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チュウヒの生態  − 抜粋 −


オリジナル

繁殖の概要
【 要約 】
チュウヒは基本的に一夫一妻で、時に一夫多妻となることがある。
繁殖個体は、冬の間に繁殖地に飛来し、3月頃に波状ディスプレイを行う。
3月下旬にはつがいを形成して造巣をはじめる。
4月下旬には抱卵を開始し、抱卵5週間ほどでヒナが孵化する。
ヒナは孵化後60〜75日齢で親から独り立ちする。
繁殖終了後、親鳥と一部のヒナは繁殖地から姿を消し、越冬地に向かう。
● 一夫多妻とつがい相手の変更
チュウヒは基本的に一夫一妻だが、ときに一夫多妻となることがある(日本野鳥の会岡山県支部 2002,中川 2006,千葉ほか 2008,小栗ほか 2009,多田ほか 2010, Eduence Field Production 2011,先崎ほか 2015(b),土門ほか2017)。
ある年の北海道勇払原野ではペア全体の2割が一夫二妻となっていたり(先崎 2017)、最大で一夫三妻の例(先崎 2017)があるが、一夫多妻の場合に両方の巣からヒナが巣立つことは少なく(先崎ほか 2015(b))、多くの場合は「正妻」以外との繁殖に失敗しているようである。
また、チュウヒは一旦つがい形成をした後に、つがい相手を変えることがある(中川 2006,多田ほか 2010,多田 2014(a),先崎 2017)。
つがい相手を変える主体は、オスである場合とメスである場合の両方があるが、変えた主体の縄張りはつがい相手が新しくなってもあまり変わらないようである。多いものでは、つがい相手のオスを1シーズンに3回変えたメスが観察されている(中川 2006)。
● 繁殖の各ステージ
1.つがい個体の飛来
繁殖を行う個体は、早いものでは12月には繁殖地に飛来している(多田 2014(a))。
チュウヒの越冬数が少ない地域では、青森県への飛来は3月(多田ほか 2010)、北海道への飛来は3月下旬〜4月下旬となっている(富士元2005, Eduence Field Production 2011,先崎ほか 2015(b))。
2.繁殖ディスプレイ
2月下旬になると、他のチュウヒを追い立てるオスの行動が頻発し(若杉 1982)、2月下旬〜3月には繁殖行動の1つである波状飛行(フライトディスプレイ)が見られる(中川 1991,日本野鳥の会三重県支部 2006,多田ほか 2010,市川ほか 2011,多田 2014(a))。
繁殖行動の開始直前となる4月頃に飛来してきた個体では、繁殖地に飛来してすぐに波状飛行を開始する。
3.つがい形成
オスは前年の縄張り付近に戻ってくるようである。しかし、メスは必ずしも前年のペア相手ではない(Eduence Field Production 2011,土門ほか 2017)。また、一夫多妻のチュウヒの場合、年によっては隣接するなわばり間でつがいのオスが変わることがしばしばある(先崎ほか 2015(b))。どの行動をもって、つがいが形成されたと判断するかは難しいところもあるが、基本的には雌雄での餌の受け渡しが見られた段階で、つがいが確定するようである。
メスの存在下において、オスの波状ディスプレイが観察され始めてから40日程度で雌雄によるつがい間での行動のようなものが観察された報告がある(多田 2014(a))。一方、越冬個体の少ない青森県では、波状ディスプレイが観察され始めてから半月以内につがい形成を行う場合もある(多田ほか 2010)。早いものでは、メスが飛来してから7日程度でつがい形成したと思われる事例もある(多田 2014(a))。
4.造巣
早いものでは巣材運びが2月下旬に観察されているが、このときはまだつがいが形成されていなかった(市川ほか 2011)。つがい形成後の巣材運びは、早いものでは3月下旬には開始している(日本野鳥の会岡山県支部 2002)。越冬期にチュウヒの少ない青森県では4月上旬には開始し(多田ほか 2010)、北海道では4月中旬には開始しているようである(富士元 2005)。
巣材運びを始めてから抱卵するまでの期間は、13日以内の例(多田2014(a))や、7日以内と思われる例(日本野鳥の会岡山県支部 2002)があ
る。
巣材運びは雌雄共同で行うが、オスが巣の基礎となる材料(1mを超えるヨシの茎など)を運んでくるのに対して、メスは産座になる材料(数十cmのやわらかい草の葉など)も運んでくる。巣材を取ってくる場所は巣の近くにあり、よく取りに行く場所は数か所ほどに限られていることが多い。ヨシ原の中で巣材を拾うため、その様子を直接見ることは難しいが、筆者はチュウヒが枯れたヨシを地面から引き抜いて運んで行ったのを見たことがある。このことから、折れて倒れている巣材以外にも、必要に応じて巣材を引き抜いて利用するものと思われる。
巣材は足に掴んで巣まで運ぶこともあれば、嘴にくわえて運ぶこともある。
巣が完成した後も巣材運びは続き、ヒナが飛び始める頃まで巣材運びが続けられる(日本野鳥の会岡山県支部 2002,多田ほか 2010)。ビデオ撮影した1例では、ヒナの孵化後に持ち込まれた巣材は、単に巣の上に積み重ねられるだけで、産卵前の造巣のようにしっかりと巣に織り込まれることは無いようである。
なお、イタチ(西出 1979)やハシブトガラス(中川 2006)により卵などが捕食された場合などには、チュウヒが縄張り内の別の場所で再営巣することがある(樋口ほか 1999,多田 2014(a))。例として、4月4日に巣材運びを始め、その後、巣材運びをする場所を2回変えて、ヨシを積み上げた作りかけの巣のような場所を7月3日までつがいが利用していたものがある(多田 未発表)。
再営巣の多くは抱卵などに至らず繁殖が失敗していると思われるが、中には再営巣後に繁殖を成功させた例もある(多田 2014(a))。
5.交尾と産卵
交尾は早いものでは4月上旬に観察されている(日本野鳥の会岡山県支部2002)。交尾は樹上や地上で行われる(千葉ほか 2008,多田ほか 2010)。
また、人工物の木柱の上で行われた例もある(多田 2014(a))。交尾の一連の流れは次の通りである。
1.オスが鳴きながらメスに近づく。 
2.メスが腰を上げ、オスがメスの背に乗る。
3.交尾の姿勢は4〜10秒ほど続き、その間オスは鳴くことは無く翼を広げながらバランスを取る。
4.交尾後にオスは飛び立ち、メスは体を震わせて羽を整える。
産卵は4月上旬に観察されているが一般的には4月下旬のようである(西出 1979,樋口ほか 1999,多田ほか 2010)。産卵は2〜3日間隔で行われると推測されている(西出 1979)。
なお、抱卵中に繁殖に失敗した場合は再繁殖を行うことがある(樋口ほか 1999,多田 2014(a))。再繁殖の場合は、産卵の前に交尾をやり直し、産卵が6月上旬になることもある(多田 2014(a))。
6.抱卵
抱卵は主にメスが行う(西出 1979,日本野鳥の会岡山県支部 2002,多田ほか2010)。
抱卵は2卵目から開始すると推測されているが(西出 1979)、1卵目から抱卵するとの記述もある(平野 2010)。なお、近縁種のヨーロッパチュウヒでは、1卵目から抱卵を開始するが、抱き続けるようになるのは2〜3卵目からとされている(Clarke 1995)。
抱卵期間は28〜35日程と推測されている(中川 1991,日本野鳥の会岡山県支部 2002,千葉ほか 2008,多田ほか 2010)。なお、近縁種のヨーロッパチュウヒでは、抱卵期間は約30〜36日で、そのうち69.2%が33日だったとの報告がある(Witkowski 1989)。
抱卵中のメスは、オスから給餌を受ける(西出 1979, 日本野鳥の会岡山県支部 2002)。その際、メスは巣からあまり離れていない別の場所で餌を食べるが(西出 1979)、その間、オスは巣のそばにいるだけで、巣には入らないことが多い。しかし、メスが巣を開けている間に、オスが代わりに抱卵を行ったのが2例観察されており(日本野鳥の会岡山県支部2002)、筆者も数例を観察したことがある。
7.ヒナの孵化
ヒナの孵化は、早いものでは5月上旬の記録があり(西出 1979)、6月上旬までに孵化するのが一般的である(若杉1982,日本野鳥の会岡山県支部 2002,池田ほか2007,納家ほか 2007,千葉ほか 2008, 多田ほか 2010)。
遅いものでは、ヒナの孵化が7月中旬となったものが3例ある(樋口ほか 1999, Eduence Field Production 2011,多田 2014(a))。
8.メス親の狩りの開始時期
メス親はヒナが孵化した後も、しばらく巣に留まり続ける。しかし、ヒナが孵化してから3週齢ほど経つと、メス親も巣を離れて狩りを行うようになる(中川 1991,多田ほか 2010)。早いものでは、ヒナが推定2週齢(多田 2014(a))、もしくは推定8日齢(日本野鳥の会岡山県支部2002)になった時点で、メスが巣を離れて狩りをしていた記録もある。
ただし、メス親によるヒナへの給餌はあまり積極的に行われないことも多く、その際は特に狩りを行うわけでもなく、巣から少し離れた場所に降りて過ごしているようである。
9.ヒナへの給餌
ヒナに与える餌の大半は、オス親が捕まえてくる。岡山県での1例では、ヒナへの給餌440例のうち409例がオス親が捕った餌であり(日本野鳥の会岡山県支部 2002)、青森県の1例では、39例中30例がオス親によるものだった(多田 2011)。一方で、オスもメスも頻繁に餌を運ぶとの報告もある(中川 1991)。
オスが餌を運んできた場合には、一旦メスオスが餌を運んできた場合には、一旦メスが受け取った後に、巣に持ち込むことが多い(日本野鳥の会岡山県支部 2002)。小さな餌はそのままヒナに給餌するが、大きな餌の時はヒナが食べ易いように親が小さく調理してから巣に持ち込むとの報告もある(日本野鳥の会岡山県支部2002)。筆者の観察では、ネズミの頭や内臓の一部を外して巣に持ち込む親鳥が観察された一方で、まったく調理せずに巣に持ち込む親鳥もおり、親によって調理の有無や程度が異なるようである。
なお、ヒナがある程度大きくなり、親鳥が巣内に留まらなくなると、親鳥が巣に持ってきた餌をヒナが取り合うようになる(多田2011)。チュウヒのヒナが餌を食べる際には、もう片方のヒナに横取りされないように、両翼を広げて餌を隠しながら食べることがある(多田 2011)。
 ヒナへの給餌回数は日によって異なるが、1日の間に巣立ち前のヒナ3羽に対して計8〜25回の給餌を行った記録がある(日本野鳥の会岡山県支
部 2002)。多いときには1時間に両親を合わせて5回の給餌(オスのみで4回)を行うが、平均すると1時間〜30分の間に1回の給餌頻度となっているようである(日本野鳥の会岡山県支部 2002,多田 未発表)。
10.ヒナの成長
<羽などの外見の変化>
孵化したばかりのチュウヒのヒナは、スズメ位の大きさで、全身真白な綿毛に包まれている(西出 1979,千葉ほか 2008)。
孵化後12日目ごろになると、ムクドリぐらいに成長するが、まだ綿毛に包まれていて、翼では羽鞘が出はじめているが羽弁はまだ開いていない(西出 1979)。卵歯は少なくとも孵化後13日目までは脱落しなかった(千葉ほか 2008)。
孵化後17日目ごろになると、翼の羽鞘も羽域に出揃い、風切羽の羽弁が開きはじめてくる(西出 1979)。
孵化後25日目になると、キジバトぐらいの大きさになり、体羽の羽鞘も出揃い、小翼、風切り、雨覆の羽弁も伸び、白い綿毛に暗褐色の羽毛が混じる(西出 1979)。
孵化後28日目以降になると、このころから雛の成長が急激に早くなり、頸から喉にかけてと脛、それに肩、雨覆にまだ白い綿毛が残るが、胸や背、風切などは体羽が生えそろって白と暗褐色のだんだら模様となる(西出 1979)。
孵化後30日目の幼鳥では、額から頭上にかけてと脛に綿毛が残るだけに変わり、孵化後32日目には額から頭上の一部に綿毛がわずかに残るだけとなる(西出 1979)。
<体重の変化>
近縁種のヨーロッパチュウヒでは、ヒナの体重は生後25日齢ごろには雌雄での判別が可能なほどに差が現れ、生後30日ごろには体重の増加がほとんど止まることが報告されている(Witkowski 1989)。
<立って過ごす時間の変化>
孵化後約15 日齢には84%の時間を巣内で伏せるか座って過ごしており(多田 2011)、17日齢ぐらいまでは肘を使ってよたよたと立ち上がるがすぐに尻をつく(西出 1979)。
孵化後25日齢になると、両脚を伸ばした状態で立てるようになり(西出 1979)、約30 日齢 には53%の時間を立って過ごすようになる(多田 2011)。
孵化後約32 日齢には99%を巣内で立って過ごしていた(多田2011)。
<巣立ち>
チュウヒのヒナの巣立ちの時期を定義するのは難しく、ヒナが巣を出入りする場合と(日本野鳥の会岡山県支部 2002,多田 2011)、一度出たら戻ってこないと推測される場合がある(西出 1979)。
孵化後28日齢になると、ヒナは巣を離れて草地を移動する(西出1979)。巣が冠水したヨシ原にある場合、ヒナの飛翔能力がまだ充分に備わっていないときには、ヒナはヨシの茎を掴んで水面に落ちないようにしながら巣の外へ出ていく(多田 2011)。巣への出入りを繰り返していたヒナの例では、約34 日齢には日中の46%を巣の外で過ごし、約47 日齢には日中の99%を巣の外で過ごしていた(多田 2011)。
ヒナが移動した場所の地面には、イネ科植物の枯葉が少量敷かれた、直径約40cmの疑似巣(西出 1979)あるいは休み場のようなもの(多田 2014(a))が作られる場合がある。この疑似巣は営巣地とほぼ同じ環境のヨシ原の中にあり、ヨシが疎で下草が多い場所に、ヒナが移動する都度つくられる(西出 1979)。また、巣に隣接してつくられた例もある(多田 2014(a))。
推測ではあるが、巣立ち直後のヒナが巣の上ではなくヨシ原の中で過ごしているのは、直射日光による熱射病を防いだり、捕食者に見つからないようにするためではないかと思われる。
<飛行>
孵化後約30 〜32日齢には羽ばたきの練習を行っており(西出 1979,多田 2011)、約34 日齢では羽ばたきによるジャンプをし、約39 日齢には数メートルほどの飛翔を行った(多田 2011)。
ヨシ原の外からヒナが飛翔する姿を観察できるのは、39〜41日齢ごろのようである(西出 1979, 日本野鳥の会岡山県支部 2002)。約41日齢には巣材をつかんで狩りのまねをするのが観察されている(多田 2011)。
約45〜48日齢になると、親鳥が運んできた餌を空中で受け取ろうとするようになる(日本野鳥の会岡山県支部 2002,多田 2011)。なお、ヒナは飛行できるようになってもしばらくの間は、チュウヒに特徴的な両翼を浅いV字型に保っての飛翔はできず、トビなどのような一文字型での飛翔を行う。
11.ヒナの独り立ち
チュウヒのヒナは7月下旬〜8月中旬に独り立ちするようである(西出1979,多田ほか 2010)。
ヒナは8週齢ごろになると、狩りのような行動を始めるようになる(多田 2014(a))。ヒナが親鳥からの給餌を受けなくなるのは、孵化後60〜75日齢で(西出 1979,多田ほか 2010,多田 2014(a))、長いものでは約86日齢だった例がある(日本野鳥の会岡山県支部 2002)。
ヒナのきょうだいは親から独り立ちしてからも1週間ほどは同じ木に止まったりするなど、行動を共にする(多田ほか 2010,多田 2014(a))。
12.親鳥の飛去
ヒナが独り立ちした後、親鳥はヒナよりも先に繁殖地から姿を消して越冬地へ向かうようであり、8 月中旬〜8月下旬には姿を消している(多田ほか 2010)。繁殖が遅れたものでは親鳥の飛去が9月下旬となった例もあるが(多田 2014(a))、北海道では通常でも9月のようである(富士元 2005)。
なお、繁殖に失敗した場合、親鳥は繁殖地からすぐに姿を消すこともあれば、しばらくは繁殖地にとどまっていることもある。しばらくとどまっている場合には、新たな造巣活動が見られなくてもペアのつがい関係が継続していることもあり、オスがメスに約1か月間給餌を続けていた例がある(多田 未発表)。一方で、繁殖失敗後もつがい個体が繁殖地にとどまっているものの、つがい間での行動が見られず、つがい関係が解消されていると考えられる場合もある。
13.幼鳥の移動
幼鳥は早いものでは巣立ち1ヶ月後に大きな移動を始める。巣立ったヒナの1/3がどこかに移動し、もう1/3が繁殖地に留まり、残りの1/3はいつの間にか消えてしまう(中川 1991)。
移動するヒナについては、8月中旬〜9月には繁殖地から姿を消しはじめるようである(日本野鳥の会岡山県支部 2002,富士元 2005,多田ほか2010)。


ディスプレイと餌の受渡し
【 要約 】
チュウヒの繁殖に関するディスプレイ(ディスプレー)としては、「波状飛行」「疑似攻撃」「2羽での飛行」「餌の受渡し」がある。ただし、「波状飛行」はテリトリーの主張が主な目的のようであり、「餌の受渡し」はつがい形成の儀式以外にも、メス親への給餌としても行われる。
つがい間、あるいは親子間での餌の受け渡しは、主に空中で行われる。餌を受け渡す個体の下に、餌を受けとる個体が入り込み、落下してきた餌を反転して足でキャッチする。
● 繁殖に関するディスプレイ
<波状飛行(フライトディスプレイ)>
高空で宙返りをしながら急降下し、途中でひねりを入れて着地するなどの多彩なディスプレイが見られる(彦坂 1984)。宙返りを行う際には、「ピュー」もしくは「ピョー」のように聞こえる鳴き声を発する。北海道の観察例では、ディスプレイにはいくつか種類があり、「深い羽ばたきのディスプレイで高空まで上昇したのち、らせん状に急降下・急上昇を繰り返しながら高度を下げ、営巣地もしくは営巣地付近の草地へ降下するもの」は同種他個体(特に同性)に対しての縄張り宣言のような局面で行われることが多く、「中空から翼をしぼめたまま、急降下・急上昇を行うもの」は営巣地上空を飛翔したオジロワシに対して行ったことから、より排他的な意味合いが強いように感じられると指摘されている(先崎 2017)。同様に青森県仏沼での観察例でも、波状飛行には求愛以外にもテリトリーの主張などの意味合いを兼ねている可能性があるとの指摘がある(多田ほか 2010)。外国の文献では、チュウヒ類の波状飛行は、主にテリトリーの主張が目的であり、異性を引きつける効果は付随的であると考えられている(Simmons 2010)。
北海道のフライトディスプレイは渡来直後から抱卵期まで特によく見られ、頻度は減るが育雛後期まで観察される(先崎 2017)。青森県仏沼ではつがい形成後の6 月頃まで観察される(多田ほか 2010)。また、一度繁殖に失敗した後に再繁殖する際にも、一時的に波状飛行を再開した例がある(多田 2014(a))。
波状ディスプレイは主にオスが行うが、メスが行うこともある(多田 2014(a))。ただし、メスの場合はオスに比べて急降下の落差が小さく、派手さに欠ける。
なお、波状飛行は上昇気流の発生する昼前によく観察され、アフリカチュウヒでは11時が最大となる(Simmons 2010)。
<疑似攻撃>
オスがメスに疑似攻撃を仕掛けることがある。オスはメスに向かって疑似攻撃を仕掛け、メスは体を反転させ足をオスに向けて突き出す(彦坂 1984,日本野鳥の会岡山県支部 2002)。あくまで疑似的であり、実際に相手に接触することはない。場合によってはメスの方からオスに向かって疑似攻撃を仕掛けることもある。排他的行動で見せるモビングと似ており、疑似攻撃との識別のためには、行動前後の2羽の行動を見ておく必要がある。
この行動は抱卵後には見られなくなり(多田ほか 2010)、繁殖失敗後のつがいが再営巣するまでの間に見られることもある。
なお、抱卵期のメスが、樹上などに止まって休んでいるオスを追い出して採餌行動を促すような行動をすることがあるが、上述の疑似攻撃のようなつがい形成やつがい関係の維持のような意味は持っていないと思われる。
<2羽での飛行>
オスとメスで螺旋を描くように(2羽でタカ柱を作るように)遥か高空まで昇ったり、連れ添ってヨシ原の上を低く飛ぶ(中川 1991)。排他的行動で見られる追跡飛行や追い出しとは異なり、相手を追い出すようなそぶりは見せないが、らせんを描くような旋回飛行から、疑似攻撃へと移行することもある。
この行動は抱卵後には見られなくなる(多田ほか 2010)ことから、つがい形成の際に行われるものと考えられる。
<メスへの餌の受渡し>
チュウヒのオスはつがい相手のメスに給餌するために、空中や地上で餌の受け渡しを行う。この行動がつがい成立の合図になっていると思われる。
つがい形成後から抱卵が始まるまでの間のメスへの給餌の様子はつがいによって異なり、オスが積極的にメスに給餌するつがいもあれば、メスへの給餌がほとんど見られないつがいもある。しかし、メスが抱卵を開始し、ヒナの孵化後にメスが採餌行動を再開するまでの間は、どのつがいでもメスへの給餌が積極的に行われる。
● 餌の受け渡しの様子
つがい間や親子での餌の受け渡しの様子は次のとおりである(西出1979,日本野鳥の会岡山県支部 2002)。基本的には疑似攻撃のときと同じような動きをする。
1.オスが餌を掴んで現れ、巣の上空で「キュイー・キュイー」と鳴く。
2.メスはこの鳴声を聞くと巣を離れ、「キャ・キャ・キャ・キャ」と鳴いてオスのあとを執拗に追いかける。
3.オスは急上昇してメスの上空高く舞い上がり、メスを下に見ると、まるでメスを背後から襲うかのように餌をもった両脚   を前に突き出す。その際、メスはオスの真下に入り込み、身を反転させて足を空に向ける。
 4.オスとメスが向き合うような格好となると、オスが餌を手放し、メスがそれを空中で受け取る。
親子間でこれを行う場合には、ヒナが上記のメスと同じ行動を取る。上記のような受け渡しの他にも、メスが餌を持ってきたオスめがけて突進し、ほとんど奪い取るようにして餌を受け取る様子も観察されている(彦坂 1984)。
なお、繁殖期の初期には、餌の受け渡しの時に雌雄で上記のような鳴き交わしをすることが多いが、繁殖期が進むにつれて、鳴き交わしを行わずに餌の受け渡しをするようになるつがいもいる。また、繁殖期の初期から、ほとんど鳴き交わしをしないつがいもいる。
餌の受け渡しを失敗することもあり、オスが餌を放す間合いが早すぎて、メスが落下する餌を慌てて追いかける様子が観察されている(日本野鳥の会岡山県支部 2002)。また、地上でのみ餌の受け渡しをするつがいもいることから(中川 1991)、失敗の頻度が多いつがいでは、地上での餌の受け渡しに切り替えていると思われる。なお、換羽中のメスでは、一時的に餌の受け渡しの成功率が低下する事例が観察されている(多田 未発表)。


渡りと国内移動
【 要約 】
チュウヒの秋の渡りは、早いものでは8月中旬に始まり、越冬地でのねぐら入り個体数が最大となるのは10〜2月にかけてである。渡りは単独で行われているようで、岬などでの観察では渡りの姿をあまり見かけないため、サシバなどのようにはっきりとした渡りの姿は観察できない。国内で繁殖している個体では、秋の移動で750kmを移動した記録がある。
春の渡りは3月頃からと思われるが、越冬地でそのまま繁殖する個体もいる。
● 春の移動:北上
春になると繁殖地へ向けて移動を開始する。大陸から渡来してきた個体は大陸へ渡り、国内で繁殖している個体も繁殖地へと渡るが、場所によっては越冬期に渡来した個体が渡りを行うことなくそのまま繁殖に移行することがある(多田 2014(a))。
越冬期に個体数が少なくなる北海道と青森県のあたりでは、3月下旬〜4月下旬に海峡などを渡っていくチュウヒが観察されている。このことから、青森県以北や大陸で繁殖を行うチュウヒは、この頃に春の渡りを行っているものと思われる。また、岡山県では4月に渡去のピークが見られる(多田 2015)。
● 秋の移動:南下
繁殖終了後に繁殖地から姿を消す親鳥が多いことから、8月中旬〜8月下旬が秋の渡りの開始時期だと思われる。また、繁殖に失敗した個体の中には夏の間に繁殖地から姿を消すものもいる。ただし、繁殖地から姿を消してもすぐに越冬地に向けて長距離移動するわけではなく、近距離の移動にとどめている場合もあるようである。北海道では、繁殖終了後の成鳥が繁殖地から約20〜80km離れた場所で1〜2か月間過ごし、その後に越冬地への渡りを行った事例がある(先崎ほか 2015(a),浦 2015)。一部のヒナは繁殖地に留まるが(中川 1991)、他のヒナは親より少し遅れて越冬地へ向かう。
秋の移動では、越冬地に数日しか滞在しない個体もいれば、数か月を同じ越冬地で過ごすものもいる(多田 2015)。岡山県では越冬地に渡来してくる個体数が10〜12月に最大になると共に、12月には渡去する個体数も最大となることから、積雪の影響によって別の越冬地に渡去している可能性がある(多田 2015)。
大陸から日本に渡来するチュウヒは9月中旬〜10月に渡りを開始し(Dement’ev 1966)、遅くとも10月末には日本の越冬地に到着している(森岡ほか 1995)。
● 国内移動
石川県で標識した個体が、それぞれ福井県・愛知県・鳥取県まで移動した記録がある(中川 1991)。最も早い移動は巣立ち1か月後で40km、最も遠くに移動した例は360kmだった(中川 1991)。北海道で標識した個体では、9月下旬に渡りを開始し、茨城県まで(直線距離750km)を7日間で移動した記録がある(浦 2015)。
これらのことから、北海道や東北で繁殖した個体の移動は最大でも関東付近まで、北陸や中部で繁殖した個体の移動は最大でも九州までと思われる。
なお、全ての個体が渡りを行うわけではなく、幼鳥の中には繁殖地にとどまって越冬する個体もいる(中川 1991)。
● 越冬地での個体数のピーク時期
越冬期でのねぐら入り個体数が最大となる時期は、10〜2月までの間である(箕輪ほか 2004,平野ほか 2010,多田 2015)。しかし、ハイイロチュウヒのようにはっきりとしたピークが現れるわけではなく、年によってピークとなる月が異なる(平野ほか 2010,多田 2015)。
一方、越冬地に新たに飛来してくる個体数が最大となるのは、10〜12月にかけてである(小栗ほか 2009,多田 2015)。そのため、既に越冬地に渡来している個体数と新たに渡来してきた個体数の累積が最大になる時期が、ねぐら入り個体数の最多時期になっていると考えられる。
また、岡山県の主要な2か所の越冬地では、ねぐら入り個体数が最多となった時期が異なっていた(多田 2015)。
● 気候による越冬期の個体数分布への影響
国内のいくつかの越冬地で1月に行った個体数調査では、年によってチュウヒの個体数の分布が県や地方レベルで異なっている傾向が見られた(多田・平野 2015,多田・平野 2017)。これには積雪などの気候が影響していると考えられるが、今のところは十分な見解は示されていない。国内の個体数の増減について、2014〜2017年の1月に11都道府県17調査地で行った調査では、個体数の変動は21%以内に収まっていた(多田・平野 2017)。
一方海外では近縁種のヨーロッパチュウヒにおいて、越冬地の北限は冬季の平均気温が0℃となる等温線と一致するとの見解があり(Clarke 1995)、ハイイロチュウヒでは冬季に積雪のない場所に渡るとされている(Sonerud 1986)。また、ヨーロッパチュウヒでは秋の渡り後の移動は,餌資源量の季節変動との関連が示唆されている(Strandberg et al. 2008)。
水面の凍結やヨシ原への積雪はチュウヒの餌資源の減少や好適な採餌環境の減少などに繋がると思われることから、国内でも気候の影響を受けて越冬期のチュウヒの個体数の分布が年ごとに変化している可能性が高い。

換羽
毎年1回、4〜5月ごろから冬にかけて全身の換羽を行う(森岡ほか 1995)。繁殖中でヒナへの給餌が盛んになるときには、換羽を停止しているようである。なお、近縁種のヨーロッパチュウヒでは、10月には大体換羽を完了しているようである(Clarke 1995)。
メスは繁殖前期に風切を3〜4枚まとめて落として換羽を開始するが、ヒナが3週齢になる頃にはメスの脱落した風切が生えそろい、残りの風切の換羽を中断してメスも狩りに参加するようになる(中川 1991,森岡ほか 1995)。そして繁殖をほぼ終える頃に換羽を再開する(森岡ほか 1995)。
オスはメスより少し遅れて換羽に入る(森岡ほか 1995)。また、巣立つ見込みのあるヒナの数が多い方が、初列風切の開始時期が遅くなった観察例がある(Young Guns 2013)。
幼鳥は生まれた年には換羽しないが、早いものでは1月にすでに体羽の一部を換羽するものがいる(森岡ほか 1995)。換羽ではないが、巣立ち直後に比べ、年明け頃の幼鳥は羽の淡色部分の錆色が落ちて白っぽく見えるようである。
非繁殖個体は繁殖個体より換羽の進行が早い(Young Guns 2013)。目安として6〜7月に内側初列風切がごっそり抜けて新しい羽が伸長している個体は非繁殖個体と思われる(Young Guns 2013)。このことから、非繁殖個体では繁殖中に見られる換羽の制御はないようである。
成鳥の羽衣について、第3歴年の4〜5月頃から冬にかけて行う換羽の後にほぼ成鳥の羽衣を獲得する(森岡ほか 1995)。オスでは第5歴年の換羽まで模様がわずかに変化し、メスは第2歴年の換羽でほぼ最終羽衣を獲得し、以後わずかずつ変化する(森岡ほか 1995)。
虹彩の色について、幼鳥は黒っぽい褐色であるが、成鳥になると黄色になる。オスでは生まれた年の翌年には黄色くなり、成鳥に近くなる(中川 2008)。メスでは5〜6年かけてゆっくりと褐色から黄色くなっていく(中川 2008)。
なお、詳細な換羽の事例は森岡ら(1995)の記述を参考にしていただきたい。


チュウヒの声は大まかに以下のように分けられる。実際の声についてはメニューの「リンク」を参照のこと。
● 警戒や威嚇
チュウヒ同士での警戒音や威嚇について、テリトリーに他のチュウヒが侵入すると、「ピィーヨ、ピィーヨ」と甲高く鳴いたり(鶴 1990)、「ミビャア、ミビャア」と聞こえる声で鳴く(平野 2005)。越冬期にはチュウヒ同士の行動圏が重なりがちとなることから、チュウヒ同士による警戒音をしばしば聞くことができる。
人が巣に近づいた時には「ケッ、ケッ、ケッ、ケッ」と鳴く(西出 1979)。チュウヒの近くにキツネがいた状態で「キャキャキャ」と鳴きながら飛び立った記録もある(環境省自然環境局 2015)。これらの声は主に捕食者に対して発する警戒音だと思われるが、ごく稀にチュウヒ同士での警戒音として発せられることもある。
● ディスプレイ
波状飛行をしながら「ミューア、ミューア」や「ミュー、ミュー」と鳴く(蒲谷ほか 1985)。これはオスもメスも同様である。
● 給餌
餌を持ってきたオスは上空を旋回しながら「キュイー、キュイー」と鳴き、メスは巣を飛び立ち「キャ、キャ、キャ」と鳴きながらオスの後を追いかける(西出 1979)。ヒナが空中で親鳥から給餌を受ける際も、前述のメス同様に声を出しながら親を追いかける。ただし、声を出さずに空中で給餌を行うことも多い。

首かしげ
まれにチュウヒが首をかしげる行動を見せることがある。
筆者が観察した際には、木の枝に止まっていたチュウヒが10羽ほどのカラスに10数分間ほど囲まれた状況だった。この際、チュウヒは首を左右に動かしてカラスを警戒しながら、首を45°かそれ以上かしげる行動を頻繁にしていた。
人が近づいた時にも首をかしげる行動をした例があることから(富士元 2005)、警戒時の特殊な行動だと思われる。ただし、通常はカラスやノスリと同じ樹上で居合わせても首をかしげることはなく、人が近づいた時にはすぐに飛んで逃げることから、首をかしげる行動をする条件は不明である。

天敵
国内では、イタチ(西出 1979,NPO法人チュウヒ保護プロジェクト)、タヌキ(NPO法人チュウヒ保護プロジェクト 2016)、ハシブトガラス(中川 2006)によりチュウヒの卵や雛が捕食された事例が報告されている。他にもキタキツネやオジロワシが天敵として挙げられている(先崎 2017)。
古巣に餌を置いて獣類を誘引した実験では、繁殖成功巣での獣類の出現率は40%、繁殖失敗巣での出現率は71%だったとの報告がある(NPO法人チュウヒ保護プロジェクト 2016)。また、営巣場所周辺の中型〜大型哺乳類の生息密度が、チュウヒの繁殖の成否に影響する要因の1つになっているとの示唆もある(多田 2014(a))。標識調査やシカ道によって巣内への道ができると、それによって哺乳類が侵入し、雛が捕食された例も見られる(先崎 2017)。
チュウヒの近縁種であるヨーロッパチュウヒでは、卵やヒナの捕食動物として、キツネ、イタチ、イノシシ、サンカノゴイが挙げられている(Bengston 1967, Underhill-Day 1984,Witkowski 1989)。

日中の過ごし方
日中、チュウヒは採餌飛行をしていない間、地上や樹上などに止まって過ごしている。チュウヒが見晴らしの良い樹上に止まっている姿を見かけることは多いが、地上に降りて過ごしていることも多い。場合によっては1時間以上を同じ場所に止まって過ごすこともあり、筆者は成鳥が7時間ほど同じ木に止まって過ごしていたのを観察したことがある。越冬期のハイイロチュウヒでは、日中の46.4〜85.5%を休憩に費やし、採餌に費やした時間は6.3〜16.5%だったとの記録がある(Temeles 1989)。
止まっている時には両足で立って過ごすことがほとんどだが、ときに片足を下腹部の羽毛の中にしまって、片足立ちになることがある。また、ごく稀に成鳥が座ったり伏せた状態で過ごすことがある。(ただし、巣立ち前のヒナでは、巣内で座ったり伏せたりすることは珍しくない)
長時間に渡って止まっている際には、餌を探して周辺を見渡す行動をする以外にも、羽繕いや伸び(片翼だけを大きく下に伸ばす)、嘴を枝などにこすり付けての身づくろいをすることも多い。羽繕いの際には、尾羽を上げて、尾の付け根の脂腺を嘴で触っている姿もよく見かける。筆者の印象として、羽繕いは朝のねぐら立ちの後や雨上がりの後に多く見られる。
なお、日中の休み場として、チュウヒがヌートリアやシカの休み場を利用することもある(多田未発表)。雨天時には特に雨宿りをするような様子をみせないことも多く、普段止まっている木の上で雨に濡れながらじっと立っていることも多い。




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