沢木耕太郎著作のページ No.3



21.ポーカー・フェース

22.キャパの十字架

23.旅の窓

24.流星ひとつ

25.銀河を渡る

26.旅のつばくろ

27.天路の旅人


【著者歴】、テロルの決算、深夜特急・第一便黄金宮殿、同・第ニ便ペルシャの風、同・第三便飛光よ飛光よ、象が空を、檀、オリンピア、贅沢だけど貧乏、血の味、イルカと墜落

 → 沢木耕太郎著作のページ No.1


シネマと書店とスタジアム、激しく倒れよ、一号線を北上せよ、無名、冠(コロナ)、杯(カップ)、1960、凍、「愛」という言葉を口にできなかった二人のために、旅する力

 → 沢木耕太郎著作のページ No.2


あなたがいる場所、月の少年、ホーキのララ、波の音が消えるまで、春に散る

 → 沢木耕太郎小説作品のページ

   


         

             

21.

●「ポーカー・フェース」● ★★


ポーカー・フェース画像

2011年10月
新潮社刊
(1600円+税)

2014年05月
新潮文庫化



2011/11/08



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「バーボン・ストリート」「チェーン・スモーキング」に続く久々のエッセイ集、13篇を収録。

「バーボン・ストリート」は、私が初めて読んだ沢木さんの本です。それから早や27年。残念ながらその時の記憶はまるで残っていません。私が未熟であった故にその良さを十分味わえていなかった、という思いのみ残っています。
さてその沢木さんの最新エッセイ本、数多く読んでいるエッセイ本の殆どが午後の喫茶店でおしゃべりを楽しんでいるという風であるとすれば、沢木さんのエッセイは深夜のカフェ・バーでカクテル片手にじっくり語り合っている、というイメージなのです。少なくとも私の中では。(もっとも私は酒を飲まないので、かなり空想的な思い込みに過ぎないとは思いますが)

沢木さんのエッセイには、沢木さんしか醸し出せない味わいがあります。ひとつは、予想もつかない視点から視点へと話が展開していく点。もうひとつは、事実についてどこまでも突き詰めていくスタンスがある点。
予想外に楽しかったのは、沢木さんが出会った作家らの名前が何人も登場するところ。
井上ひさし、吉行淳之介、井伏鱒二、吉村昭、高峰秀子。沢木さんとの邂逅等々、それらエピソードを聞くのもまた楽しい。
なお、
「なりすます」に書かれている、沢木さんの偽物が現れたというエピソード、とりわけ愉快です。

ファンにとっては、手に取って読んでいるだけで楽しい一冊。

男派と女派/どこかでだれかが/悟りの構造/マリーとメアリー/なりすます/恐怖の報酬/春にはならない/ブーメランのように/ゆびきりげんまん/挽歌、ひとつ/言葉もあだに/アンラッキー・ブルース/沖ゆく船を見送って

                           

22.

「キャパの十字架 Capa's cross ★★         司馬遼太郎賞


キャパの十字架画像

2013年02月
文芸春秋刊
(1500円+税)

2015年12月
文春文庫化



2013/03/14



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沢木さんの著書を読んでいるとロバート・キャパという名前は必ずや記憶の片隅に残っている筈、ではないかと思います。
伝説的な報道写真家。現在の日本流に言えば“戦場カメラマン”というところでしょう。
そのキャパを伝説的な存在に押し上げたのが
「崩れ落ちる兵士」と名づけられた、スペイン内戦にて兵士が撃たれた瞬間を撮影したと言われる写真。それだけの衝撃的な写真はその前にも後にも撮られたことがない、というのが伝説となった理由。ただし、キャパ自身はその写真について多くを語ることはなかったと言う。
キャパがベトナム戦争で死んだ後、1970年代になってから、その写真の真贋が問題にされるようになったそうです。沢木さんも、ある時から疑念を持つようになったと言う。
その沢木さんによる、写真の真贋を確かめようと調査した足跡を語ったのが本書。その中で浮びあがってきたのは、キャパの恋人で行動を共にしていた女性カメラマン=
ゲルダ・タローの存在。

70年以上も前に撮られたたった一枚の写真の真贋を確かめるために、アメリカ、フランス、スペインを訪ね歩き、当時写真が掲載された米仏の写真週刊誌の現物を確かめようとし、また実際に写真が撮られた場所を特定して訪ねる、さらには撮ったカメラまで特定しようと、多大な労力を沢木さんは費やします。
それだけの価値がある写真なのでしょうか・・・・・きっと、あるのでしょう。少なくとも沢木さんにとっては。
なお、沢木さんは写真が解釈されたとおりのものではなかったからといってキャパを非難しようとはしていません。その写真の真贋がどうであったにしろ、キャパはキャパなのですから。

本書をどう読むかは人によって異なることでしょうけれど、私としては沢木さんの底知れない探究姿勢に圧倒された、が第一。

※スペイン内戦・・・ヘミングウェイオーウェルを思い出させられました。

1.崩れ落ちる兵士/2.真贋/3.彼の名前/4.小麦とオリーブ/5.その丘で起こったこと/6.突撃する兵士/7.ゲルダ/8.影は語る/9.ラスト・ピース/10.キャパへの道

                         

23.

「旅の窓 The Window of your heart ★★

  
旅の窓画像
 
2013年04月
幻冬舎刊
(1000円+税)

2016年04月
幻冬舎文庫化



2013/06/04



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沢木さんが旅先で気まぐれに撮った写真に短いエッセイを加えた一冊。
雑誌「VISA」に
“感じる写真館”として連載しているもので、9年目となる現在もなお連載は続いているそうです。
見開き左頁に旅先で撮った小ぶりな写真、右頁に撮影した時に感じた思いをちょっと綴った、という構成のフォト&エッセイ集。

ごくあっさりとした写真と小文だけですので、頁を繰る手はどんどん進みますが、頁をめくる内いつしか次第に楽しくなってきます。これこそ旅の楽しさをそのまま映し出した一冊であろうと。
有名観光地や観光の目玉となるようなものより、ふと目に留まった景色、ふと感じた思いの方こそ思い出に強く残るものなのですから。本書はそんな一瞬を写真に残した、旅の途中での思い出を詰めた一冊。
それにしても、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカという世界の隅々まで余すところなくよく旅して回っているものだと、感心する一方でちょっぴり羨望を感じます。

「旅の窓」という表題は、飛行機、汽車、バス、ホテル等々の窓から見えた景色ということなのでしょうけれど、旅の本質を表していて象徴的と感じます。どんな景色も、そこに住む人ではなくあくまで旅人としての視点から見たもの。それでもアンテナがそちらへ向かって開いているからこそ感じるものであり、要は自分の心の窓が開いているか次第。
この写真&フォト集も、そうした心の窓が開いているからこその積み重ねだと思います。

        

24.

「流星ひとつ ★★☆

  
流星ひとつ画像
 
2013年10月
新潮社刊
(1500円+税)

2016年08月
新潮文庫化



2013/12/30



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元歌手・藤圭子自殺のニュースを受けて緊急刊行された一冊。
いまさら藤圭子のインタヴュー本を読んでもなぁと思い、一旦読むのを見送ったのですが、考え直して読んでみた次第。そしてその選択は間違いではありませんでした。読み終えた今は、本書を読めたことに感動すら覚えます。

本書は、藤圭子が引退宣言をした後の1979年秋に都心のあるホテルのバーで、ウォッカ・トニックの杯をお互いに重ねながらインタヴューしたものをまとめたもの。
当然刊行予定でしたが、インタビューの出来に沢木さん自身が疑問を持ったのと、万が一藤圭子が復帰した場合その枷になるまいか、という理由から刊行が見送られていたものだそうです。
それが何故今刊行されたのか。その理由は、その死後に藤圭子さんがずっと精神を病んでいたことが明らかにされましたが、そんなことがまるで信じられない、自分の意思をしっかり持っていた藤圭子像が本書の中に存在しているから。娘の
宇多田ヒカルさんに是非読んでもらいたいという気持ち、それは本書を読むとよく判ります。

杯を交わしながら会話するという形のインタヴュー、極めて異例なものでしょうけれど、藤圭子という人に自分自身のことを語らせるのには恰好のものだったのでしょう。
最初こそお互い様子見、藤圭子さん側からすれば疑心暗鬼であったことが感じられますが、杯を重ねるにつれ、藤圭子さんが辿ってきた軌跡、そしてそれをどう考え感じていたかが、より深層に踏み込みつつ語られていきます。
決して芸能界に、成功に憧れていた訳ではない。歌が好きで、納得できるように歌いたかっただけのこと。そして常に本音で対峙していた彼女。さぞや芸能界には居辛かっただろうなぁ、と心から感じます。

本書を読んでいると、純粋で溌剌とした若い藤圭子さんの姿が今もそこにあるかのように生き生きと感じられます。インタヴュー自体の見事さと合わせ、お薦め。

       

25.

「銀河を渡る 全エッセイ Cross the galaxy ★★


銀河を渡る

2018年09月
新潮社刊

(1800円+税)



2018/11/22



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沢木さんの作品は十分読んだ、という思いがあったので最初は見送るつもりでいたのですが、<全エッセイ>の3冊目と知り、思い直して読んだ次第。

最初に読んだエッセイ集は
象が空を(全エッセイ2冊目)。この時は、その面白さ、内容の濃さに興奮し、続いて「路上の視野」(1冊目)も読むに至りました。
本書はそれから25年ぶりの全エッセイ3冊目。
再びあの時の面白さを味わえたかというと、残念ながらそれはありません。
今思い返すと、当時は現在進行中の物語を読む、という面白さがあったのでしょう。
翻って今は、本作は、というと、内容も過去の振り返りが多く、坂道の頂点を過ぎ、もはや下り坂にあるのだ、という思いを強くしました。

<歩く・見る・書く・暮らす・別れる>という構成は「象が空を」を踏襲したものとのこと。ただし、今回は<会う・読む>がなく、その代わりに<別れる>が入っての5パートとのこと。
そのことについても、時間の経過を感じさせられます。

それでも、本書を読んでいれば、また新たな面白さや懐かしさ、そして感慨を覚えることが多々あります。
「第一部 鏡としての旅人 *歩く」では、やはり沢木さんの本質は旅人であるところにあると思いますし、「第三部 キャラバンは進む *書く」では、中々単行本化されなかった危機の宰相の経緯、執筆過程での檀ヨソ子氏とのこと、世界的なクライマーである山野井夫妻との交流の末にが執筆されたという経緯等、新たな興味を引き立てられます。

そして、
「第五部 深い海の底に *別れる」では、何と言っても(他でも既に読んでいましたが)俳優の故・高倉健さんとの関わりを書いた篇が捨てがたい。高倉健さんという人の魅力を語って何とも貴重な一篇。
この一篇が本書の最後を、特別に格調高いものに押し上げている気がします。


1.鏡としての旅人 *歩く/2.過ぎた季節 *見る/3.キャラバンは進む *書く/4.いのちの記憶 *暮らす/5.深い海の底に *別れる/銀河を渡る−あとがき

        

26.

「旅のつばくろ ★☆


旅のつばくろ

2020年04月
新潮社

(1000円+税)

2023年11月
新潮文庫


2020/06/26


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JR東日本の新幹線車内誌「トランヴェール」に連載した紀行エッセイの単行本化。

JR東日本というからには、書かれている内容は国内の旅。
日本国内を旅して書いたものとしては本書が初の作品、なのだそうです。
そういえば、確かに沢木さんといえば「深夜特急」に始まり海外のイメージが強く、国内紀行文を読んだ覚えは余りありませんでした。
その沢木さんの旅の始まりは、16歳、高校一年生の春休みに、国鉄の東北均一周遊券と三千円ほどのお金を持って出かけた旅だったそうです。
何だかんだとそれに絡む思い出が何篇にも綴られ、また以前行き着かなかった先として竜飛岬のことも何篇か費やして語られています。その所為か、その2つに関連するいくつかの篇が印象に残ります。

こうしたエッセイを読むと、旅に出たいという気持ちをそそられるのが常です。いろいろな思いや目的を詰め込んだ旅ではなく、ちょっとあそこへ行ってみたい、見てみたいという、一点集中的な気持ちで出かけてみるのも楽しそうだと思います。

旅って、いつ出掛けても良いものなんですね、そう思います。

            

27.

「天路の旅人 ★★★       読売文学賞随筆・紀行賞


天路の旅人

2022年10月
新潮社

(2400円+税)



2022/12/09



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第二次大戦末期、密偵として中国の奥深くへ。敗戦後もその歩みを止めず、結局8年という長きにわたり内蒙古〜西域〜チベット〜インド〜ブータン〜ネパールを旅してまわった西川一三という稀有な旅人を描いたノンフィクション。

西川一三氏自身、25歳からの自らの旅を
「秘境西域八年の潜行」(芙蓉書房、中公文庫)という著書にまとめて刊行されているのですが、沢木さんの本書とどう違うのか。
西川氏著書を読まない限りそれは判りませんが、沢木さんとしては、旅の記録より、西川一三とはどんな人物だったのか、どんな旅人だったのかを描きたかったそうです。

満鉄を退職した後<興亜義塾>に入学、そこで蒙古語等を叩きこまれますが退学させられたことから密偵の道を選び、
蒙古人ラマ僧「ロブソン・サンボー」に扮して中国の奥深くへ向けて旅立つという流れ。
この長大な旅路の内容を紹介するなどとてもできることではありません。ただ、ユーラシア大陸を横断した沢木さんの「深夜特急」とつい比較してしまいます。
西川氏の旅の凄いのは、(インド国内を除けば)すべて徒歩での旅だったこと。それも砂漠や無人地帯での旅となれば、盗賊に襲われることや食料を確保することもできなくなるといった、命の危険さえも負った旅立ったことでしょう。

日本の敗戦を知り密偵の役目が終わった後も、何故西川氏が旅を続けたのかという点も興味深い。
旅を続ければ続ける程、西川氏の胸中には、まだ行ったことのないところへもっと行きたい、何物にも束縛されないことの自由な旅をずっと続けたい、という欲が募っていったということのようです。その気持ちには共感できるところ大。

興亜義塾の先輩にあたり、同時期にやはり密偵として中国の奥深く侵入、一時期西川氏と行動を共にし、帰国後
「チベット潜行十年」を著した木村肥佐生という人物の対比も面白い。
西川氏から視た木村像ですから公正とは言えないのかもしれませんが、その土地、土地の人々と関わる姿勢に大きな違いがあったように感じられます。
すなわち、木村氏にはどこか現地の人を見下したところがあったのではないか。それに対し西川氏は、究極的に人が好きだったのではないか。そして相手が誰であろうと誠実に接することを信条としていたようです。そのため、現地で出会った人たちと親しく交わり、信頼を得ることも多かったような気がします。

最後、インドで日本人と判り逮捕されて日本に送還されることになるのですが、何とも呆気ない終わり方。西川氏の無念な気持ちも、この大部な旅行記を読み通してみればおのずと自ずと当然のこととして理解できます。

本書は 570頁と大部な一冊。でも本書の中には、それ以上に大きな旅の世界が広がっています。
読んでいる最中、西川氏と共に旅の最中にあり、読み終えた時には長い旅を終えた気分でした。
旅好きな方、「深夜特急」ファンの方には、是非お薦めしたい、稀有な旅行記です。


序章.雪の中から/1.現れたもの/2.密偵志願/3.ゴビの砂漠へ/4.最初の別れ/5.駝夫として/6.さらに深く/7.無人地帯/8.白い嶺の向こうに/9.ヒマラヤの怒り/10.聖と卑と/11.死の旅/12.ここではなく/13.仏に会う/14.波濤の彼方/15.ふたたびの祖国/終章.雪の中へ/あとがき

      

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