみ
出版(判型)角川書店
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-04-873488-1(\2100)【amazon】【bk1
評価★★★☆

レオナルド・ダ・ヴィンチ。彼に会う人・彼の作品に触れた人は、彼に取り憑かれたように惹かれてしまう。まるで悪魔に魅入られたかのようなその様を、外から見る人はレオナルドへの嫉妬・恐怖へと変えていく。レオナルドを取り巻く人々と、レオナルドの半生記。

よく考えると、レオナルドの作品って、意外と見てるのです。パリのルーブル美術館でかの貴婦人像を、そしてウフィッツィ美術館では宗教的な作品を。残念ながらミラノには行ってないので、ここでも全ての始点とされる最後の晩餐は見てないのですが・・・。確かに彼の作品は、私のように絵に関しては完全に興味の外、という人間でも他と一線を画すような迫力というか魅力がありました。ただ、それだけを元に、あまり起伏のないこの長さの作品というのは、小説としてはどうなんだろう・・・微妙です。イタリアのあちこちが出てくるのですが、これまた結構旅行で行った場所だったり、直前に読んだ三雲岳斗『聖遺の天使』や、佐藤賢一『黒い悪魔』と時代的にかぶるところがあって興味深かったりというのはありましたが、それ以外では絵のすばらしさに対する描写が見事だな〜という感想しか思い浮かばない・・・。すみません、どうも山あり谷ありのエンターテイメントに慣れてしまった私には、この平坦な(ある意味夏目漱石的?)小説にはあまり向いていないようです。レオナルドに魅せられてる方にはおすすめ、ですが、ちょっと無責任に勧めるには高すぎかな・・・。

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神は沈黙せず

著者山本弘
出版(判型)角川書店
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-04-873479-2(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★☆

兄が失踪した。兄はこの世界の真相を発見し、それに耐えられなかったのだ。この世界の真実とは何だったのか、今ここに兄に代わって書こうと思う。

そんな書き出しで始まるこの小説は、小説の形態を使った論文のようなもの。エンターテイメント小説として読むには、少し長すぎるし、起伏も乏しい気がします。ただ、その真相はいいなあ。面白いですね、こういうトンデモ系の考え方。割と好きです。あらゆる超常現象、そして未確認飛行物体、超能力(スプーンを曲げる能力は本当に「超」能力なのか、という疑問は置いておいて)などが現実ならば、それを科学的に証明するにはこれしかない!という自説を披露した正に「驚天動地」の結論です。でもこれって、意外と考える人多いんじゃないかなあ。子どもの頃、こういうこと考えませんでした?もちろんこんな緻密には思いませんでしたが、漠然と。トンデモ系好きな方の中ではかなり普及した考え方なのかしらん。小説として読むとこの評価しか付けられませんが、その目の付け所と博覧強記!には★4つ。

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誰か

著者宮部みゆき
出版(判型)実業之日本社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-408-53449-8(\1524)【amazon】【bk1
評価★★★★

義父で、今多コンツェルンの会長・今多嘉親の運転手が自転車にひき逃げされて亡くなった。義父からその運転手の娘たちの相談に載って欲しいと言われ、彼女たちに会った杉田。聞くと、お父さんが「どこかの誰か」ですませて欲しくないから、その自伝を出版したいという妹、しかし何故かそれに反対する姉。それには昔の事件がからんでいた。

すごーく平凡な題材なんですよ。でもだからこそ「誰か」という題名なんじゃないかと思ったわけです。きっと著者は、「どこかの誰か」なんていう人はいないんだ、どんな人でもどこかで繋がりのある人がいて、人生があるんだと言いたかったんでは。その意味では見事成功していると思いますね。『模倣犯』とは一転、ほのぼのする長編。この著者のすごいところは、一方であんな話を書きながらも、こんな話も書けるってところでしょうか。前に「登場人物にはどこか作家そのものが反映されてるものだ」と誰かが言っていましたが、『模倣犯』とこの本のどこに共通点があるんだろう、どこに「宮部」が隠れてるんだろう、と思ってしまいました。劇的な作品ではないですが、清涼剤的に読める作品です。

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影踏み

著者横山秀夫
出版(判型)祥伝社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-396-63238-X(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

司法試験を受けようとしていた男は、宵に泥棒を働くノビ師になった。きっかけは、母が自宅に放火して、弟と父を巻き添えにしたことだった。以来15年、真壁の耳に弟は住んでいた。

最初ちょっと状況をつかむのに時間がかかったのと、途中も読者にとって少々唐突な部分に混乱したことが☆減らした原因。それ以外は文句つけようなし、という感じ。この方は人情ドラマを書かせたらホント、うまいですね。毎回毎回、よくネタを探すなと感心してしまいます。多分そのわかりやすさが人気を得てる原因だと思うのですが、私が特に気に入ってるのは、妙な主義主張をしないところかなあ。前に何かの感想に書いたかと思うのですが、こういう作品で、地の文に作家の顔が見えると興ざめなんですよね。だから突然社会批判をしたり、「作家の」こだわりを出したりっていうところが無いのがいいのかもしれません。それに、警察官でも泥棒でも、悩みも喜びもある人間として描くのが面白いですね。この作品も、単なる泥棒の職人話かと思ったら、全然違いました。今まで読んだ彼の作品の中では一番お気に入りかも。兄弟愛が泣かせます。おすすめ。

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魔女の死んだ家

著者篠田真由美
出版(判型)講談社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-06-270565-6(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★☆

あたしのお母様は美しい人だった。たくさんの「すうはい者」に囲まれ、ばあやとねえやと私と共に大きなお屋敷に住んでいた。ある日、多くの「すうはい者」たちが集ったパーティの最中、おかあさまが撃たれて死んだ。密室の中に一緒にいた男が逮捕されたが、しかし・・・

設定といい、ストーリーの組み立て方といい、典型的な本格推理。少年少女のためのミステリーランドというからには、こういう雰囲気のも1冊は欲しいですよね。あまり少年少女向けを意識した感じにもなっていなくて、しっかりと読める作品だったと思います。その辺り、この著者っぽいかなーという気はしましたが。雰囲気は建築シリーズと変わらないです。篠田ファンにはおすすめ。

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きみにしか聞こえない

著者乙一
出版(判型)角川スニーカー文庫
出版年月2003.6
ISBN(価格)4-04-425302-1(\476)【amazon】【bk1
評価★★★

私はケイタイを持っていない。電話をかける相手がいないからだ。あるとき、空想で思っていたケイタイに、なんと電話がかかってきた。表題作ほか2編。

もうちょっとかなあ。主人公が中高生で、まさに読者もその辺りを想定したストーリーになっているので、物足りなさを感じました。大体、私が中学・高校生の頃なんて、ケイタイどころかポケベルも出始めるかどうかの時代ですよ。中高生の頃はテレカはありましたが、小学生時代は何かあったときのために名札の裏に10円玉を入れて学校へ通っていた覚えが。インターネットのイの時も無かった頃ですから、今だと生活から全く違うんだろうなあと別のところで感心したのでした。書き下ろしの「華歌」は、最近の乙一に繋がるものが感じられますね。これが一番お気に入りかも。

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イーシャの舟

著者岩本隆雄
出版(判型)朝日ソノラマ
出版年月2000.11
ISBN(価格)4-257-76919-X(\619)【amazon】【bk1
評価★★★★

入らずの山といって近所の人間は近寄らなかった山に、産業廃棄物処理場建設計画が持ち上がった。ある日、その建設現場近くを通りかかった宮脇年輝は、産廃建設の責任者である加賀山和美と出会う。和美の依頼で、建設現場内の池までパソコンを取りに行ったところ、天邪鬼のようなものに取り憑かれてしまうことに。

あらすじの通り、漫画です。ただ、天邪鬼がとってもかわいいし、流れもいかにもな青春小説ながら、そこそこ面白かったし、なにより年輝が何故鬼婆のもとでひどい扱いを受けながらも、仕事をしているのかの理由がよかったですね。「そんなのありかよ」と思わず、ただひたすら楽しむ小説。ファンタジーが好きな方にはおすすめです。

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アヒルと鴨のコインロッカー

著者伊坂幸太郎
出版(判型)東京創元社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-488-01700-2(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

大学へ入学するため、この町で一人暮らしすることになった僕。しかしアパートの隣人は変な奴だった。会って早々彼は、同じアパートの外国人に「広辞苑」をプレゼントするため、本屋の襲撃を手伝って欲しいという。その外国人は彼女と別れてふさぎ込んでしまったのだというのだが・・・。

2年前と現在。それぞれに進行する物語が、ある一点で交差したとき、思いがけない絵が出現。そう言えばこの人って、新潮ミステリー倶楽部でデビューしたんだよな、と今更ながら思い出しました。そう言えばこの本、版元が東京創元社だし(今気づいた)。なんとなくこの人は文芸路線という印象があったので、このストーリー構成には参りました。途中で絵は見えてくるのですが、全体が確定したときに、あー細部までよく考えられてる・・・と感動です。あと、この人の文章の不思議な比喩表現とか笑いの感性が私は結構好きです。このふざけた名前のタイトルも、実は奥が深いですね。最初の頃よりもずっと読みやすくなってるし、今後もすごく楽しみです。また違った趣向の作品で驚かせて欲しいですね。

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白い兎が逃げる

著者有栖川有栖
出版(判型)カッパノベルス
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-334-07544-4(\819)【amazon】【bk1
評価★★★

うまく撃退したはずのストーカーが死体となって発見される表題作ほか、4編の火村シリーズ短編集。帯のとおり、どこから見ても本格推理といった感じの、謎とそれの解明に主眼を置いた、この著者らしい作品でした。でも最後の表題作「白い兎が逃げる」はよかったですね。謎の度合いもよかったし、微妙に時刻表ミステリーっていうのも笑えましたし。本格推理が好きな方にはおすすめ。

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ぼくと未来屋の夏

著者はやみねかおる
出版(判型)講談社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-06-270566-4(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★☆

「未来を知りたくないか?」小学校六年生の1学期最終日。風太はそんなことを言いながら未来を売る未来屋・猫柳さんに出会った。その猫柳さん、なんと風太の家に居候。猫柳さんと風太の不思議な夏休みの冒険が始まった。

今までこのジュブナイルミステリーシリーズを読んできましたが、さすが児童文学作家。本職は無理がないです。なんとなく他の作家さんのにはぎこちなさというか、単に子どもを主人公にしただけ、みたいな雰囲気がありましたが(特にその子どもの描写が気になっちゃったりして)、この話はそのぎこちなさが無かったように思います。だからあまり違和感なく小説の中に入っていけましたし、読み始めたらこの長さですから、あっという間でした。これぞ児童文学、という雰囲気の作品。子どもに勧めるならまずはこれかな〜。ミステリの要素としては日常系と言われるようなもので、その手の作品が好きな方、児童文学が好きな方におすすめ。

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接近

著者古処誠二
出版(判型)新潮社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-10-462901-4(\1300)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

終戦間際の沖縄では、「桜が咲く頃アメリカ軍がやってくる」と、応戦への準備に余念がなかった。そんな中、皇軍にあこがれ、疎開を拒んで軍の手伝いをしていた少年は、ある日2人の軍人と出会う。

沖縄は太平洋戦争当時、唯一地上戦を経験した沖縄。そういう字面での知識はあっても、こういう人々の恐怖、思惑、そして生活というのはなかなか聞こえてこないものです。いつ殺されるかわからない、常に死を身近に感じる緊張をこうして読むと、きっとそんな中にいたらおかしくなると思うのです。戦争当時の人々を描いた作品もいろいろ読みましたが、こういう時こそ、その人の地みたいなものが出るのかなあと。本当のところはどうだったのでしょうね。意外と現実には美談も多いですよね。きっと嫌なことは話したくないし、忘れないと生きていけないのでしょう。戦争世代は、墓場まで「忘れられないけど、絶対に人には言えない思い出」っていうのを沢山背負っていくのかもしれません。とこの本を読んで思ったのでした。重いですが、おすすめ。

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アンダンテ・モッツァレラ・チーズ

著者藤谷治
出版(判型)小学館
出版年月2003.12
ISBN(価格)4-09-387480-8(\1300)【amazon】【bk1
評価★★★★

医学文献提供サービスをしているSISに勤める仲間たち。入れ墨だらけの由果、インテリなのに人生を踏み外した健次、路上で歌う京一、その京一のストーカー千石さん、執行猶予中の浩一郎。今の生活に満足していた彼らに、ある「陰謀」の影が・・・

イイ!これはイイ!「アンダンテ・モッツァレラ・チーズ」って何だよ、と思って思わず手に取ってしまったこの本でしたが、こういうことだったのか!という感じ。ありますよね。こういう狭い仲間で通用する言葉というか、笑いというか。2ちゃんねる用語みたいなものか(ちょっと違う?)。少し変わった視点が気になったりする(これは伏線なのか?とか)のですが、それを除けばノリのよい青春小説。重厚なミステリも良いですが、一方で子どもの頃から、こういう明るい気分にさせてくれるユーモア小説って好きでした。

また、この本の主人公たちが勤めるのが医学文献情報サービス会社ってのが面白いですね。図書館では医学部系のこうしたサービスは結構あたりまえなのですが、こういう普通の本にNMLまで出てくるのがちょっと興味深い。ただ、NMLって現地に人を派遣しなくてもコピーサービス(そもそもセルフコピーってできるのかなあ?)してくれると思うのですが・・・。

まあそんなことはどうでもよいのですが、このところ再びこういう楽しい作品がちょこちょこ出されるようになってきて、嬉しいです。リポビタンDの代わりにおすすめ(^^)。

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黒の貴婦人

著者西澤保彦
出版(判型)幻冬舎
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-344-00417-5(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

いつもの4人が活躍する連作短編集。今回は少し時間幅が広く、大学生時代から、社会人時代(ボアン先輩が就職するところ)まで、あちこちに散らばっています。ミステリとしては★3つ半がいいとこかなーと思うのですが、私の中でこのシリーズの重要部分は、登場人物の動向だったりするので(^^;、そういう意味ではまた謎が少し解けた点で満足。前にミスコンで「依存の続きは?」と西澤氏に聞いたところ、「風呂敷広げちゃったからね〜」と言われてしまいましたが、風呂敷の畳みどころは決まったのかどうなのか。ただ、全ての謎が明かされたときには、このシリーズ自体が終わってしまうということなので、ちょっと複雑。

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くつしたをかくせ!

著者乙一
出版(判型)光文社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-334-92414-X(\1200)【amazon】【bk1
評価★★★☆

クリスマス・イブ。「くつしたをかくせ!」大人にそう言われた子どもたちは、何故?何故?と思いながら、思い思いの場所にくつしたを隠すが。

なんか良いですね、この絵本。絵と文章と、とっても合ってる。結局なぜはわからないけど、ラストは絵本らしい気がしました。でも私の中で、一番ヒットだったのは、著者のあとがきと、奥付のプロフィール。なんとなく、世の中を斜めに見てるちょっと生意気な男の子って感じですよね<乙一氏。極めつけ、プロフィールの下には

*このプロフィールはそれぞれ本人によるものです。ご了承ください

と書かれているのです。あまりに人を食ったプロフィールに、編集者か、それともお偉いさんだかがつけたのでしょうが、他人のプロフィールに対して「ご了承ください」って・・・一体何を了承すればいいんだか(笑)。この一文、爆笑でした。これほどあとがきと奥付が面白い本って今まであったでしょうか。これはおすすめ。

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レインレイン・ボウ

著者加納朋子
出版(判型)集英社
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-08-774675-5(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★

高校で弱小ソフトボール部だった9人。卒業して7年。その1人で心臓の弱かったチーズが死んだ。葬式に集まった彼ら7人。しかしチーズと一番仲の良かった里穂が、何故か現れなかった。

それぞれのエピソードは面白いと思ったのですが、女性が書いてる割に、みんなが考える「女性のステレオタイプ」にはまっちゃってるかなあという感じ。もう少し違うオチを期待してました。

なんとなく、こうして昔の友人と会うって疲れますよね。当時は多分共有する空間や話題もあったのでしょうけれども、この年齢の7年は長いです。いろんな人と会うし、環境も変わるし。私自身去る者追わずというか、今を生きる人間で、過去の友人ってことごとく忘れちゃうタイプなんです。高校くらいなら大丈夫かもしれませんが、中学に入学した後(私は私学だったので、小学校から一緒の人は一人もいなかった)、まだ1年生のときに小学校の友人に会ったら、ほとんどの名前を忘れていて愕然とした記憶が。高校まで6年間一緒だった人たちも、同じ大学に入った人はほとんどいなくて音信不通。大学で3年間同じ学科で過ごした50人前後の人たちもいたのですが、この前学科の教授に「片桐さんて、誰と同期だっけ?」と言われて、ほとんど名前が思い浮かばなくて焦りました。多分私の親が転勤族で、何度も引っ越しをしていることも関係してるだろうし、そういう意味で「地元」が無いというのも理由なのでしょうが、そんなところで、なんとなく彼女たちのとまどいは少し理解できるのでした。

書き忘れましたが、この本『月曜日の水玉模様』の片桐陶子さんが出てきます。ちょっと続編。

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