青柳いづみこ著作のページ


ピアニスト、ドビュッシー研究家。フランス国立マルセイユ音楽院首席卒業、東京芸術大学博士課程修了。安川加壽子、ピエール・バルビゼ両氏に師事。90年文化庁芸術祭賞受賞。評論、エッセイの執筆多。
「翼のはえた指−評伝
安川加壽子−」にて第9回吉田秀和賞、祖父を語ったエッセイ「青柳瑞穂の生涯−真贋のあわいに」にて第49回日本エッセイスト・クラブ賞、「六本指のゴルトベルク」にて第25回講談社エッセイ賞を受賞。
 
1.ショパンに飽きたら、ミステリー

2.青柳瑞穂の生涯

3.水のまなざし

 


   

1.

●「ショパンに飽きたら、ミステリー」● 




1996年11月
国書刊行会刊
(1553円+税)

 

2001/09/08

ピアニストはミステリー好きが多いと聞いて意外な感じを受けましたが、理由を聞くと納得できます。
コンサート前の息詰まるような焦燥感は、殺人を決行する前の殺人者と同じ、日常のストレスから解放されるにはミステリが一番とか。成る程、成る程。
本書は音楽とミステリをテーマにし、音楽が絡んだ数多くのミステリを、音楽家としての思い入れたっぷりに語ったエッセイ集です。ちょっとしたひとことに強烈なインパクトがあって、予想もしない面白さがあります。
「寝る前に、必ずしめよう、親の首」などという一句は、最高! 思わずのけぞってしまいます。勿論ジョークですけれど。さもなければ、大変ダ。
私はそれ程ミステリを読んでいない為知らない作品が多いのですが、興味を惹かれる作品もあります。その点では、小林信彦さんの「地獄の読書録」とちょっと比べてしまいます。
それ以上に、懐かしい作品に出会うのが嬉しい。ルブラン「三十棺桶島」ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」E・クィーン「生者と死者と」。また、ペリー・メイスンE.S.ガードナーも懐かしい。A.A.フェア名義ものは未読なのですが、読みたくなりました。

※本書は、隔月刊のミステリー専門誌「EQ」誌1990年1月号〜96年9月号までの連載+書き下ろし6篇

    

2.

●「青柳瑞穂の生涯−真贋のあわいに−」● ★★★ 日本エッセイスト・クラブ賞




2000年9月
新潮社刊
(1900円+税)

 

2001/09/28

 

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孫娘による、仏文学翻訳者であった祖父・青柳瑞穂を語るエッセイ。
孫娘が書いたと聞くと、懐かしさと思い出のこもったエッセイかと思いますが、本書はそうしたものとはかなり違います。他人を見る以上に、客観的かつ鋭い視線がはっきり窺えるからです。
本文によると、筆者一家は、祖父・瑞穂と同じ敷地内で玄関を共有する別棟暮らしでありながら、後妻と暮らす瑞穂と義絶状態だったとのこと。筆者の視点の中に冷徹さが窺えるのはその所為でしょうか。

青柳瑞穂は仏文学の翻訳を生業としながら、実際に名を高めたのは、骨董随筆「ささやかな日本発掘」(1960年新潮社刊)を契機としたその鑑賞力の故だったようです。本書ですこぶる面白いのは、瑞穂による骨董品掘り出しの逸話部分と、井伏鱒二、太宰治ら文士たちとの交わりを記した部分。当時、瑞穂の住む杉並区周辺には、活躍し出す頃の文士達が多く住み、“阿佐ヶ谷会”と称して瑞穂の自宅に賑やかに集まり、交流していたとのこと。しかし、彼らと異なり、瑞穂は創作分野でさしたる活躍を残しませんでした。生来怠け者の瑞穂は、「仲間たちの発するすさまじいエネルギーに恐れをなし、尻尾をまいて、一番楽な骨董の中に逃げこんでしまったのではないだろうか?」という筆者の指摘は、瑞穂という人間を鋭く貫くものがあります。
中盤では、瑞穂の最初の妻・とよの死、夫婦共に癌に冒された外村繁、右半身不随となりながらも口述で書き続けた上林暁のことが語られます。彼らの凄絶な生死には、ただただ圧倒されるばかり。そんな彼等に比べると、呑気に骨董道楽にうつつを抜かしている瑞穂の姿には、苛立たしささえ感じます。
エッセイであるとはいえ、本書は小説以上の迫真性を秘め、また語られるその内容は、小説以上にドラマティックです。
日本エッセイストクラブ賞受賞という故に気軽に読み始めたのですが、本書の読み応えは、まさに予想外の収穫でした。

阿佐ヶ谷の家/光琳の肖像画/若かった日/ささやかな日本発掘/文学青春群像/阿佐ヶ谷会/とよの死/夜の抜穽/あっちとこっち/佐野乾山事件/日本のやきものの終着駅/水滴のおじいさん/マルドロールの歌

※(補足)阿佐ヶ谷会に参加した文士たち 井伏鱒二、太宰治、亀井勝一郎、伊藤整、新庄嘉章、河盛好蔵中野好夫、等々。

      

3.

●「水のまなざし」● 




2010年10月
文芸春秋刊
(1400円+税)

  

2010/11/05

  

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青柳さん初の小説作品。
主人公は音楽高校でピアニストを目指す少女、
真琴です。

その真琴、突然声がでなくなり、その原因は何軒目かの医者でようやく判明したものの、それがいつ治るのかは皆目判らないと言われます。
筆談で答えながら、引き続きレッスンを続ける前半、学校を休学し田舎にたった一人で住む祖母の家で日々を過ごす後半という舞台設定で、真琴の揺れる胸の内を描き続けたストーリィ。

作品の紹介文を読むと、祖母の住む田舎へ移ってからの出来事がストーリィの主要部分かと思ったのですが、そうではありません。
場所がどこであるかを問わず、何故ピアノを選んだのか、何故自分のピアノが壁にぶつかったのか、真琴が自分に問い続けるストーリィと言えます。

ただ、青柳さん自身ピアニストであるだけに、ピアノ演奏や音楽に関する記述が多く、詳しく、さらに深く語られるという展開。音楽に詳しい方ならいざ知らず、私のような門外漢にはちと敷居の高いところあり。
最近には珍しい、硬質な青春小説です。

      


     

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