津村節子作品のページ


1928年福井県生、学習院女子短期大学文学科卒。53年故吉村昭氏と結婚。本名:津村節子(旧姓:北原)。64年「さい果て」にて新潮社同人雑誌賞、65年「玩具」にて第53回芥川賞、90年「流星雨」にて女流文学賞、98年「智恵子飛ぶ」にて芸術選奨文部大臣賞、2011年「異郷」にて第37回川端康成文学賞を受賞。


1.
紅梅

2.
夫婦の散歩道


3.時の名残り

 


           

1.

「紅 梅(こうばい)」● ★★


紅梅画像

2011年07月
文芸春秋刊
(1142円+税)

2013年07月
文春文庫化

  

2011/08/16

  

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2006年すい臓癌で死去した夫・吉村昭氏の、1年半におよぶ闘病生活とその死を、作家として冷静な目で描いた作品。

2005年舌癌が発見されたのを皮切りに、すい臓癌が見つかり、結局1年半の闘病生活を経て、作家である夫は逝った。
その間、長年連れ添った妻=
育子は懸命に看病する訳ですが、夫が自分の病状を秘密にするよう命じた故に作家としての講演会活動等を断ることができず、充分看護できていないという気持ちを持ち続けます。
夫の痛さ・苦しさは相当なものとして描かれますが、妻の側の苦労も並大抵のものではなかっただろうと思います。
吉村昭氏の死後5年を経たからでしょうか、妻であると同時に作家らしい冷静な目で、闘病生活の経過を揺ぐことなくありのままに描き出しているところが、印象的です。

吉村昭作品に、やはり癌で亡くなった実弟の看病経緯を描いた
冷たい夏、熱い夏という壮絶な作品がありますが、それと実に対照的です。
状況の違い、書き手の男女の違い、性格の違いという所為もあるかもしれませんが、作家などという因果な職業を持った故に妻としてすべき看護が十分にできなかったという悔いが、津村さんの心底にあるからではないか、という気がします。
はっきりした表現で育子が自分を責めるところが2ヶ所程ありますが、もう一つ強く印象に残った部分です。

妻もまた作家の道を歩むことは、吉村さんも承知のこと。闘病時の苦しさの余りつい辛辣な言葉を吐くことがあったにしろ、同じ作家であることを尊重することはあっても決して妻を責めるようなことはなかっただろうと、私は思います。
吉村昭ファンにも、是非お薦めしたい一冊です。

                          

2.

「夫婦の散歩道」 ★★


夫婦の散歩道画像

2012年12月
河出書房新社
(1500円+税)

  

2013/01/10

  

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亡夫・吉村昭氏と歩んできた日々を振り返ったエッセイ集。
 
必ずしも吉村昭氏を語るという趣旨のエッセイ集ではないと思うのですが、そこはそれ、必然的に吉村昭氏とのことを語ることが多かった、ということではないかと思われます。
吉村昭氏が自らの半生を語った著書として
私の文学漂流がありますが、本エッセイはちょうどその裏側から、妻の側から語った書、と感じます。
「私の文学漂流」において吉村氏は、夫婦共に小説家であることの過酷さを語っていますが、本エッセイにて津村さんも同じようなことを語っています。つまり、吉村氏の病気を秘したために原稿依頼を断れず、その結果として執筆に追われ、妻として十分な看護ができなかったという申し訳なさ、悔いのこと。
それでも井の頭の自宅周辺を一緒に散歩したり、吉村氏の取材旅行に同行したり、という辺りを読むと、オシドリ夫婦ぶりを目にするようで胸が温まる思いです。
また、様々な事柄に吉村氏との思い出を見いだす辺り、ほのぼのとした夫婦の情愛が感じられて得難いものがあります。

エピソードにも面白いものがあります。ハイジャックとして有名になった「よど号」事件。そのよど号に吉村氏が乗る予定だったらしく、電話してきた編集者が搭乗していなかったと聞いて残念がっていた様子、作家と編集者とは変わった人間であるというもの。また、飛行機墜落のリスクを分散するため、必ず吉村氏と津村さんは別便に乗ったということ。味のあるエピソードも満載です。

なお、最後に子息である
吉村司さんの「母のウィンク」を掲載。短い一文ですが、貴重な証言となっていて、見逃せません。
 

夫婦の歳月/記憶の旅路/思い出深き人々/愛すべき故郷/家族とともに/吉村司「母のウィンク」

        

3.

「時の名残り ★★


時の名残り

2017年03月
新潮社刊

(1600円+税)


2017/04/09


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新潮社のPR誌「波」に2011年10月号〜2016年03月号まで連載されたエッセイを改題・改稿しての単行本化。
「波」での連載をずっと楽しみに読んでいました。

私は吉村昭作品のファンでしたので、やはり吉村昭さん関連のエッセイに惹かれていました。
仕事以外に旅をしないという吉村さんの取材に同行した思い出等々、吉村作品への懐かしさ、親しみを新たにする思いでした。

一方、津村さん自身の日常生活に関わるエッセイも魅力あり。
老境に至った今、日々を大切にして淡々と過ごしていく思いにも味わい深いものがあります。

結婚したばかりの頃、夫婦で作家という難しさは吉村昭「私の文学漂流に書かれていますが、それとの対比があるからこそ、「時の名残り」という本書題名がそこから繋がり現在に至ったものとして、愛おしく感じられます。

1.夫の面影/2.小説を生んだもの/3.故郷からの風/4.移ろう日々の中で

    


   

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