2003年10月

駐在巡査(佐竹一彦) 星虫(岩本隆雄)
真夜中のマーチ(奥田英朗) 渚にて(久世光彦)
パラダイス・サーティ(乃南アサ) 枯葉色グッドバイ(樋口有介)
マッチメイク(不知火京介) ジョッキー(松樹剛史)
東京湾景(吉田修一) テロリストが見た桜(大石直紀)
ネジ式ザゼツキー(島田荘司) 聖遺の天使(三雲岳斗)
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駐在巡査

著者佐竹一彦
出版(判型)角川書店
出版年月2003.9
ISBN(価格)4-04-873497-0(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★☆

陸の孤島とも言えるような僻地の駐在巡査になって2年。すっかり村にとけ込んだ猪熊とのところに、村の一人がやってきた。河原で2人の人間が死んでるようだ、と。

僻地の村で起こる、4つの事件を描いた連作短編集。先週あまりにも暗い話ばかりを読んだので、ちょっとホッとするような雰囲気の話で、そこそこ楽しんで読めました。ストーリーは可もなく不可もなしの推理モノ。もともと作者が警察関係の方だそうですが、そういう著者にありがちな読みづらさは全く無く、逆にそういう著者が書く小説にありがちな、内部事情が出てくることもなくで、そういう意味では好感が持てました。既にドラマ化が決定しているそうですが、これはどちらかというとストーリーよりもキャラを立てないといまいちなドラマになりそう。

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星虫

著者岩本隆雄
出版(判型)新潮文庫
出版年月1990.7
ISBN(価格)4-10-104411-2(\480)【amazon】【bk1
評価★★★★

子どもの頃から宇宙飛行士になりたいという夢を密かに持ち続けてきた友美。高校生になっても、宇宙飛行士になるためにトレーニングを続けていた。ある日、いつものように夜のジョギングをしていた友美は、流星雨を見る。まるで雪が降っているようなその星の雨は、世界中を巻き込む大騒動の前触れだった。

いいですねーこういうの。高校生くらいのときに読んでいたら、絶対ハマったと思う。なんとなくどこまでも前向きな本って、最近読むことがなかったので、こういうのを読むと気分がよくなります。90年というと、まだインターネットが普及する前のことで、そういう部分で少し古かったりもするのですが、そういうギャップも懐かしさが感じられて楽しいです。いかにも高校生らしい恋愛もかわいいし。現実世界の1990年代は、日本は泥沼の経済不況に突入し、一方で出生率も減り続けて、人口爆発と言われていた頃が懐かしくなるくらい、急速に若年人口が減り続けるわけです。1億人を下回るのも時間の問題だとか。一時期急激に発達した宇宙開発も、世界情勢が大分変わって、最近誰かが月に行ったなんて聞いてないし。21世紀になったら宇宙旅行ができるようになると誰もが少しは思ってたと思うのですが、未だそれは実現してません。こういう子たちが沢山増えて、地球にはないけど人間の生活には有用な鉱物とか、宇宙で見つけてきてくれないかな。どちらかというと若年層にオススメ。でもファンタジーやライトノベル好きな方には十分おすすめ。

朝日ソノラマ文庫で復刊してます。

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真夜中のマーチ

著者奥田英朗
出版(判型)集英社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-08-774666-6(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

渋谷は俺の庭と豪語するパーティ屋経営者のヨコケン、三田物産の三田で「御曹司」に勘違いされるミタゾウ、元モデルで、父は成金大富豪のクロチェ。ひょんなことから仲間になった彼ら3人が、十億円強奪を計画する。

それぞれ役割がクリアな泥棒パーティのお話。面白い!すかっとする!この著者らしいそんなストーリーでした。こういう人物を中心にした小説って、結構好き。もちろんその人物が魅力的だと(かっこいいとかそういうばかりでなくて)、余計に良いです。とにかく勢いのあるストーリーで、楽しめる本。そういうのが好きな方には絶対おすすめ。

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渚にて

著者久世光彦
出版(判型)集英社
出版年月2003.9
ISBN(価格)4-08-774660-7(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

70人のクルージング・スクールの少年少女たちを乗せ、1週間のツアーは出発した。しかし、途中に嵐に遭い、船は沈没。無人島に流れ着いたのは7人だけだった。助けを待ちながら、その島で生活していく彼らだったが。

無人島にたまたま助かった人間が7人集まったとき。十五少年漂流記を例に挙げるまでもなく、多分こういう設定の本というのは多いんだと思います。そのとき、いがみ合ったり、争いが起こったり、そして誰かが狂ってしまったり、という方向と、7人が協力して生きていこうとする方向と2方向ありますよね。この本は後者のほう。なので、嫌な気分になることもなく、その彼らが生活を組み立てていく様を見るのが楽しく思える本です。実際のところどうなんでしょうね。私は、人間は意外に強くて、なんだかんだと本能的に「社会」を作っていくんじゃないかと思うんですが。

結局彼らは生き残れるのか、そして助けを求めることができるのか。あるいは・・・。波瀾万丈というようなものでもないのに、不思議と引き込まれるストーリーです。おすすめ。

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パラダイス・サーティ

著者乃南アサ
出版(判型)新潮文庫
出版年月2003.11
ISBN(価格)(上)4-10-142528-0(\438)【amazon】【bk1
(下)4-10-142529-9(\438)【amazon】【bk1
評価★★★☆

薬品会社に勤めるOLの栗子。29歳の誕生日だというのに、両親は喧嘩ばかり、お見合いは断られるし、で落ち込んでいた。一念発起で家を飛び出し、幼なじみでレズビアンの菜摘の部屋に転がり込んだところ、菜摘の店の客に出会って一目惚れ。波瀾万丈の1年間が始まった。

30歳って節目の年なんでしょうね。なんとなく。ただ、子どもの頃思っていた30歳っていうのと、今自分がなろうとする30歳って全然違う気がする。30歳っていうとすごーくおばさんな印象があったのですが(母は3歳の私と1歳の妹を育ててたし、父は家を買った歳だ)、今では30歳で独身っていうのもそれほど珍しくないし。全然若いですよね。人生80年も珍しく無い中では、30歳なんてまだ折り返し地点にも立ってないわけで、そう考えるとそんなところで老けてたまるか、というのもあるのかもしれません。

残念ながら私は29歳独身女性じゃないので、栗子の切実さにはいまいち乗れなかったのですが、彼女の「30歳過ぎてようやく大人なんだから楽しもう」、という気持ちはわからなくもありません。ただ、私はやっぱり結婚したことで、いろんな意味で成長したかなと思いますね。昔から「夫婦のことは夫婦にしかわからない」と言われますが(この本にもそういうシーンが出てきますが)、これは独身のときに漠然と「そんなもんか」と思っていたのと、今とでは全然意味合いが違います。してみると面白いものですけどね。どちらかというと女性向け。でもおすすめですよ。

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枯葉色グッドバイ

著者樋口有介
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-16-322260-X(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★☆

羽田の住宅街で起きた一家惨殺事件。生き残りの娘・美亜に疑いの目を向ける吹石夕子だったが、証拠が無い。そうこうしているうちに、美亜の友人である大間幹江が代々木公園で殺された。聞き込みに行っている間に、かつて警察学校での教官であり、切れ者として有名だった椎葉がホームレスになって住み着いていることを知った夕子。彼に捜査を依頼するが・・・。

ホームレス探偵、という設定は面白いし、実際その設定が生きている部分がたくさんあるんです。この著者が登場人物に言わせる世間を斜めに見たような(しかしどこか鋭い)セリフも結構好き。が、肝心の軸になっている事件がいまいちなんですよね。。。この設定で連作短編集だったほうがよかったかも。残念です。シリーズで続けるってのはどうでしょうね。

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マッチメイク

著者不知火京介
出版(判型)講談社
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-06-212001-1(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

強いプロレスラーにあこがれ、新大阪プロレスに入門した山田聡。最初12人いた同期も、地獄のしごきに耐えられず、今は本庄と山田の2人だけ。いよいよデビューも近づいたある日、会長でもある佐々木が、セミファイナルのリング上で倒れた。翌日、その死が蛇毒による中毒死であることが判明したが・・・。

格闘技好きの相方のお陰で、最近たまーにテレビで格闘技というかプロレスというかを見に行くのですが、同じく相方に教わった競馬にはハマった私も、流血沙汰が苦手なのでプロレスはどうも・・・。ただ、そんな私も、この本の中の人間模様や裏事情などを描いた部分は非常に面白く読めました。どんな業界も金もらってやってる以上、いろいろあるんだなーと。なので、謎解きに重点を置くより、その部分を膨らませてデビューしていく新人プロレスラーの苦悩をドラマ的に描いた方がよかったんじゃないかなあ。殺人事件(特に2件目)がちょっと浮いちゃってる感じがします。乱歩賞だからしょうがないですね。なんとなく「乱歩賞受賞作家」に縛られずに面白い作品を書いてくれることを祈ります。プロレスが好きな相方は、かなりハマって読んでたので、格闘技好きな人にはおすすめかも。でも殺人の部分については、夫婦同意見。微妙・・・

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ジョッキー

著者松樹剛史
出版(判型)集英社
出版年月2002.1
ISBN(価格)4-08-774567-8(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★

1週に1回騎乗機会があればよい貧乏ジョッキーの中島八弥。世話になった千葉厩舎のためにフリーになったが、このままでは干上がってしまうような日々が続いていた。そんなとき、千葉厩舎にすごい馬が入ってきた。その名もオウショウサンデー。ベテラン厩務員が舞い上がるほど期待されたその馬に、ひょんなことからデビュー戦にまたがることになった中島だったが・・・

1年前の小説すばる新人賞受賞作ですが、ちょうど天皇賞シーズン、帯に惹かれて買ってしまいました。うーんでも、どうしてもこの手の話、『優駿』と比べてしまいますね。十分面白いのですが、あまりにご都合主義というか、漫画的というか(先に読んだ相方も同じような事を言っていた)。『優駿』は馬が中心でしたが、こちらはジョッキーが中心なので、1頭の馬に肩入れできないところも、馬フェチの私としては残念。そんなこんなもあって少し点が辛くなってしまいました。スターになる馬の条件、とか、そうそう、って思うところも沢山あるんですけどね。

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東京湾景

著者吉田修一
出版(判型)新潮社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-10-462801-8(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★★

お台場を対岸に眺める倉庫街で働く亮介。ある日、出会い系サイトで知り合った女性と会うことになった。「涼子」名乗る彼女が指定したのは、羽田空港。美人だが、少し変わった彼女とのつきあいが始まった。

なんか刹那的で良い感じ。心の結びつきをどこかで信じたいと思いながらも、そんなものはもう無い、そういう「夢」を捨てることが大人になることなんだ、という思いが見事に描かれた作品でした。そういう「夢」と「現実」を東京湾の台場と芝浦の景色に対比させたのかなあと。お台場からみえる夜の東京って、ついついその上にみえるレインボーブリッジや、東京タワーや、ビル街の美しさに目を惹かれてしまいますが、その下の倉庫街は私も気になってました。夜になるとビル街に負けないぐらいの明かりがつくんですよね。ちょうどレインボーブリッジに芝浦側から乗って、右下ぐらいのクレーンとか良いんです。今度お台場に行ったら、倉庫街を見てみようと思う作品でした。どこから見ても立派な恋愛小説ですが、女性ばかりでなく男性にもおすすめ。

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テロリストが見た桜

著者大石直紀
出版(判型)小学館
出版年月2003.11
ISBN(価格)4-09-387474-3(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

パウエル国務長官来日中の日本。JR新幹線運行本部に一本の電話がかかってきた。「博多発東京行きのぞみ16号を乗っ取りました」。犯人の目的は、拘束中のテロリストとパウエルの対談、そして100万ドルの現金。犯人の真意はどこに?

この本、小学館文庫小説賞(なのにハードカバーってのが笑えますが)受賞作なのですが、その受賞の言葉があとがきっぽくついてるのです。曰く、日本ミステリー文学大賞新人賞でデビューし、その後3冊本を書いたが、依頼がさっぱり来なくなってしまい、プロアマ不問のこの賞に応募したとか。えーそうだったの。私はてっきり本が書けなくなってしまったのかと思ってましたよ。この著者、友人も「面白いから今まで出てるの全部読んだ」って言ってましたし、私もストーリーテリングの才能は見事と思うんですよ。がんばって欲しいものです。

というわけでこの小説。日本を舞台にした乗っ取りですが、テンポよく、かつ最終的に明かされる「目的」もスマート。日本の警察を翻弄する手段も「おー」と思えました。

先のイラク戦争については、未だ様々なことが問題になってますが、やはりテロも戦争も同じだと思うんですよね。映画「エア・フォース・ワン」を観たときも思いましたが、互いにものすごい排他主義というか、自分が「絶対に」正しいと思うところから戦争が始まると思うのです。日本って比較的なんでも受け入れちゃうタイプじゃないですか。言葉にしても、文化にしても、宗教にしても。神社にお参りしながら、教会で結婚式を、そして寺で葬式をあげる日本人に、自分の信念を守るために、相手方が死んでもかまわないという考え方ってあまり起こらない気がするんですよね。ある意味「自分がない」と批判されがちですが、それはそれで、相手を認めることのできる土壌があるということだとも思うのです。そういう部分は失って欲しくないかな。

ちょっと逸れましたが、おすすめです。

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ネジ式ザゼツキー

著者島田荘司
出版(判型)講談社ノベルス
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-06-182341-8(\1150)【amazon】【bk1
評価★★★☆

タンジール蜜柑の木の上にある街で天使に出会い、そして空を飛んだという物語を書いた男は、記憶が残らない障害にかかっていた。さきほど会った御手洗に、何度も「初めまして」という男と、その不思議な物語に興味を持った御手洗は、彼の「帰りたがっている過去」を探ろうとする。

どう考えてもファンタジーにしか思えない謎。その物語を元に解き明かされる驚くべき過去。かつての『奇想、天を動かす』に通じる島田ミステリと言えるのですが、その『奇想、天を動かす』を読んだ時の驚きと比べてしまうと、やっぱり少し・・・・。うーん。謎の部分がすばらしかっただけに、オチがいまいち鮮やかさに欠けるような気がしてしまいました。十分面白いのですが、相対的に見ると、という感じです。読んだ時期が悪かったかなぁ。本格ミステリが好きな方にはおすすめ。

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聖遺の天使

著者三雲岳斗
出版(判型)双葉社
出版年月2003.10
ISBN(価格)4-575-23481-8(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★☆

15世紀イタリア。沼の館(カーサ・ディ・パルデ)と呼ばれるその奇妙な館には、聖遺物と噂される香炉があった。噂を聞きつけた法王庁が、その真贋を確かめるために聖職者を送り込むことになったが、「香炉の天使」の出現と共に起こったのは、館の主の恐るべき殺人事件だった。

レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノの宰相と共に殺人事件を不思議な殺人事件を解決する本格ミステリ。舞台装置が面白いので、楽しんで読めました。ただ、謎がそれほど複雑ではないので、ラストは読めてしまいますね。どちらかというとキャラ萌え系かも。天才にありがちな偏屈さを持ち、かつものすごく美しいというレオナルドは、思い入れるのにぴったりなキャラクターという気がしました。そういう意味で楽しむ人には超おすすめ。

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