最相葉月著作のページ


1963年東京都生 3歳から25歳まで兵庫県神戸市で育つ。関西学院大学法学部法律学科卒。会社勤務を経てフリー編集者兼ライターとして独立。科学技術と人間の関係性、スポーツ、教育などをテーマに執筆活動中。「絶対音感」にて第4回小学館ノンフィクション大賞、2007年「星新一−1001話をつくった人−」にて第29回講談社ノンフィクション賞+第28回日本SF大賞+第34回大仏次郎賞+第61回日本推理作家協会賞(評論部門)を受賞。

1.絶対音感

2.なんといふ空

3.青いバラ

4.あのころの未来−星新一の預言−

5.星新一−1001話をつくった人−

6.セラピスト

 


 

1.

●「絶対音感」● ★★☆       小学館ノンフィクション大賞


絶対音感画像

1998年03月
小学館刊

2002年10月
小学館文庫化

2006年05月
新潮文庫

(590円+税)

 

2006/06/30

私は音楽的素養のない人間なので、本書が評判になるまでこの「絶対音感」という言葉を全く知りませんでした。
本書を読んだ今でも、よく判っているかと言われれば自信ありませんし、読んでいて理解できない部分も多くありました。
「絶対音感」とは何なのか。
本書における最相さんの説明を引用すると、「ランダムに提示された音の名前、つまり音名がいえる能力。あるいは音名を提示されたときにその高さで正確に歌える、楽器を奏でることができる能力である」「天性のものか、後天的なものかはまだわかっていない」とのこと。
単行本刊行時の帯には「絶対音感−それは、天才音楽家へのパスポートなのか?」と記されていたそうです。

万人が持っている訳ではない優れた能力というのであれば、持っているだけ羨ましいと思うのですが、この絶対音感についてはそう簡単なものではないらしい。
たしかに冒頭は持っていることのプラス面から書き出されます。そのうえ日本では幼少期の訓練によって絶対音感が身についている子供たちが多いのだそうです。
それが読み進んでいくと、必ずしもプラスにならない、かえってマイナスになることもあると書かれます。あれれ?、と思うところから、読者は本書の深みに足を踏み入れることになります。
本書の凄さは、音楽関係者等大勢の人にアンケートし、取材し、緻密に「絶対音感とは何であるか」を突き詰めていったところにあります。バイオリニストの千住真理子、五嶋みどりと母の、ピアニストの園田高広、指揮者の佐藤裕、等々。その結果である本書は大変な労作であると言って間違いありません。
また本書の素晴らしさは、最相さんが一つの結論にこだわらず、大勢の人への取材を重ねていろいろな角度から相対的に突き詰めていったところにあります。どういった面でプラスなのか、逆にどういった面でマイナスなのか、そしてそのうえで取り纏めるとどうなのか、と。
実際に音楽関係で活躍している人たちの生の声が紹介されていますので、読者は現実感をもってそれらの言葉をかみ締めることができます。そして、究極においては、五嶋みどり、龍の姉弟、2人を育て上げまた育てている最中の母親・に取材し、絶対音感の問題を超えて音楽家に必要なものは何なのか?を最相さんは突き詰めていくのです。
素人からするとそら恐ろしいまでの世界ですが、音楽家本人たちにとっては当たり前の世界であり、そこが音楽家として成り立つ人と素人に留まる人間との違いなのではないかと思い至ります。
巻末の解説で青柳いずみこさんが「ミクロの決死隊のように音楽のすばらしさの解明に向けて船を漕ぎだした最相さんに心から感謝の拍手を送りたい」と書いていますが、まさに言い得て妙。

書き換えられた自伝/人間音叉/形見の和音/意志の刻印/幻想狂想曲/失われた音を求めて/絶対の崩壊と再生/涙は脳から出るのではない/心の扉/バラライカの記憶

 

2.

●「なんといふ空」● 


なんといふ空画像

2001年04月
中央公論新社
(1400円+税)

2004年06月
小学館文庫化

 

2001/08/10

絶対音感で知り(未読)、更に今回青いバラを読んで、最相さんてどんな人なのだろうと興味を感じていました。
2作ともちょっと他にないようなタイプの本ですし、実際に読んで、とても理知的な人らしい、という思いを強くしました。しかし、実感として最相さんのイメージを持つまでには至らず。そんな折、このエッセイを書店で見つけたのは時機に適ったもので、すっと手が出ました。
このところ、エッセイというと阿川佐和子さんや岸本葉子のユーモラスなものばかり読んでいた為か、最相さんのこのエッセイは、そっけない(比較して)というか、かなりあっさりしているなぁという印象を受けます。しかし、そうであっても、最相さんのメッセージ、人となりを僅かずつ確かに伝えている、そんなエッセイです。私としては、結構嬉しく読みました。
読み進むうちに、最相さんのことが少しずつ判ってきます。
卒業後広告会社に就職したこと、退職後小さな企業PR誌の編集会社にいたこと、競輪の取材を独自に数年間続けていたこと、結婚→離婚をしたこと、種田山頭火の俳句が好きなこと。ちなみに本エッセイの題名「なんといふ空」は、山頭火の秋の句からだそうです。
なお、本書冒頭の一篇「わが心の町、大阪君のこと」が、真中瞳主演で映画化されたようです。そうしたことからも、最相さんが現在注目されているライターであることが判ります。しかし、本書を読む限り、そんな状況は最相さんに似つかわしくないように感じます。

    

3.

●「青いバラ」● ★★


青いバラ画像

2001年05月
小学館刊
(1600円+税)

2004年06月
新潮文庫化

 

2001/08/02

「青いバラ」という題名からは、とても本書の内容を推測することはできません。それほど多様な内容を織り込んだ一冊です。
小説ではないこの本に手を出したのは、新聞等における本書への評価が高かったからです。元々絶対音感でも最相には興味をもっていました。でも、気軽に手を出しましたが、すんなり読みこなせる本ではありませんでした。

各章とも、日本で“ミスター・ローズ”という異名をとり、既に引退した鈴木省三氏との対話から始まります。でも、その内容は、各章毎まるで分野の異なる別々の本を読んでしまったかのような思いがする程、異なるものです。
まず第1章は、文学面からのアプローチ。“青いバラ”とは科学的にも殆ど“不可能”を意味しているとのことで、それだけ物語りでも題材になったのでしょう。まずは「千夜一夜物語」から始まり、様々な“青”に関わる物語のことについて話は進みます。
第2章は一転して“青いバラ”をめざしてのバイオテクノロジーについて。第3章は更に一転して、明治を中心に、日本においてバラの栽培が普及した歴史書と言って良い内容を備えています。そして、第4章に至ると、遺伝子組み換え技術により“青いバラ”をめざす動きについてのこととなります。

本書は、言うまでもなく力作だと思います。しかし、読んだ誰もが楽しめるという本ではありません。バラへの興味、あるいは本書への興味がなければ、すぐ投げ出したくなってしまう本でもあります。読み出す前にご注意の程。

第1章:イメージの系譜、「不可能」の花/第2章:バイオ革命、青の野望、ブルー・ジーン/第3章:文明開「花」、美しい花がある/第4章:ブレイブ・ニュー・ローズ/アフター・ノーツ

  

4.

「あの頃の未来−星新一の預言− ★★


あのころの未来画像

2003年04月
新潮社刊
(1500円+税)

2005年09月
新潮文庫化

 

2003/06/06

ショート・ショートの第一人者・星新一氏の未来小説を題材にしながら、科学と人間の関係を書いてきた最相さんが、現代における問題点、課題点を書き綴った一冊。
星さんのショート・ショートに、私も一時期嵌っていました。簡潔で短いストーリィの中に、卓抜な発想とアイデアが詰まった作品ばかり。いつでもどこでも楽しめる本、それが魅力でした。

本書は、星さんがそのショートショートの中で予測した未来話を紹介しながら、現代それらはどうなっているのか、その問題点は?、という視点から書かれています。
そうした目で改めて星作品を読むと、星さんがさらっと書いていた未来像が、いかに適確に将来を予想していたものかが判り、感嘆します。星さんは決して未来をバラ色に描くのではなく、それなりの問題点があること、結局はそれを扱う人間の問題と描いていた訳ですが、その指摘はまさに的を射ていたといって過言ではありません。
最相さんの文章も、簡潔で無駄のないもの。そのため、どこが星さんのストーリィで、どこからが最相さんのストーリィだか判らなくなることもしばしば。それだけ、最相さんの文章が星作品に馴染んでいるということでしょう。星作品を題材にした本書は、お見事といって良いアイデアです。

そんなことから、最相さんの本としてはこれまでになく読み易い一冊になっています。また、改めて星さんショートショートの魅力、その洞察力の素晴らしさも味わえる一冊。
頭のリフレッシュになる点でも、お薦めです。

   

5.

「星 新一−1001話をつくった人− ★★★
            講談社ノンフィクション賞・日本SF大賞・大仏次郎賞


星新一画像

2007年03月
新潮社刊
(2300円+税)

2010年04月
新潮文庫化

  

2007/04/26

 

amazon.co.jp

本書は、SF、ショート・ショートの名手だった故星新一さんを描く評伝です。
読む前は気軽に考えていたのですが、読んでみると驚くばかりの力作ノンフィクション。絶対音感に並ぶ最相さんの代表作になるに違いない著作です。
私もかなり愛読しましたが、その作品から抱く星新一さんの印象は、風貌は端正、執筆は飄々として、軽々とショート・ショートの名作を生み出す作家というもの。しかし、そんなイメージは如何に思慮の足りないものだったことか。本書を読むとそれを感じさせられます。
本書の最初と最後は、星さんの苦闘する姿ばかりが印象に残ります。晴れやかであったのは中盤だけだったかもしれません。

本書の内容は次のとおり。
冒頭はまず、父親で戦前の大会社であった星製薬株式会社、星薬科大学等を起こした星一氏のこと。アイデア豊富で人脈作りに長け、先取的かつ楽天的な人物。何といっても一代で全国に販売店をチェーン展開せしめ、全国に名を轟かせた人物なのですから、その星一氏の部分だけでも充分読み応えがあります。
しかし、その必然的結果と言うべきでしょう、ワンマン経営者であった故に経営危機の最中に急死した後の会社の混乱は凄まじいばかり。その責任は、長男であった若干24歳の星さんに圧し掛かりました。単に若輩というだけでなく、星さんには元々経営の才能がなかったのでしょう。それは星さん自身でも判っていることですが、そうでありながら逃れられない境遇。さぞ苦しかっただろうと思うのですが、表面にそれを現さなかったところも星さんの苦しさ、そして同時に独特な個性だったのでしょう。
それが一転してSF小説を書き出すや、日本におけるSF小説黎明期にあって第一人者というべき人気作家になってしまうのですから、この違いは天と地の違いほど大きい。そして、その際の箔付けとなったのが、星製薬の御曹司という家柄の良さだったというのですから、果たしてこれは皮肉というべきか幸運というべきか。

本書は、星新一というショート・ショートのジャンルで唯一人傑出した業績を残した作家の評伝ですが、内容は戦前・戦中の大会社である星製薬と創業者の星一氏から始まり、次いで日本におけるSF小説興隆の歴史を辿り、さらにショートショートという特異な小説スタイルを貫いた作家の現実面を描くといった、多層な内容のノンフィクション。
本書は星新一ファン、あるいはショートショートファンには勿論のこと、ファンでない方にも是非お薦めしたい傑作評伝です。
※なお、併せて人民は弱し官吏は強しもお薦め。

序章・帽子/パッカードと骸骨/熔けた鉄、澄んだ空/解放の時代/空白の六年間/円盤と宝石/ボッコちゃん/バイロン卿の夢/思索販売業/あのころの未来/頭の大きなロボット/カウントダウン1000編/東京に原爆を?/終章・鍵

        

6.

「セラピスト Silence in Psychotheropy ★★☆


セラピスト画像

2014年01月
新潮社刊
(1800円+税)

2016年10月
新潮文庫化

  

2014/03/01

  

amazon.co.jp

精神治療の方法、その診療者の歩みをつぶさに描いた力作ノンフィクション。
「セラピスト」とは、精神治療、心理療法を行う人のこと。
うつ病は今や職場でもよく聞く問題ですし、自閉症という言葉も同様。それ故に興味もありましたし、読むにあたっては知っておくべきことがあるのではという思いもありました。筆者が最相葉月さんであるということが勿論一番の理由であったことは言うまでもありません。
なお、セラピストには、
精神科医、国家資格に近い臨床心理士、資格はもっていないカウンセラーの3態様があるようです。

本書はまず“
箱庭療法”のことから語られます。
そんな療法があるとは本書で初めて知りましたが、クライアント(患者のこと)の心の深層にあるものを知るには、話を聞くより箱庭を作ってもらう方がずっと明瞭であるという。この方法を日本で広めたのは心理学者の故・
河合隼雄さんであり、そしてその流れの上に“絵画療法”を考案したのが精神科医の中井久夫さん。本書ではこのお二人について言及されることが多い。

本書を読めば一定の解答が得られるのではないかと、何となく思っていたのでしょう。本書を読んで、何の正解もない、常に試行錯誤を繰り返していく他はないというのが現実であると知らされたことには愕然とする思いです。
箱庭療法、風景構成法も一定の効果があるということですが、それからクライアントの心を読み取るにはかなりの技量・経験がいるようです。その一方で、現在では心理療法を必要とする人は遥かに増えており、それに対してセラピストの数が足りず、河合さんや中井さんが行っていた時のように時間をかけて診療を行うということは至難のことという。

本書で最相さんはインタビューし、自らカウンセリングを受け、自身でカウンセラーの役割を務めてみるというように、様々な角度からセラピストに迫ります。
それだけに本書は、相当に高度であり、濃密であり、難解で深い内容のものであるといって過言ではりません。
最後に驚かされたのは、最相さん自身が精神疾患を抱え、20年近くも心療内科を受診してきたと告白していること。
決して他人事ではない問題とつくづく感じた次第です。
これまでの最相ノンフィクション作品を越えた渾身の力作!

逐語録(上):少年と箱庭/カウンセラーをつくる/日本人をカウンセリングせよ/「私」の箱庭/ボーン・セラピスト
逐語録(中):砂と画用紙/黒船の到来
逐語録(下):悩めない病/回復のかなしみ

   


     

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