更新日:2021.5.5

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 山での 1枚 :  沢入山の少し先より皇海山、庚申山方面を望む 2021/4/15

沢入山の少し先より皇海山、庚申山方面を望む 2021/4/15

 WHAT'S NEW    《 2021年5月5日 記  かなりの長文ご容赦 

コロナ禍によって家にいることが多くなると、どうも時間の観念がぼやけてしまい、気がついたらもう 4月である。
考えれば、この時期、長い間のブランクを考慮して低山中心に登っている我が身にとっては、暑すぎず、寒すぎずで、登山のベストシーズンということになる訳で、 もっと山へ行くべき季節なのである。
そこで、久々にヤマレコなどを覗いて行き先をいろいろ検討したところ、足尾山地の中倉山に俄然興味を惹かれる。

この中倉山は、前述のとおり栃木県日光市足尾町に位置しているのだが、足尾といえば足尾銅山を連想し、さらには銅山による公害被害、 山林荒廃を思い浮かべる方も多いことであろう。
荒廃要因としては、『銅精錬行程において発生する亜硫酸ガスの煙害』、そして『坑木、製錬の燃料にするための木の大量伐採・乱獲』、『山火事』 などが上げられるのだが、 中倉山はまさにこの山林荒廃のまっただ中にあった山なのである。

加えて、この地域は古生代にできた地層と酸性火成岩類によって形成されていて、至る所に断層が入り乱れており、 風化が進みやすいという特徴があることから、荒廃が加速されてきたとのことである。
40数年前に栃木県小山市にいた頃、足尾の町をドライブして岩肌がむき出しになった山々にビックリしたことがある。
しかし、近年、緑化に積極的に取り組んだお陰で、徐々に足尾の緑も蘇りつつあるようで、その状況も見たいところである。

また、登山の観点から言えば、この中倉山は昭文社の 『山と高原地図 日光』(2009年) に山名の記載はあるものの、 そこに至る登山道は書かれていないので (最新版の状況は不明)、少々登るのが躊躇われる。
しかし、今や中倉山のシンボルともなっている 『孤高のブナ』 を求めて多くの登山者が訪れていて登山道は明瞭のようなので、登ってみようという気持ちが強くなったのであった。

4月15日(木)、まだ暗い中、4時半過ぎに横浜の自宅を出発する。
横浜ICから東名高速道上り線に乗り、用賀にて首都高速3号渋谷線に連結した後、大橋JCTから首都高速中央環状線に入る。
その後、江北JCTにて首都高速川口線に至り、そのまま川口JCTから東北自動車道へと進む。
久々の首都高速道で緊張したが、東北自動車道に入ってホッと一息である。

しかし、ここからが長く単調である。天気は上々、さらに途中から日光連山が見えてくるものの、あまりに長いのでため息が出る。
それでも何とか行程を消化し、宇都宮ICから日光宇都宮道路に入る。
篠井ICを過ぎた頃から前方に男体山、大真名子山、小真名子山、女峰山が見えてきてテンションが上がる。
ただ、男体山は上方が雲に覆われているのが気になるところである。

日光宇都宮道路を終点の清滝ICで下り、そのまま国道120号線に入る。
続いて、細尾大谷橋の交差点を左折して、国道122号線へと進み、山の中へと入っていく。
山を越え、20分程で田元の交差点に至るので、そこを右折する。この道 (県道250号線) は 『 銅 (あかがね) 街道』 と呼ばれており、その名の通り、 足尾銅山でとれた銅を運んだ道である (但し、銅街道の起点は通洞駅前付近と書かれている本もある)。

わたらせ渓谷鐵道の高架橋を潜り、やや淋しい感じのする間藤の町並みを抜けていく。
町並みが終わると道が急に広くなり、やがて左手に 『銅親水 (あかがねしんすい) 公園』 への下り口が見えてくる。
なお、道路はそのまま先へと続いているが、すぐに一般車進入禁止となる。
公園の駐車場には 7時11分に到着、既に 5台ほど車が駐まっている。

車内で朝食をとり、身支度を調えて 7時20分に出発。
見上げれば、足尾ダムの後方にピラミッド型の山があり、そのさらに後方に岩肌がむき出しになった山が見える。
実はこの山が目指す中倉山で、手前のピラミッド型の山は横場山というらしい (無論、この時は知らなかった)。
駐車場から坂を昇って先ほどの車道へと戻り、車道をさらに先へと進む。すぐにゲートが現れ、ここからは工事専用車両のみ通行が許されることになる。
ゲートを越えると、すぐに道が 2つに分かれるが、先ほどのゲート脇にあった地図によれば、右の未舗装道は阿世潟峠へと至るようであり (阿世潟峠を越えれば中禅寺湖、 峠から左に尾根を進めば社山に至る)、中倉山は左の舗装道を進む。

続いて、鉄板が敷かれた橋にて久蔵川の流れを渡る。正面奥には中倉山が見えている (実際は、中倉山とは知らなかった)。
その後方には雲一つ無い青空が広がっており、テンションが上がる。
また、正面手前の山の斜面には等高線状に木柵が設置されている。これは山腹緑化の一方法で、山腹表面の土砂の動きを止めるとともに、木柵間に植樹を行うものである。
やがて道は河原へと下りて、松木川に架かる橋を渡るが、その手前で道がまた 2つに分かれる。厳密には、2回分岐が現れるのだが、どちらも左の道を選べば良い。 右の道は松木川に沿って松木渓谷へと至る道である。

橋を渡る際、右手を見ると、川の流れの先に大きな山が見える。日光の大平山かもしれない。
沢を渡った先で道は左にカーブするが、右手奥には建物が見える。実は、ここまで 2台の車に追い抜かれているのだが (1台は大型ダンプ)、皆そちらの建物の方へ進んでいるようで、 この後 車に追い抜かれることはなかった。
導水管の下を潜り、林道は仁田元川に沿って進む。足下には砂利道とコンクリート道が交互に現れる。
最初はあまり傾斜がなかった林道も少しずつ上り勾配となる。また、前方に山が見えてくるが、この辺の山は名前が全く分からない。

とは言え、井戸沢下流ダムの手前になると、先ほど最初の久蔵川を渡る時に見えた山が上方に見えてくる。
その位置、そして斜面のいたる所にガレ場が見られることから考えると、目指す中倉山ではないかと思う (実際そうであった)。
井戸沢下流ダムの上部にて小さな流れを渡り、ヘアピンカーブに至る前にショートカットを見つけて進む。
上り勾配であった林道は一旦平らになり、前方に形の良い山が見えてくるが無論名前は分からない。

林道は再び緩やかな上り勾配となり、やがて右手に法面が現れたかと思うと、そこから 5分程で林道右脇に 中倉山の登山口が現れる。
時刻は 8時12分。『 中倉山 』 と書かれた手製の標識がありがたい。
まだ全く芽吹いていない樹林帯へと入る。最初は緩やかな登りであったが、斜面をジグザグに登り始めると、傾斜が増してくる。
途中、登山道脇にロープが張られていたものの、これはお助けロープではなく、登山道を勝手に逸脱しないようにするための柵の代わりと思われる。 道は明瞭、足下に岩屑が見られるが、しっかり整備されている。
しかし、足が進むので楽勝かと思っていたら、とんでもなかった。周囲に岩が多く現れる頃から、急登が始まる。

さらには、岩が多い場所を抜けると土の滑りやすい斜面が続くようになる。ただでさえ滑りやすいのだから、雨の翌日などは大変である。
周囲に木々は多く見られるものの、全く芽吹いておらず、木の屍の中を登っているようである。
緑色は岩に生えている苔類のみで、下草もほとんど見られない、土と岩屑と落ち葉の混ざった斜面を登る。

一応ジグザグに道はつけられているのだが、それでも結構辛い。展望は全く得られず、救いは斜面の先に見えている青空だけである。
ただ、普通、斜面の先に青空が見えれば、終わりが近いはずであるが、もうそろそろかなと思うと、道はそこを逸れて右へと進むなど、終わりがなかなかやってこない。

標識は全くなく、テープもほとんど無い状態であるが、足下が明瞭なので迷うことなく登っていくことができる。
そんな中、登山道脇の三角形の平たい岩に、金釘でひっかいたような字で 『 55分 』 と書かれていた。ここから頂上まで 55分という意味だと判断すると、今は 8時51分なので、 頂上到着は 9時46分ということになるが、さて、どうであろうか。
足下に下草がほとんど見られない登りが続く中、やがて周囲に冬枯れ状態の草が見られるようになる。
傾斜も少し緩み始め、上方の青空も近づいてきているようである。

後方を振り返ると、樹林が切れて双耳峰の山が見える。恐らく備前楯山であろう。 この備前楯山は足尾銅山発見の地なのである。
1610年、2人の農夫がこの山で銅鉱を発見し、その後、江戸幕府直轄の鉱山として本格的に採掘が開始されたとのことで、 山の名は発見者の功績を称え、2人の出身地である 備前の名を取って付けられたとされている (『 楯 』 は銅鉱脈の露頭のこと)。

山の展望が得られたことで少し元気をもらう。上を見上げれば、稜線がかなり近くなってきており、もう少しである。
そして、9時7分、長い登りも漸く終わりとなり、稜線に登り着く。
と、思ったらそんなに甘くはなく、ここは支尾根であり、ここからも尾根の登りが続いていたのである。

しかし、傾斜はかなり緩やかなようであり、さらには展望が少し開けたのが嬉しい。
樹林越しではあるが、草付きの斜面、そしてその先に台形の山が見える。山名は分からないが、中倉山ではないようだ (中倉山の西方に位置するオロ山で、その先は庚申山へと続く)。
さらには、その右手前にピラミッド型の山も見えているが、こちらも名前が分からない。

疲れが出始めているが、そのまま休まず先へと進む。道は右に曲がり、支尾根を登っていく。
傾斜が緩やかなのがありがたいと思ったら、すぐに傾斜が増してくる。しかし、それも長くは続かず、また緩やかな登りとなる。
このまま中倉山に至るものだと思っていたところ、尾根は一旦ピークに至った後、下りに入り、その先に本峰が待っていた。
鞍部に下ると、左手に先ほどのピラミッド型の山がよく見えるようになる。そして、さらにその左後方にも別の山の頂上部が見えている。
この時は知らなかったのだが、手前のピラミッド型の山は、俗称 『 波平ピーク 』 で、その左後方の山が沢入(そうり)山である。
さらにはそれらの山の左後方に先ほど見えたオロ山も見えてくる。

道はいよいよ本峰への登りに入る。ここで道が 2つに分かれる。直進と左に曲がる道である。
事前に良く調べておけば、直進の道はローソク岩の近くを通り、中倉山の稜線が銅親水公園方面に下る縁に到達して展望を得られることが分かったのであるが、 そうとは知らず、さらには疲れていたためであろう、左に曲がる傾斜が楽そうな道を選んでしまう。
左に進み、斜面を斜め上に登っていくと、急に開けた場所に飛び出す。少し下方には岩場もあり、そこまで行って休憩する。
時刻は 9時36分。

この岩場からの展望は素晴らしく、波平ピーク、沢入山、オロ山へと続く稜線が見え (無論、この時は山名を知らない)、 オロ山の左後方には庚申山と思しき山もチラリと見えている。
そして、庚申山の左側を隠している手前の山の左斜面後方からは袈裟丸連峰も顔を出している。
その袈裟丸連峰が左に下っていくそのさらに左側に、何と富士山が確認できたのであった。春霞がかかったような状態の中、白い固まりがボーと浮かんでいるような感じではあるものの、 思いがけず見えた富士山にテンションが上がる。

9時41分に出発。ここでも道は 2つに分かれ、一つは斜面を登っていく道、もう一つは左にほぼ水平に続く道である。
さすがに、ここでは登りを避ける訳には行かず、斜面を登る。傾斜は割と緩やか、富士山を見ることができたお陰か、足が進む。
そして、9時47分、ついに稜線に飛び出す。
まず目に飛び込んでくるのが男体山である。残念ながら、手前の社山によって半分以上姿を隠されてはいるものの、頂上部分はしっかりと見えている。 社山の右には半月山も見えており、また社山の左には大平山が大きい。
なお、この尾根道は右にも続いていたので、先ほどの最初の分岐で右に道をとらなかったことを反省する。

道を左にとって尾根上を進む。緩やかに登っていくと、やがて左側に三等三角点が現れる。標高は 1499.6m。
ただ、ここは頂上ではなく、山頂はさらに先である。
周囲は灌木帯になっており、進むに連れて展望もドンドン開けてくる。前方右手、大平山の斜面が左に下る後方に稜線が見え、そのさらに後方にまだ雪を抱いている山が見える。 その山頂の形、また方角から錫ヶ岳と思われる。
ということは、錫ヶ岳の手前を横切る尾根はシゲト山から三俣山へと繋がる尾根であろう。
そして、左を見れば、ここからも富士山が確認できたのであった。

楽しい、尾根歩きが続く。やがて、周囲の灌木もなくなり、草の斜面が続くようになって、小さなマウンドを登り切ると、 前方にケルンの中に立つ十字架のような 中倉山の標識が見えてくる。
中倉山到着は 9時58分。先ほどの石に刻まれていた 『 55分 』 よりも 12分程時間がかかってしまったが、途中、写真を撮りまくり、休憩もしたので、まあまあであろう。 また、嬉しいことに頂上には誰もいない。

頂上の岩に腰掛けて軽く食事をした後、周囲にカメラを向ける。
まず、この中倉山の尾根の続きであるが、先ほど見えたピラミッド型の高みが見え、その左後方にも山がチラリと見えている。
ということで、ピラミッド型の高みは波平ピークで、その左後方の頂上部分が見えている山が沢入山であると知る。
そして沢入山から続く尾根は、気持ちの良さそうな草の斜面を経て台形の山へと続いており、その尾根の後方に皇海山が顔を出している。さらに、台形の山の左後方には庚申山が見えている。 ということは、台形の山はオロ山 (地図に名前の記載はない) ということになる。

庚申山の左手前に見える山 (名前は分からない) の左斜面後方には、後袈裟丸山、前袈裟丸山、そして小丸山が見えている。
袈裟丸連峰の左手後方には富士山も確認できるが、最早 ほとんど空の色にその存在を隠しつつある。
富士山の左側にも多くの山々が見られるものの、知識が無いため全く同定できない。
ただ、備前楯山はすぐ手前に見えており、その左後方に地蔵岳 (鹿沼市粕尾峠の近く) が見えている。
その後も見知らぬ山々が続くが、北東の方向にまで回ってくると、半月山が確認でき、その左に社山、大平山が続く。
男体山は社山の後方であるが、男体山の右斜面には雲が忍び寄ってきている。

山ばかりに目が行っていたので、少し中倉山の北側下方を覗き込んでみる。
下方には、この中倉山とその反対側の山との間に狭い谷底平野ができており、そこに松木渓谷に続くと思われる林道が走っている。
また、林道周辺には建物がパラパラと確認できるが、治山工事の現場事務所なのかもしれない。
凄まじいのは、谷底平野後方の斜面である。黒砂の斜面のように見え、さらにはそれが今にも崩れ落ちそうな急角度なのである。
しかし、帰宅後調べると、見えたのは旧松木村の跡地付近らしく、黒砂に見えたのはどうやら銅製錬過程にて排出されたスラグ (廃鉱石) で、 旧松木村はそのスラグの捨て場になっていたらしいのである (煙害により住民が立ち退いた跡地がスラグ捨て場となった)。
緑が徐々に回復しつつある足尾地区において、この地域が緑化への最後の難関であろう。

10時7分に出発、先へと進んで沢入山を目指す。
最初は草地の緩やかな尾根の下りが続く。この辺には木が生えていないが、これも煙害+木の乱獲+山火事のためなのであろうか。
緩やかに下って行くと、斜面には草に加えて岩屑と土が混ざるようになり、下り着いた鞍部には噂の 『孤高のブナ』 が立っていた。
時刻は 10時15分。
『孤高のブナ』 と言うが、確かに稜線上に立っているのはこの木だけで、他は左側斜面の 10m程下方にしか生えていない。
右側は急斜面の後、岩がむき出しになった断崖である。風が吹き抜ける稜線上に立つその姿が、皆の共感を呼ぶのも分かる気がする。

ここからは波平ピークに向かっての登りが始まる。まずは緩やかに登っていくと、狭い岩場が現れる。
左下の樹林帯に巻き道もあるようだが、これくらいなら進んで行けそうである。
左側斜面は木々が多いものの、右側は完全にガレている。慎重に岩場を進む。
その時、後方から若者がやってきた。かなり足が速そうなので、先に行ってもらう。
なお、この若者はかなりの健脚で、この後、沢入山からオロ山へと至った後、ピストンで銅親水公園に戻ってきている。
小生は沢入山の少し先までしか行かなかったのだが、彼には帰りの林道で再び追い抜かれてしまったのであった。

岩場を抜けると、小さなピークを越えて鞍部に下りた後、波平ピークに向けての急登が始まる。
道は基本的に稜線上を進むのだが、左側は草付きの斜面で木々も多く見られる一方で、右斜面は完全に土がなくなって岩がむき出しになったガラ場となっている。
ガラ場を覗き込むと、白や黒や灰色の岩肌が迫力を見せていて、火口跡を見ているような錯覚に陥る。

手前から見た時、この登りはかなりの急斜面で苦労するかと思ったのだが、意外とスンナリ足が進む。
高度はドンドン上がり、右手を見ると、先ほどのシゲト山と三俣山を結ぶ稜線の後方に奥白根山と白根隠山が顔を見せている。
急斜面が終わり、道が緩やかになった後は岩場の通過となる。
岩場の一番高いところは左側を巻き、草付きの斜面を緩やかに登っていくと、再び岩場が現れるが、通過はたやすい。
そして高みの一角に登り着けば、積み上げた岩に枯れ木が 1本立っているのが見えてくる。波平ピークに到着であるが、 この名の由来は サザエさんの父、波平さんの髪の毛のように 1本だけ木を立たせてあるからとのことである。時刻は 10時49分。

奥白根山、錫ヶ岳、そして皇海山など馴染みのある山を見ながらの楽しい空中散歩が続く。
波平ピークよりも少し高いと思われるところまで登った後、道は緩やかに下って行く。
沢入山と思しきピークが目の前だが、その右斜面後方に白き山が見えてくる。複数の山の集合であり、一瞬どこの山か分からなかったが、 じっくり考えて武尊山とその周辺の中ノ岳、家ノ串山、川場剣ヶ峰、前武尊といった山々だと気づく。これは嬉しい。
本日、一体いくつの百名山を目にしたことであろう。

沢入山への登りは比較的緩やか。草付きの斜面をゆっくりと登る。
少し斜面が急になってくるが、もう少しと思って頑張って登り切ると、そこは沢入山の頂上には非ず、さらに先にピークが見えている。
ガッカリするが、それ程距離があるわけではない。ここからの斜面も比較的緩やかでありがたい。
左手には袈裟丸連峰が完全に姿を現しており、前袈裟丸山、後袈裟丸山、中袈裟丸、奥袈裟丸といった連なりがよく見える。
傾斜は緩やかになり、前方にピラミダルな皇海山の姿が見えてくると、沢入(そうり)山の頂上はすぐで、木立に囲まれたピークを右から回り込めば、そこが頂上であった。 時刻は 11時9分。

頂上には手製の標識の他、柱石らしきものがあったが、これは三角点ではないようである。
なお、沢入山の標高は 1,704m、小生にとって今年の最高到達点である。
この頂上は狭く、木々が邪魔で展望を得られないので、さらに先の草地まで下る。時刻は 11時11分。
このやや広い尾根上に生えていた木々は皆枯れてしまったのであろう、屍 (しかばね) となった木の根元部分が周囲に点在している。

ここもなかなかの展望で、西方には真白き武尊山が見え、その左に美しいピラミッド型をした皇海山、そしてオロ山、庚申山、袈裟丸連峰が続く。 武尊山の右には、峰山が見え、その右手前に見えているのは大ナラキノ頭というピークらしい。
大ナラキノ頭の右に三俣山が続いた後、そこからシゲト山、黒桧山までの尾根が続く (但し、黒桧山は見えない)。
その尾根の後方には錫ヶ岳がほんの少しだけ頭を見せ、その右に奥白根山、白根隠山、そして前白根山が続く。
さらに右には大平山が大きく、その右に社山、半月山が続く。大平山と社山との鞍部後方には男体山が見えている。
また、半月山の右後方には夕日岳、地蔵岳 (先ほどとは別の山) も確認できる。

ゆっくり休んで、11時23分に出発、辿って来た道を戻る。
沢入山を 11時25分に通過、波平ピークには 11時39分に戻り着く。
その後も順調に足を進め、『孤高のブナ』 の前には 12時4分に戻ったのであった。
ここで道は 2つに分かれ、左の道は中倉山頂上へ、右の道は巻き道である。中倉山頂上に数人いたことを考慮し、頂上通過を止めて巻き道を進む。 男女 2人が巻き道をこちらにやってきたので、それを待ってから巻き道に入る。

緩やかな下り勾配の道を順調に進み、登りの時に休憩した岩場には 12時17分に戻り着く。
さらにまっすぐ進んで、ローソク岩方面への道と合流したところで、右折して下りに入る。
支尾根から下るポイントを 12時33分に通過、ここからはキツい下りが待っている。

滑りやすい斜面なので気をつけていたのだが、1度だけ滑ってしまい尻餅をつく。
後は順調に下り、中倉山登山口には 13時12分に到着。
林道を戻る途中、猿 2匹に遭遇したが、まだ山は寒いのであろう、2匹とも毛がフサフサであった。
また、先に述べたように、波平ピークへの手前で追い抜かれた若者に再度追い抜かれる。
そして、公園の駐車場には 13時59分に戻り着いたのであった。

本日は、初めての山となる中倉山に登ったが、低山とは言え、アルペンムード一杯の楽しい山旅であった。
しかし、そのアルペンムードは足尾銅山の煙害等によりもたらされたものだということを考えると、素直に喜べない。
一方、40数年前に見た足尾の山々に比べ、かなり植生が復活してきていることに驚く。
緑化事業に取り組んでいる国、自治体、そしてNPO、ボランティアの皆様に敬意を表したい。

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 更新記録

 5/5 かなりの古新聞になりますが、簡易登山記録に 権現山、扇山、百蔵山 を掲載しました。 
 4/18 古新聞になりますが、簡易登山記録に 仏果山、経ヶ岳、華厳山 を掲載しました。
 2021/4/1 かなりの古新聞になりますが、簡易登山記録に 大室山 を掲載しました。
     −−−−− またまた暫し お休みを戴きました m(_ _)m −−−−−
 6/25 登山ではありませんが、簡易登山記録に 瀬谷散歩 を掲載しました。
 2020/6/1 蔵出しになりますが、簡易登山記録に 霧ヶ峰 を掲載しました。
     −−−−− 暫し お休みを戴きました m(_ _)m −−−−−
 7/31
かなり古新聞ですが簡易登山記録に 角間山、湯ノ丸山、烏帽子岳 を掲載しました。
 6/28 簡易登山記録に 三峰山、鉢伏山 を掲載しました。
 6/11 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 乗鞍岳 を掲載しました。
 5/22 簡易登山記録に 鎌倉散策 を掲載しました。
 2019/4/30 簡易登山記録に 大菩薩嶺 を掲載しました。
 11/9 いまさらではありますが簡易登山記録に 阿弥陀岳、赤岳 を掲載しました。
 8/28 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 芋木ノドッケ、雲取山 を掲載しました。
 7/25 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 芋木ノドッケ、長沢山、天祖山 を掲載しました。
 7/4 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 天目山、蕎麦粒山、川苔山 を掲載しました。
 6/13 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 天祖山、酉谷山、天目山 を掲載しました。
 5/26 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 鷹ノ巣山、六ツ石山 を掲載しました。
 5/6 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 鎌倉散策 (祇園山) を掲載しました。
 4/24 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。
 4/11 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 川苔山 を掲載しました。
 3/21 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 御前山 を掲載しました。
 2/18 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 三頭山 を掲載しました。
 2/7 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 大岳山 を掲載しました。
 1/21 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 雲取山 を掲載しました。
 2018/1/8 かなりの古新聞ですが簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。    

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