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作詩・作曲者からのメッセージ・目次

1.作詩・作曲者が語る「生命の木、空へ」(一ツ橋書房楽譜あとがき)
2.林光さんからのメッセージ「生命の木、空へ」(京都音楽センター刊)
3.公演ノート(東京音楽教育の会刊・楽譜)
4.
5.

1.作詩・作曲者が語る「生命の木、空へ」(一ツ橋書房楽譜あとがき)

一ツ橋書房楽譜  被爆からよみがえった一本の木、溶けてよじれた数本の一升瓶、高熱に灼かれて表面がガラス質で覆われた瓦、制服・靴・学校鞄、手をつけられないまま炭化した弁当箱、爆死したカトリック信者たちの洗礼名が刻まれた墓石。広島と長崎でカメラの目がとらえたこれらの遺物・遺品がこもごも語るものがたりを、作曲家は聴き、それをことばに、それから音に、書いた。
 <これらのものがたりはすべてフィクション(うそ)です>TVドラマのタイトルよろしく念を押したい気持ちが、いくらかのいたずら心と共に、作者にはある。
 木のよみがえりに感動するより、木はどう生きるかをしらべたかった。溶けてよじれた一升瓶が立ち会った、民族に対する犯罪の犠牲者たちの酒盛りにいあわせたかった。
 閃光に灼かれた中学生の、一瞬にして訪れた肉体の死に涙をながすよりも、もっと残酷な、教育勅語で強制され、十何年かけてゆっくりやってきたかれらの精神の死を、見とどけたかった。
 墨塗り教科書世代かわいそう、という同情めかした表現(「敗戦のこども」)こそは、墨塗り世代に対する侮辱であるだけでなく、歴史に対する侮辱である。墨塗りは誇りであり、権利であり、永久に権利でありつづける。墨塗りがかわいそうなのではなく、墨を塗らないではいられない教科書を、いまだに与えられつづけていることがかわいそうなのである。

 この作品が多くの人びとの手にとられ、うたわれることの意義をみとめ、編集に力をかしてくださった東京音楽教育の会のみなさん(なかでも、楽譜版下の校正という厄介な手仕事をお手伝いいただいた中山三恵子さんと松村章子さんのお二人には格別のご苦労をかけた)のご助力に、また、すでに進行中であった出版企画の中へ、むりやり割り込んだかたちになったにもかかわらず、限られた時間内での製作に尽力していただいた一ツ橋書房の福本司郎さんに深く感謝する次第である。
 「生命の木、空へ」にはオーケストラ版がある。そのスコアもパート譜も作者の手元にある。必要ならばご連絡いただきたい。

                  2000年7月 林 光

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2.林光さんからのメッセージ「生命の木、空へ」(京都音楽センター刊)

 「生命の木、空へ」の出発点は、山本忠生さんに見せられた一冊の本、「平和の語り部=広島・長崎(いのちが未来をもてるように)」だった。杉野孝典さん撮影の写真とひらのりょうこさんのキャプションを中心に構成された、これまでのくりかえしでない、あたらしい合唱曲をつくるために、創作上のすべて(構成・作詩・作曲)にわたって、ほぼ全面的な自由を保障してくれた、山本さんならびに関係者の皆さんに、感謝する。皆さんからよせられた信頼にこたえるべく、わたしは限られた時間、そして限られた才能の範囲でだが、全力をつくしたつもりだ。
 チェルノブイリの事故を筆頭に、〈核〉をめぐる情勢は、気のめいることばかりのように見えるが、しかし結局は、それを上回る〈人びと〉の祈りとねがいが、行動となりちからとなって、〈核〉の脅威にうち勝って行くと、わたしは信じる。そして、音楽は、〈核〉にたいして物理的には無力であるが、人びとの祈りとねがいを代弁し、行動へと誘うくらいのちからは、あるのだ。 (1987年7月)
 (東京音楽教育の会刊・楽譜 より 転載)

3.公演ノート(東京音楽教育の会刊・楽譜)

 「8月6日ヒロシマの日に1000人で平和をうたうつどい」実行委員会委嘱
 初 演 (1、2、3、4、6章上演)
  1987年8月6日 京都会館
  指 揮=山本忠生
  合 唱=「1000人で平和をうたう会」合唱団   ピアノ=米澤美穂・鶴田裕子

 再 演 (「敗戦のこども」を含む全曲初演)
  1988年8月6日 京都会館

 オーケストラ版初演
  1989年11月26日 京都 日本のうたごえ祭典
  合 唱=日本うたごえ合唱団
  管弦楽=京都市交響楽団
  指 揮=林光

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