ドヴォルザークの深謀遠慮

第6章 ドヴォルザークの交響曲、番号の謎

 
                   Simrock

フリッツ・ジムロック


 ドヴォルザークの『新世界交響曲』のLPレコードやCDのジャケットに「SYMPHONY No.9(5) IN E MINOR OP95」と書かれていることがあるのはよく知られていることですが、これは一体どういうことでしょうか。確か筆者が音楽を聴くようになった頃は『新世界交響曲』は5番と呼ばれていたかと思います。実は、今回論じている第6番が、かつては第1番と呼ばれていたということを筆者は最近知ったのでした。

 何故このような二重呼称が存在していたのか、その理由はこの現在第6番とされている曲が、ドヴォルザークの交響曲のジャンルの中で最初に出版された作品だったからなのです。ドヴォルザークの存命中の19 世紀後半には一般的には彼の最初の交響曲として知られていました。この曲に先立つ5つの交響曲が作曲されていて、しかもそのうち4曲は1870〜1890年代に一度は演奏されているにも拘わらず、です。生前に演奏されなかったのは最初の交響曲だけで、そのスコアはザクセンの作曲コンクールにドヴォルザークが提出した後紛失してしまい、その後、カレル大学のある教授の遺産の中から偶然発見され(1923年)、ドヴォルザークの最初の交響曲であることが確認されました。


現番号 旧番号  調 op 作曲年  初演年 出版年 備考
第1番 - ハ短調 3 1865 1936 1959  紛失後、1923年にスコア発見
第2番 - 変ロ長調 4 1865 1888 1959  奨学金を貰う
第3番 - 変ホ長調 10 1873 1874 1912  1887年改訂
第4番 - ニ短調 13 1874 1892 1912  第3楽章のみ1874年初演
第5番 第3番 ヘ長調 76 1885 1875 1888  1960年に5番と訂正
第6番 第1番 ニ長調 60 1880 1881 1882  ジムロック社から出版
第7番  第2番 ニ短調 70 1885 1885 1885  ロンドンで初演
第8番 第4番 ト長調 88 1889 1890 1892  英国ノヴェロ社から出版
第9番 第5番 ホ短調 95 1893 1893 1893  『新世界より』 ニューヨークで初演


 このニ長調の6番を1番とする番号付けの根拠は出版の順番で、第1番から第4番の出版年を見るとどれも1900年代に入ってからであり、この時には既に1番から5番までの番号は他の曲に使われていたからです。さらには、おそらくドヴォルザーク自身の発言もそれを裏付けることになっていると考えられます。1902 年 2 月 11 日付のハンス・リヒターへの手紙でドヴォルザークは次のように書いています。「ニ長調は第1番(1880年)、ニ短調第2番(1885年)、ヘ長調第3番ですが、作曲されたのは1875年(したがって前述の両交響曲よりも前)です・・・そして・・・1887年に出版されたト長調は4番、アメリカでの『新世界より』は5番です。」(Milan Kuna 著 Antonin Dvorak - Correspondence and Documents Vol. 4)

 つまり、最初に出版された現在第6番ニ長調を第1番とし、次いで作曲された現在の第7番ニ短調を第2番として出版されました。このあたりでドヴォルザークの交響曲作品の評価と人気が高まったために、出版社のジムロックは既に作曲済みだった現在の第5番ヘ長調を第3番として出版し、さらなる売り上げを目論んだのでした。なおこの時、ジムロックは作品番号の整合性を取ろうとこの旧作に対して76という数字を勝手に付けたために(当時の第1番が60、第2番が70)、ドヴォルザークの不興を買うことになり、現在の第8番ト長調がロンドンのノヴェロ社から出版されることになる契機のひとつとされています。

 現在の番号でいう第6番以前の交響曲はドヴォルザークにとって当時の音楽界の中心にいた指揮者ハンス・リヒターには見せたくない稚拙な作品だったのかもしれませんし、逆に言えば6番以降は自信作と考えていたということにもなるのかもしれません。

 しかしその後、チェコの音楽学者、音楽研究者であり、ドヴォルザークの研究者でも知られるオタカル・ショウレク(Otakar Šourek)がドヴォルザークの作品の番号付けの整理を行ないました。かくして、ドヴォルザークの交響曲の順番が整ったのはドヴォルザークが没して12年後の1916 年のことでした。さらに1923年に最初の交響曲のスコアが発見され、1955年以降、未出版の交響曲(第1、2番)を加えた全交響曲の番号付けが見直されたかたちで全曲がチェコで出版されることになりました(出版年、版に関する詳細はここでは省略させていただきます。)。





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